『アソシエ9号:資本主義に組み込まれる生と死』2002年4月15日(御茶ノ水書房)に掲載された拙稿「ES細胞研究をめぐる最近の動きから―ES細胞研究と凍結胚」に、日本生命倫理学会2002年度年次大会(広島大会)発表「生命の萌芽が余るということ」抄録を加え、加筆・修正しました。

 

ES細胞研究と凍結胚

 

一、ES細胞研究をめぐる米国の状況

 世紀をまたいで話題になった生命倫理問題のひとつに、ヒト胚性幹細胞(embryonic stem cell、以下ES細胞とする)の研究をめぐるそれがある。ES細胞は、ヒト初期胚からつくられる(これを「樹立」と言う)[▲注1]。人体のあらゆる組織や臓器の細胞に成長する能力(多能性)を持つために「万能細胞」とも呼ばれ、再生医学・再生医療のなかで重要な役割を果たすものとして注目されている。一方、中絶胎児の組織からつくられる「万能細胞」はEG細胞(embryonic germ cell)と呼ばれるが、どちらもヒト多能性幹細胞(human pluripotent stem cells、しばしばhPSCsと略される)である。

 前世紀最後の年に米国では、国立衛生研究所(National Institutes of Health、以下NIHとする)が「ヒト多能性幹細胞を使用する研究に関するNIHガイドライン(National Institutes of Health Guidelines for Research Using Human Pluripotent Stem Cells)」を公表し、2000年8月25日からこれを施行すると発表した。

 前年の1999年12月2日に、NIHはガイドライン草案を公表し、パブリックコメントを募っている。コメントの最終的な締切りは、翌2000年2月22日であった。関係者および一般市民の関心の高さから、当初の締め切りを延ばしてコメントを受け付けたという経緯もある。NIHには、議員、患者団体、科学者団体、宗教団体、一般民個人などから、約五万件のコメントが寄せられた。NIHは、寄せられたこれらコメントに対するNIHの返答を公開するとともに、加筆修正したものを正式なガイドラインとして発表したのである。

 米国において、ヒト胚および胎児組織由来のヒト多能性幹細胞研究に公的資金を用いること(連邦政府予算からの拠出)は、議会の反対等によって凍結されてきた。[▲注2]そのような状況のなか、1998年秋に、(公的資金には頼らず)潤沢な民間資金を利用してES細胞とEG細胞の樹立に相次いで成功した研究グループによって、それぞれの成果が専門誌に発表された。[▲注3]

 これをきっかけに再燃したヒト胚研究をめぐる論議に、ひとつの「決着」をつけたのが、NIHガイドラインである。米国流の「決着」のつけ方は、民間資金を用いた研究は規制の対象外とし、あくまでも公的資金の拠出に関してのみ、いかなる研究が倫理的に許容され得るかという視点での規制である。を用いた研究だけを規制する、いわば「金を出す」研究に対してのみ「口を出す」というものである。

これによって、すでに樹立されているヒト多能性幹細胞を使用する研究に関しては、公的資金による助成「解禁」となったかに見えた。しかし実際には、クリントンからブッシュへという政権交代の時期に重なり、「解禁」は今世紀になるまで待たなければならなかった。ブッシュ大統領が、ヒト多能性幹細胞研究への公的資金による助成を容認する演説を行った(テキサスにて)のは、2001年8月9日のことである。[注2注4]

 次節で、NIHガイドラインの内容を紹介する。

 

二、「ヒト多能性幹細胞を使用する研究に関するNIHガイドライン」より[注3注5]

第U節 NIH資金の対象となるヒト多能性幹細胞を使用したする研究のガイドライン[注4注6]

A ヒト胚に由来したヒト多能性幹細胞の使用

1 NIHへの申請

 ヒト胚由来の多能性幹細胞を使用する研究を行う施設内あるいは施設外の研究者で、既存の資金を使う予定でいるか、追加支給を申請しているか、あるいは新規NIH資金を申請している者は、NIHに以下を提出しなければならない。

a. ガイドライン第U節Aの2に定める条件に従ってヒト胚から得た多能性幹細胞であることを保証し、そのような保証を支持する文書を保持することを記した、信頼できる機関の職員の署名が入った保証

b. ガイドライン第U節Aの2のeに定める基準を満たすインフォームドコンセント文書のサンプル(患者を同定できる情報は削除する)、およびインフォームドコンセントの過程の説明

c. 胚からヒト多能性幹細胞を得る際に用いられた科学的プロトコルの要約

d. 施設内審査委員会(Institutional Review BoardIRB)の細胞入手プロトコルの承認文書

e. 研究で使用される幹細胞が贈与を通じて、または幹細胞の輸送、処理、保存、品質管理および保管に関連した妥当な費用を超えない報酬を通じて得られたものであるか、あるいは得られることになっているという保証

f. ヒト多能性幹細胞の使用を提案する研究計画案または特定の副次的プロジェクトの表題

g. 提案された、ヒト多能性幹細胞を使用する研究が、ガイドライン第V節に定めるNIH資金には不適格な類の研究ではないという保証

h. ガイドライン第W節に定める公的審査その他の監督手続きの実施に必要な、本節Aの1に基づき提出されたすべての資料の開示に対する研究責任者の書面による承諾

2 ヒト胚に由来したヒト多能性幹細胞の使用

 ヒト胚由来の多能性幹細胞を使用する研究は、不妊治療目的で作製され、治療を求める個人が臨床上必要とする数を超える余剰胚から(連邦資金を使わずに)得られる細胞の場合にのみ、NIH資金を使って行うことができる。

a. 臨床上必要とする数を超える余剰胚の贈与が自発的であることを確実にするために、研究目的のヒト胚の贈与を受けようと金銭そのほかの勧誘を提示してはならない。不妊治療クリニックおよび/またはその附属研究所は、そのような勧誘が行われないことを特に記した方針および業務を導入しなければならない。

b. 不妊治療のために胚を作製する決定と、臨床上必要とする数を超える余剰胚を多能性幹細胞入手研究のために贈与する決定を明確に分けるべきである。不妊治療のための胚の作製にかかわる決定は、研究でヒト多能性幹細胞を入手するか使用することを提案した研究者の影響を受けずに下されるべきである。従って不妊治療を担当する主治医と、ヒト多能性幹細胞を入手する、および/または使用を提案する研究者は同一人物ではあってはならない。

c. 研究のために贈与されたヒト胚が、治療を求める個人が臨床上必要とする数を超える余剰胚であることを確実にし、贈与希望者に不妊治療のための胚の作製から研究のための贈与の決定までの間に時間的猶予を与えるために、ヒト多能性幹細胞の樹立には凍結されたヒト胚だけを使用すべきである。さらに不妊治療を受ける個人は、臨床上必要とする数を超える余剰胚の廃棄を決定する際にのみ、多能性幹細胞を得るためのヒト胚の贈与に同意するかどうかを提案されるべきである。

d. ヒト胚の贈与は、胚に由来した細胞を移植される可能性のある個人にかかわるいかなる制約あるいは指示もなく行われるべきである。

e. 不妊治療を求め、臨床上必要とする数を超える余剰胚をヒト多能性幹細胞研究のために贈与することを決定した個人から、インフォームドコンセントを得るべきである。インフォームドコンセントの過程で、自身の胚を研究用に贈与するかしないかの決定に直接関係のある贈与希望者と以下の情報を議論すべきである。インフォームドコンセントには以下が含められなければならない。

(i)ヒトの移植医療研究などの研究目的でヒト多能性幹細胞を得るために胚が使用されるという一文

(ii)胚から得た細胞を移植される可能性のある個人にかかわるいかなる制約あるいは指示もなく贈与が行われるという一文

(iii)胚の提供者を直接同定できる、あるいは提供者と結びつく識別子を介して同定できる情報が、ヒト多能性幹細胞の入手あるいは使用に先立って削除されるかどうかについての一文

(iv)得られた細胞および/または細胞系は長期間保管されるという一文

(v)ヒト多能性幹細胞の研究成果に見込まれる商業的可能性の開示、および提供者が将来の商業的発展から金銭その他の利益を受け取らないという一文

(vi)研究は提供者に直接医療上の恩恵を与えることを意図していないという一文

(vii)贈与された胚は女性の子宮に移植されず、ヒト多能性幹細胞入手過程を越えて生存しないという一文

f. 樹立プロトコルは、連邦規則(Code of Federal Regulations45CFRセクション46.107およびセクション46.108、あるいは食品医薬品局(Food and Drug AdministrationFDA)の規則21CFRセクション56.107およびセクション56.108に従い設置された施設内審査委員会(IRB)によって承認されなければならない。[注5注7]

