Sicko観賞記

2007/10/9,遅まきながら,Sickoを観た.あらかじめ期待しないでおいてよかった.もっと期待していたら失望していただろう というのが率直な感想である.中学生にとっては新鮮な話題かもしれないが,残念ながら,あなたのような勉強家には,この映画を見るよりも,もっと有効な時間の使い方があるだろう.

米国の場合には最悪の状況,カナダ,英仏の場合には,最も理想的な状況だけを意図的に抽出して,これでもかこれでもかというほど繰り返す単純な手法には辟易としてしまった.

米国は広大だ.ブロンクスとワイオミングの寒村とでは,医療サービスの内容も全く異なるはずだ.なのに,米国中がブロンクスのように描いている.この描写には,米国民ならずとも,納得できないし,このような手法で米国の医療が改善しようとするのは,吐物の臭いで腸閉塞の原因と部位を特定しようとするようなものだ.

それに対して,この映画に描かれているカナダ,英仏は,みんなおとぎの国だ.カナダが日本と同様,医師不足や無医地区で悩んでいるのは,日本でも多くの人が知っている.あの映画に出てくるフランス人はやけにフランス語が流暢だったが,とてもフランス人とは思えない.だって,あの,三度の飯よりストライキが好きで,街頭でテレビカメラの撮影と見れば,やたらと元気になって政府への文句を怒鳴りまくる連中が,何一つ文句を言わないじゃないか!!

英国医療の描き方に至ってはSF映画としか思えない.アウディに乗って,億ションに住んでいるGPだって?NHS病院の待ち時間が1時間未満だって?一体どこの惑星の話なんだ.地球上にある英国では,自国での待遇の悪さを嫌って,米国に流出してしまい,外国人医師で医師不足を補っているし,夜間の救急室では,命に別状がなければ,数時間も待たされることが日常茶飯事だっていうのに.

問題点をわかりやすく指摘するには,あのような極端な対比手法が効果的なのかもしれない.しかし,指摘だけに終わっている.なぜその問題点が発生し,今でも続いているのか? 原因の考察もなければ,解決策の提案もなかった.それが,このマイケル・ムーアの作品と,日本の多くのメディアの記事・番組との象徴的な共通点である.

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