塀の内外をつなぐ

2013年4月,私は長崎大学から高松少年鑑別所に異動しました.その異動には怪談も美談も縁が無いのですが,デング熱を始めとする熱帯病のワクチン・治療薬開発を専門とする医学部教授から矯正医官に任官したので,左遷されたと思った人が多かったのか,幸い異動の理由を根掘り葉掘り訊かれることはありませんでした.併任がかかっている高松刑務所でもご多分に漏れず高齢化が進行しているため,思春期医学と老年医学を共に学ぶことができる,恵まれた環境で診療しています.矯正医療の一番の魅力は,思考停止に陥らずに済むことです.経済的に余裕がある患者さんが,高度な診療機器を備えた医療機関を受診すれば,患者も医師も共に何も考えずに,より新しいより高価な診療手段に走ります.今この瞬間,何をどう考えてどう行動するのが「お互いの」幸せにつながるのか?その根本的な問いかけは,限られた手段・設備の中でこそ発生します.塀の中は常に塀の外を意識する場所です.塀の中にはそこでしか得られない学びがあります.一方で塀の中は塀の外の縮図ですから,塀の中の学びは必ず塀の外で役に立ちます.それを実証することが私の務めと思える毎日が幸せです.
法務省 矯正医宮 刑務所、拘置等常勤医募集パンフレットより)

ないものねだりが思考停止を生む.裏を返せば,今,これしかないということが当たり前になれば,それが成長資源となる.

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