市場原理導入はまず教育から

臨床研修必修化では,臨床研修病院の勝ち組と負け組がはっきりするとのことです.市場原理導入はまず教育からというわけです.

私が2003年6月まで在籍した上越の国立精神療養所は勝負の始まる前から典型的な負け組と決まっていました.標榜欠如(定員不足による保険請求削減)すれすれの低空飛行を続けながら,大本営からは,赤字垂れ流しは納税者の皆様に申し訳が立たないと叱咤激励され,経営改善努力の真っ最中.金ばかりかかる教育のことを考えるなんてとんでもない.ちなみに高給取りの医者が辞めていくのは,最も効率的な人件費削減のはずなのに,大本営からお褒めにあずかったことは一度たりともありませんでした.今でも不思議でなりません.

医師定員を満たせないような施設で満足な教育などできるはずがないとの御尤もなお説により,当初は教育には参加できないはずでしたが,そうなると北陸・東北・北海道にある多くの国立病院・療養所で研修医を受け入れられない羽目になるので,医師の定員割れでも,お情けで教育施設の仲間に入れてもらえることになりました.精神科は必修なので,大都市圏を除く多くの地域で精神科医療を担う唯一の公的施設となっている国立療養所が教育に参加できないとなると,精神科研修に大きな障害をきたすのです.しかし上記の惨状は如何ともしがたく,そんな施設に来てくださる研修医の皆様には申し開きの余地もありません.

インパール作戦の真っ只中から敵前逃亡という日陰の身ではありますが,数だけは本来は多数派のはずの負け組の声が聞こえて来ないので(自分は勝ち組だと錯覚しているからか?),相も変わらず出しゃばりの戯言,失礼いたしました.

以下は上記の戯言をもう少し一般化してわかりやすく書いたものです(厚生福祉2003年9月12日号)

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臨床研修の負け組はどこへ

来年度からの臨床研修必修化に備え,研修予定者によるマッチング参加登録が,さる8月20日に始まった。マッチングへの参加は,研修希望の医学生,研修病院とも任意である。しかし,厚労省による6月のアンケート調査では,8割以上の研修?院が参加の意志を示した.優秀な研修医を巡る各病院間の獲得競争で市場原理が働き,負け組は淘汰されると予想する向きもある.
この未知なる競争に臨んで,自分達が勝ち組になれると楽観できる病院は,ごく少数の有名教育病院だけで,大学病院関係者の間でさえ危機感が強い.いや,競争に参加できる施設はまだいい.医師不足に悩む地方の中核病院では,教育どころか,定員不足を解消するのに精一杯である.勝ち負けを争う以前に不戦敗というわけだ.臨床研修必修化は,大学医局による半強制的なローテーション人事による人員供給を崩壊させる.その結果,負け組における人手不足は一層深刻になる.若い人材が集まらなければ既存のスタッフにますます負担がかかる.それを嫌って人材流出に拍車がかかる.一部の負け組ですでに現実化しているこういった悪循環が,さらに広がる恐れがある.
このような負け組は少数派ではない.大都市圏を除けば,むしろ多数派である.しかも,これら負け組の多くは地域医療の現場を担っている.裏を返せば,研修・教育の機会は豊富ということになる.したがって,医学教育の向上のためにも,負け組を淘汰させるのは得策ではない.
勝ち負けは競争の常である.しかし,研修医による人気投票の結果が即ち診療の質の証明になるわけではない.大切なのは,勝ち組ばかりでなく,負け組の持っている教育資源をも有効に利用することだ.現時点で考えられる具体的な対策は,診療面での病診連携にみられるように,教育面でも,勝ち組と負け組の連携を積極的に展開していくことだろう.勝ち組を目指す病院は,自分の病院だけで完結するカリキュラムで勝つのではなく,多くの負け組が担っている在宅,高齢者介護,精神障害診療といった医療への参加によって,地域医療を学ぶ機会を研修医に与えることを目指すべきである.
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