「人体利用等にかんする生命倫理基本法」研究プロジェクト、略称「人倫研プロジェクト」事務局から提供された情報を、許可を得て転載させていただきます。

 

 フランス国民議会(Assemblée nationale)は、昨年12月11日、第2読会において生命倫理に関する法案を採択しました。そこでの新たな争点として、骨髄移植のドナーとなって重篤な疾患に冒された兄弟姉妹を救うことが可能な子供を、(広義の)着床前診断によって生み出すことの是非がありました。第2読会においてはこの可能性が認められたことになります。少し前になりますが、これを弁護する見解がリベラシオン紙に掲載されていました。以下論点の要約です。

 なお以下の見解は、フランス国家倫理諮問委員会(CCNE)の見解72「広義の着床前診断に関する考察」を紹介したもののようです。

 

<1>この着床前診断が優生学的な危険性を持つのではないかという主張に対して。

 HLAの適合は人間個人の内的な特性ではなく、2人の人間の間に確立される関係における特性である。したがって、それ自体はある人間に固有のいかなる特性も指示していないし、ましてや社会的に価値あるものとされ、人間の選別を基礎づけるような個人的な特性ではない。

 さらに、この診断に反対する人であっても、偶然によって子宮に移植される健康な胚のHLAが患者と適合しており、病気の子供を救うことができることを希望する。だとすれば、この場合に偶然が生み出すものを代わりに人間の意思が生み出すことを禁じる理由はない。人間の意思が倫理的に異論のない動機によって動かされているときに、その意思よりも偶然のほうが道徳的であると見なす理由はない。

 

<2>この診断は人間を選別するという主張に対して。

 成長という観点から最も適した胚を選択することは、体外受精においてすでに行われていることである。さらにここでの選別は、病気の人間との免疫学的適合性を保証する特性のみに基づくものである。

 

<3>一人の人間の生存が、その兄弟あるいは姉妹が病気であるという事実のみに左右されるという主張に対して。

 ある一人の医師が、ある胚がその兄弟あるいは姉妹と免疫学的に適合しているが故に、その胚を選択して移植した場合、これによって生まれた子供はその生存を他人にしか負っていないと厳密な意味では言うことはできない。この子供の生存は、子供を持ちたいという両親の欲求によるのであり、この欲求は免疫学的な特性のみに応じた胚の選択以前から存在していたものである。子供の免疫学的特性は、彼の兄弟姉妹とのつながりを確証するという点でのみ意味を持つのであり、それが彼のアイデンティティをつくるわけではない。

 

<4>生まれてくる子供を道具化するという危惧に対して。

 これに対しては、厳しい規制がこの危険性への対策となる。まず、親となろうと計画する両親との契約であるが、これに関しては自然の出産と同様、両親の秘められた意図を詮索することは不可能であり、繰り返される要求を信頼すべきである。

 さらに、生まれてくる子供に対していかなる危害も加えられないということが保証されねばならない。病気の子供の病状が不意に悪化し、医師が骨髄移植以外の治療上の選択を持たない場合、子供の早産を誘発することなどは考慮されるべきではない。

 

 以上の点から、広義の着床前診断は、病気の子供を救うというそこから期待される利益と釣り合う最小の害悪である限りで認められるべきである。(『liberation』, 2003.12.17.)

 

http://www.liberation.fr/page.php?Article=165874&AG

 

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