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『うーしゅう』


 …という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか.『うーしゅう』とはすなわち中国語で『武術』のこと.一般には,中国武術のことを指します.  ただ,『武術』はと言っても『拳法』や『武道』,『格闘技』とは異なります.『美術』が『美』の『術』,『医術』が『医』の『術』であるように,  『武術』は『武』の『術』.『武術』とは,その辺の微妙なニュアンスを含んだ言葉なのです.

【目次】

    日本における武術の普及
    『武術』と一言にいっても…
    近代武術と伝統武術
    武術の魅力とは
    通備門武術と私

日本における武術の普及


 そもそも,中国には紀元前から『武術』の原型が存在していたことが『詩経』,『管子』,『荀子』,『漢書』などの古典に記されているそうです.凄いですね.その存在が一般大衆に知られるようになったのは,中国本土においてもごく近年のことです.武術は,以前より唐手(空手)のルーツとも言われ,中国と日本とは古くから『武』の交流があったことが推測できますが,本場の中国の武術の実態が初めて日本の大衆に紹介されたのは1970年代頃で,長い武術の歴史と比べるとごく最近のことでしかないのです.

 もともと東洋人の体に合うように作られた武術ですから,日本でも人気を博し,一時,ブームを巻き起こすほどになったこともありました.武術の代表格とも言える『太極拳』は今では誰もが知るところでしょう.現在では,武術愛好者は日本で約60万人を超えるとも言われ,健康スポーツとしての地位を確立しています.武術の全国大会(全日本武術太極拳選手権大会)も年に2回,春と夏に開催されています.昔,広島でアジア大会が開催されたとき,『武術』が正式種目として採用されましたが,そこでも日本人の活躍が見受けられました.もしかしたら,テレビでご覧になった方がいらっしゃるかも知れませんね.

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『武術』と一言にいっても…


 その内容は様々です.大きな分類としては,

 …などがあります.こういったものを総称して『武術』と呼びます.これが『拳法』などの言葉との違いにこだわる理由なのです.

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近代武術と伝統武術


 『武術』には,表演(演武)を中心とした近代の武術と,それとは立場を異にする伝統の武術があります.日本における武術の普及は,この2本柱で成り立ってます.

 近代の武術とは,現在の中国政府のもとで整理・制定されたものを中心とした表演系の武術で,スポーツとして確立されてます.一方で,表演をあまり行わず,伝統の練功法に基づいて練習を積む武術愛好家も多く,その中には貴重な武術が数多く存在します.これらはどちらが良いとか悪いとかいうことではなく,いずれも『武術』として受け入れられており,その独特の風格より一目見てそれらが同じ『武術』であることを理解することができます.

 ただ,これまでの歴史を振り返ると,『近代武術』と『伝統武術』の間にはあまり交流がなかったことも事実です.ですが,最近はその双方を分け隔てなく学ぶ若者が増えています.ちなみに,私も昔,近代武術と伝統武術を合わせ学んでいた一人です.私にとって両者はそれぞれに魅力があって,どちらも捨てがたいものでした.一言で言うと,近代武術の美しく見事な体の使い方に驚き,また伝統武術の非常に合理的な体の使い方をしていることに心動かされました.最近は,本業の方が忙しくなって練習時間があまり取れなくなったため,伝統武術の練功法で体を維持するだけのことが多くなりましたが….

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武術の魅力とは


 約三千年の歴史を持つとも言われる武術は,その長い歴史のなかでたび重なる真剣勝負によって淘汰され洗練されてきました.人間を対象とする闘いの技術だけに,その『身体面』だけでなく『精神面』についても深い理解が要求され,数多くの考察・検証が加えられてきました.それ故に『武術』を学ぶことは『人間』をより深く知ることにも繋がると私は考えております.たまたま私は職業柄,医学の方面から人間について学ぶ機会に恵まれましたが,『医学』教育からは学べなかったものを『武術』より数多く学べたのではないかと思います.

 『武術』を学ぶ人は,人間がいかに美しくいかに優れた生き物であるかをきっと知ることになるでしょう.