B ヒトの胎児組織に由来したヒト多能性幹細胞の使用

(省略)

 

三、NIHガイドラインとNBAC報告書

 さて、前節で紹介したNIHガイドライン草案の発表に若干先立って、生命倫理国家諮問委員会(National Bioethics Advisory Commission、以下NBACとする)が「ヒト幹細胞研究に関する倫理問題(Ethical Issues in Human Stem Cell Research, September1999」と称する報告書を出している。この報告書は、全体としては膨大なものであるが、結論として13の勧告がなされ、基本的な考え方が簡潔にまとめられている。このNBAC報告書とNIHガイドラインとを比較してみる。

 NIHガイドラインNBAC報告書も体外受精の手法を用いて研究のためにあらたにヒト胚を作り出すことに関しては、公的資金を拠出すべきではないとしている。NBACは、「子どもを生み出すという唯一の目的のために胚をつくることと、そのような目的なくして胚を作ることとの間には、重要な道徳的差異がある」と述べている[▲注8]。勧告3には、「体外受精を用いて研究目的のためにのみ作られた胚からヒトES細胞を樹立することあるいは使用することを含む研究に連邦政府機関は資金を提供するべきではない」とある。

 しかし、不妊治療の過程で臨床的必要性がなくなり、いわゆる余剰胚として廃棄されるヒト初期胚を用いてヒト多能性幹細胞を樹立しようとする研究に関しては、NIHガイドラインとNBAC報告書では際立った違いを見せている。

 NIHガイドラインは、ヒトの初期胚からヒト多能性幹細胞を樹立することと、すでに樹立されているヒト多能性幹細胞を利用して研究することを区別し、前者を伴う研究は公的資金の提供を受けるのに不適格であり、したがって後者のみを認めるかたちとなった。

 これに対して、NBAC報告書はこれらを区別せず、前者、すなわちヒト初期胚を用いたES細胞樹立研究をも容認している。その勧告2においては、「不妊治療後のヒトの余剰胚からのES細胞の樹立および使用を伴う研究は、連邦の資金提供を受けるのに適格なものである。ヒトの余剰胚からのES細胞の樹立を伴う研究に対して連邦の行政機関が公的監視および審査を含む適切な規制の下で資金提供を行うことができるようにするために、胚研究に対する連邦の資金提供に関する現在の制定法上の禁止規定に例外を設けるべきである」と述べている。

 法改正に関するNBACの主張を報告書のなかから拾ってみる[注6]

 

胚研究に関する現行法の禁止規定は、医療および関連保健分野の倫理的目標のいくつか――特に、治療、予防および研究――と抵触する。それらの目標は、仁恵(beneficence)および無危害(nonmaleficence)の原則により特徴づけられる。

ES細胞の樹立と使用との区別は、連邦の資金提供を受ける適格性の観点からは重要なものではない。不妊治療後の余剰胚から細胞系を得る研究とそれらの細胞系を用いる研究の両方に連邦政府が資金を提供することは倫理的に許容され得る。民間の資金提供を受ける研究者により得られた細胞系にのみ頼ることは、科学的および臨床的進歩を著しく制限することになり得る。

 

四、国内の状況――同意のタイミングをめぐって

 国内では、内閣総理大臣の諮問機関である科学技術会議生命倫理委員会と1999年に発足した同ヒト胚小委員会によってまとめられた「ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方」(2000年3月)に基づき、翌年9月には「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」が公布・施行された。

 これによって、中絶胎児の組織を採取してヒト多能性幹細胞をつくる(EG細胞)ことは当分認めないが[注710]、不妊治療の過程で余剰となったヒト初期胚からこの多能性幹細胞を樹立する(ES細胞)ことは認められることになった。すでに樹立されているヒト多能性幹細胞を使用する研究だけでなく、樹立研究そのものを認めるという点においては、NBAC報告書の考え方と同じ(したがって、NIHガイドラインとは異なる)である。

 ヒト多能性幹細胞(この場合は「ES細胞」ということになるので、以下では「ES細胞」とする)樹立のために使うことができるヒト胚の要件をもう少し詳しく見てみよう。ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」の第六条第には、以下のようにある。

 

⑴生殖補助医療に用いる目的で作成されたヒト受精胚であって、当該目的に用いる予定がないもののうち、提供する者による当該ヒト授精胚を滅失させることについての意思が確認されているものであること

⑵ヒトES細胞の樹立の用に供されることについて、適切なインフォームドコンセントを受けたものであること

⑶凍結保存されているものであること

⑷受精後十四日以内のものであること。ただし、凍結保存されている期間は、当該期間に算入しない

 

 ここで、⑶の凍結胚要件について、次に示す例に即して考えてみたい。

 

<例1>採卵する前に、「かりに卵が10個採れて、8個授精に成功したとしても、子宮に戻すのは3個なので、その場合は5個余ります。その場合は余った受精卵を研究に使っていいですか?」と聞いて、あらかじめインフォームドコンセントをとっておく。→実際に余ったら、凍結せずにそのままES細胞樹立研究に使う。

<例2>体外受精のために採卵し授精に成功した段階で、子宮に戻す前に、「受精卵(凍結していない)が今ここに8個あり子宮に戻すのは3個なので余った5個を使っていいですか?」と聞いて、インフォームドコンセントをとる。→凍結せずにそのままES細胞樹立研究に使う。

<例3>体外受精のために採卵し授精に成功した段階で、子宮に戻す前に、「受精卵(凍結していない)が今ここに8個あり子宮に戻すのは3個なので余った5個を使っていいですか?」と聞いて、インフォームドコンセントをとる。→同意の撤回期間(熟慮期間)を保障するために、インフォームドコンセントをとったあとで受精卵(胚)を凍結しておき、一定の期間ののち、同意が撤回されなければES細胞樹立研究に使う。

<例4>体外受精による不妊治療がうまくいき子どもが生まれた段階、あるいは何らかの理由で不妊治療をやめる決心をした段階で、凍結保存されている受精卵(胚)がある場合に限り、カップルがその受精卵を廃棄することを決定した後に、はじめてインフォームドコンセントをとる。→同意の撤回期間(熟慮期間)を保障するために、インフォームドコンセントをとったあとで受精卵(胚)をさらに凍結しておき、一定の期間ののち、同意が撤回されなければES細胞樹立研究に使う。

 

 これらの例のうち、<例1><例2>は凍結保存胚ではないので当然認められない。<例3>の場合は、妊娠・出産に成功せず、加えて、なんらかの理由で再度の採卵が難しくなってしまう場合、あるいは再度採卵して受精させても十分な数の胚が得られない場合が考えられるので、不妊治療の途中で「あのときにあの受精卵を提供しなければよかった」ということになりかねない。

 胚を子宮に戻す前の段階での提供意思の確認は、その後「研究用に提供された受精卵はES細胞として生きているのに、自分のお腹のなかに戻してもらった受精卵は、着床もせず/着床はしたが、流れてしまった」ということが起こり得る。指針が求めているような、たとえば1か月間の同意撤回期間を設けたとしても、こうした状況を完全に避けることはできない。

 不妊治療の途中でそのような思いをさせられる可能性があるということは、胚の提供者である女性やカップルにとって何の益もないことである。ヒト胚を「生命の萌芽」として尊重し、それゆえ提供者の心情にも十分配慮しながら研究に利用するということを考えると、「一度同意したのだからあとからそんなことを言ってもしかたない」と言わなければならない事態は、事前に極力回避すべきである。

 したがって、日本の指針で求めている凍結胚の要件とは、単に「研究利用についての同意をとったのちの熟慮期間を保障するためだけに凍結保存された胚」ではなく、「同意がとられる段階ですでに凍結保存されており、かつ廃棄の決定がなされたものである」という意味と考えるのが妥当であろう。指針には、同意がとられる段階で凍結保存されているものでなければならないという明示的な記述はないが、認められるのは<例4>の場合のみということになる。

 これらの例のうち、<例1><例2>は凍結保存胚ではないので当然認められない。では、<例3>はどうだろうか?研究に使う時点では、たしかに凍結保存胚である。同意を得る(提供意思を確認する)タイミングさえ問題にしなければ、指針に定める凍結胚要件は満たしている。

