日英の医療の差について

診療のレベルとは別に,日英で病態の考え方や人種による病気の差が診療態度の差になって現れ,日本人がとまどうことがしばしばある.いくつか具体例を紹介していこう

同じ国民皆保険でも
日本でも英国でも,全ての国民が医療保険制度に入っている(国民皆保険制度).しかし,日本のシステムと英国のNHSでは次の2点で大きな差がある.

1.財源:NHSは税金,日本は保険料(つまり,日本の場合は使う目的を限定して費用を集める)

2.サービスの選択:NHSではサービスを利用する施設が,原則として居住地の近くと限定されている.原則として,まず登録してあるGPの診察を受け,そのGPが,この患者にはどんなサービスが必要かを判断し,必要な検査や紹介先を決める.日本では,どこの医療機関を利用しようと全くの自由である.

ツベルクリン反応
BCGは弱毒化した結核菌(のようなもの)で,結核の予防接種の(のようなもの)です.日本では結核予防の目的で,実際に結核に感染する前に,ほとんどの人が学齢期にBCG接種を受けます.一方,英国を含む多くの国では,BCG接種による予防効果が疑問視されていて,ごく一部の人しかBCG接種を受けていません.この相違が英国の医療者側に誤解を生じさせることがあります.つまり,日本人はBCG接種を受けているためにほとんどの方がツベルクリン反応が陽性ですが、英国では、BCG接種が行なわれていないために,長期滞在者の場合,ツ反陽性イコール活動性結核と診断されて,本来不必要なはずの抗結核剤を長期飲まされる羽目になることもあります。はっきりと結核ではない旨の診断書が必要なのに,不備だと強制治療となることがあるのです.実際に,この問題に当たった方は,池田までご連絡ください.→massie@saigata-nh.go.jp

GPにおけるナースプラクティショナー(NP)の活動
家庭医療やプライマリケアに力を入れている藤沼康樹先生(東京北部医療生活協同組合 家庭医療学部門 生協浮間診療所)が,GPにおける外来看護の役割について寄稿してくださいました(2000/4/27寄稿).

英国の診療所(Surgery)は,(ブレア政権でちょっと変わりつつありますが)予算管理診療所というのが多いです.これは,簡単に言うと,GPに登録した住民数(2500人ぐらい)と前年度の診療実績を勘案して,1年分の予算がNHSからおりるシステムです.この予算の中から,すべての人件費を含む経費,さらに病院にオーダーした検査料金,場合によっては紹介患者の入院費用までまかなうという,ちょっと日本では想像できないシステムです.

あるGPに聞いたところでは,このシステムはよいGPにとってはよいし,悪いGPにもよいシステムだと揶揄していました.よいGPにとっては医療に集中できるシステムだ.わるいGPにはあまり検査せず,入院もさせず,さらには受診もさせないようにする(?)ことで,支出が減り利益が上がる,などといわれていました.

そうした文脈のなかで,ナースプラクティショナーがGPに雇われ始めているということがあります.経営的にみれば,あらたにパートナーとなるGPを雇うより,圧倒的に人件費はへりますから,診療所自体の経営には貢献するわけです.日本でいう診療所の看護婦は,プラクティスナースと言われていて,給料もかなり安いようです.

ナースプラクティショナー(NP)の,予約外来を僕も見学させていただいたことがありますが,「軽症糖尿病」「安定高血圧」「家族計画」「各種処置」などが15分ぐらいの予約のなかで行われていました.しっかりしたガイドラインに基づいて,電子カルテ上の検査や投薬の経過をみながら,ライフスタイルなどのアドバイスをしていました.僕がみせてもらったNPは非常にレベルが高かったです.英国は,ナイチンゲールの国=看護発症の地でありますから(?),NPに対する看護協会のクオリティコントロールはかなり厳しいそうです.法律上はNPが処方箋を切ることはできないので,GPがサインだけしていました.英国ではNPになるのがかなり困難で,どんどん増えているというわけではないようです.あと,診療時間終了後は診療所のすべてのGP(ロンドンではソロ・プラクティスはほとんどなくなってしまったそうです)とNPが今日の問題点などを報告し,ディスカッションする時間を30分ぐらい取っていました.これは,主としてNPがGPに疑問点などを質問するという形でした.

