■がん転移Q&A - 回答
Q2 がんの転移のメカニズム

A 伊藤和幸
(大阪府立成人病センター研究所生物学部・部門長)
 がん細胞はどんどん増え続けるだけでなく、周囲の組織へ広がり(浸潤)、血液やリンパの流れに沿って、遠くの臓器へ引っ越して、やがてまたそこで「すみか」を作って大きくなります。これが転移と呼ばれる現象です。転移があると、がんができた場所(原発巣)のコントロール(外科治療、化学療法、放射線治療など)がうまくいっても、最終的に転移巣(がん細胞が転移をした場所)が大きくなって、治療が不成功に終わります。
 まさに、『転移を制すものはがんを制する』というくらい、転移は悪性化の最たるものですここでは、最も頻度の高い血管を介した転移の仕組みについて、簡単に解説します。
 原発巣で大きくなったがんの固まりは一様ではなく、その中には高い運動能力や周りの組織を破壊する能力(細胞の移動を妨げるがんの周りのコラーゲンなどの繊維組織を分解する酵素を作り分泌する能力など)をもった一群の細胞がいます。これらの細胞が周囲へ浸潤して血管壁に近づき、血管内に侵入します。外側から血管の内側に侵入した細胞群(2-10個)は血管内で血液細胞と塊を作り、血流に乗って、肺、肝臓、脳や骨髄などの転移先の臓器へ運ばれます。この血液内のがん細胞はがんの初期から存在し、患者さんの血液1ml中に5〜1,000個流れているようです。やがて、転移先の血管の内側に接着した細胞塊は大きくなり、血管を内側から破って臓器内に侵入し、新たな「すみか」(=転移巣)を作っていきます。「すみか」を作るには酸素と栄養が必要で、直径3mm以上の大きさになるためには新たな血管を作って補給路の整備をします。こうして転移先で大きくなったがん細胞の塊は種々の画像検査で見えるようになり、臨床的に転移と診断されます。
 興味深いことに、原発巣と転移先には“種と土”のような相性があり、大腸がんは肝臓へ、肺がんは脳へ、乳がんや前立腺がんは骨(骨髄)へよく転移します。その理由の一つとして、転移先の組織が分泌するケモカインとよばれる物質と、がん細胞の表面に発現するケモカインと結合する受容体が働き合って、特定のがん細胞が特定の組織に行きやすくなるのだと考えられています。