5類を潰した「利巧な奴」
5類への格下げを阻止したのは誰か?
5類への格下げは既に2020年8月末の時点で厚労省で検討されていた。しかし、それは結局見送られた。またしても「報道しない自由」によって,その経緯は詳らかではないが、2類相当で誰が一番得をしたのかを考えれば主犯は言わずと知れたことだ。
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<新型コロナ>厚労省「2類相当」見直し検討 インフル相当の「5類」への引き下げの考えも 佐賀新聞 2020/8/27 (共同通信)
 厚生労働省は26日までに、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けの見直しを検討することを決めた。現在は「指定感染症」となっており、危険度が5段階で2番目に高い「2類相当」。入院勧告ができるが、感染者数の増加に伴い医療機関の負担が重くなっている。このため多数を占める軽症や無症状の人は宿泊施設や自宅での療養とし、入院は高齢者や重症化リスクが高い人に絞ることなどが想定される。
厚労省に助言する専門家組織で議論し、結論を踏まえ政府として「できるだけ速やかに対応する」(加藤勝信厚労相)方針だ。政府内には2類相当からインフルエンザ相当の5類への引き下げを容認する考えが出ている。新型コロナ患者は国内で1月に初めて確認され、その後、中東呼吸器症候群(MERS)や重症急性呼吸器症候群(SARS)と同じ2類感染症と同等の扱いとなった。原則として入院などの措置を取ってきた。
その後、国内の感染者は6万人を超え、無症状や軽症の患者も多いことが判明。一部は宿泊施設などで療養してもらう運用が既に始まっているが、冬になればインフルエンザの流行で医療体制がさらに逼迫(ひっぱく)する恐れもあり、分類の見直しを求める声が出ていた。
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「利巧な奴」の手口とは?:大東亜戦争の事例に学ぶ
米英と日本との間にある圧倒的な国力差については、既に大戦前に多くの国民の皆様がよく知るところであり、陸軍省の肝煎りで設立された秋丸機関の研究成果も1941年7月に陸軍省に報告されていた(牧野邦昭 経済学者たちの日米開戦)。それにもかかわらず、報告から半年も経たずに日本は真珠湾を攻撃した。
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陸軍省の記者クラブの連中が,和,戦何れかの情報取りに大臣官邸に来て,大臣に面会を求めた.今迄よく知っている連中である.私をとりまいて一人が言った.「どうですか,対米交渉は.国民の間には東條内閣の弱腰に非難の声が起こり出した」云々と.(西浦 進 日本陸軍終焉の真実 日本経済新聞出版社
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 開戦前後に首相秘書官を務めた西浦の著書には,大命降下後は一転して対米開戦阻止に全力を挙げていた東條英機首相(*)を「弱腰」と盛んに非難する「国民の皆様」の声が,歴史的事実として淡々と記されている.A級戦犯達が国民を騙して戦争を始めたというのは,北陵クリニック事件なんぞ足下にも及ばないような壮大なでっち上げである.
 その虚構を創ったのはルーズベルトでもなければマッカーサーでもGHQでもない.八紘一宇を信じて鬼畜米英を叫んだ国民の皆様とその声を伝えた報道記者の記銘力障害に他ならない。記銘力障害は決して病的なものではない。むしろ精神衛生の観点から言えば、健康管理に必須のツールである。自らの恥を全て覚えていれば、誰が正気でいられるものか。今も昔も忘却とは「ジャーナリスト」とやらが生きる知恵である。
*特に大命降下後の東條の心情と行動ついては数多くの研究・論文が既にあるが、我々一般市民でも手軽に入手し確認できる書物として、「昭和16年夏の敗戦」がある。興味のある方はそちらを参照していただきたい。
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以下、「亀井宏 旧日本軍の将兵たちはあの戦争をどう振り返ったか」より
東條についていうなら、責任はあるけど、全責任を負うほどではないと思う。
 私は「近代文學」の座談会(1946年2月)での小林秀雄の発言に共感を覚えます。彼は「この大戦争は一部の人達の無智と野心とから起ったか、それさえなければ、起らなかったか。どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。僕は歴史の必然性というものをもっと恐しいものと考えている。僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」と発言しています。私も東條ら一部の人に責任を押し付けるのは間違っていると思います。
開戦前、国民は日本が朝鮮半島や満州に進出するのは当然の権利だと思っていた。メディア、といっても当時は主に新聞ですが、部数を上げたいから読者が喜びそうな記事を書く。世論が「軍は何をしてるんだ」と尻を叩いて戦争に突入していったという側面もある。ならば国民やメディアにも責任はあるだろうと。
そんな戦争責任を負った者のなかで、いちばん悪質だと思う者をあえて挙げるとすれば、それは新聞ジャーナリズムです。小林(注:英雄)の言う「利巧な奴」(*1, 2)ですね。敗戦まであれだけ戦意を煽っておいて、敗戦と同時に凄まじい東條バッシング。あれはそうしなければ「お前たちこそ日本を戦争に誘導していったじゃないか」と自分に火の粉が降りかかってきたからでしょう。ナチスに協力したドイツの新聞はすべて廃刊されていることと比較すると愕然とします。
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「コロナとの戦い」の戦後処理
既に新コロの脅威が季節性インフルエンザ未満であることは多くの市民が知るところである(*)。それにもかかわらず、新コロは未だにSARS/MERSと同等の2類扱いとされている。しかし「一体全体,どこの誰が,なぜ誰も幸せにならない2類扱いを必要としているのか?」という問いはもはや不要だろう。2類扱いで飯を食っている連中が確かにいるのだ.
(* 新聞報道は今頃になって「死者数が3500人を超え、まだ増え続ける」と言い出したが、そもそも3500人になるまでかかった月数を全く考慮していない。また1950年代〜60年代には7000人以上がインフルエンザで死亡している、さらに98/99年のシーズンの超過死亡は4万人近くに達することも公開資料にあるインフルエンザによる死亡数の推移 社会実情データ図録)。新聞報道はこれらの事実についても、「報道しない自由を」を思いっきり発揮している。さらに&さらに、「では新コロで42万人が死ぬのか?」という問いに対しても一切答えていない)
 今も昔も嘘をつくときはなるべく大きな嘘をつく必要がある。2類と5類を比べたら、2類の方がとてつもなく壮大なデマを流せる。しかしデマを流すことはリスクを伴う。そのリスクヘッジ手法として、新聞報道はデマを垂れ流してくれる「専門家」の先生方を使った。そしてその先生方を使い捨てることによって保身を図る。実際に薬害アビガン事件では,彼らは裸踊り3人組を使い捨てた.極東国際軍事裁判と全く同様,来る東京裁判2021でも、新聞各社は一致団結して被告席に居並ぶ「専門家」の先生方や、その先生方に従わざるを得なかった政治家達に一切の責任をなすりつけ、法廷の外から、かつての米太平洋艦隊もものかは、雨霰とばかりに砲弾を浴びせかける.それがA級戦犯を免れる最も確実な方法である。

新コロ2類で飯を食う人々へ
忘却とは生きる知恵であるー記銘力障害によるジャーナリスト流健康管理ー
敵前逃亡レース:その後の経過−朝日が先行 追う毎日 読売は夜逃げ 日経は洞ヶ峠に−
王様は誰だったのか?
ゴミに使い捨てられる
コロナのデマに飽きた人へ
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