ヒト胚分割胚と着床前診断の関係

クローン規制法に基づく特定胚指針によって着床前診断は禁止されている?

 

<第21回生命倫理専門調査会の日時等と出席者>

 

平成15年10月25日(木)15:30 〜17:30

中央合同庁舎第4号館 共用第3特別会議室

(委員)井村裕夫会長、石井紫郎議員、桑原洋議員、黒田玲子議員、石井美智子委員、位田隆一委員、垣添忠生委員、勝木元也委員、高久文麿委員、藤本征一郎委員、町野朔委員、南砂委員

(事務局)大熊統括官、上原審議官、山崎参事官 武田参事官、竹安参事官 他

 

<結論から言えば、結論は出ていない>

 

議事録を丹念に読んでいたら、着床前診断についての大きな問題を発見しました。それは、クローン規制法に基づく特定胚指針(その概要解説、および新聞記事)によって着床前診断は禁止されているかもしれないということです。

 

21回生命倫理調査会では、「遺伝子診断」という言葉で、着床前診断が話題になっています。「着床前遺伝子診断」と表現している委員もいますが、それも1回きりで、あとはすべて「遺伝子診断」という言葉で、実質的には着床前診断が話題になっています。

 

そのなかで、そもそも着床前診断は、ヒト胚分割胚の母体への移植にあたり、クローン規制法に基づく特定胚指針でもって禁止されているのではないかという、ある委員からの問題提起がなされました。

 

議事録を、流れに沿ってみてみましょう。まず、着床前診断の技術を習得するために余剰胚が使われる、着床前診断の臨床研究のためには余剰胚ではない胚が使われる、という実態が示されます。

 

(高久委員)遺伝子診断では、余剰胚ではなくて、胚そのものを研究する

わけです。(p.10

 

(藤本委員)着床前遺伝子診断の技術を習得するには、国外では余剰胚が

それなりに使われているわけです。(p.9

 

このときは、8細胞期(あるいは4細胞期)に1つの細胞を採って調べる、いわゆる胚生検(エンブリオ・バイオプシー)と呼ばれる一般的な着床前診断の手法が想定されての発言だった思われますが、次の会長発言で、ヒト胚分割胚を用いた着床前診断の可能性が示されます。そして、このヒト胚分割胚を用いた着床前診断のほうが、検査精度の点でも、安全性の点でも、有用性が高いという見解が示されます。

 

(井村会長)[]ヒト胚分割胚は、発生の初期に二つに分けて、一卵性双生

児を人工的につくることもできるわけですし、一方で遺伝子診断をして、

他方を戻して子供をつくることもできる[]pp.10-11

 

(藤本委員)もちろん細胞の数が多い方が、効率が高い診断ができること

は、データで示されています。また、ヒト胚分割胚は生体内で一卵性双胎と

いうことで自然に起きている現象ですし、家畜でも牛などはほとんどこれ

で実施されているものですから、遺伝子診断として抵抗なく考えられる

技術のひとつだと思います。(p.11

 

(藤本委員)現実的には4細胞ないしは8細胞位までが限界ですが、理論

的には割球1個で診断ができます。しかし、そうすると一回だけのテス

になってしまいますが、複数個の割球を利用できれば2回、3回と診断で

きるので、診断効率が上がります。また、複数個の割球からもDNA増幅

ができるので、かなり効率はよくなると思います。凍結技術と採取割球の

培養を組み合わせてDNA診断の効率をあげることも可能です。(p.13

 

(高久委員)遺伝子診断では、バイオプシーの方が、残った細胞に危険性

を与える可能性あるわけです。ですから、胎児の保護という意味では、分

割胚の遺伝子診断した方が私は安全だと思います。(p.18[1]

 

その後、ヒト胚分割胚を用いた着床前診断という観点から言えば、4細胞期から8細胞期に1つ(8細胞期であれば2つの場合もありうる)の細胞を採って調べる、いわゆる胚生検と呼ばれる一般的な着床前診断の手法はヒト胚分割胚の作成であり、したがって母体への移植は禁止されているはずであるとする見解が示されます。これに対して、母体に二つとも戻すことが禁止されているのであって、一つだけ戻すのは禁止されていないという対立見解も示されますが、このやりとりを通して、特定胚指針作成の際に、着床前診断を射程に入れて検討しなかった事実が露呈します。

 

(町野委員)分割胚の一つをとって遺伝子診断をして問題が無かったとき

に、残りを移植するということですか。これは指針により禁止されている

ということになっています。(p.13

 

(井村会長)[]母体に二つとも戻すことを禁止しています。(p.13

 

