1226日に公開された「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」(中間報告書)に対する素朴な疑問

 

総合科学技術会議生命倫理調査会で検討されてきた「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」は、これまでも、主要な論点をめぐって委員の意見が対立し調整が難航していることが報じられてきましたが[]井村裕夫生命倫理調査会会長の任期満了(200415日)に伴う退任もあってのことか、年末ぎりぎりに「中間報告書」としてまとめられました。

 

総合科学技術会議の意見募集のホームページには、「総合科学技術会議生命倫理専門調査会では、『ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方』を検討しておりますが、これまでに意見の相違点が明確になってきたことから、議論の論点を整理した中間報告書をとりまとめました」とあります。国レベルでのこの類の報告書の公開と意見募集(いわゆるパブリックコメント)にあたって、「意見の相違点が明確になってきた」「議論の論点を整理した中間報告書」という但し書きがついたのは、異例のことのように思います。

 

この中間報告書公開にあたって、素朴な疑問があるので、以下にまとめてみました。

 

疑問その1:修正されるはずの個所が修正されていない?

2003年(平成15年)1212日に行われた27回総合科学技術会議生命倫理調査会を傍聴したかたはご存知のはずですが、この日に提示された「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方(案) 」について、いくつかの疑問が提出されました。これらの点については、修正ののち、総合科学技術会議本会議、そしてパブリックコメントとなる予定だったのですが、確認されたはずの修正個所が修正されていません。

 

修正されるはずだったのは、無記名のアンケートで集約した各委員の意見を「大多数の委員は…」などとまとめた点と、着床前診断の項の「母親」という文言です。「大多数」問題は、他の論考等[]を参考にしていただくとして、着床前診断の項の「母親」という文言については、石井委員が質問し、井村会長が「修正する」と確認していたと記憶しています。

 

修正された個所もあるので、手違いで修正前のものを公開したわけではなさそうです。着床前診断の項に関して言えば、「重篤な疾患」(1212日第27調査会段階での中間報告書案p.21)が「極めて重篤な疾患」(1226日中間報告書p.21)に変わっています。これは、27回調査会では話題にならなかった点です。その一方で、話題になったはずなのに、なぜ修正されていない個所があるのでしょうか?

 

疑問その2:委員の個人意見と中間報告の文章がそっくり?

 

今回の中間報告は、主要な論点をめぐって委員の意見が対立していただけでなく、議論の進め方について調査会内部でも批判的な意見が出ていたこともあり[]、異例の「個人意見書」が付けられました。着床前診断に着目してその意見書を読んでいて気づいたのは、ある委員の意見書(中間報告書p.53)と、中間報告書の着床前診断の項(中間報告書pp.21-22)に書かれてあることが酷似している、というよりも、文章自体がほとんど同じだということです。

 

着床前診断については、ほとんど議論らしい議論をすることなく、さらに言うなら、専門家以外のキー・パーソンを招いての議論や、女性を含めた議論の必要性について調査会会長自らが言及し、あらためて議論の機会をもった上で結論を出すことになっていたにもかかわらず、その約束(?)が果たされることなく今回の中間報告書の公開に至ってしまったことは、このホームページで繰り返し指摘していることです。

 

そもそも着床前診断の問題は、調査会内部で検討すべき課題としての優先順位は、相対的にはあまり高くなかったと推察されます。それは、今回の中間報告書の主要な論点は「研究目的でのヒト受精胚作成の是非」「ヒトクローン胚の研究の是非」であるとされ、当該問題が話題になっていることすら報道されなかったことからもわかります。また、調査会内部でそのあり方が問題になったアンケートではありますが、そのなかでも、着床前診断は取り上げられていません。

 

だとすれば、優先順位があまり高くなかった着床前診断の問題については、特定の委員の意見だけをもとに中間報告書に盛り込んだ可能性も考えられます。少なくとも、中間報告書の文面を書き写して個人意見書に盛り込んだということは、考えにくいような気がします。

 

なお、着床前診断の問題については、たしかにこれまでは、調査会内部で検討すべき課題としての優先順位は相対的にはあまり高くなかったと思われますが、中間報告書として公開されるにあたって、当該問題についての議論がなされていないことを個人意見書の中で指摘している委員が二名います[]

 

(玉井真理子 2003/12/26



脚注

 

[] これまでの新聞報道より

■ヒト胚研究:国民に意見求める2003/10/29毎日新聞)

■[社説]ヒト胚研究 解禁には明確な理由がいる2003/11/04毎日新聞)

■ヒトの受精卵を研究に …未来は幸福?不幸? 意見対立、解けず 2003/11/08毎日新聞)

