列の神話

英国人の列好きに関しては幾つかの神話があることは皆さん御存知だろう.曰く,英国人は2人いれば列を作る.曰く,どんな長い列でも辛抱強く待っている.曰く,割込みはまず絶対ない.これはいずれも本当である.しかし,英国人の方がルールを良く守るとか,公衆道徳の観念が発達しているとは特に思わない.列の作り方にしても,左側を歩くエスカレーターにしても,結局,混乱に困った揚げ句にみんなが考え出した結果に過ぎない.

あんなに長く列を作って随分と皆忍耐強いな,と誰もが初めはそう思う.でも実はそうではないことが,QUEに慣れるとわかってくる.忍耐強くないからQUEを作る.QUEに加われば自分の番が確実に保証されるからだ.たとえ英国王室が滅びても,英国のQUEの頑丈さはびくともしないだろう.割り込みにおののく必要がないのでQUEに加わるとほっと安心する.QUEのない所で待っている方がよっぽど忍耐を必要とする.

英国名物のQUEも,道路のラウンドアバウトや地下鉄のエスカレーターの左側通行と同様,どうやって合理的に待つ人間のストレスを少なくするかという苦心の末に生まれた物であって,英国人が特別に忍耐強いって訳じゃない.銀行の現金支払機や,空港の安全チェックの長い列に対して文句を言う投書が新聞にもよく載るし,郵便局で長い列を作って並んでいると,あとからやってきたおばさんが”おやまあ”とか言ってあきらめて帰っちゃうなんてこともよくある.

英国人が列を作らず,逆に日本人が列を作る状況がこの世の中に一つだけある.それは通勤時の,あの混雑極るプラットホームで作られる,乗車待ちの列である.たとえ日本人でも,見慣れない者にとってあの整列乗車は”イヨウ”(これは異様,偉容,威容すべての意味を含む)である.あの統制は軍隊を思わせる.

英国人にとって,列車は列を作って乗り込むものではない.ホームや列車が空いていれば,もとより列を作る必要はない.一方,日本の通勤時のような混み方のホームで列を作るような神業は,英国人といえども不可能なのだ.あの通勤電車待ちの列こそ,忍耐と統制の賜である.こういうことを平然と行える国民だから,世界中を相手に戦争をするなんて無茶なこともやったのだろうと,彼らは考えるのである.

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