(町野委員)最初に二つに分けたときに、すでに受精卵クローン胚ができて

いるわけです、一つしかないからクローンではないという理屈はないわけで

すから、これは禁止されていると読まざるを得ないだろうと思います。(p.14

 

(位田委員)先ほど町野委員がおっしゃったことについては、多分議論は

余りしてなかったと思います。[]

[]文言は、町野委員おっしゃるよう

な解釈が可能だと思います。(p.14

 

(町野委員)議論が十分されなかったのは、これは法律ではなかったから

です。指針の議論がきちんとされていないということです。[]

[]指針では、分割胚の着床は当然禁止するものだと

既定の方針として示されました。今のようなお話しを伺っていると、もしか

したらこれはまずかったのかなと、今になって思うわけです。余り考えな

かったことは確かでしょう。[]pp.14-15

 

そもそも、特定胚指針(正式名称は「特定胚の取扱いに関する指針」)は、省庁再編前の科学技術会議時代にその下部組織である生命倫理委員会ヒト胚研究小委員会でおもに議論されて策定されたヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方」(平成12年3月6日、科学技術会議生命倫理委員会ヒト胚研究小委員会)の第四章に示されている基本的考え方を、指針の形にして示したものです。

 

科学技術会議から総合科学技術会議になったのち、この下部組織である生命倫理調査会の第5回目の会合(総合科学技術会議第5回生命倫理専門調査会、平成13年7月5日(木)、10時00分〜12時00分)でそのが示され、意見募集(パブリックコメント)のために公開されました。この案をだれがつくったのかわからないという問題は置いておくとして、その後の生命倫理調査会と、5回にわたる特定胚指針プロジェクト会合を経て、第9回生命倫理専門調査会(平成13年11月6日(火)、13時30分〜16時30分)で最終的に「諮問第4号『特定胚の取扱いに関する指針について』に対する答申」として取りまとめられました(新聞記事)。

 

この指針策定に直接関与した委員が、ヒト胚分割胚の利用に関して、着床前診断を射程に入れて検討しなかったことを認めており、率直に「これはまずかった」「余り考えなかった」と振り返っているのです。

 

もちろん、後半に出てくる次の発言で、透明帯の存在をもって「エンブリオ・バイオプシー(胚生検のこと、筆者注)により採取された細胞と分割胚とはやはり違う」という見解が示され、着床前診断はヒト胚分割胚の利用にはあたらないとの説明もなされてはいますが(傍聴していたら、その場のほっとした雰囲気を感じることができたかもしれません)、次の会長発言をみる限りそれで合意したかたちにはなっておらず、結論は先送りになりました。

 

(藤本委員)受精卵は、透明帯をかぶっている状況と、かぶっていないで

構成細胞がばらばらにある状況とが考えられます。着床する前の受精卵に

ついて、透明体[2]の意義を考えると、透明帯が存在しているということは、

受精卵の一つの定義だと思います。そういことで、エンブリオ・バイオ

プシーにより採取された細胞と分割胚とはやはり違うと思います。この時

期、透明帯をかぶっていませんと受精卵の正常な発育は期待できません。(p.18

 

(井村会長)遺伝子診断の問題はかなり大事ですので、できればどなたか

専門家に一度来ていただいて話しを伺い、その上で、このヒト胚分割胚につ

いてどう考えるのか、そのときにできたらご意見を伺って決めたらどうか

と思っています。[…]

 

このあとの22回目の生命倫理調査会(総合科学技術会議第22回生命倫理専門調査会、平成15年4月24日、15:00〜17:30、中央合同庁舎第4号館第2特別会議室)において専門家の招聘は実現していますが、そこで、ヒト胚分割胚と着床前診断の問題が議論された形跡はありません[3]。かくして、クローン規制法に基づく特定胚指針によって着床前診断は禁止されるのか否かについては、まだ結論が出ていないと言わざるを得ません。

 

21回目の会合(20021025日)と22回目(2003424日)の会合とで、出席者が大幅に異なっているという事情ではなく、約半年の時間があったために忘れられてしまったのだろうと推察されます。

 

忘れてしまったのはしかたありませんが(大事なことなので忘れて欲しくはなかったですが)、思い出してぜひ議論して欲しいと思います。

 

(玉井真理子 2003/12/28

 



[1] 発言としては後半に出てくるものであるが、同趣旨の発言をまとめるために、ここで紹介しておく。実際の議論の流れを無視することにはなるが、発言自体が議論の流れを逸脱してなされている観もあり、このように同趣旨の他の発言とともに紹介することは発言者の意図には抵触しないと思われる。

[2] 他の個所は「透明帯」と表記されているので、誤字と思われる。

[3] 議事録を検索しても、「分割胚」「ヒト胚分割胚」「特定胚」、いずれの言葉も出てこない。

 

 

もどる