では,GPはなにをやっているのか?ということですが,基本的には「新患」「治療が始まってまだまもない」「込み入った身体疾患」「心理社会的問題」など,要は「だいたい1年間は安定しているハズ・・とみなせるような患者」以外はすべてみていました.大体15分に1人という予約枠です.

さて,このやり方の問題ですが,

1. 患者の側の満足度について:やはり,「医者に診てもらいたい」と言っていた患者がいました.つまり,高血圧の治療を開始して,そろそろ安定してきたので,今後は主にNPのところに通って欲しいと説得するわけです.診療所にはNPがどんな教育を受けてきて,どんなことができるかというポスターが張られていました.つまり,住民にとっては,NPの役割はまだ十分認知されていないです.

2. GPの仕事の変質:あるGPは,NPそのものの存在ではなく「どんなNPなのか?」が重要といっていました.ただ,英国でも20年ぐらい前までは,3分診療をやらざるを得ない状況にあったようで,NPと仕事をシェアすることによって15分に1人でよくなったことを,ベテランのGPは素直に「いいことだ」と言っていました.このくらいの時間がないと,家族のこともわからないし,心の問題に対処したりできないと言っていました.ただ,若いGPにありがちな問題として,慢性疾患の長期管理の問題が,管理上のガイドラインの問題にすりかわってしまう危険があると言っていました.

このベテランのGPが,妊娠中絶の承諾書を書いてもらいにきた女性に,30分ぐらいかけてやさしく相談に乗り,女性が「もう一度彼と相談してみます」と涙ぐみながら,先生と握手してバイバイするところを見学させてもらって,鳥肌が立つほど感動した覚えがあります.

ひるがえって,日本における外来看護や診療所看護の状況を考えると,直接的に英国のNPを参照することは,現実的でないことがわかります.なにしろ,訪問看護料はあっても,外来看護料というのがないわけですから.もちろん外来看護料を設定することが,現状ではきわめてデリケートな問題であることは承知しています.今後,どんな方向でプライマリケアにおける看護の役割を考えていくかを,看護職と一緒に考えていくことがまず大事かなと思います.例えば,病棟におけるプライマリナーシングの考え方は,外来ではありえないのだろうかとか・・・僕のところでは,虚弱老人(つまり訪問看護が必要なほど重度の障害がないが,問題のある人)の「生活相談」を予約制で週2回看護婦にやってもらっていて,患者さんには好評です.僕は15分に3人診察しなければならないので,とても生活相談にのれないんです.看護外来の患者負担はありません.

ということで,高血圧の管理は医者が年に一度診療し,あとは看護婦に任せておくのが適切であるとは,僕も考えておりません.むしろ,プライマリケア外来における看護職の役割をきちんと考えていきたいという意味で捉えていただければと思います.

抗生物質の処方
Q. 日本ではわりと抗生物質が含まれた薬を処方してもらうことが多かったのですが,こちらではなかなか出してくれません。日本で処方してもらった薬がそうだったのですが,ダメで元々,こちらでも処方してくれないかと一度かけあったことがあったのですが,やはりダメでした。抗生物質は出さないというのが基本的な姿勢なのでしょうか。

A. そうです.抗生物質は”ここ一番”の伝家の宝刀であり,ウイルス感染の可能性の高い時に”予防的に”使おうという薬ではありません.ましてや,”なんとなく心配だから使っておこう”薬ではありません.コストの問題,副作用の問題と,その理由はいろいろありますが,一番大切なのは耐性菌を作らないということです.日本は世界で一番抗生物質を乱用する国です.ですから,院内感染で悪名の高いメチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)による死亡例も世界でずば抜けて多いのです.MRSAは病院の中でせっせと作られますが,ペニシリン耐性の肺炎球菌は市中での抗生剤乱用で作られた可能性が高く,市中でうろうろしています.ですから,風邪に抗生剤を出さないというのは見識ある態度なのです.→あなたの子供と抗生物質

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下痢にコカコーラ?
エジンバラ在住の坂本さんから次のようなお便りをいただきました.

