広域抗生物質という名の野蛮な治療

2002年に行われる国際内科学会の準備のためのメーリングリストで,抗生物質の乱用を話題にしようというメールのやりとりから,

> このように多くの問題を孕んだテーマだと思うのですが国際内科学会で議論して頂く訳にはいかないでしょうか?米国、日本、そして他の諸国でも必要な議論だと思うのです

全くその通りだと思います.一人当たりの抗生物質の使用量と感染症による死亡率の国際比較一つとっても,心疾患による死亡率の国際比較と同じくらい興味のあるテーマだと思います.

> 患者側の情報不足と医師側の「思い遣り(?)」の2つの要因があると議論されています。

患者に対する医師のひとりよがりの「思い遣り」をご指摘でしたが,抗生物質以外にも,こういうことってたくさんありそうですね.例えば,精神科病棟での喫煙自由という名の患者虐待も,そういった間違った「思い遣り」の一つでしょう.

> 教育の徹底(実際、「風邪に抗生物質出して何故悪い?」と言う医師もいっぱいいます)と上記の間違った「思いやり」を正す必要がありそうですし、さらに製薬メーカー の宣伝や厚生省の抗生物質に対する指導力不足、さらに言えば風邪に抗生物質を大量に処方していてもおとがめのない保険審査にも問題があると思われます。

抗生物質乱用防止のキャンペーンは禁煙キャンペーンよりもtoughな仕事になりますね.タバコと違って医者の中でもあからさまに敵対する人がいるでしょうし,タバコ会社よりも後ろめたさの少ない製薬会社も敵に回さなくてはならない.

タバコの場合は,医者が奨励してタバコ病を作ってくれないもんだから,仕方なく販売会社がニコチン中毒をどうやって上手く作るか研究をしていたのですが,抗生物質の場合には,医者の方が一生懸命耐性菌を作って,製薬会社の利益に貢献しているのですから,非常に滑稽な図式です.

かつて瀉血は体の中の毒を除くという確信のもと,あらゆる病気で行われていました.それを我々は笑いますが,瀉血の適応が狭められていく過程に,どのような学問の進歩と,それを普及させる努力があったのかと思います.現在の抗生物質の乱用も瀉血の乱用と同様ではないでしょうか.ワクチン技術の飛躍的な発展か,細菌感染症の診断技術の発達が,抗生物質の適応をぐんと狭める可能性があります.

我々は適切な抗生物質使用の伝道の入り口に立っているように思えます.我々が現在行っている抗生物質の処方が笑われるような時代がきっとやってきますように.あと50年たったら,このメールを読んでいる誰かが,”昔は熱が出たらすぐ抗生剤を処方するなんて野蛮なことをやっていたんだ.広域抗生物質という名の物騒な薬があって,そいつが多剤耐性菌を作ってばたばた人が死んでいった.”って,曾孫の医学生に昔話を聞かせて笑われるような時代がきますように.ちょうど我々が,”日本軍は密かにペニシリンを輸送しようとしていたんだ”なんて話を聞いたように.

”医学の進歩”ってそういうことですよね.5年後に生き残っているかどうかわからないような”最新のナントカ”を議論するよりも,本当の”医学の進歩”について議論する場が国際内科学会だと思います.

メディカル二条河原へ戻る