子の医療に対する親の同意拒否
─わが国の児童福祉法による対応の可能性─
1.はじめに
医療を行う場合、医師は原則として事前に患者の同意を得なければならない。その際、患者が有効な同意を与えるためには、患者はそれに必要な能力(同意能力)を備えていなければならない。しかし、新生児医療においては、患者である新生児は同意能力をもたない。したがって、誰が、いかなる法的根拠にもとづいて医療に対する同意を与えるかが問題となる。この問題は、わが国においては未成年者の医療に対する「代諾」の問題として論じられている。通常、同意[代諾]権者として第一に挙げられるのは、親であろう。しかし、現在のところわが国においては、同意権の所在、およびその法的性質はかならずしも明らかにされていない[1]。
また上記問題とは別に、同意権者と医師の間で意見が一致しない場合、あるいは同意権者が複数あるときにそれらの者の間で意見が一致しない場合には、同意権行使のあり方をめぐる問題が生じることも考えられる。わが国には、かかる問題に対応することを目的とした立法は存在しない。具体的事件が裁判所に現れたことはなく、判例の蓄積もない。いかなる法的対応が可能であるかは明確でないといわざるをえない状況である[2]。しかし、法的対応の可能性についての議論がなされてこなかったわけではない。とりわけ、輸血拒否等の親による同意拒否については80年代以降しばしば、法的対応の可能性が論じられてきた。現行の制度を利用した法的対応としては、(1)児童相談所長による親権喪失宣告の申立て、(2)児童福祉法上の一時保護および措置承認制度の利用[3]、が考えられる。いずれも、児童福祉法の枠組みを利用するものである。
2.親権喪失宣告の申立て
(1)手続
児童の親権者が、その親権を濫用し、または著しく不行跡であるときは、民法834条の規定による親権喪失の宣告の請求は、同条に定める者のほか、児童相談所長も、これを行うことができる(児童福祉法33条の6)。子の医療に対する同意拒否が親権の濫用になると解すれば[4]、児童相談所長は上記の規定に基づいて、@親権喪失宣告、および付随的にA親権者の職務停止および職務代行者選任の保全処分を申し立てることができる(家事審判規則74条1項)。@親権喪失宣告がなされた場合、児童相談所長は後見人の選任を請求することができる(児童福祉法33条の7)。後見人は子の監護教育に関して親権者と同一の権利義務を有するため(民法857条)、医療に対して同意を与えることができると解される。A保全処分によって親権者の職務執行が停止された場合、親権者の有していた法定代理権その他の権限は、第三者との関係においても絶対的にその行使が停止され、職務代行者は親権者と同一の職務を行使しうる[5]。したがって、職務代行者が子の医療に対して同意を与えうると解することができる。
3.児童福祉法上の手続
児童福祉法上の手続を利用した法的対応について石川稔教授は、(1)医療が緊急性を要する場合には児童福祉法33条の一時保護制度、(2)通常の場合は児童福祉法27条および28条の措置承認制度を利用すべきであると提案している。
(1) 一時保護制度の利用―緊急性が高い場合―
@医師が児童虐待の防止等に関する法律(以下、児童虐待防止法という。)6条の「児童虐待を受けた児童」または児童福祉法25条の「保護者に監護させることが不適当であると認める児童」を発見したとして児童相談所に通告する。A児童相談所長は、必要があると認めるときは児童に一時保護を与え、または適当な者に委託して一時保護を加えさせることができる(児童福祉法33条)。この規定に基づいて、児童相談所長が病院長に児童の一時保護を委託する。B病院長が医療に対して同意を与える。一時保護は児童の生命身体を緊急に保護する必要に応じるための制度であるため、児童や保護者の意思に反しても児童相談所の職権によって行いうる。裁判所の事前および事後の審査も必要としない[8]。一時保護の期間は2か月以内である(児童福祉法33条3項(児童虐待防止法附則2条による改正))。一時保護決定は行政処分であり、行政事件訴訟および行政不服審査の対象となる[9]。
(2) 措置承認制度の利用─通常の場合─
保護者がその児童を虐待し、著しくその監護を怠り、その他保護者に監護させることが著しく当該児童の福祉を害すると認められるとき、児童相談所長からの報告を受けた都道府県は、家庭裁判所の承認を得て施設入所等の措置(児童福祉法27条1項3号)を採ることができる(同28条)。医療に対する同意拒否は、「虐待」または「著しい児童福祉侵害」として、28条の措置事由に該当すると解することができる[10]。児童福祉施設の長は、入所中の児童に親権者がある場合であっても、監護、教育および懲戒に関し、児童の福祉のために必要な措置をとることができる(同47条2項)。これには、児童に医療を受けさせる権限が含まれると解されており[11]、施設長の同意によって医療を行うことができる。
(3)「児童虐待」の定義
児童福祉法上の手続においては、「児童虐待」(および「著しい児童福祉侵害」)が通告および措置承認審判による施設入所の要件となる。したがって、医療に対する同意拒否が「児童虐待」に該当するかどうかが問題となる。児童虐待防止法は、2条で4つの類型を設けて「児童虐待」を定義している。そのうち3号は「保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するもの)」が「児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他保護者としての監護を著しく怠ること」というものである。この定義に該当する行為として、『厚生省子ども虐待対応の手引き』は、「重大な病気になっても病院に連れて行かない」[12]という例をあげている。したがって、医療に対する同意拒否は3号の「児童虐待」に含まれると解することができる。
(4)児童福祉法による対応の問題点
