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更新履歴
12月13日(初)
12月16日(若干の文言の修正と、12月12日第27回会合で配布された資料「個人意見書暫定版」からの抜粋を見やすい形で掲載)
12月17日(生命倫理調査会の議事録にみる「着床前診断」その他関連のキーワード検索途中結果を追加)
12月21日(議事録等の資料をすぐに参照できるようにリンク追加)
12月27日(若干の文言の修正と、第22回生命倫理調査会の議事録の分析を追加)
12月28日(パブリックコメント後についてのページを作りリンクさせ、第21回生命倫理調査会の議事録の分析を追加)
ヒト胚問題のかげの出生前診断
12月12日、総合科学技術会議生命倫理専門調査会が、2年半の議論を経て、研究目的のヒト胚作りを容認する報告書案をまとめたことが、報道されました(各紙の12月13日付記事)。「ヒト胚の取扱い方に関する基本的考え方(案)」と題する61ページの文書です。生命倫理専門調査会での議論はいったん終了し、総合科学技術会議での議論を経てパブリックコメント(*1)を求めることになるようです。
*1:パブリックコメント後のことはこちら
あくまでも「中間報告」という位置付けのようですが、その案のなかに、出生前診断(報告書の項目は「着床前診断」)についてのかなり踏み込んだ記述があることは、まったく報道されることもなく(*2)、ほとんど話題になっていません。
*2:このページを作った日にマスコミ関係者には可能な限り知らせたのですが、少なくともその時点での反応はあまり芳しくありませんでした。そして、パブリックコメント後にようやく、毎日新聞の社説(12月29日付社説:ヒト胚研究 アンケートでは決められない)のなかに「重篤な遺伝性疾患の子供を出産する可能性のある親が胚の遺伝子診断を受ける着床前診断は、学会レベルで認められているが、いまも論争がある。にもかかわらず、調査会は十分な議論をせずに認める方針を示した」と、登場しました。
ヒト胚の取り扱いなどに関しての議論のなかで、着床前診断などもヒト胚を操作することになるので報告書にも盛り込むべきだ、ということになっていたようです。着床前診断を容認するか否かという議論がなされ(?)、当然のことながら、出生前診断も話題になっていたのです。傍聴にも行かず、(ES細胞研究が話題になっていた頃までは読んでいたものの)途中からはほとんど議事録を読むこともしなかったため、12月12日(第27回生命倫理調査会)をはじめての傍聴に行き、渡された資料を見て愕然としました。
総合科学技術会議生命倫理専門調査会では、ヒト胚の取り扱いをめぐり委員の意見が鋭く対立して調整がつかず、結論を持ち越したとか、両論を併記した報告書をまとめることになりそうだとかは聞いてはいたものの、主な焦点は「ヒト胚を研究のために作っていいか」と「クローン人間につながるとして禁止されているヒトクローン胚を、研究目的で作っていいか」のふたつだと思っていたので、まったくうかつだったとしか言いようがありません。
12月12日に傍聴者にも渡された『ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方(案)』と題する資料のなかには、着床前診断という項があり、「…@重篤な遺伝性疾患を有する子どもを持つことによる母親の負担をなくすことができる、A遺伝病を持つ子どもを出産する可能性がある両親にも、遺伝病のない子どもの出産を保障することができるため、実子を持つことを断念する必要がなくなる」、「…単なる個人のエゴイズムであるとすることはできない。これも、憲法第13条によって保障された個人の幸福追求権であると考えるべきである」、「…『人の生命の尊厳』を侵害しない範囲で認められるべきである」、「…あくまでも両親、特に母親の立場を考慮した、やむを得ない方法として考慮せざるを得ない医療であって、生命の価値による選択であってはならない。遺伝性疾患、先天性疾患を持つ人への差別は決して許されるものではなく、これからも、社会はこうした疾患を持つ人たちの権利と福利に十分な配慮をしなければならない」など、内容的にはほとんど出生前診断そのものについての記述になっています。