 しかし、胚を子宮に戻す前の段階での同意取得は、その後提供者にとって「研究用に提供された受精卵はES細胞として生きているかもしれないのに、自分のお腹のなかに戻してもらった受精卵は、着床もせず/着床はしたが、流れてしまった」という状況が生じ得る。妊娠・出産に成功せず、加えて、なんらかの理由で再度の採卵が難しくなってしまう場合、あるいは再度採卵して受精させても十分な数の胚が得られない場合も考えられるので、挙児の希望がかなう前に「あのときにあの受精卵を提供しなければよかった」ということになりかねない。指針が求めているような、たとえば1か月間の同意撤回期間を設けたとしても、こうした状況を完全に避けることはできない。

 ヒト胚を「生命の萌芽」として尊重し、提供者の心情にも十分配慮しながら研究に利用するということが、「基本的考え方」および「指針」を支える精神である[▲注11]。むしろ、生命のはじまりについての議論をせず、提供者が胚に対して抱く特別の感情を重視して慎重な研究利用を求めたという側面があり、「提供者の心情に対する配慮」のほうがキーワードであろう。これは、英国の「ヒト胚研究法(Human Fertilisation and Embryology Act 1990)」を成立させた「Rreport of the Committee of Inquiry into Human Fertilisation and Embryology(通称Warnock Rreport)をまとめたメアリー・ウォーノック(Mary Warnock)の主張に通ずるものがある[▲注12]

 提供者の心情に配慮するなら、単に、研究に使用する段階で凍結されていたかどうかだけでなく、同意取得のタイミングも含めて凍結胚要件を考えなければならない。したがって、日本の「指針」で求めている凍結胚の要件とは、単に「研究利用についての同意をとったのちの熟慮期間を保障するためだけに凍結保存された胚」ではなく、「同意がとられる段階ですでに凍結保存されており、かつ廃棄の決定がなされたものである」と解釈するのが妥当であろう。「指針」には、同意がとられる段階で凍結保存されているものでなければならないという明示的な記述はないが[▲注13]、認められるのは<例4>の場合のみということになる。

 

五、国内の状況輸入ES細胞の問題点――凍結胚をめぐって

 海外からES細胞を輸入しこれを使用して研究をしようとする場合には、それが日本の指針で求めているのと同じ程度の樹立の要件を満たしているのかどうかを、個別に審査することになっている。

 日本からES細胞の輸入(有償)が可能な唯一の機関である[注814]、米国ワイセル(WiCell)社が胚を入手する際に用いているインフォームドコンセントの書式を見てみよう。

 

○細胞株樹立のための未着床余剰胚使用に関する同意書(ヒトの細胞の分化に関する研究への参加のお願い)

・目的

 ヒトの組織・器官はすべて細胞と呼ばれる小さな構造体から出来ています。子宮内に未だ着床していない胚(未着床胚)からの細胞の成長を研究することにより、通常の胚発達についての理解を深めることが期待できるとともに、不妊、流産、先天性奇形、およびその他の異常を治療する重要なヒントが得られる可能性があります。

・胚を用いて何をしようとするのですか?

 子宮内に戻す対象に選ばれていない未着床胚を実験室で様々な条件下で10日間あるいはそれより短い期間にわたり培養します。この培養期間の長さは胎児の構造が出来上がるには十分ではありません。この培養期間中に、胚の写真を撮影します。培養終了後、胚の外側の部分の細胞を内側部分から分離し、廃棄します。次に、内側の部分の細胞を不定期間培養し(「細胞株」)、研究に用います。内側部分の細胞だけでは完全な胚とはいえないため、それを子宮に戻しても胎児にはなりません。

・これらの胚細胞はなぜ重要なのですか?

 これらの胚細胞は特定の組織タイプが発達する前の未着床胚から得られるものですから、「未分化」なものと呼ばれます。この未分化の状態でこれらの細胞を実験室で、しかも可能性としては無期限に培養することができます。しかし、培養の方法を変えると、「分化した」細胞(例えば、胎盤、骨、皮膚あるいは血液の細胞に似た外観と働きを見せる細胞)へ無作為的に発達することがあります。こうした胚細胞がどのように分化するかを研究することにより、将来は、特定の細胞タイプに分化するように仕向けながら細胞を培養することが可能になるかもしれません。多くの病気(糖尿病、パーキンソン病など)は特定のタイプの細胞が死亡したり機能障害をおこすことにより発生しますから、胚細胞株の組織培養で得られた分化細胞を移植することによって多くの病気が治療できる可能性があります。こうした治療法はヒトの病気を治す上で大きな可能性を秘めていますが、それを実際に行うまでには、生物医学の分野がもっと発展することが必要となります。

・これらの胚細胞株はなぜ問題になるのですか?

 これらの細胞株は永久的なもの、つまり、培養されることで無期限に分裂し続けるものです。それらは胚全体ではありません(つまり、子宮内に戻しても胎児には発達しません)が、胚としての多くの特質を備えた細胞です。こうした胚としての特質があるため、ヒトの胚全体について行うことが問題となっているある種の実験は、これらの細胞株を用いる場合にも問題になる可能性があります。私たちは、特に次の2つの実験は、この研究で得られた胚細胞株を用いて行うことは致しません。それは、⑴ヒトの胚細胞をヒトあるいはそれ以外の動物の胚全体と混ぜあわせること、⑵遺伝的に全く同一の複数の完全な胚をどんな方法であれ作成しようとすることです。

・研究に参加することで医療上の利点はありますか?

 あなたご自身はこの研究に参加することで直接の利益を得ることはありませんが、将来の患者さんたちがこの研究から利益を得る可能性があります。胚細胞から、通常のヒト発達についての情報が得られ、その情報が不妊や他の異常への治療法改善につながる可能性があります。この研究の過程で提供者(ドナー)について得られた情報は、個人が特定されるような形でドナーの担当医に伝えられることはありません。これはあくまで研究プロジェクトであり、治療ではありませんから、あなたは不参加を選ぶことも出来ます。

・参加することで経済的に見返りはありますか?

 参加することであなたへの経済的見返りはありません。胚細胞株の分離が成功した場合、その細胞株の所有権はウィスコンシン大学あるいはウィスコンシン同窓会研究財団(WARF)に帰属することになります。胚細胞株から得られた分化細胞はいつの日かヒトの病気の治療に利用される可能性があるため、胚細胞株は商業的に有意な価値を有することになる可能性があり、WARFは細胞株分離法および細胞株の特質について特許による保護を申請する可能性があります。特許が登録された場合、その権利はWARFに帰属します。WARFは1925年にウィスコンシン大学マディソン校同窓会によって大学とは別個のウィスコンシン州法人として設立されました。WARFの使命はウィスコンシン大学マディソン校での研究活動を支援することであります。この使命の一環として、WARFは大学での発明について特許権を取得し、ライセンスを与えます。その収益はWARFの投資利益とあわせて毎年大学への寄付金として支出されています。その資金をどう使うかは大学が責任を持つことになっています。発明者はその発明より得られた利益の一部を受け取り、また、大学がWARFから受け取った資金の一部は大学の方針に基づきその発明に関係した部門に配分されます。

・参加の秘密

 この研究で使用される胚を得るための配偶子を提供する男性あるいは女性は、研究に関わる通信物や刊行物の中で本人が特定されるように扱われることはありません。参加者の秘密保持のためあらゆる努力がなされます。ただし、絶対に秘密が保持されることを保証することは不可能です。

・あなたの意思が変わった場合

 胚の内側細胞を培養のために分離する時点までは、いつでも、あなたの余剰胚の使用許可を取り消すことが出来ます。これらの細胞を培養のために分離した時点からは、それはウィスコンシン大学の所有物となります。

 参加するかどうかはあなたのお気の済むまで十分時間をかけて検討して頂いて結構です。不参加を選んだ場合も、あなたへの医療ケアに対してなんら影響が及ぶことはありません。署名される前に、疑問点があればなんでもお尋ね下さい。この研究の開始前、研究実施中および研究終了後いつでもあなたの疑問に十分お答えするようにいたします(原文は傍点ではなく太字)。このプロジェクトについてお知りになりたいことがあれば、サンダー・シャピロ(Sander Shapiro)博士(ウィスコンシン大学病院・クリニック、体外受精研究所、産婦人科教授)にお尋ねください。研究プロジェクトにまつわる権利事項についてのご質問は病院の患者相談窓口(Patient Relationship Representative)にお寄せ下さい。

