先端医療技術とカウンセリング

−出生前診断・遺伝子診断の現場から−

 

玉井真理子(信州大学医療技術短期大学部)

 

日本心理臨床学会第19回大会研究発表集 p.248

2000年9月15日、京都文教大学)

 

<目的>

 先端医療技術の進展とともに、医療現場にはあらたな心理社会的問題が生まれており、心理専門職の関与が求められている。そのあり方を検討する。

<方法・対象>

 筆者が信州大学医学部附属病院遺伝子診療部において経験した出生前診断および遺伝子診断の事例の中から、とくに心理的援助が必要だった事例を報告する。

<結果と考察>

○遅発性神経難病の発症前遺伝子診断を受け「陽性」の結果を得た20代男性:おそらく40代以降に発症すると思われる治療法のない、しかも神経症状とともに知的障害症状も進行する重篤な疾患の、発症前遺伝子診断を強く希望した兄弟の弟のみが「陽性」。

○神経難病の発症前遺伝子診断「陽性」で脳死肝移植のために登録した女性:「陽性」の結果告知の日に同時に発症が確認され、脳死肝移植のために登録したが、手紙では、「今自分は誰かが死ぬのを待っているのでしょうね」。

○出生前診断の結果で妊娠中絶を検討中に第一子が危篤状態だった母親:第二子の出生前診断の結果第一子と同疾患であることが判明したとき、第一子は危篤状態に陥っており、第一子に対する罪悪感と、わが子をふたり一度に失うかもしれない葛藤が生じた。

○血友病出生回避のために性別診断目的で羊水検査を希望した保因者女性 : 血友病は現代の医療水準では重篤とはいいがたいと判断し、しかも性別診断目的の羊水検査であったため、当院の方針としてそれを断ったところ妊娠中絶をした。

<結論>

 先端医療技術が臨床に応用される場面では、クライアントに大きな心理的葛藤が生じることが少なくない。「できること」と「やっていいこと」との間で逡巡するクライアントに少しでも納得のいく選択をしてもらうためには、カウンセンリングは欠かせない。当院遺伝子診療部では、あらためてカウンセリングの場面を設定するのではなく、日常の外来診療に心理職が関与する方法をとっている。診察前の簡単な面接にはじまり、診察に同席して必要に応じて医師−患者関係を仲介するとともに、診察後にあらためて面接を行い、その後のフォローアップを通して支援関係を継続している。

 

発表を終えて

 

日本心理臨床学会で、はじめて発表しました。個々の事例の検討というよりも、心理診療の場としてこういう領域もあるということを少しでも多くの方に知ってもらいたいというのが、発表の趣旨でした。

 信州大学医学附属病院遺伝子診療部というのは、遺伝子治療をするための部門ではなく、また、遺伝子診断だけを専門に行っている部門でもありません。従来の言い方をすれば、それは遺伝相談の外来です。最近は遺伝相談ではなく、遺伝カウンセリングと呼ぶようになっていますので、遺伝カウンセリングを中心に据えた外来診療部門ということになります。

遺伝子診療部は、まず1996年5月に院内措置として設置され、2000年4月には正式な診療部として文部省からも認められました。週2回の外来で年間約100件の新規相談が寄せられています。「嫁をもらうことになったのだけれど、どうも嫁の家系には耳が聞こえない人がいるらしいので、そういうものは遺伝するものかのかどうか心配で・・・」といったような、ある意味では素朴な(しかし当事者にとっては十分深刻な)相談から、高度な遺伝子解析の技術が必要とされるような相談まで、実にさまざまな相談が持ち込まれます。

私は、短期大学部との兼務で、この遺伝子診療部のカウンセラーをしています。最初は、臨床心理というよりも生命倫理の専門家としてかかわりはじめました。外来での参与観察を手はじめに、クライアントと直接接するようになってまだ2年と少しです。先天異常の確定診断、出生前診断、そして遺伝性のがんや遺伝性の神経疾患など、扱う病気の種類も主訴もさまざまです。担当医は病気の種類意よって変わりますが、看護職(1名)と心理職である私は、全例にかかわります。

大学院時代から発達臨床の領域で仕事をしてきましたので、先天異常の確定診断などは多少つながりのある分野ですが、がんや神経難病、そして出生前診断の相談というのは、私にとってまったく初めての経験でした。重い問題を投げかけられていることを実感しつつ、試行錯誤の日々です。とても一人では担いきれないというのが正直なところです。