■[情報ファイル]「ヒト胚」使う研究の是非、来月中間報告 2003/11/29毎日新聞)

■[クローズアップ2003]受精卵作成容認 「再生医療の恩恵」優先 2003/12/13毎日新聞)

■受精卵の研究用作成、認める 「クローン胚」賛否併記―生命倫理調査会・中間報告 2003/12/13毎日新聞)

■[ことば]ヒト胚とヒトクローン胚 2003/12/13毎日新聞)

(ほかにも記事はたくさんあります)

 

[] 「大多数」問題について

島薗進氏(http://www.adm.u-tokyo.ac.jp/IRS/IntroPage_J/intro61740340_j.html)の論文「先端生命科学の倫理をどう論じるか?―人の胚の研究・利用をめぐって」(岩波書店刊『世界』:http://www.iwanami.co.jp/sekai/index.html→バックナンバー→200312月号 No.721→先端生命科学の倫理をどう論じるか?―人の胚の研究・利用をめぐって)を参照。

上記論文は、最相葉月のなんでやねん日記(http://homepage2.nifty.com/jyuseiran/sunbbs8/index.html2003118生命倫理専門調査会の非常事態宣言でも紹介されている。

 

[] 生命倫理調査会内部での批判的意見

総合科学技術会議第27回生命倫理専門調査会(平成15年12月12日、18:00〜20:00、中央合同庁舎第4号館第1特別会議室)で追加資料として配布された、位田委員資料 のなかには、「生命倫理専門調査会でのこの問題についての最近の審議のプロセスに疑問があり…」とある。

 また、総合科学技術会議第26回生命倫理専門調査会(平成15年11月28日、10:00〜12:30、中央合同庁舎第4号館第3特別会議室)で追加資料として配布された、勝木委員・島薗委員資料 のなかでは、「アンケートについて、調査会の委員として大いに不安を覚えました」「このようなアンケートに今、そのままお答えし、それが審議の方向を決めるようなことになれば、私どもの考える生命倫理の審議のあり方を大いに逸脱することになると考える」「そもそも生命倫理専門調査会で議論を始めたのは、ここに書かれているような質問を、深く議論するためのものであったのではなかったでしょうか。そこに含まれる内容が、○か×かで決められないようなものであり、1,2行の説明で解き明かすことのできるようなものでないからこそ、長時間の議論を行っているものではなかったでしょうか。しかし、井村会長はそのような議論の内容を深めることではなく、イエスかノーかの結論を出すことをひたすらせいておられるように感じられます」と述べられている。

 同調査会では「(島薗委員)きょう配られたものと関係しながら申し上げたいと思いますが、今回修正された中にはこのアンケートではこうであったということが何カ所も重要な箇所で多数引用されております。しかし、そのアンケートがそういう重要な箇所で判断の基準となるような意義を持つものであるか、大変疑問であると思います。そして、もしこの中に引用なさるのであれば、アンケートの結果がどうであったかを我々に見せていただきたい、どういう回答がどういうふうにあったのかを示していただきたいと思います。そうでなければ、安易にアンケートの結果で大多数はこうであったとか、そういうことを引用されるべきではない」(総合科学技術会議第26回生命倫理専門調査会議事概要(案)pp.26-27)という発言もある。

 

[] 中間報告書(20031226日公開)につけられた個人意見書より

 勝木元也委員意見(中間報告書p.50)「生命倫理専門調査会では、着床前診断および出生前診断について深い議論をしないまま中間報告をまとめている。この問題は、倫理的視点からの議論の必要性が極めて高いにもかかわらず、ヒト胚の取り扱いについて「研究目的でのヒト胚の作成」「人クローン胚の作成」について議論が集中的に行われているなかで、説明者を招いて行われた会議だけで結論を出すのはまったく不十分である。報告書全体を精細に討議していないうちに盛り込まれてしまったものであるといわざるを得ない。従って、着床前診断にかかる項については中間報告から削除すべきである」

島薗進委員意見(中間報告書p.51)「着床前診断についても審議のために費やされた時間は少ない。記録に従えば、本会議でのわずかな議論に加えて、いくばくかの時間のヒアリングを行ったにすぎない。報告書作成のためのワーキンググループの審議は公表されていないので、そこでどのような審議が行われたのかわからないが、最初の段階の報告書案で着床前診断についての記述はわずかだった。新しい形で優生学的な方向へと進むことが強く懸念され、多くの当事者がいのちの選別の可能性について深い危惧をもつ事柄につき、おざなりの審議と言わざるをえない」

 

 

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