・許諾

 私は説明書を読み、疑問点を質問する機会を与えられた上で、私の胚が上記研究目的のために研究所で培養されることに同意することを決めました。この同意書は署名された後で一部を私が受け取ることになる旨説明を受けました。

女性(卵母細胞提供者)氏名    (活字体)  女性(卵母細胞提供者)の署名         (日付)

証人氏名                                        (活字体)  証人の署名                                             (日付)

配偶者(精子提供者)氏名        (活字体)  配偶者(精子提供者)の署名             (日付)

証人氏名                                        (活字体)  証人の署名                                             (日付)

 

 ワイセル社のインフォームドコンセント書式を見る限り、余剰胚(excess embryo)であることは明記されているが、同意をとる時点で凍結されているものなのかどうかは不明である。ヒト多能性幹細胞の樹立に世界ではじめて成功したジェームズ・トムソン(James A. Thomson)博士のサイエンス誌掲載論文(Science 282:1145-47 1998)では、「凍結もしくは新鮮(frozen or fresh)」の初期胚を使ったと記されていることを考えると、先の例の<例2><例3>であった可能性もある。

 インフォームドコンセント書式には、「十分に考える時間がある」ことが明記されているので、同意をとったあとで凍結して一定期間保管し、したがって研究に使う時点では凍結された状態になっていた胚もあったのかもしれない(<例3>に同じ)。しかし、すべての胚がそのように扱われるということは、明記されていない。「十分に考える時間がある」ということは、すべての提供者にその時間を要求するという性質のものでは必ずしもないと思われ、したがってその場で意思決定して署名するカップルがいても不思議はない。

 先に示した例に即して言えば、国内で樹立研究をする場合に<例4>以外は認めないのなら、ワイセル社からの輸入ES細胞は、日本の基準には合致していない可能性がある。日本の基準に合うものだけ、すなわち同意がとられた時点で凍結されていたかどうか等々を満たしているES細胞だけを輸入するか、これから日本の基準に合うものを作って欲しいという注文が受け入れられでもしない限り、ワイセル社からの輸入ES細胞を国内で研究に利用することは困難であろう。

 しかし、ES細胞の輸入が可能な唯一の機関であるワイセル社からのものを使用できないことになると、日本の指針に従って国内での樹立に成功するまで待たなければならないことになる。また、そもそもヒト凍結胚からの樹立は技術的にきわめて困難であるとの、研究者サイドの意見もある[▲注15]。そうなれば、凍結胚の要件を緩和する方向で指針の見直しを求める研究者サイドの意見もある声も当然あがってくるだろう

 今後、指針を実際に運用する段階で、凍結胚をめぐってどんな議論がなされるのか注目に値する。また、ヒト胚を用いた研究全体を視野に入れた規制のあり方もについても、さらなる議論を続けていく必要がある。[▲注16]

 

【注】

▲注1 「樹立(Derivation)」とは、「ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方」によれば、「試験管内で長期にわたって性質を安定的に維持して培養することが可能な状態で取り出すこと」と定義される。Derivationは「誘導」と訳されることもある。

2 かつてNIHは、19人の専門家からなる審議会(Human Embryo Research Panelによる報告書「Report of the Human Embryo Research Panel27 September 1994のなかで、研究目的でヒト胚をつくることまでをも認めたことがあり、これに対しては各方面からの批判を浴びたという経過がある。ラムゼイ会議(Ramsey Colloquium)は、当時反対を表明した団体の一つであり、「人間の非人道的利用(The Inhuman Use of Human BeingsA Statement on Embryo Research by the Ramsey Colloquium)」と題する声明を発表しているFirst Things 49: 17-21, 1995

3 米のベンチャー企業ジェロンGeron社から研究資金の提供を受けていたウィスコンシン大のトムソンThomson博士、ジョンズホプキンス大のギアハルトGearhart博士をそれぞれ中心とする二つのグループ。前者はScience2821145-11471998)に、後者はProceedings of the National Academy of Sciences9513726-137311998)に成果を発表している

注2注4 演説そのものではないが、大統領がニューヨークタイムス紙に投稿した内容は、オンラインマガジン「哲学クロニクル183(http://nakayama.org/polylogos/chronique2001/08/15)にその翻訳が紹介されている。

注3注5 NIHガイドラインは、「ガイドライン草案に対するパブリックコメントの概要(Summary of Public Comments on Draft Guidelines」を前置きとし、「第T節 ガイドラインの適用範囲(Scope of Guidelines)」、「第U節 NIH資金の対象となるヒト多能性幹細胞を使用した研究のガイドライン(Guidelines for Research Using Human Pluripotent Stem Cells that is Eligible for NIH Funding)」、「第V節 NIH助成に適切でないヒト多能性幹細胞を用いた研究領域(Areas of Research Involving Human Pluripotent Stem Cells that are Ineligible for NIH Funding)」、「第W節 監視Oversight)」で構成されている。

注4注6 NIHガイドラインの中で、NIHからの研究助成を受けるにあたって不適切とされる研究領域は、Aヒト胚由来の多能性幹細胞の樹立、Bヒト多能性幹細胞がヒト胚作成に利用される研究、あるいはヒト胚作成を成し得る研究、C不妊治療目的ではなく研究目的で作成されたヒト胚由来の多能性幹細胞を使用した研究、D体細胞核移植(たとえば、ヒト体細胞をヒトや動物の卵子に移植する)を利用し作成したヒト多能性幹細胞の研究、E体細胞核移植(たとえば、ヒト体細胞をヒトや動物の卵子の移植する)を利用し作成したヒト多能性幹細胞を使用する研究、Fヒト多能性幹細胞を動物胚と結合させる研究、G生殖目的でのヒトクローニングのために体細胞核移植とともにヒト多能性幹細胞が使用される研究、である。

注5注7 連邦規則(Code of Federal Regulations45CFRセクション46は「ヒト被験者の保護(Protection of Human Subjects)」であり、セクション46.107およびセクション46.108は、いずれも、施設内審査委員会(IRB)について、「その構成員(46.107 IRB membership)」と「その機能(IRB functions and operations)」をそれぞれ規定している。21CFRセクション56.107およびセクション56.108も同趣旨の規定。なお、45CFRのセクション46に関しては、丸山 英二「ヒトを対象とする研究に関する合衆国の規則(1) : 厚生省の規則(1)」神戸法学雑誌、46(1):220-242、1996年および、丸山 英二「ヒトを対象とする研究に関する合衆国の規則(2) : 厚生省の規則2」神戸法学雑誌、47(3)599-616、1997年に詳しい。

▲注8 米国の著名な生命倫理学者であるジョージ・アナスら以前からこの立場をとっている(Annas, G. J., Caplan, A., Elias, S., The Politics of Human-Embryo ResearchAvoiding Ethical Gridlock New England Journal of Medicine 334, 1329-1332, 1996

注6 この部分の訳は、平成11年度科学技術振興調整費調査研究報告書 ヒト胚性幹細胞及びクローン技術などの研究開発動向及び取扱いに関する調査」(平成12年3月、野村総合研究所)を参考にした。また、NBAC報告書に関しては、星野一正「米国国家バイオエシックス諮問委員会のヒト幹細胞研究における倫理的論点」(時の法令一六四二号、4756、2001年5月30日発行)に詳しいでもその一部が紹介されている

注710 ヒト胚研究小委員会において当該問題が話題になった第八回から第九回の議事録を読んでも理由ははっきりしないが、最終的には、「ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方」で、死亡胎児の組織を用いたEG細胞の樹立に関しては、人工妊娠中絶の意思決定とEG細胞樹立のための死亡胎児組織の提供の意思決定との関係や、我が国で行われている中絶方法など死亡胎児組織の利用に独自の倫理的・技術的問題に対する考慮が必要であり、これらについて検討が行われるまでの間は樹立を行わないこととすべきである」と述べられている。

▲注11 「提供者の心情に対する配慮」について言及されている箇所は、「基本的考え方」では、第2章、1.基本認識と、第3章、2.ヒトES細胞の樹立の要件の(4)、「指針」では、第二十二条。

▲注12 ウォーノックは、「体外受精をめぐる倫理的問題」と題する論文(「バイオエシックスの基礎」加藤尚武・飯田亘之監訳、東海大学出版会、1988年、pp.69-81)の中で、提供者が「細胞の塊にすぎない胚(胎児)が人格だとはこれっぽっちも感じないにしろ、それが単なる細胞の塊とは言えない何か特別のものだという人間的感情を抱くかもしれない」と述べ、「そうした感情を持った時は、それを表明する機会が与えられてしかるべき」であり、「たとえ不合理で功利主義の立場からは正当化の余地がないと思われたとしても、その感情は尊重されねばならない」と主張している。

