筋萎縮性側索硬化症の患者さんと人工呼吸器の使用

筋萎縮性側索硬化症ALSは不治の病ながら,人工呼吸器を使用すると10年以上生存することもまれではありません.ですから,ALS患者さんに対する病名告知と人工呼吸器の使用は,癌の病名告知や治療法の選択よりも難しい面があります.

つまり,

1.苦しみの内容が違う:ALSの苦しみは,痛みではなく,”動けない””思ったように意志が伝えられない”といった,”できない”苦しみであり,癌の場合の肉体的な苦しみや,痛みとは性質が違う.

2.苦しむ期間が違う:癌の末期ならば,何ヶ月か後には死によって苦しみが終わるが,ALSの苦しみは年余にわたって続く.

3.ALSの場合は自分の苦しみもさることながら,家族や介護者に膨大な労力・経済力の負担を強いる.実質的には,在宅で,誰か一人,必ず家にいなければならない.もしも人工呼吸器のトラブルが起こったらと考えると,30分の買い物にも出かけられない.そんな生活を家族に10年以上も強いるかもしれないのです.寝たきり高齢者の介護と違って,民間のヘルパーは人工呼吸器の管理まで責任は持てないとして介護を拒否するでしょう.

しかし,ALSの場合,一旦人工呼吸器をつけてから,やっぱりやめたとはずすわけにはいかない.それは,意識がはっきりしていて,何年かの人生があって,子供が結婚して,孫の顔も見られる可能性も十分ある人の息の根を止めることになるからです.

L. P. Rowland and N. A. Shneider: Amyotrophic Lateral Sclerosis. N Engl J Med 2001 344(22):1688によれば,米国でも,ALS患者の自殺が社会問題になっていることがわかる.ALS患者が,自分が自殺できない状態になってしまえば,誰かに幇助を頼まなければならない.オレゴン州ではそのような幇助が合法化されているが,これまで,幇助を行った例は非常に少ないとしている.また,一旦人工呼吸器を装着した後で,中止を依頼した例も非常に少ないとしている.

下記はあくまで私個人の限られた経験ですが,この問題を考えるために症例呈示しました.御参考になれば幸いです.

1.安定した患者さん

私の経験では,(理由はともあれ)人工呼吸器につながれながらも,全身状態がある程度安定した患者さんからは,”機械が止まるのが怖い”と死の恐怖を訴えられたことはあっても,”辛いからはずして楽にしてくれ”と訴えられたことはありません.眼球運動を利用したワープロで,この病気と闘い続けたいとはっきり宣言する患者さんも例外的ではありません.もちろん病名,予後,有効な治療法がないことはとっくに知らされている方です.

一般的には,人工呼吸器使用のALSの患者さんでも,状態が安定すれば,病苦はあっても,生への執着がそれを上回るという印象を持っています.

2.導入前後の2例の経験

1)50代の男性:窒息して一時心肺停止.蘇生に成功して意識も清明になったが,早ければ数日以内に人工呼吸器をつけなければならないだろうと思われる時のやりとりです.知性豊かな方でした.

”今,振り返ってみて,窒息したときにそのまま死んでいればよかったと思いますか”

”わかりません.今は助かってよかったと思っています.しかし,一方,これから待っているであろう苦しみがどんなものなかのか,その苦しみが死をも願うほどなのかわからないのです.”

”人工呼吸器に今日明日つながれなければならないとしたら・・・”

”それも,今この場ではわかりません.本当にその現実になってみないと”

(その後結局,この方は人工呼吸器を使用しました.それが私とのやりとりのどのくらい後だったか失念しました)

2)家族性のALSの40代女性.弟さんが人工呼吸器を使っている状態を見ていました.発病後,本人と夫に病名を告げ,将来も人工呼吸器を使わないことになりました.夫も義弟の病状をよく知っており”あれは癌より残酷な病気だ.女房はあんな目に遭わせたくないので人工呼吸器は使わないでくれ”と言っていました.

その後呼吸状態が悪化し,彼女は夫に付き添われて救急外来に来ました.声は出ず,唾液も飲み込めず本当に苦しそうでした.下肢だけが動くのでばたばたさせて何とかしてくれと訴えます.この苦しみがいつまで続くかわからず,夫も”ああは言ったけれども,先生,とにかくこの苦しいのを今すぐ何とかしてやってください”.

私にとっても挿管するしか選択肢はありませんでした.挿管して呼吸が楽になっても,今度は喉が苦しいと言ってやはり下肢をばたつかせ,体をよじって苦しみます.ジアゼパムをIVして眠ってもらい.結局人工呼吸器につながざるを得ませんでした.私の職業歴の中で,最も辛い記憶の一つです.

この患者さんも,機械が止まるのが怖いといつも訴えていました.こういった死の恐怖やベッドで動けない苦痛から,いつも涙を流していましたが,”人工呼吸器を止めてくれ”と頼まれたことはありませんでした.この方は3年ほどして,肺炎で亡くなりました.


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