日英医療の相違点の具体例でお聞きしたいのですが、ドイツでもそうだったのですが下痢や風邪で食欲が無いときに医者に行くといつもコカコーラを沢山飲めと言われます。

ドイツでは私の語学力が低く、聞き間違えたのかと思っていたのですが,他の人に聞いてもコカコーラを飲めと言われたと言っていますし、こちらのGPでもはっきりとコカコーラと言われました。

下痢で食事が取れないときには、水分も取れて、カロリーも高いコカコーラが最適なのかなぁ、と最近勝手に自分で想像していたのですが、日本では歯や骨に良くないからあまり飲まない方が良いと言われたものを、今度は医者に沢山飲めと言われて最初の頃は抵抗がありました。もしかしたら、コカコーラの原料のコカに解毒というか殺菌というか薬用効果でもあるのでしょうか?

1966年から現在までの医学文献のデータベース(MEDLINE)でcarbonated beveragesとdiarrheaで掛け合わせて6つの文献がヒットしました.ドイツとスコットランドという,全く別の国で同じ治療法が採られているにしては,随分と少ない文献です.これは手軽で安い栄養補給法として,カロリーと水分をを取りやすい最も普遍的な飲み物という理由で,学問的根拠なしに安易に世界中で勧められている(1)からでしょう.

Cola drinks are often recommended as rehydration solutions for acute diarrhea. Although several other commercial solutions are available, cola drinks are still very popular worldwide.

しかし,コカコーラは勧められません (1).というのは,コカコーラの浸透圧は600 mOsm/liter (1, 2)以上と,血清浸透圧よりはるかに高く,これでは浸透圧下痢症(高い浸透圧のものが腸管を通過するときに体から水を引き抜いてきてしまう)が起こる可能性がある(1)からです.下痢の時はカロリーよりも電解質(塩分)の補給の方がはるかに重要ですが,コカコーラに含まれている電解質はごくわずかです(1, 3).ましてやコカコーラに殺菌作用があるわけでもありません.そんな危ない物を飲料にできるわけないですからね.

Contrary to the general belief, I do not recommend cola drinks as rehydration solutions because they have a very low electrolyte concentration (sodium 5mmol/l, potassium 0.2 mml/l) and an extremely high osmolarity (more than 600 mOsm/l). Induction of osmotic diarrhea may worsen the situation.

少なくとも日本やスコットランドの生活では,いくら下痢をしてもカロリーの補給って,そんなに心配しなくていいのです.大切なのは電解質で,特にナトリウムとカリウムの喪失が問題になります.コカコーラを飲むよりもナトリウムの補給に塩気の効いたスープや味噌汁,カリウムの補給に柑橘類を中心とした果物(ジュースでもよい)を摂取することをお勧めします.

今回の御指摘で,私も初めて下痢とコカコーラのことを勉強させてもらいましたが,下痢に際しての経口の電解質補給という,日常臨床上極めて重要な治療が,いかにいい加減な口伝えの上に立脚しているかということを改めて知りました.もちろん重症の下痢症には経口の電解質補給液(ひと昔前の”粉末ジュース”みたいに水に溶かして飲む)が用意されています.Oral Electrolyte Solutionとして,商品名がPedialyte, Infalyte, Gastrolyte, Lytrenとかいう名前です.MotherCareなんかでも売っているでしょう.値段はコカコーラよりも高いですよ.