▲注13 「基本的考え方」第3章、2.ヒトES細胞の樹立の要件の(4)に、「提供の打診を行う際には不妊治療の終了後に行うなどヒト胚の提供者の心情等に配慮することが求められる」とあり、同第3章別添1、ES細胞樹立のためのヒト胚提供におけるインフォームド・コンセント等のあり方の4.その他の@に「ドナーにより、凍結保存胚の「廃棄」の意思決定が別途明確になされており、また研究に利用する可能性があるということが廃棄の意思決定に影響を与えないよう留意すること」とある一方で、第3章、2.ヒトES細胞の樹立の要件の(2)に、ヒトES細胞の樹立にヒト胚を使用する際の留意点として、「A使用されるヒト胚は、インフォームド・コンセントや第三者的な立場からの確認が適切に行われる十分な時間を確保するために、凍結保存胚であること」とあり、同意取得の時点で凍結胚になっていなければならないのか、同意撤回期間を保障するための凍結保存なのか、いまひとつはっきりしない。

注814 米国ワイセル社は、ES細胞の樹立に初めて成功したウィスコンシン大学のトムソンらが、樹立されたES細胞を有償で分配するために、同大学の同窓会を母体として設立された非営利団体である。また、ワイセル社のインフォームドコンセント書式は、同大学の倫理委員会で承認を受けている。このワイセル社から購入する以外に、樹立されたES細胞を入手する道はないとされているが、京都大学の研究グループは、共同研究としてオーストラリアのモナッシュ大学より無償で提供を受けることになっていると報道されている(読売新聞2001年1130日記事)。

▲注15 中辻憲夫 再生医療研究の現在 現代思想第30巻第2号、pp.60-752002

16 玉井真理子ほか ヒト胚研究の倫理 信州大学医療技術短期大学部紀要、2655-742000

 

【謝辞】

 HINガイドラインの翻訳に関しては、稲垣かずみ氏・足立智孝氏・酒井未知氏の協力を得ました。深く感謝いたします。

 

 

玉井真理子(心理学・生命倫理学)

 

玉井真理子(たまいまりこ)/一九六〇年/東北大学大学院教育学研究科博士課程修了・保健学博士(東京大学)/信州大学医療技術短期大学部・信州大学医学部附属病院遺伝子診療部/臨床心理学・生命倫理学/「てのひらのなかの命」(共著、ゆみる書房)、「障害学への招待」(共著、明石書房)、「講座臨床心理学第5巻」(共著、東京大学出版会)他

 

参考資料:

ブッシュ大統領の胚細胞研究の政策(哲学クロニクル183号、2001/08/15)

http://www.nakayama.org/polylogos/chronique/183.html

 

星野一正:米国国家バイオエシックス諮問委員会のヒト幹細胞研究における倫理的論点(時の法令1642号, 47-56,2001年5月30日発行、民主化の法理=医療の場合)

http://cellbank.nihs.go.jp/information/ethics/refhoshino/hoshino0068.htm

 

ヒト多能性胚性幹細胞研究に対する NIH 指針(時の法令 第1640号、54-60, 平成13年4月40日、民主化の法理=医療の場合

http://cellbank.nihs.go.jp/information/ethics/refhoshino/hoshino0113.htm

 

ヒト胚研究小委員会議事録より

(中絶胎児組織を用いたEG細胞の樹立研究を認めない理由・・・不明?)

 

「胎児」と「EG細胞」で関連すると思われる箇所を検索した結果

 

■ヒト胚研究小委員会(第8回)

平成11年11月30日(火)12:00〜14:00

・・・

【事務局】

  それではご説明申し上げます。資料8−6「ヒト胚性幹細胞を扱う研究について」でございますが、事務局の方で若干僣越ながら、今までの議論、議事録等をチェックしながら、異論がないといいますか、全体の共通認識となっている部分と、そこまで至っていない部分をある程度整理した上で論点を整理してございます。 

・・・

  次のページでございますが、EG細胞についてでございますが、中絶胎児組織の有するEG細胞については、一定の枠組みのもと、作成を認めることができるのではないか。ただし、その場合に、中絶体組織の研究利用などについて倫理的な問題や、ドナーからのインフォームド・コンセントの取得、その方法などについて検討する必要がある。こういう整理でございます。 

  特に、これはアメリカの報告から出てきている、事務局として特に認識したものでございますが、中絶の意思決定と研究への提供の意思決定は独立して行うことが必要であろうということを付記させていただいております。 

・・・

【相澤委員】    

・・・

  次に、ヒトES細胞を樹立するとしたときに、どういうふうなソースを当面は認めるかです。あくまでも当面ですが、私の判断では当面は不良余剰胚にだけ限るという形にしたほうがいいのではないか。死亡胎児組織を使うことがいいかどうか、私自身は死亡胎児組織からEG細胞をつくるというのはいいのではないかと思っていますけれども、ただ、それは死亡の判断の問題とEG細胞をつくるための条件の間がうまく整合性が立つかどうかということで、先ほどちょっと死亡の定義をお聞きしたんですけれども、これは議論されるべきことだと思います。 

 ・・・

【迫田委員】

  ちょっと今のところも理解できていないんですが、その前に質問が2つ相澤先生にあります。1つは、死亡胎児組織のところについてはまだちょっと待とうというような印象でおっしゃいましたが。 

【相澤委員】

  いや、議論にゆだねますという意味です。

【迫田委員】

  その意味は、胎児の死亡のところでちょっと先生おっしゃいましたが、これは胎児の生殖細胞を使うからという理由ではなくて、その死亡というところでこだわってその議論をした方がいいと。 

【相澤委員】

  僕はちょっと専門家でないので、死亡胎児組織を使っていいということが整合性を持ち得るかどうかがわからないんです。要するに胚性幹細胞の樹立に限ってのことですけれども、EG細胞を作成するときに使うべき胎児組織が、医学的に死亡と判断されるときではもう遅過ぎるかもしれないので、ですから、いつ死亡と判定するんですかと。ですから、それがそれがはっきりしていないと、僕はちょっと答えられないという意味で、クエスチョンがついているんです。 

【迫田委員】

  もう一つ、別の話になってしまうけれども、いいでしょうか。

【武田委員】

  じゃあ、今の話で、先ほども相澤先生から胎児の死亡を何で決めるかというご質問がございましたんですけれども、やはり普通の個体の死亡を決めると同じような、ほぼ類似した条件で決めておるわけで、基本的には心拍動の停止、運動、インボランタリムーブメントの消失ということが死亡胎児の死亡認定になっています。 

  ただ、先ほども申しましたように、完全な形で胎児が流産するというのは12週以降だろうと思うんですね。12週以前の流産胎児では、自然流産の場合は多分卵が吸収されてなくなっていることが多うございますし、人工妊娠中絶で流産をする場合にでも、胎児の状態を完全な形で体外に排出するということは大変難しゅうございます。したがって、12週以前の生死の診断というのは非常に難しくなってくる。 

  ところが、胎児組織を使うのはその前後になりますね。特にEG細胞というふうなことになりますと。だから、その辺はなかなか論理的に割り切った形で臨床に持ってくることは難しいように思います。 

【迫田委員】

  今の話も本当はもう少し詳しくお聞きして、いろいろ議論しなくてはいけないことだとは思っています。

・・・

 

■ヒト胚研究小委員会(第9回)議事録

平成11年12月28日(火)1:00〜4:00

・・・

(藤本先生)

  ただいまご紹介をいただきました北海道大学の藤本でございます。

・・・

  それから、本小委員会に関連する会告といたしましては、その次の会告でございますが、「死亡した胎児・新生児の臓器等を研究に用いることの是非や許容範囲についての見解」でございます。これは昭和62年1月の会告に出ております。すなわち会告集の資料1)の24ページをごらんいただきます。そこにいろいろ内容が出ておりますが、簡潔に要約いたしますと、死亡した胎児、新生児の取り扱いは死体解剖保存法に従う。死亡した胎児、新生児の臓器等を研究に用いることは、それ以外には研究の方法がなく、かつ期待される研究成果が極めて大きいと思われる場合に限られるべきである。研究を行う者は原則として医師とする。提供者及び父親(親権者)の承諾を得て、プライバシーを十分尊重する、こういうことがこの会告の骨子でございます。この会告には解説文、考え方等はついておりません。 