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通備門武術と私


 私が重点的に学んだことのある武術は通備門武術です.中国の滄州というところは昔から武術最盛の地として有名だったそうで,通備門武術はその滄州出身の馬鳳図(1887年生まれ)によって編成された武術を指します.もともと馬家には劈掛拳という武術が伝わってましたが,のちに八極拳,翻子拳が融合され,さらに戳脚,螳螂九手,太祖八斬,通臂拳などの拳術とともに,瘋魔棍,苗刀などといった各種伝統器械(中国では武器のことを『器械』と呼びます)が豊富に備えられてひとつの門派を成すに至ったということです.馬家武術の基幹をなす劈掛拳,八極拳,翻子拳の3つは,数ある北派拳術(少なくとも130種類以上はあると言われている)の中でもとくに技撃性・実戦性が高いと言われています.通備門武術ではこれらも含めすべての動きが劈掛拳の勁道(効率的な体の使い方)で貫かれたことで,その後,独特の進化を遂げています.

 馬家は中国では少数民族の一つとされる回族(イスラム教徒)であり,代々滄州の著明な武術家であったそうです.近年,馬鳳図が黄林彪(劈掛拳の名手)などの著明な武術家のもとで武術の英才教育を受けた後,天津に出て大学に入り,孔子,孟子,老子の思想から歴史学,医学,書道までを修めたことでいわゆる今の『通備』の風格ができあがりました.門派の名称である『通備』とは,『文と武の双方に[通]じ,それらを兼ね[備]える』という『文武両道』の基本的精神を表したものだそうです.中でもとくに興味深いのは,馬鳳図が武術家であったとともに医者でもあったことです.医術に関しては,『傷寒編』黄帝内経をはじめ漢方医学から回族の伝統医学,清真寺医学までを深く研究し『甘粛四大名医』の一人に数え上げられるほどだったということです.東洋医学であったとはいえ,当時の解剖学,生理学を通じて学んだことを武術に応用した点が他の武術にはない通備門武術の最大の特徴のひとつと言えるでしょう.

 現在の西洋医学における運動生理学の観点からこの通備門武術を眺めたとき,特に興味深いのはやはり,非常に理にかなった体の使い方をしていることです.例えば,柔軟トレーニングひとつ取ってみても,日本で一般に広まっている西洋式のトレーニング方法よりもはるかに納得できる部分が多く,実際,やってみると大変有効であることが分かります.近年,マスコミなどでいろんなスポーツの最新トレーニング法として紹介されているものの多くは,古くから伝えられている武術トレーニングと共通点が多く,あらためて驚嘆せざるを得ません.通備門武術はその攻防において他門派の武術ではあまり見られることのない前傾姿勢をとることが多いのですが,それはまさに『筋力は筋線維の総断面積に比例する』ことや『重力加速度を利用して突進することができる』ことを具現化されたものと私は考えています.他にも『筋線維にはバネ効果があり,それを有効利用する』,『屈筋群と伸筋群には収縮・抑制の反射があり,それらうまく利用する』,『連続した動きの中でもっとも大きな力を出せる筋群を使うようにすると,自然と螺旋の動きになる』,『連続した動きを統括する経路をうまく利用する必要がある(西洋医学で言うところの錐体外路系)』などが盛り込まれており,通備門武術がとてもアカデミックな武術であると感じられました.武術と医術に共通して言えることは,いずれも「『人間』についての深い理解と知識が必要であること」ではないでしょうか.

 現在,通備門武術の普及に努められているのは,馬鳳図の次男である馬賢達老師です.私が通備門武術を京都で学び始めた当時(1989年頃)は馬賢達老師公認の日本支部はありませんでしたが,現在は馬賢達通備武術学院日本支部があり,正式に学ぶことができるそうです.この日本支部は小林正典さんという方がまとめられています.馬賢達老師の入室弟子でいらっしゃる方で,正式に教授免許をもらわれた人です.私は直接の面識はありませんが,小林さんのことは噂で以前から大変熱心な方がいらっしゃると知人(西安で武術を学ばれた学生さん)から伺っておりました.

 なお,私が本ホームページを最初に開設したのは1995年であまりメンテナンスもでできないままに放置していたので(^_^;)ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが,当時は日本ではもちろんのこと世界でも中国武術関係のコンテンツはほとんど無かったため,世間への紹介の意味も込めてホームページの中で通備門武術を紹介しておりました.しかし,時代は流れ,現在は馬賢達通備武術学院日本支部も正式に設立されましたことですし,正しい通備門武術の普及を阻害しないよう旧ホームページを削除いたしましたことを最後に付け加えさせていただきたいと思います.日本における通備門武術の発展と普及を心から願っております.加油!

 なお,小生はこの日本支部に所属する者ではございませんので,この団体に関するお問い合わせなどはお控え下さるようお願いいたします.

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