コカコーラが勧められるのは,成分云々以前に,安いし,いつでもどこでも手に入るから(4)でしょう.だからIrn Bruだっていいのです.ただ,浸透圧性の下痢を起こしてはいけませんから,もし一般の炭酸飲料を飲む場合でも,水で2倍に薄めて飲みましょう.一方,炭酸飲料はカルシウムを溶かし出しますから,歯や骨に悪いのは言うまでもありません.

文献
1. Weizman Z. Cola drinks and rehydration in acute diarrhea [letter]. N Engl J Med 1986;315:768.

2. Chavalittamrong B, Pidatcha P, Thavisri U. Electrolytes, sugar, calories, osmolarity and pH of beverages and coconut water. Southeast Asian J Trop Med Pub Health 1982;13:427-31.

3. Dibley M, Phillips F, Mahoney TJ, Berry RJ. Oral rehydration fluids used in the treatment of diarrhoea. Analysis of the osmolalities, and sodium, potassium and sugar contents of commercial and home-made products. Med J Australia 1984;140:341-7.

4. Hefelfinger DC. More on cola drinks and rehydration in acute diarrhea. N Eng J Med 1987;316:280.

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風邪の発熱に対する態度
風邪の時の発熱に対する日英の対応の仕方は全く反対ですね.体を暖める,冷やす,どちらも科学的な根拠はないのです.どちらがいいか決めるためにはかなり大規模な人体実験をしなくてはならないのですが,自然治癒する病気のためにそんなことは誰もやりたくないので,日英の差はこれからも永遠に存在し続けるでしょう.

つまり,年齢,生活環境,性別を同じにした子供を1000人集めて風邪のウイルスをむりやり感染させ,500人をベッドにしばりつけ,電気毛布で暖める,あとの500人を水風呂につけておくか,街頭で吹きさらしにしておく.これで両群の治癒日数や重症度に差が出るかどうかで初めて勝負がつくのです.日本人は水風呂の負けだと信じ込んでいるし,英国人は電気毛布は気違い沙汰だと思っているから,はじめから試合が成り立たないんですが.

暖める,冷やす,両方ともに科学的根拠がないわけですから,個人的には,特別な処置は無駄だと思います.同じ発熱でも,上がりはじめの悪寒のする時は寒く感じるので保温する,その時間を過ぎて熱く感じれば薄着にして,場合によっては体に氷を当てて冷やしてやったり風にあてたりする.そんな程度でいいと私個人は思っています.ちなみに日本でも医療施設では発熱患者は脇の下や股のところに氷枕を入れてがんがん冷やします.

解熱剤
一方薬で無理矢理熱を下げることになると日英の態度は全く逆転する.日本人(特に患者)は熱が上がるとその熱を下げることが治療だと思い込んでいる.それは間違いだ.解熱剤を使わない理由は山ほどある.

1.熱を解熱剤で下げることは病気を治すことではない.熱を下げても病気が早く治るわけではない.
2.つまり解熱剤は臭い物に蓋式の治療である.熱が病気を起こしているのではなく,病気のために熱が出ているのである.原因と結果の取り違えはとんでもない治療事故につながる.熱が下がっても体の中の病気はどんどん進む.
3.薬で無理矢理熱を下げると,下げない場合よりも病気がかえって進行する.熱は体に進入した病原体を排除するための体の反応である.
4.解熱剤の副作用は馬鹿にできない.胃潰瘍をおこして出血,気管支喘息の誘発,腎不全とろくなことがない.

多くの心ある日本人の医師は,患者の要求に負けてしぶしぶ解熱剤を出しているのが現状だ.(私は極力解熱剤を出さないことにしているが,風邪の嵐の外来で解熱狂信論者が次々に襲来すると,どうにも抵抗できないことがしばしばある.ただ子供の熱を下げてくれればいいんだというバカな(文句あっか!!)親にはほとほと困る)→浜 六郎さんのコメント参照

この現状に慣れた日本人は英国でも解熱剤をしきりに要求するが,英国人医師は無駄なものは出さない.ただし,鎮痛解熱剤としてParacetamol (acetamiophen)だけは気軽に処方される.Paracetamol は一般の解熱鎮痛剤(正式には非ステロイド系消炎剤:NSAIDsと呼ばれる)のような副作用がないとされているので頻用される.