・・・

■ヒト胚研究小委員会(第10回

平成12年1月11日(火)13:00〜16:00

・・・

(事務局)

・・・

  それでは、資料10−1に従いましてご説明申し上げます。

  今回の規制の枠組みでございますが、対象とする行為は、前回のご議論を踏まえて、ヒトES細胞の樹立についてとしてございます。EG細胞のほうにつきましては、技術的にも少しいろいろ難しい点もあるようでございますので、その点、また別途検討する必要があるかと思われます。その間は樹立を行わない。倫理的にといいますか、技術的にいろいろ問題を整理する必要があるので、それまでの間という趣旨でございます。

・・・

  それでは、10−2、「ヒト胚性幹細胞を使用する研究の規制の枠組みについて」、ご説明申し上げます。

  この対象とする行為でございますが、ES細胞を使用する研究と全能性を有するという意味で、EG細胞を使用する研究も同様に扱うものと審議してきております。ただ、EG細胞を使用する研究につきましては、現在のところ、EG細胞樹立の枠組みができるまでは、当面想定されるものは輸入されたものになりますので、詳細については個別に個々の研究を審査する段階で、その妥当性を審査していただこうという趣旨でございます。

 

■ヒト胚研究小委員会(第1

平成12年1月19日(水)13:00〜16:00

検索すると、「胎児」が1ヶ所、相澤委員の発言の中にあるも、中絶胎児問題とは関係なく、議論にはならず。

「EG細胞」なし

 

■ヒト胚研究小委員会(第2

平成12年1月25日(火)3:00〜5:00

検索すると、「EG細胞」が1ヶ所、委員の発言の中にあるも、中絶胎児問題とは関係なく、議論にはならず。「胎児」なし

 

■ヒト胚研究小委員会(第3

平成12年2月2日(水)2:00〜5:00

・・・

(事務局)

・・・

  第3章、ヒト胚性幹細胞につきましては、やはり表現ぶり等の修正をしてございまして、EG細胞の部分につきまして、中絶方法の問題などについても検討した上で、これらの検討が必要だということ、これらの検討が行わるまでの間は樹立を行わないとすべきであるという表現にしてございます。

 

ラムゼイコロキウム声明

The Inhuman Use of Human Beings

A Statement on Embryo Research by the Ramsey Colloquium

First Things 49(January 1995): 17-211993

http://www.firstthings.com/ftissues/ft9501/articles/ramsey.html

 

 ラムゼイ会議(Ramsey Colloquium▲)は、当時反対を表明した団体の一つであり、「人間の非人道的利用」と称する声明を発表している。以下はその内容である。

 

米国立衛生研究所(NIH)が任命した19人の専門家からなる審議会は、研究用素材とする場合に限り、公的資金を使って実験施設でヒトの胚を受精させることを認めた。「ヒトの胚・受精卵研究に関する委員会」の報告書を慎重に検討した結果、私たちラムゼイ会議は、この勧告は反道徳で、罪のない人間を著しく不当に扱い、自由で良識ある社会の基本である人の尊厳と権利という根本理念を侵害するとの結論に達した。委員会の主張は科学的というよりも観念的で利己的だ。勧告が認める行為は、一線を越え、人という生命体をいくらでも技術操作し作り出せる世界に足を踏み入れる。委員会は、誰もが嫌悪する実験とは「明確な一線」を画すると主張する。実際には一線は引かれず、委員会自身の論理からいっても線引きは不可能だ。勧告が受け入れられれば、人類の運命を決する一歩となり、後戻りできないかもしれない。

 

提起された問いは私たちすべてに関係する。米国のような社会では、専門家委員会がこうした問いに結論を下すことはできないし、下すべきではない。私たちはNIHの提案について、国民全体を巻き込んだ議論と議会の徹底した調査を強く求める。勧告にある研究に公的資金を使うべきではない。そのような研究は一切、行ってはならない。法律で禁じるべきである。この結論に達するまでの経緯を以下に説明しよう。

 

委員会の勧告を知った人は大概、その場で強い嫌悪感に襲われたに違いない。それを感情的と片づけてはならない。私たちが失いがちな人間性を保つためには越えてはならない一線を、心の奥底で直観している表れだからだ。

 

例えば、委員会の提案に対して『ワシントン・ポスト』紙の社説は、「それ自体を破壊する研究のためだけにヒトの胚を作り出すなど言語道断」とにべもなかった。私たちの文化はまだ、無条件で容認できない、ましてや承認し公的資金を使うなど論外なものがあることを知ったり、口にすることもできないほど、道徳的相対主義に侵されてはいない。さらに同紙の社説は、この問題を妊娠中絶とは切り離して考える。「妊娠中絶権の支持は(胚を使った)実験の支持に等しいと言うのは、妊娠中絶の容認は社会の違いを認める力を抹殺することに等しいとする、中絶反対派に組みするものだ」。ヒトの胚の創造や利用、破壊の問題は妊娠中絶の問題と完全には切り離せないが、両者の区別は可能だし、区別すべきである。中絶合法化に対する見解がどうであれ、この越えてはならない新しい一線について、1人でも多くの人に態度を表明してほしい。

 

報告書の新しい点で不吉なのは、人という生命体の胚を、利用・廃棄される単なる研究素材として扱い、さらにそのためだけにこの世に生み出すことができるとしたことだ。報告書は、研究に利用される胚は人という生命体の段階であると、すんなり認めている。新しい命がいつ始まるのか、ためらうことなく答えている。確かに、明白な科学的証拠の前に選択の余地はない。新しい命は妊娠(報告書では「受精」)と同時に始まる。報告書は胚について、その最初期から「発育過程にある人という生命体」としている。非常に初期の胚は「真剣な道徳的配慮」や「道徳的敬意」、「心からの尊敬」に値し、「実験動物よりも尊敬」されなければならないと繰り返し述べている。

 

ここで人という生命体だけでなく、人間についても語らなければ嘘になる。皮膚や腸の組織、さらには卵子と精子も人という生命体だ。しかしそれらと違い、胚はその最初期から、誰もが人間と認めるものを自発的に形成することができる。胚は存在である。つまり、実存する完全な統一体なのだ。胚という存在は、人である。何か別の動物に形成されることはない。人の姿をした存在はすべて、人間だ。発生して5日や15日の胚は人間に見えないと反論されたら、5日や15日目の発育段階にある人間はまさしくそのように見えるのだと指摘しよう。明快な言葉は明快な思考の基本である。

 

科学研究用素材としてまったく罪のない非力な人間を作り出すことを、政府は許可し資金を投入できるのか、それが問題だ。報告書は、できるとした後、どの人間は利用でき、どの人間は利用できないかを検討している。私たちの文明の最も尊い格言の一つに、人間を単なる手段ではなく常に目的として扱え、というものがある。委員のパトリシア・A・キング教授は、報告書に対する部分的反対意見として次のように述べている。「人に利用されるだけのために人という生命体を作るという点で、研究目的の卵母細胞(卵子)の受精には不安を感じる。私には、社会が、道しるべとなる概念的枠組みを構築したとは思えない...。私たちは少なくとも細心の注意を払って進むべきだろう」。キング教授のごく妥当な懸念からは、当然、一歩も進むべきではないという結論が引き出される。残念ながら、他の委員は懸念すら抱いていないようだが。

 

科学の進歩という目的に達する手段として利用できる人間と、利用できない人間を比較検討する際、報告書は、決定は「多元的な」判断に委ねられるべきだとする。つまり、委員会が到達する結論を支える原則や論証過程は、1つではない。「多元的な」判断なるものは、疑わしい議論を積み重ねれば説得力のある結論が引き出されると言っているに等しい。「多元的な」判断に達する過程で、委員会は哲学的、道徳的、さらには科学的混乱に陥ってしまう。残念ながら、委員会のいくつかの主張は不誠実とのそしりを免れない。

 

