「骨転移の画像診断,骨シンチグラフィを中心に」
東邦大学医学部付属大森病院第一放射線科 津布久雅彦先生
骨組織の構造とリモデリング(fig.1,2)
骨シンチグラフィの前に、まずは骨の構造や役割について説明いたします。骨は重力に対抗してからだを支える支持組織としての役割と体内の電解質,とくにカルシウムやリン代謝の調節をする役割、そして骨髄は造血の役割をします。骨髄は体全体重の約4.7%を占めるといわれますので、造血という役割をもつ一器官として考えますと,体の中で最大の臓器とも言えます。骨の構造は外側から外骨膜、皮質骨、内骨膜、海綿骨(骨髄)に大きく分けられます。皮質骨は内側と外側を骨膜で覆われています。転移では骨髄に腫瘍が着床して増殖するものが殆どですが、外骨膜付近に腫瘍が着床して増殖する場合もあります。
皮質骨の中には毛細血管であるHavers管、それから分岐するVolkmann管がネットワークを組んでいます。Havers管を中心とした層版構造を骨単位osteonと言います。海綿骨は細かい骨梁の集合体です。骨梁の表面積は極めて大きく,脊椎椎体では体積1立方センチメートルに対して約25平方センチメートルもあると言われています。表面積が大きいのはCaやPの代謝を効率的に行なうのに有利でありますが,反面,骨粗鬆症などの骨代謝性疾患では骨皮質より先に変化が顕著となることになります。
骨は全骨組織の3〜5%が常に新しいものに入れ替わっています。若い人は約2〜3年で全ての骨が入れ替わると言われています。これはリモデリング(骨改造)とよばれる骨組織の一連の代謝サイクルによるものです.細胞と骨器質の変化としては,多核の大きな破骨細胞(Osteoclast)によって既存の骨の表面が吸収され,それに引き続き、最初は薄っぺらの骨芽細胞(Osteoblasts)が刺激を受け、円柱状に太くなり類骨を形成します。やがて、類骨にはカルシウムが沈着し,骨は成熟するわけですが,骨芽細胞は細長くなりながら突起を伸ばしてネットワークを組んだまま骨基質のなかに埋もれていきます。リモデリングの骨形成の過程で,骨芽細胞は形態のみならず,機能的に変化し,増殖期、形成期、石灰化の3段階を辿ります。骨芽細胞の機能的な分化は、1型コラーゲン、アルカリフォスファターゼ、osteopontin、matrix
gla protein(MGP)、osteocalcin(BGP)等の遺伝子の段階的発現によることが知られています。骨の微細構造は1型コラーゲン、osteocalcin(BGP)、matrix
gla protein(MGP)、osteopontin等の骨芽細胞により産生される有機基質とハイドロキシアパタイト結晶(Ca10(PO4)6(0H)2)の骨塩から構成されています。骨膜の下には骨芽細胞が密に配列していますが,骨基質がたくさん生産される状態,すなわち骨形成が亢進する状況では、骨シンチで集積亢進が目立つことにつながります。
ここで、骨親和性RIの歴史を簡単に振り返ってみます。1940年代にすでにCa-45,-47の研究がなされ,Sr-87による前立腺癌骨転移の治療がすでに試みられています。また、現在、腫瘍シンチグラフィーに使用されているGaはもともと骨シンチグラフィーを目的として1950年代に開発され始めました。F-18による骨描出はポジトロンCTが出る前から研究されていました。そして、リン酸化合物の骨代謝研究は1962年からなされ、1970年代のテクネチウム標識リン酸化合物から現在のMDP、HMDPに至るまで,リン酸製剤が骨シンチグラフィーに汎用されています。
骨親和性薬剤が骨に取り込まれる経路,機序を見てみます。静注されたRIは栄養血管からHavers管に入ってきます。Havers管からさらに骨細管、骨小腔へとRIは入っていき、骨細管、骨小腔周囲の有機基質(コラーゲンなど)に沈着したハイドロキシアパタイトに標識されたMDP、HMDP等のリン酸化合物が化学的吸着するといわれています。
骨のリモデリングを制御している要因を見てみます。局所的な因子としてサイトカインがあります。
IL-6、M-CSF、INF-γ等のサイトカインは破骨細胞を刺激します。一方、破骨細胞を抑制する物質としてはcalcitonin、bisphosphonate等があります。これらは癌の患者さんに伴う高カルシウム血症への保険適応が最近では認められています。この他、骨芽細胞が破骨細胞を刺激する場合もあり,複雑です。全身的なホルモンとしては甲状腺や副甲状腺ホルモン、ビタミンDなどが主に骨芽細胞に働きかけます。