児童福祉法による法的対応について、石川稔教授は1986年の時点で「監護権の一時的剥奪や第三者への付与に関する規定を欠くために、わが法制においては輸血拒否事件に直ちに対処できる手続がないと誤解されるところとなったと思われる」[13]と述べていた。それにもかかわらず、児童虐待防止法の制定等によって制度上はある程度整備がなされたと思われる現在においても、医療に対する同意拒否の事例に児童福祉法上の手続によって対応することは困難である、という指摘が実務の立場からなされている[14]。ということは、制度それ自体に問題があり、あるいは制度を定めた法令に解釈上の疑義があるために、制度の運用面において問題があるということになろう。
@法令解釈上の問題 児童福祉法による法的対応には、解釈上問題となる点がいくつかある。まず、一時保護中の児童に対する児童相談所長の監護権限については児童福祉法上明文の規定がない。児童福祉施設長の権限に関する47条2項を準用すれば、児童相談所長は、親権者等のある場合には監護、教育、懲戒に限って権限を行使することができると解することができる。しかし、その権限は、日常的な医療を含め、児童の日常の監護に関連する範囲に限られ、重大な医療等の事項については親権者等も権限を有するため、児童相談所長と親権者等が共同して親権を行使することになるという指摘がある[15]。次に、一時保護および措置承認審判によって、医療に対する同意を含め、面会・通信以外の事項に関する親権者の権限が制限を受けるかどうかが明らかでない[16]。以上のことから、一時保護または措置承認審判によって児童相談所長または児童福祉施設長に児童の医療に対する同意権が付与されるのかどうか、またその際、親権者等の同意権が制限されるのかどうかが現状においては明確にされていない。
4.おわりに
2および3で紹介したようにわが国においては、(1)児童相談所長による親権喪失宣告の申立て、および(2)一時保護および措置承認制度、を利用して、子の医療に対する親の同意拒否に対応することが提案されている。しかし、いずれの方法にも制度運用上および法令解釈上の問題点があり、実際に利用することは困難である。法的対応を実現するためには、児童福祉法の枠組みを以下のような点で整備する必要があろう。
(1)児童福祉法上の措置によって児童相談所長または児童福祉施設長にいかなる権限が付与され、かつ親の権利がいかなる範囲において制限されるのかを明確にする必要がある。この点が法文上明確であれば、同意権の所在および法的性質が明らかにされることを待たずとも、介入の実効性を確保することは可能であると思われる。
(2)裁判所の関与によって手続的保障をはかる必要がある。一時保護は事前および事後の裁判所の関与を必要とせず、とくに問題がある。一時保護が緊急避難的な措置であることを考えれば、事前の裁判所の関与を義務づけることは現実的ではないと思われる。しかし、すくなくとも事後の裁判所の審査を手続に組み込むことは必要であろう。その際、親および子からも審査を申し立てることができるようにすることが望ましい。
(横野 恵)
[1] 少なくとも未成年者を現に監護している親権者が行使しうる権限のひとつが医療に対する同意であるという点については一般に認められているといってよいと思われる。しかし、同意権が親権の一内容であるのか、それとも監護権、あるいは現に監護しているという事実から発生するのかについては明確にされていない(以上については、寺沢知子「未成年者への医療行為と承諾(一)−(三)完」民商法雑誌106巻5号87頁以下、106巻6号799頁以下、107巻1号56頁以下(1992)および廣瀬美佳「医療における代諾に関する諸問題(上)(下)」早稲田大学大学院法研論集60号245頁以下、61号177頁以下参照)。
[2] 横野恵「イギリス法における未成年者に対する医療と同意−判例研究のための前提作業として−」早稲田大学大学院法研論集95号293頁(2000)
[3] 石川稔「家族法のなかの子ども─子どものための家族法とは」ジュリスト増刊総合特集『子どもの人権』147頁(1986)、同『子ども法の課題と展開』254頁(有斐閣、2000)、樋口範雄『親子と法−日米比較の試み』158頁(弘文堂、1988)
[4] 日本子ども家庭総合研究所編『厚生省子ども虐待対応の手引き 平成12年11月改訂版』283頁(有斐閣、2001)は、「保護者による治療拒否事例への対応」のひとつとして親権喪失宣告の申立てを示唆している。
[5] 吉田恒雄「児童相談所長による親権喪失の申立」明星大学経済学研究紀要21巻1号18頁(1989)
[6] 同上19頁
[7] 鈴木博人「虐待する親の親権喪失」吉田恒雄編『児童虐待への介入─その制度と法〔増補版〕』78頁(尚学社、1999)
[8] 日本子ども家庭総合研究所・前掲注(4)78頁
[9] 同上。
[10] 許末恵「児童福祉法28条による施設入所等の措置」吉田恒雄編『児童虐待への介入─その制度と法〔増補版〕』53頁(尚学社、1999)
[11] 日本子ども家庭総合研究所・前掲注(4)281頁
[12] 同上14頁
[13] 石川・前掲注(3)『子どもの人権』147頁
[14] 津崎哲郎「自治体・民間団体の取り組み─児童相談所の対応実態を中心にして」ジュリスト1188号39頁(2000)
[15] 吉田恒雄「児童福祉法における一時保護の法的諸問題」白鴎法学8号288頁(1997)
[16] 石川稔「児童虐待をめぐる法政策と課題」ジュリスト1188号8頁(2000)、吉田恒雄「児童虐待と親権の制限」ジュリスト1188号18頁(2000)
[17] 許末恵「子どもの保護と親の権利」私法53号277−278頁(1991)、吉田恒雄「児童虐待に対する法的対応のあり方」早稲田法学69巻4号68頁(1994)等。
[18] 吉田恒雄「被虐待児の保護と適正手続の保障」法と民主主義267号22頁(1992)、同「児童虐待と家庭への介入―児童虐待防止法を中心に」法学セミナー550号60頁(2000)、同・前掲注(16)20頁