報告書は、ヒトの胚はどれが利用可能で、どれは利用からの「保護に値する」かを決める上で、「人であること」という概念に重きを置いている。そして問題は「人間の生命はいつ始まるのか?」から、「人間はいつ、人格を備えた人になるのか?」へとすり替えられる。人格を備えた人は保護に値する。存在を否定された人や、人以下とみなされた人は保護に値しない。しかしこうした人々は保護されないからこそ、保護に値しないのだ。私たちが保護できるという意味において、彼らは明らかに保護に値するが、私たちが保護しないと決めたために、「保護に値しない」とされるのだ。そして、彼らは人格を備えた人ではないからというのが、保護しない理由だ。人格を備えた人であって保護に値するかどうかは、人から連想され、保護するに値すると考えられるある種の特質を持つかどうかに左右される。ここを含め報告書のあらゆる箇所で、読者は委員会の論証が堂々巡りをしている印象を受ける。

 

問題は、胚が保護に値するかではなくて、保護を必要とするかだ。報告書によれば、「いつから保護に値するかは絶対的ではなく、その存在を尊重(そしてその存在に対する他者の自由を制限)せずにいられない特質を次々保有することから導き出される」。言い換えれば、人間は発育するにつれて道徳的地位も高くなる。「人格を備えた人であること」は頑張ったご褒美なのだ。報告書が支持する原則によれば、人を保護する義務は保護の必要性に反比例するらしい。別の言い方をすれば、余すところなく疑いなく人格を備えた人は、ほぼ自分を保護できるから保護に値する。

 

どのような「生命」や「生命体」あるいは「発育過程にある生命」が尊敬と保護の対象となるかは、これまで倫理的に議論されてこなかった。生きている人間は尊敬と保護の対象となる。報告書とは対照的に、私たちの文化は昔から、これは「絶対的」だと確信してきた。私たちは互いの運命と無関係ではいられない。すべての人間は不可侵である。強者がさまざまな弱者の道徳的差別を正当化するのに使った「概念的枠組み」(キング教授)を克服するために、社会は多くの血と汗を流してきた。委員会の言う「人格を備えた人であること」はそのような概念的枠組みであり、生まれてきた人にも、まだ生まれていない人にも関係する。

 

「人格を備えた人であること」の概念には複雑な神学的・哲学的・法的歴史がある。科学的概念でないのは確かだ。委員会にみられるように、それは観念的な概念であり、人という生命体と共同体に対する私たちの文明の理解を劇的に変えることを目的とした計画のための考え方だ。報告書によれば、「人格を備えた人であること」という地位を授けるのは私たちだ。そして、地位を与えられた私たちが、人として認められ尊敬と保護を受ける資格を得た仲間に誰を入れる(入れない)かを決める。保護に値するかは、尊敬せずにいられない「特質を次々保有する」ことによって高まるという。従って、そのような特質を次々失えば、保護に値しなくなる。

 

上記の原則は、「尊敬せずにいられない」特質を失った人々、特に命の終焉にある人々に不吉な影を投げかける。しかしそれを何とも思わない委員がいることが、その著作や発言からうかがえる。報告書は倫理的論証をさらに補強するため、委員でもあるロナルド・グリーン教授の「生命の始まりと終わりに関する私たちの思考のコペルニクス的転換(Toward a Copernican Revolution in Our Thinking About Life's Beginning and Life's End)」という論文を引用している。確かに、グリーン教授とヒトの胚・受精卵研究に関する委員会が提唱するように、転換には違いない。引用された論文は、どのような人間にも、人格を備えた人として尊敬しなければならない「特質は存在」しないと主張する。「人格を備えた人であること」(従って傷つけられたり殺されない権利)を認められるか、否定されるかは、「私たちの側の、進行中の非常に複雑な判断過程の結果」だという。アカデミックな世界の現在の言葉によれば、「人格を備えた人であること」は完全に「社会的な構成概念」だ。「人格を備えた人であること」の資格を与えられるには若すぎる、年を取りすぎている、あまりに発育が阻害されている、病んでいる、手が掛かる、役に立たないなどを決めるのは、「私たちの側の判断」なのだ。米国民は、人の尊厳と人権の理解の「コペルニクス的転換」を相談されてなどいないし、転換に同意していないことは確かだ。

 

しかし、委員会が勧告する研究を道徳的・法的に許可するには、転換が必要だ。報告書の広範な倫理的・哲学的思考の「概念的枠組み」は、差し当たっての問題をはっきりさせるよりも、むしろわかりにくくする。既に示したように、問題なのは人格を備えた人である人間と備えていないとされる人間の違いではなく、人間とその他の動物の違いである。また、報告書は「着床前胚」(子宮への着床は通常、6日目に始まり、受胎から14日目に完了する)を重視する。委員会は14日を過ぎた胚に「より大きな尊敬」が払われるとする。これは非常に誤解を招きやすい。問題なのは着床前胚ではなく、着床しない胚−着床させないことを念頭に作られ、科学的に有用である限り生かされ実験対象とされる胚なのだ。

 

その他にも混乱の材料はある。報告書は「双生児産」にもページを割いている。初期の胚は、ごくまれに2人以上の人間に「生まれる」ため、「個別化」してはならないとされる。双生児産の可能性の倫理的重要性ははっきりしない。まれに胚が分割される場合があるからといって、それ自体を破壊する実験のためにヒトの胚を意図的に作り出すことは、絶対に正当化できない。さらに報告書は、胚の発育が進む「可能性」をもって「保護に値する」かどうかの指標とすると繰り返し述べている。ここでは論証の堂々巡りが特に激しい。報告書は、発育の初期段階の人間は発育が進む可能性がないのだから、保護に値しないと主張する。しかし実験施設で作り出された胚の場合、研究者が保護しないからこそ、発育は進む可能性がない。研究者は胚を利用したいから、保護しない。胚は保護されないから、生来の発育の可能性を奪われる。こうして「可能性がない」から、「保護に値しない」と断定される。

 

誰が生きるべきなのか、死ぬべきなのか? 世間並みに保護される共同体に属するのは誰なのか? 人間と実験動物をどのように区別するのか? 報告書が提起したこれらの途方もない問いには真剣な考察を要するが、ヒトの胚・受精卵研究に関する委員会のそれは十分ではない。

 

委員会は、ヒトの胚に何が行えるのか、明確な線を引き、時間的制約を確立したと主張する。そのような主張は偽りであり、委員も偽りだとわかっているようだ。報告書によれば、生きている人間を対象とする研究は、「生体内に原始線条が通常発現する時期(14日)を超えてはならない」。(原始線条とは胚盤の中央に生じる溝で、その出現は胚の継続的な発育の重要段階の1つとされる。)しかし委員会の審議録で明かなように、この時間的制約は明らかに任意で、実用上の妥協として決められたものだ。

 

委員は皆、発育は継続的で、「人格を備えた人であることを認められた」人に明確で自然な線を引くことはできないことを知っている。さらに「時間的制約」は、報告書が「当面」および「近い将来」に適用すると言っていることからも明らかなように、決して決定的ではない。技術的に可能で科学的に興味深い実験に「検討の継続が認められる」一方で、今のところ実験動物で事足りていて、「激しい物議をかもす研究案に対する国民感情に配慮」して、「連邦政府の資金を使えない」実験がある。当面、そして近い将来は。

 

例えば、異なる時期に生まれる遺伝的に同一の個人を作る、生まれた子供と遺伝的に同一の人間の胚を凍結して後の臓器・組織移植の資源とする、あるいは既存の人間のクローニングや胚の「複製」といった計画は、「不適切」と断定される。報告書がこれらに反対しているかははっきりしない。今のところ連邦政府の資金の使用を勧告していないにすぎない。しかし報告書の論理では、これらをしてはならない、あるいは公的資金を使えない理由は、原則として存在しない。

 

「審議を通じて委員会は、着床前胚の研究は多大な科学的および治療上の利益が見込まれる場合にのみ容認できる公共政策だという原則を拠り所とした」という。しかし、強い動機が存在しない限り行ってはならないという原則は、あってもなくても同じだ。制約を課したといっても、「重大かつ説得力のある事由」は例外と繰り返し主張しているため、意味がない。「コペルニクス的転換」とは、あらゆる理に適った制約を放棄することにほかならない。「重大かつ説得力のある事由」であれば、科学者は「保護に値しない」とされた人間を使って好きなことができる。しかも「国民感情」の許す範囲内で公的資金を与えられる。こうした許可がごく小さく幼い人間に限定される理由は、原則として存在しない。

 

もちろん委員会は、勧告は科学知識と治療上の利益に関する「重大かつ説得力のある事由」に依拠すると信じている。非力で同意のない人間に対する致命的な実験が科学的利益を有する発見に結びつくかもしれないことは疑いない。報告書は治療上の利益として、体外受精の成功率の向上、新しい避妊技術、新たな遺伝スクリーニングの見通し、組織移植に使う細胞系の生産、そしてもっと漠然と、癌その他の病気の治療を約束する。

