精神病院か刑務所か

武井 満 精神科1(1):50-52,2002

表題は上記論文の題である.この表題は,日本の司法精神医学が抱える問題を端的に表しているので,内容を紹介する.

夜中に大声を出したり,近所の家に石を投げたり,物を壊したりという反社会的行動を起こした人を警察はどうするか?逮捕すると普通は考えるが,逮捕するためには,犯罪として立件できる見込みがなくてはならない.そのためには証拠を揃え,調書を作り,検察庁に送らなければならない.検察官は起訴するからには勝たなければならない.勝つ見込みが十分無ければ検察官は起訴しないから,検察官の注文も厳しい.逮捕するのはそれなりの苦労が要る.

警察にとっては,逮捕するより,精神病院に連れてくる方がずっと簡単である.警察官職務執行法の第三条は,精神錯乱のため,自己又は他人の生命,身体又は財産に危害を及ぼす虞のある者は,とりあえず警察署,病院などの適当な場所に保護しなければならないと定めている.そして,同じ第三条は,警察官による保護は24時間を超えてはならないと定めている.

さらに,精神保健福祉法第24条は,精神障害のため,自傷他害の恐れがあると認められる者を発見した時は,直ちに最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなくてはならない,と定めている.

このように,反社会的行動をとる人の処遇は,逮捕か保護しかない.受け皿が,刑務所か,精神病院のどちらかしかない,明らかに犯罪として逮捕できないのなら,精神病院しかないのである.それが,表題のゆえんである.この事情がわかれば,なぜ日本に精神病床が多いかが理解できる.

日本:刑務所収容数は6万人.精神病床34万.
米国:人口は日本の2倍で,刑務所の収容数は200万人.
英国:人口は日本の半分で,刑務所収容数は6万人.精神病床3万弱.

人口当たりの精神障害者の数は,どこの国でも似たり寄ったりである.だから,精神病床の数は,精神障害者の数を反映しているわけではない.反社会的行動をとる人の処遇の差が,刑務所収容数・精神病床数の差になって現れていると考えるべきだろう.

→参考:触法精神障害者

二条河原へ戻る