《EP2 受容体欠損マウスの解析》

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1)EP2 受容体欠損マウスにおける出生数の減少

 EP2 受容体欠損マウスは雌の生殖系に異常が観察されました。雌の EP2 ホモ欠損体はその性周期は正常であり妊娠・出産をすることができますが、一腹あたりの出産数が減少しており、1回の妊娠において平均1匹程度しか出生しませんでした。このような同腹仔の減少は妊娠 19 日目においても観察され、野生型は平均 7.1 匹を出生するのに対し、 EP2受容体欠損マウスでは1.5 匹でした (Fig. 1)。このような出生数の減少は妊娠 7 日目の胎児数において確認されることから、それ以前の過程である排卵・受精・受精卵の着床・子宮内膜の脱落膜化に依存した反応と考えられました。

Fig.1


2)生殖生理の解析

 これまでの研究において、 EP2 mRNA が着床期である妊娠 5 日目の子宮上皮細胞に強く発現していることが見出されていたことから、まず EP2 ホモ欠損体の着床能について検討しました。実験は、偽妊娠 マウスを作製し、その4 日目の子宮に野生型のブラストシストを移植し、妊娠 14 日目に着床数を測定しました。その結果、EP2 ホモ欠損体での着床数は野生型マウスでのそれと同程度であることから、EP2 ホモ欠損体の着床・脱落膜化は正常であると推定しました。
 次に、自然排卵時における排卵数と受精率について解析を行ったところ、排卵数については EP2 ホモ欠損体において若干の減少が見られました。これらの卵の受精率は野生型では55% であるのに対し、 EP2 ホモ欠損体においては8.5% でした (Fig. 2)。ゴナドトロピンを投与し、過排卵処理を行ったマウスについても排卵の軽微な減少と受精率の重度な減少が観察され、上記の異常は下垂体ホルモンの産生 過程によるものではないことが示唆されました。過排卵処理を行った時、 EP2 ホモ欠損体の卵巣内に存在する排卵可能な卵胞数は野生型と同程度であったことから(wild type, 27.6 ± 2.6; EP2 -/-, 29.5 ± 3.0; means ± SEM)、EP2 受容体欠損マウスの異常は卵胞の生育過程ではなく排卵とそれに続く受精の過程にあると予想されました。

Fig.2


3)EP2、COX-2 発現部位の検討

 過排卵処理した卵巣で EP2 mRNA の発現をシクロオキシゲナーゼ (COX)-2 mRNA の発現と比較して検討したところ (Fig. 3)、妊馬血清ゴナドトロピン (pregnant mare serum gonadotropin; PMSG) 投与後 48 時間において EP2 mRNA は卵胞膜細胞に弱い発現が見られましたが、COX-2 mRNA は発現が見られませんでした。COX-2 mRNA はヒト絨毛性ゴナドトロピン (human chorionic gonadotropin; hCG) 処理後 4 時間において前排卵卵胞の顆粒膜細胞と卵丘細胞に大量に発現し、hCG 処理後 8 時間で顆粒膜細胞において発現は減少していましたが、卵丘細胞においては高いレベルが維持されていました。 EP2 mRNA は hCG 処理後に卵丘細胞に誘導され、その発現は排卵直前の hCG 処理後12 時間まで続いていました。そこで卵丘細胞に焦点をあて、EP2 受容体欠損マウスの解析を行いました。

Fig.3


4)卵丘細胞に関する検討

 卵丘細胞は卵の周りを取り囲む細胞であり、卵を保護すると共にその成熟にも関与することが知られています。排卵期と受精期において、卵丘細胞は expansion という現象を起こします。expansion は卵丘細胞の間隙が広がっていく現象を指し、卵丘細胞からのヒアルロン酸マトリックスの分泌上昇を大きな特徴とします。生体においてはゴナドトロピンの preovulatory surge によって引き起こされますが、in vitro においても cAMP アナログや卵胞刺激ホルモン (follicle-stimulating hormone; FSH) あるいは PGE2 によってもこの現象が模倣されることが知られています。

 EP2 ホモ欠損体からの卵丘細胞を用い in vitro による expansion を検討したところ、dbcAMP や FSH 添加による expansion は野生型由来の卵丘細胞のそれと違いはありませんでしたが、PGE2 による expansion は起こらないことが判明しました。すなわち、 PGE2 による expansion は EP2 受容体を介していること、また、EP2 受容体欠損マウスはゴナドトロピンに対する反応性には異常がないことが判りました (Fig. 4)。実際にin vivo における卵・卵丘細胞複合体の形態を観察したところ、野生型マウス由来の卵丘細胞は卵から均一に膨潤しており、卵と卵が適度の間隔をもって開いていましたが、 EP2 ホモ欠損体においては卵丘細胞の expansion は不完全で、かつ部分的に凝集していました (Fig. 5)。

 すなわち、EP2 受容体欠損マウスでは expansion を含む卵丘細胞の機能に異常が存在することが推察されます。卵丘細胞の異常がEP2 受容体欠損マウスの受精率の低下に関与している可能性を調べるために in vitro における受精効率を測定しました。卵・卵丘細胞複合体の状態で受精率を比較したところ、 野生型マウスのそれと比較して EP2 ホモ欠損体の受精率の減少が見られました (Fig. 6)。

 また、卵・卵丘細胞複合体と複合体から卵丘細胞をはずした状態の卵での受精率を比較検討したところ、野生型マウスの場合では受精率が大幅に減少したのに対し、EP2 受容体欠損マウスでは卵丘細胞の有無により受精率の変化はほとんど観察されませんでした (Fig. 6)。従って、卵丘細胞は卵の成熟に寄与し、受精率に影響を及ぼしており、これらの過程に EP2 受容体が関与していることが示唆されました。

                          


Fig.4
Fig.5
Fig.6

考察

 今回のEP2受容体欠損マウスの解析から、このマウスでは排卵に軽度の障害が、また受精の過程に重度の障害が存在することが判りました。これらを模式的に示したのがFig. 7です。
 従来よりアスピリン・インドメタシンなどの PG 合成阻害薬が排卵を阻害することが示唆されており、また排卵直前の卵胞では PG 合成酵素である COX-2 が大量に誘導されることからも PG 、特に PGE2 が排卵に何らかの役割を果たしていると考えられてきました。しかしながら、受精過程と PG については知見はほとんどなく、受精時における PGE2/EP2 受容体の重要性は今回新たに明らかになった重要な知見です。
 私達は EP2 受容体がゴナドトロピン刺激により排卵前に卵丘細胞に誘導されること、また薬理学的検討により PGE2 による cumulus expansionが EP2 受容体を介していることを明らかにしました。さらに体外受精の実験により受精時での卵丘細胞の重要性を示し、EP2 欠損マウスにおける cumulus expansion の不全と受精の関係を明らかにしました。しかしながら、現時点では EP2 受容体が卵丘細胞に働くことでどのような因子が働いているかについては明らかではなく、今後の研究課題でもあります。
 これらの知見から、PGE2 は EP2 受容体を介して排卵・受精の過程に重要な役割を果たしていることが示唆されます。これは、例えば EP2 に選択的に働く薬物が PGE2 製剤より副作用の少ない不妊治療薬として使用できる可能性を示しているものと考えられます。

Fig.7

文献

1. Hizaki H et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 1999; 96:10501-10506