骨転移での骨破壊の機序と病理学的分類(fig.3,4)
以前は骨髄に腫瘍が転移、増殖しその腫瘍が大きくなる過程で周りの骨組織を融解するのが骨転移での骨破壊の機序と考えられていましたが、現在では腫瘍細胞が周囲の間質細胞を刺激しサイトカインを放出させ、そのサイトカインによって破骨細胞が活性化し,溶骨がおこるというのが通説です。培養実験などからプロスタグランジンE等が直接破骨細胞を刺激することも分かっております。また、癌患者さんは高カルシウム血症を来すことがありますが、癌細胞が副甲状腺ホルモン様のホルモンを産生し、それによって破骨細胞が刺激され,高カルシウム血症をきたすという全身的な要因もあります。しかし,画像診断が必要なのは全身的な要因よりも骨転移の方です。
骨転移の病理学的分類は造骨型(骨形成型)、溶骨型(骨融解型)、混合型.骨梁間型の4つに分かれます。骨梁間型とは骨梁の間の骨髄に腫瘍細胞がびまん性に這っていき、骨融解,骨形成にきわめて乏しいタイプです。癌の骨転移のなかには,白血病のように始めから広範囲のび慢性の骨髄浸潤の様式を取ってくるものがあります.このタイプのものは骨形成反応に乏しいため早期に診断することは困難です.非常に進行し,いわゆるsuper
bone scan (beautiful bone scan)といわれるような躯幹骨での骨髄分布に一致した,びまん性かつ対称性の異常集積亢進(fig.5)を骨シンチグラフィで認めるようになってはじめて気付かれるのが現実です.
(fig.5)
癌細胞による骨形成の様式は間質性骨形成と反応性骨形成の2つがあります。前立腺癌、骨肉腫の癌細胞は間質性骨形成の様式をとります。骨髄中の細網内皮系に由来する未分化な間質細胞の軟骨細胞や骨芽細胞への分化を誘導し,骨形成を促進する物質,BMPs(bone
morphogenic proteins)が前立腺癌細胞で発現されることが最近証明され,前立腺癌の骨転移が造骨型を示すひとつの根拠とされています.その他のほとんどの骨転移による骨形成は反応性骨形成です。骨が溶けると骨芽細胞が刺激を受けて骨形成を促します。
X線像による骨転移の分類は病理学的分類とオーバーラップしますが海綿骨の中に腫瘍が増殖する骨梁間型に関してはX線や骨シンチグラフィでの判定がしばしば困難でありMRI、腫瘍シンチグラフィが必要と思われます。
骨転移の転移経路による分類(fig.6)
次に転移経路による骨転移の分類を考えてみます。直接浸潤(浸蝕性骨転移)は頭頸部腫瘍や食道癌等の様に原発巣から骨に転移するものや、転移したリンパ節から骨にしみ込んでいく様なリンパ行性転移などです。例として子宮頸部癌の傍大動脈リンパ節転移からの直接浸蝕性骨転移を見てみます。骨シンチグ
ラフィで腰椎のPedicleと椎体の両方に異常な集積のあることが分かってもリンパ節までは分かりません。この場合MRIやCTを見てみますと骨の中よりむしろ骨の外に腫瘍が広がっているパターンが子宮癌の転移には多々見られます(fig.7,8)。
また乳癌では傍胸骨リンパ節転移からの胸骨への直接浸潤もかなりの頻度でみられます(fig.9).
血行性骨転移には肺癌や肺転移巣から動脈にのって大循環系に入っていく動脈型転移や、脊椎のまわりの静脈を介して広がっていく脊椎静脈型転移があります。動脈型転移は骨に分布する血管から2つのパターンに分かれます。骨への栄養血管は骨の中に入ったところで骨髄と骨皮質の2方向に分かれますが,そのほかに,長管骨の外側から外骨膜に分布する血管があります。流れ込む血液の量が多い骨髄へ転移するパターンが主ですが、稀に骨皮質に転移するパターンがあります。骨皮質への転移は発見が遅いと骨髄腔にまで進展してしまって、どこから転移が始まったのか分からなくなってしまいますが,骨シンチで早期に拾い上げることで,最近ではMRIによって早期に骨皮質転移の確認が可能です。
(fig.10,11)
脊椎静脈型転移は特に骨盤や脊椎の躯幹骨にみられます.骨盤や脊椎の静脈には静脈弁が乏しく、多方向に血液が流れている(Batson
静脈叢と呼ばれる)ことから血液が淀んで停滞しやすく、癌細胞が接着,着床し
やすいと考えられています。
(fig.12)
とくに前立腺癌では前立腺周囲にはもともと静脈叢が豊富で,骨盤静脈叢に流れ込みますので,この転移パターンが多くみられます。
(fig.13)
したがって,躯幹骨に多発する異常集積の場合,骨転移の診断は比較的容易であります.