慌てて議事録を読んでみると、それが胚の操作であるという文脈で、たしかに着床前診断は話題にはのぼっていました。しかし、議論したかというとどうでしょうか?平成15年4月24日の第22回生命倫理専門調査会の会合で、慶応大学医学部産婦人科の吉村泰典教授を招聘してレクチャーを受けるときまでは、問題の難しさとともに、報告書に盛り込むことの是非、専門家を招聘する必要性が語られるにとどまっています。
第21回の会合(平成14年10月25日第21回生命倫理調査会)では、着床前診断はそもそも特定胚指針のヒト胚分割胚にあたるので、指針によって禁止されているのではないかという問題提起もなされますが、この点についても結論は先送りされたままです(第21回生命倫理調査会議事録の分析はこちら)。
では第22回の会合はどうかと言うと、そこでも、今回まとめられた報告書案の記述に結びつくような議論がなされているわけではありません(第22回生命倫理調査会議事録の分析はこちら)。にもかかわらず、その次の会合(平成15年8月1日第23回生命倫理専門調査会)では、「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方(素案)」が資料として提出されています。起草グループからの提案を受けてからあらためて議論する旨の会長の発言(第22回生命倫理調査会)があるので、当初はそのつもりだったのかもしれませんが、23回目以降議論された様子はありません。
素案が提出されたあとの第24回生命倫理調査会で、委員のひとりが「まさに中絶の倫理的な意味を引きずっている」この着床前診断問題について「起草グループとしては、これを正面から議論した」、「起草グループも全部考えた」と述べているので、起草グループの会合のなかでは議論されたのかもしれません。しかし、非公開で行われているので、どんな議論が行われたのかはわかりません。
公開されている議事録を分析し、加えて12月12日の第27回会合を傍聴してわかったのは、第23回会合で提出された「素案」は次の回からは「案」となり、12月12日の第27回会合も含めて計5回の機会がありながら、着床前診断が話題になったのは、ある委員の質問に答えて別な委員が「正面から議論した」と答えている部分(第24回生命倫理調査会、先述の通り)だけだということです。起草グループからの提案を受けてからあらためて議論する旨の会長の発言(第22回生命倫理調査会)は反故にされた格好になっています。
書かれている内容に関しても、「憲法第13条によって保障された個人の幸福追求権」というのは法律論として妥当なのか、「…『人の生命の尊厳』を侵害しない範囲」とはどこまでなのか、だれが決めるのか、「やむを得ない方法として考慮せざるを得ない」状況とはどんな状況なのか、疾患の有無で中絶の判断をしている以上「生命の価値による選択」ではないのか、「重篤な疾患」に限定していれば優生思想にはならないのか、「疾患を持つ人たちの権利と福利に十分な配慮」するという掛け声さえあれば「疾患を持つ人」の出生回避は免罪されるのか、等々、重大な論点がたくさんあります。
わたしは、医療機関で出生前診断を希望して訪れる女性やカップルの相談に乗る仕事をしていますが、この乱暴なまとめかたは、(報告書案のなかの言葉を借りれば)着床前診断を含む出生前診断を「やむを得ない方法として考慮せざるを得ない」人たちに対しても冒涜ではないかと、感じています。
以上、着床前診断を含む出生前診断の問題が、たったこれだけの議論で、報告書案に盛り込まれることに対して、あくまでも「案」とは言え、そして中間報告という位置付けとは言え(したがって、この後パブリックコメントを経て修正される可能性があるとしても)、大きな疑問を感じています。
(玉井真理子 2003/12/13)
★「ヒト胚の取扱い方に関する基本的考え方(案)」にみる着床前診断についての記述の比較表はこちら
★生命倫理調査会の議事録にみる「着床前診断」その他関連のキーワード検索結果はこちら
★着床前診断関連の記述〜生命倫理調査会の議事録その他の資料からの抜粋はこちら