 

実際、報告書は、提案された研究の「利益」の可能性をあまり議論したくないようだ。すべてのヒトゲノムがマッピングされる、女性の初産年齢が上がり、従って遺伝病のリスクに対する不安が高まる、胚と胎児から採取したパーツが年配者の治療に使える、多くの人が障害者を非常に負担に感じる、オーダーメードベビーの生産が技術的に可能となるなどの場合、人々が、委員会の勧告は「重大かつ説得力のある事由」に依拠すると思いたくなったとしても不思議ではない。特に報告書は「着床前遺伝スクリーニング」と、子宮に戻す前の人工受精胚の検査に資金を投入することを奨励している。相応しくないものを排除し、優生学的目標を推進するために人工受精を常態化し、遺伝スクリーニングを一般化することが、ヒトの胚・受精卵研究に関する委員会の提案がはっきりと推進する「すばらしい新世界」なのだ。

 

私たちはそのような未来を望んでいるのだろうか? 誰が決めるべきなのか? 問題は委員会自体の構成と役割に行き着く。

 

「さまざまな段階の出生前の生命が有する道徳的価値の問題に関し、米国民の見解は多岐にわたる」と報告書は述べている。「公共政策の策定者の役割は、どの見解が正しいのかを決定することではない。むしろ公共政策はさまざまな利益の妥当な調整に向けた努力の表れである」。委員会には、特定の哲学を採用したり、「形而上学的に複雑で物議をかもす」議論を調停する役割はないという。しかし委員会は実際、勧告を道徳的に正当化するために、複雑さと論争を整理できそうな哲学を採用している。その哲学は一般に功利主義と呼ばれる。いかにも幼稚で思慮分別の足りない功利主義だが、言おうとするところは明確だ。目的は手段を正当化する。「重大かつ説得力のある事由」が存在するなら、目的はあらゆる手段を正当化するらしい。確かに委員会の功利主義は、科学研究用の道具としてのみ有用性が評価される人間を作り出し、利用し、破壊することを正当化する。委員会の判断は「多元的」ではない。最終的な要素はただ1つ−科学的有用性だけなのだ。

 

道徳的判断や哲学を押しつけてはいけないと言っておきながら、委員会はそれらを押しつける。明らかにNIHに助言を与えるだけの委員会は、同時に、私たちの代表という任務を勝手に手に入れている。「さまざまな利益の妥当な調整」は政治家と立法府の仕事だ。専門家からなる委員会は、立法者が決定の際に考慮すべきありとあらゆる事実や議論、要件を提示することによって、政治協議を形作ることはできる。しかしヒトの胚・受精卵研究に関する委員会にはそれができなかった。委員会は、その愚かな功利主義哲学を共有しない人々の意見を聴取しておきながら、そうした多様性を取り込むことはしなかった。第1回会合で委員長が説明したように、問題の研究に反対する人は誰であれ、委員に相応しくないと考えられた。こうして委員会は、異なる見解を都合よく排除することで、差し当たっての問題の「見解は多岐にわたる」が、「妥当な調整」にこぎつけた。

 

さらに困ったことに、連邦資金の投入が勧告された研究を、委員自身が行っている。確かに、倫理諮問委員会は審議中の研究に携わる科学者の意見を聴取しなければならない。しかし今回の場合、諮問委員会の委員は自らの研究に連邦補助金を投入するよう勧告しているのではないか。普通これは諮問ではなくロビー活動という。議会は関係者の明らかな役得をきちんと調べるべきだ。

 

私たちの懸念は委員会が奉ずる哲学と道徳的論証にある。私たちは、NIHの偏った委員会がこの不吉な問題を決定してはならないと固く信じており、ほとんどの米国民もそう信じていると確信している。すべての人に影響する事柄は、代議制を通じてすべての人によって決定されるべきだ。ある種の人間は「保護に値しない」と断定する提案は、私たちすべてに影響する。人間を目的ではなく、単なる手段として扱うべきだという提案は革命的だが、目新しいものではない。そのような恐ろしい「概念的枠組み」は綿々と続いており、残虐な今世紀に限ったことではない。

 

人間を破壊する実験のために人間を作り出すことは、法律で禁じられなければならない。自らに危害を加える上、同意していない実験に人間を利用することは、法律で禁じられなければならない。その人間がどれほど若かろうが小さかろうが、年を取っていようが非力だろうが関係ない。いくつかの国は、委員会が提案した研究を禁じるか、厳しく制限している(ノルウェー、ドイツ、オーストリア、オーストラリアなど)。ナチズムの言いようのない恐怖の影を感じつつ、ニュルンベルク綱領は、「死や回復不能の傷害がおこると信ぜられる理由が演繹的にある場合、実験をおこなってはならない」と宣言した。また世界医師会のヘルシンキ宣言(1975年)は、「被験者の利益に対する考慮は、常に科学的、社会的利益よりも優先しなければならない」と断言する。

 

実験を禁止しても強制力はないという反論がある。もしそうなら、NIHが提案する規制にも強制力はないのではないか? 委員会が勧告した研究は現在、公的資金があろうとなかろうと、さまざまな賛助を得て行われている。科学的好奇心とうぬぼれに駆られ、莫大な商業的利益への期待と社会に利益をもたらすという信念に増幅されて、そのような研究に歯止めは利かないだろう。しかし法律の必要性は、効力の普遍性と無関係だ。人間に重大な危害を加えるか死をもたらすことが確実な科学実験に人間を使う研究はすべて、違法とし、道徳的に忌まわしいものとしなければならない。

 

恥も外聞もなく偏向的で、概念的に混乱したヒトの胚・受精卵研究に関する委員会の報告書は、はっきりと拒絶されなければならない。「当面」および「近い将来」に制約しても、何も制約したことにならない。制約は、科学者の慎重に進むという当てにならない保証でしかない。本来ならそこへ進んではならないのだ。委員会が勧告する道が承認されるなら、近い将来は不吉なまでにはっきりしている。生まれた、生まれていないにかかわらず、ある種の人間を人類から排除する「概念的枠組み」を人々が編み出した、あの過去に逆戻りするのだ。

 

▲宗教および社会生活研究所(Institute on Religion and Public Life)が後援するラムゼイ会議は、ユダヤ教とキリスト教の神学者、哲学者、研究者の集まりで、定期的に会合を持って倫理、宗教、社会生活の問題を話し合う。会議は、著名な倫理学者ポール・ラムゼイ(19131988)にちなんで名付けられた。

 

*このラムゼイコロキウム声明は、1994年に19人の専門家によるNIHの「ヒト胚研究パネル」が、研究目的でもヒト胚の作成までをも認めるレポートを出したことに対する批判的声明である。

 

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http://www.cnie.org/nle/st-39.html)より

 

In September 1994, a National Institutes of Health (NIH) Human Embryo Research Panel (NIH Panel) released a report which recommended that some areas of human mbryo research be acceptable to receive federal funds, including embryos created expressly for the purposes of research, under certain limited conditions.(3) The NIH Panel, made up of 19 individuals with expertise in basic and clinical research, ethics, law, social science, among other fields, also identified areas of human embryo research it considered to be unacceptable, or to warrant additional review. The Panel's report was unanimously (9 to 0) accepted by the Advisory Committee to the Director (ACD) of NIH on December 2, 1994. However, on that same day following the ACD meeting, President Clinton directed NIH not to allocate resources to "support the creation of human embryos for research purposes." The President's directive did not apply to research involving so-called "spare" embryos, those that sometimes remain from clinical IVF procedures performed to assist infertile couples become parents. Nor did it apply to human parthenotes, eggs that begin development through artificial activation, not through fertilization.(4) Animal studies of parthenotes have shown that they, in the early stages of development, can develop similarly to normal animal embryos. However, when transferred to the animal uterus, few have reached the stage of implantation.

 

3. NIH, Report of the Human Embryo Research Panel, 27 September 1994.

4. Fertilization is the fusion of sperm and egg (gametes) nuclei. In humans, for two weeks following fertilization, the product of conception undergoes preembryonic development and is known as the conceptus. From the third through eighth weeks after fertilization, the conceptus is called an embryo, and from the ninth week through birth, a fetus. Elaine Marieb, Human Anatomy and Physiology (The Benjamin/Cummings Publishing Co., Inc. 1989) pp. 956-957