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高血圧症における塩分制限
高血圧の患者に塩分制限をするかどうかでも日英の医師の見解は分かれる.英国では高血圧のコントロールのために塩分制限を勧める医者はごく少数だ.これには人種差がからんでいるので難しい議論になるが,少なくとも日本人にとっては塩分制限はやはり高血圧治療の基本である.

妊婦の食事指導

1) 妊婦はレバーを食べてはいけません
日本では妊婦の貧血に対して鉄分摂取のため肝臓を勧める人がいますが,妊婦は肝臓を食べてはいけません.肝臓にはビタミンAが大量に含まれています.ビタミンAの取りすぎは神経管欠損(説明は下記)のリスクを増します.スコットランドでは妊婦は肝臓を食べないようにと必ず指導されます.

2) 神経管欠損と葉酸 (folic acid, folate)の服用
要約:神経管欠損は神経系の奇形であり,合衆国や欧州ではその予防が重要な課題となっている.1991年,UKのMedical Research Council (MRC)の報告により,妊娠可能な年齢の女性に葉酸を服用させることによって神経管欠損の頻度が低くなることがわかった (1).日本人における研究はされていないので現在のところ葉酸の効果は不明である.ただし,同じアジア系である中国では,神経管欠損の頻度が非常に高い中国北部ばかりでなく,神経管欠損の頻度が日本とほぼ同じである中国南部 (2)でも,葉酸の効果が確認されている (3).

1. MRC Vitamin Study Research Group. Prevention of neural tube defects: results of the Medical Research Council Vitamin Study. Lancet 1991;338:131-7.

2. L. D. Botto and Others. Neural-Tube Defects. N Engl J Med 1999;341:1509-1519.

3. R. J. Berry and Others. Prevention of Neural-Tube Defects with Folic Acid in China. N Engl J Med 1999;341:1485-90.

(以下英文の部分はDH Alpers WF Stenson DM Bier. Manual of Nutritional Therapeutics. Little Brownより)

1.神経管欠損の説明
大切な脳や脊髄の入れ物は本来水も漏らさぬ厳重な作りになっているべきなのですが,どこかに穴があいてしまった奇形の総称をneural tube defect(神経管欠損)と言います.神経管欠損は,最も重症の,脳ができないanencephaly(無脳症)から,spina bifida(二分脊椎),無症状の皮下の隙間 (dermal sinus)に至るまで,様々な重症度がありますが,spina bifidaは最も頻度の高いneural tube defectの一種で,:背中を通っている太い神経である脊髄の入れ物(脊椎)の口がぱっくり開いて脊髄がむき出しになった状態です.

2.葉酸の説明
葉酸は細胞分裂に重要な役割をするビタミンです.特に妊娠中は赤血球の産生が増加しますので,そちらに葉酸が消費されて葉酸欠乏が起こりやすくなる可能性があります.
Folic acid depletion is the most common vitamin deficiency of pregnancy. Folate is required for the synthesis of the thymidylate moiety and thus for DNA synthesis. The major reason for the markedly increased folate requirement in pregnancy is increased maternal erythropoiesis. During the last two trimesters, the total erythrocyte volume increases 20-30%. Several surveys have revealed incidences of folate deficiency of 25-30% among pregnant women when folate deficiency is defined as reduced serum or red cell folate levels.

3.神経管欠損と葉酸の関係
葉酸は細胞分裂に重要な役割をするビタミンですから,その不足は神経細胞の分裂にも影響し,神経管欠損を起こしうる可能性があります.妊娠前と妊娠1か月までに毎日400マイクログラムの葉酸を飲み続けた妊婦ではneural tube defectの頻度が半分に低下します.