 個別の事例を深めるというところまではまったく到達していませんが、問題意識を共有してくれる人がいることを期待し、そして今後はこの領域で仕事をする心理士が増えることを願いながら、発表させていただきました。同じような仕事をしている人がいるとは思えなかったので、聴衆はわずかだろうと思っていましたが、思いがけずたくさんの人に聞いていただくことができたことが、私にとっては何よりでした。

 日常の混乱をそのまま持ち込んだような発表で、せっかくの質問にもまともに答えることができなかったことが残念ですが、興味を持ってくださった方には最近書いた拙稿をお送りしますので、mtamai@gipac.shinshu-u.ac.jpまでご連絡ください。

 ご参考までに、最近書いた短い文章をふたつほど載せておきます。

 

参考1:「私と遺伝子診療部」

 

 私が遺伝子診療部のカンファランスにはじめて参加したのは、1996年の12月。そこは、ほとんど異文化の世界だった。FAPAPC?なにが病気の名前でなにが遺伝子の名前なのか区別もつかなかった。エクソンてなに?プライマーってなに?それも遺伝子の名前?それとも病気の名前?頭の中は、△※◇!?□*☆+/▽.....。「てにをは」以外は日本語とは思えない世界だった。染色体とゲノムと遺伝子とDNAの区別もついていなかったのだから無理もない。

 私の専門は心理学。職種としては臨床心理士だが、国家資格でもなく、十分な社会的認知を受けているとも言いがたい。そして、90年代に入ってから少しずつ勉強しはじめた生命倫理学。生命倫理学に触れたきっかけは、出生前診断だった。その頃から遺伝の問題には少なからぬ興味があった。

 しかし、カンファランスに1回参加しただけで、暗澹たる気持ちになった。そもそも話が通じないのでは、心理も倫理もないではないかと。本を読みあさりたくても、専門書は歯が立たない。その頃は一般向けの入門書もほとんどなかった。とりあえず、△※◇!?□*☆+/▽に耳を慣らすしかなかった。

 あれから約3年半。今は、週2回の外来で患者さんと直接かかわるようにもなった。必要があれば、病棟に訪ねていくこともある。対応に苦慮するケースにも何度か遭遇した。

 どんな選択をしようとしている患者さんでも、とことんその人の気持ちに寄り添い続けることで、その人が自分の力で自分にとって納得のいく答えを見つけられるようにするのが、臨床心理士の仕事である。しかしその一方で、倫理的にはどうしても許容できない選択をしようとしている患者さんに対しては、それがどうして社会の中で許容され得ないのかを、生命倫理学を専門とするものとして説明せざるを得ない場面もある。

 心理と倫理、両方の専門家の役割を同時に担うのは難しいと思う。しかし、生身の人間と向き合う仕事がそんなに簡単であっていいはずはない。技術革新によって「できること」を増やしてしまった以上、それによって翻弄される生身の人間と向き合いながら、「やっていいこと」はどこまでなのか一緒に考え続けるしかないだろう。

遺伝診療部発足記念論文集収録予定稿

 

参考2:「出生前診断」

 

 最近出版されたミステリー小説のひとつに「ifの迷宮」(柄刀はじめ著、カッパノベルス)がある。そのなかに障害を持った子どもを育てながら仕事を続けている女性刑事が登場する。二人目を身ごもり検診に行った産婦人科の待合室で、顔見知りになった主婦から、彼女は次のような言葉を浴びせられる。   

「遺伝子チェックの結果はどうだったの?」

「まさかー、まだ受けてないの?もう13週目でしょう?」

「母親としての怠慢と言われても仕方がないでしょう」

「今度の子には可哀想なことしないように、ちゃんと親の役目果たさないとだめよ」

「あなた、一度失敗してるんだから」

 舞台は近未来。胎児の遺伝子チェックが、社会的要請になっている時代。母親達は「超音波映像診断と同じ感覚」で胎児の遺伝子チェックを受け、しかも「良き母親としての一つのコースとして当然の如く」それを受け容れているという。

 そんな時代が本当に来てしまうのだろうかと、背筋が寒くなる思いで読んだ一冊である。 一方、私は今医療の現場で、胎児の遺伝子診断をどうしても必要としている人に出会うことがある。一人重い障害をもつ子どもがいる。次は健康な子が欲しい。でも、上の子を否定しているような気がして、胎児の遺伝子診断を受けることに罪悪感を感じてしまう。似たような状況にある人はみんな受けてるじゃないかと、言い訳を考えている自分がいやだ。でも、もう一人同じ障害の子が生まれたら育てていけるだろうか。

 尽きない悩みに付き合いながら、祈るしかないような気持ちで、今日もまた一緒に検査の結果を待っている。

(信濃毎日新聞コラム森羅万象より)

 



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