骨転移診断における骨シンチグラフィの特徴と問題点
X線写真に較べ,骨病変の検出感度が高く,全身検索が容易であることから骨転移のスクリーニング検査として最適であることに異論はないのですが,問題点として以下の4つが挙げられると思います。
○集積が骨転移の時だけに起こるわけではなく、様々な疾患で起きうるので骨転移に特異的ではない。
○単発巣の解釈が難しい。
肋骨に縦に連なっている様な多発性の集積や、脊椎の横に均一に集積しているものは良性の圧迫骨折の可能性が高いと言われています。多発性の集積は対称性などから判断しやすいことが多いですが、単発性の集積は判断材料が乏しく、解釈が困難になります。
○集積と病変の活動性が必ずしも一致しない。
骨シンチグラフィは骨の代謝を見ていますので、腫瘍そのものの様子が分かる訳ではありません。
○転移巣が有るにも関わらず、骨シンチグラフィでは集積が見られない。
これらの問題点について,個々の症例では,SPECTや多方向からの撮像を行ったり、MRIや他の製剤による検査を行うことで,とくに単発巣の場合,鑑別診断を行なうことになります。SPECTについてはとくに脊椎骨での鑑別に有用であるとの報告が沢山ありますが,斜位像や側面像を適宜追加するだけで,かなりの例が判読に際して助かると思っています.スライド(fig.14)のように,
(fig.14)
脊椎の一椎体のみに,均一な集積があり,正面像のみでは良性の圧迫骨折と考える場合でも,椎体後部から椎弓根部の集積であることが側面像であきらかであれば,高率に転移であると診断でき,MRI等の検査を追加し,脊髄圧迫等の詳しい局所情報を得るべきであるとコメントすることができます.脊椎骨転移は椎体後部,片側椎弓根に始まることが多いからです.しかし,脊椎の椎弓根と変形性脊椎症による異常集積をきたしやすい腰椎の椎間関節(facet
joint)は僅か数ミリしか離れておらず,空間分解能の乏しい骨シンチでは,正面像のみではしばしば判定に窮します.さらに,下の腰椎の上関節突起による骨性接触により椎弓根のすぐ近くの椎弓に異常集積をきたすこともあります.
(fig.15,16)
異常集積部位を判定材料とする場合には,X線撮影同様に斜位撮像がSPECTよりむしろ有利な場合もあると考えています.
肋骨の単発巣では,ヘリカルCTをもちいて,表面3D表示やmulti-planar reconstructionを行ない鑑別診断を試みています.
(fig.17,18)
また,骨転移が他の画像診断で判明していながら,骨シンチグラフィ上,あきらかな集積亢進(hot lesion)を呈さず,欠損像(cold
lesion)を呈するもの,さらにまったく異常が見られないものもあります.腫瘍増殖によって骨組織への血流が途絶された場合(fig.19)もありますが,その多くは骨融解型を示す骨形成のきわめて乏しい,破骨細胞の活性による骨融解が反応性骨形成を大きく上回るタイプといえます.また病変が小さく,海綿骨内に限局する場合は骨膜への刺激を欠くため,MRIでははっきり骨髄内の転移巣が認められても骨シンチでの早期診断はしばしば困難です.
(fig.19)
(fig.20)
これらの場合は骨シンチグラフィでの早期のスクリーニングは期待できませんので,全身検索をおこなう手段としては,腫瘍シンチグラフィのほうが向いていると思われます.骨融解型の骨転移をきたしやすいのは,甲状腺,腎,肝癌などです(供覧:甲状腺癌例のI-123,肝細胞癌例のTc-99m-PMT,悪性褐色細胞腫例のI-123
MIBG,腎細胞癌例Tl-201 chloride).特異的腫瘍親和性製剤が有効な腫瘍は限られますので,大多数のものはGa-67citrateやTl-201
chlorideが非特異的腫瘍親和性製剤として用いられることになります(fig.21).
Tl-201 chlorideはGa-67に較べ,炎症より腫瘍に対する特異性が高く,骨髄での生理的集積を欠くので骨腫瘍の描出にむいています.骨シンチグラフィで集積亢進のきわめて乏しい例や
(fig.22,23)
cold lesionを呈する例,びまん性の骨髄浸潤が疑われる例(fig.24)ではTl-201 chlorideの全身像を撮像し,腫瘍を直接描出することで補助的診断が可能と考えています.