Neural tube defects. There is now substantial evidence that women who consume folic acid supplements of at least 400 micro-g/day before and during the first 4 weeks of pregnancy have an incidence of neural tube defects (anencephaly, spina bifida) approximately half that of women who do not.

ところが正常の場合神経管は妊娠1か月までに閉じます.つまり神経管欠損になるかどうかは妊娠1か月までに決まります.ほとんどの場合妊娠に気づくのはそれ以降ですから,妊娠とわかった後に神経管欠損を防ぐために葉酸を飲ませるのはほとんど意味がないことになります.ですから,合衆国のCDCは妊娠可能なすべての女性に葉酸(毎日0.4 mg)を飲ませることを勧めています.この勧告は比較的最近,1992年に出されたものです.

The effect of supplemental folic acid is lost after the first month of gestation, since embryonic neural tube closure is complete by then. Only about 5% of neural tube defects are recurrences. Approximately half the women of childbearing age who become pregnant do not plan to do so. In addition, by the time most women realize they are pregnant, they are halfway through the first 4 weeks of gestation. For these reasons, in September of 1992, the Centers for Disease Control and Prevention (CDCP) issued the recommendation that all women of childbearing age take supplemental folic acid.

In September 1992, because of the accumulating data on the ability of folic acid supplementation to decrease significantly the incidence of neural tube defects, the U.S. Public Health Service through the CDCP issued the recommendation that "All women of childbearing age in the United States who are capable of becoming pregnant should consume 0.4 mg folic acid per day for the purposes of reducing their risk of having a pregnancy affected with spina bifida and other neural tube defects (NTDs).

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4.食事だけでは葉酸の摂取は足りないのか?
一方,健康食には妊婦にとっても十分な葉酸が含まれています.葉酸という名のごとく緑の葉っぱにはたくさん含まれています.野菜をぐつぐつになるまで煮たり,酒飲みだったり,肉や乳製品ばかり食べていたり,生野菜のない貧しい食事をしていたりすると葉酸欠乏になります.

A healthy diet contains approximately 700 micro-g of folate, of which 270 micro-g is absorbed. Thus this diet nearly meets the recent recommendations for women of childbearing age, but a slightly substandard diet would be deficient in folate. Good dietary sources of folate are dark green leafy vegetables, green and lima beans, orange juice, fortified cereals, yeast, mushrooms, liver, and kidneys. Root vegetables, eggs, and most dairy products are poor sources of folate. Folate destruction. Dietary folate is markedly influenced by food storage and methods of food preparation. Folate is destroyed by boiling and other food-processing methods, including canning. Women eating a diet chronically deficient in folate (including alcoholics and many from lower socioeconomic groups) have small folate stores that would be depleted even more rapidly.

北米型の食習慣では,十分な量の葉酸が補給できないらしく,カナダでは,1998年から一般家庭で朝食にしばしば使われるシリアルの中の葉酸を増やし,0.1-0.2mg/日,余分に葉酸を摂取出来るようにしたところ,神経管欠損の頻度が1.13/1000から0.58/1000に半減したとそうです.
Ray JG & others. Association of neural tube defects and folic acid food fortification in Canada. Lancet 2002;360:2047-48
たしかに,いつ妊娠するかもわからないのに,前もって葉酸を薬として補給するのは難しいから,いつでも,誰でも十分な葉酸が補給できるように,日常の食生活を工夫する方も大切ですね.日本でもかつて,脚気を防ぐためにビタミン補給米なるものが売られていた時代がありましたっけ.

では日本に住んでいる日本人の平均的な食生活はどうなのでしょうか?北村らは,日本人でも神経管欠損予防のため,葉酸摂取を推奨していますが,この論文では,252人の女子大学生を対象に葉酸摂取量を測定したところ,その平均値は190±70μgであったと報告を紹介しています.また,二分脊椎の患者およびその母親106人を対象に,葉酸の摂取量を測定したところ,平均摂取量は90-110μgであったそうです.

さらに,葉酸の吸収量は摂取量の4割ほどになることも考えると,日本人女性でも葉酸摂取は不足しています.胎教やら何やらいろいろ心配するより,まずは葉酸摂取を考えるべきでしょう.

一方で,葉酸摂取の有効性はどの程度なのでしょうか.上記論文1のMRC Vitamin Study Research GroupではRR=0.29つまり1/3に減少,上記2,3の論文の結果から,中国北部ではRR=0.21つまり1/5に減少と強力なパワーを持ちそうに見えますが,日本とNTDが同程度の中国南部ではRR=0.59で,半分にもならない.日本と中国南部が同じ環境と仮定すれば,神経管欠損を半分ぐらいに減らせる可能性はありそうです.

どうせ葉酸摂取を進めるのなら,ランダム化試験とは言わないまでも,家庭医,産婦人科,小児科の施設も巻き込んで,日本でも大々的に登録制でアウトカム評価ができるといいですね.そうすればこれまでの疫学的データをヒストリカルコントロールにして比較できるわけだから.

5.逆に葉酸の過量の副作用はないのか?
やはり飲み過ぎには注意ということです.
Folate supplementation. Because the effects of high intakes are not well known but include complicating the diagnosis of B12 deficiency, care should be taken to keep total folate consumption under 1 mg per day, except under the supervision of a physician.
しかし,一部で心配されている多産のリスクは否定されています.
Zhu Li and others. Folic acid supplements during early pregnancy and likelihood of multiple births: a population-based cohort study. Lancet 2003;361:380-84.

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生活習慣病の食事指導と日本人の食生活
日本人と頻度が極端に違う病気がたくさんある.代表的なものは虚血性心疾患(狭心症+心筋梗塞)だ.図1図2を見てもらいたい.この図は10万人あたり,心筋梗塞で死ぬ人の数を示している.UKの中では,スコットランドは北アイルランドに次いでは第二位となっている.これは世界でもトップクラスであり,日本の10倍の数である.心筋梗塞に関するWHOの世界的調査 (MONICA project) では,グラスゴーは世界一心筋梗塞の多い都市とお墨付きをいただいている.(Circulation 1994; 90: 583) おのずから,食事から油を減らせ,カロリーを減らせ,適度な運動をしろと,当局はキャンペーンを張るが,街角の人々の体型や人々が買い物をするスーパーマーケットの品揃えや人気の品を見る限り,その成果はあまり上がっているとは思えない.

心筋梗塞多発地域スコットランドが語るもの

日本人は脂肪やカロリーの多いスコットランドの食事に影響を受けやすい.日本人がスコットランド人と同じ食事をしていると,スコットランド人よりも,コレステロールが高くなり,太りやすいのである.だから,日本人は,スコットランド滞在中は,スコットランド人以上に食事に注意しなくてはならない.食事の原則は,油を減らし,カロリーを減らし,野菜を多く摂取し,蛋白源は肉よりも魚に求めることである.在日時より体重が増えたら危険信号.そして,(これは世界中どこにいても同じことですが)たばこは老醜を晒したくない方のための穏やかな自殺薬(毒ガス兼発ガン剤,まあ,副流煙で家族や職場の同僚も殺すのですが)と心得ていただき,ビールは一日平均半パイントとすること.えっ,それじゃとてもスコットランドにいられないって?

蒙古斑
英国人医師でも蒙古斑のことを知らない人は結構いて,赤ん坊の尻の青あざを見て,すわ出血傾向かと,医者の顔も真っ青になることがある.そういう医者にはおちついてこう言ってやればよい.

It's not pathological. It's a common pigmentation among yellows and has nothing to do with bleeding tendency, any phacomatosis or other specific diseases. It goes away before puberty. 病的なものではない.黄色人種にはよくあることだ.出血傾向や母斑症や特定の病気とは関係ない.思春期前になくなってしまう.

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スコットランドに着いてから:目次へ