(fig.24)
Tc-99m-HMDPとTl-201のDual Isotope SPECT
骨シンチの欠点を補うこととTl-201の腫瘍集積範囲に関する位置情報の精度を上げることを目的に2核種同時収集SPECTを試みました.
同時収集によってTc-99m-HMDP SPECT像による骨格イメージとTl-201による腫瘍イメージを得ることのメリットと骨転移診断における目的は以下の通りです。
・画像合成(重ね合わせ)を行うのにimage registrationを必要としない。(位置マーカー、画像サイズの調整、位置誤差の微調整などの面倒で誤差を生じやすい処理がいらない)
・Tl-201の腫瘍集積について骨SPECT像による骨格(解剖学的ランドマーク)から集積部位、範囲の把握が容易。
・骨(Tc-99m-HMDP)異常集積をTl-201集積の有無から診断の特異性(骨転移か否か)を高める。(鑑別診断)
・骨集積亢進を示さない転移巣、びまん性骨転移の検出。
収集方法は以下の通りです。
1.ルーチンの骨シンチグラフィ(全身像、スポット像)を撮像後、Dual window(Tc&Tl)でのSPECT収集(10sec/step)3検出器型SPECT装置で約4分
2.Thallium-201 chloride111MBq静注後、5?10分後よりDual window(Tc&Tl)でのSPECT収集
(60sec/step)3検出器型SPECT装置で約22分
3.TcのTl windowへのdown contamination、cross-talkの除去 「2」のTl windowのraw
dataから「1」のTl windowのraw dataにTcの壊変にともなう減少と収集時間の計数率を加味して減算(subtraction)する 「2」-(「3」×5.7)
4.「2」のTc window dataと「3」のTl dataを一括してSPECT再構成し、同一座標軸上のdataを作成する.
乳癌の頭蓋骨多発転移例で,頭蓋骨のみならず下顎骨に辺縁に集積亢進の明瞭なcold lesion (ドーナッツサイン)が認められ,骨転移の診断自体には問題ありませんが,プラナー像(fig.25),
骨SPECT像(fig.26)
でも指摘できない環椎の右側の転移巣を dual isotope SPECT(fig.27)
では骨に一致するタリウム集積によって指摘することが可能でした.同部はMRI像では見過ごされ,CTの骨条件表示を見なおすことにより確認できました(fig.28).
骨シンチグラフィで診断可能な骨転移以外の陽性所見
臨床的に骨転移が疑われる理由はいろいろあると思いますが,担癌患者で骨シンチグラフィを契機に認められることがあり,骨シンチで診断可能な骨異常を簡単に供覧します.
1.肺性肥大性骨関節症 (pulmonary hypertrophic osteoarthropathy) (fig.29)
膝関節痛を訴えることが多い,肺癌患者がほとんど.癌治療が奏効すれば所見は正常化する
(fig.29)
2.反射性交感神経ジストロフィ (reflex sympathetic dystrophy) (fig.30)
患肢の疼痛.癌の末梢神経浸潤を示唆する
(fig.30)
3.仙骨不全骨折 (insufficiency fracture of the sacrum) Honda sign (fig.31)
(fig.31)
4.胸肋鎖骨異常骨化症 (sternocostoclavicular hyperostosis)
掌蹠膿胞症性関節炎,SAPHO syndromeとも呼ばれる.前胸部痛
5.DISH (diffuse ideopathic systemic hyperostosis), Forestier's
disease
嚥下障害(頚椎の骨棘,前縦靭帯骨化による)
6.線維性骨異形成 (fibrous dysplasia)
しばしば遭偶する.すでに診断されている場合を除き,無症状のことが多い.多発するもの(polyostotic type)では偏在性.
7.骨ページェット病 (Paget's disease) 日本人ではまれ
8.多発性外骨腫症(multiple exostosis)多発する骨軟骨腫,続発性軟骨肉腫発生の頻度が高い.
骨シンチグラフィでみられる骨外集積(供覧)
1.尿路系(腎癌,膀胱結腸瘻,腎盂自然破裂,骨盤腎)
2.肝:肝転移(胃癌,結腸癌),鉄剤投与,ヨード造影剤投与,化学療法中)
3.腹腔内:消化管出血,石灰化子宮筋腫,飲尿療法(fig.32)
(fig.32)
4.代謝性骨疾患:副甲状腺機能亢進,tumoral calcinosis
5.注射漏れによるリンパ節描出,
6.浮腫
7.心筋梗塞巣