心の糧 (既載分)
It is not the mountain we conquered but ourselves.
--Edmund Hillary
「我々はこの山ではなくて、我々自身に打ち勝ったのだ。」
エドムンド・ヒラリー(1919〜)
何かと話題の多い英国王室だが、今から48年前エリザベス女王の戴冠式が行われたときのこと。それに先立って英国登山隊は世界最高峰エベレストの初登頂を試みていた。そして53年5月29日にヒラリーとシェルパのテンジンが頂上を極めることに成功した。この快挙は密かに暗号でロンドンに打電され、6月2日の戴冠式に間に合い錦上花を添え、英国はもとより世界中がわきたった。
英国はちょっと変わった国で、山らしい山もないのに世界的登山家を出している。もっともこのヒラリーは厳密にはニュージーランド人だが、母国は英連邦に属し、この功績により彼は貴族に叙せられた。
この言葉は、戦勝国とはいえ、復興途上にあって、現在とは比べ物にならない貧弱な装備を精神力で補っての成功だったことをよく表している。
「芸術家よ、創れ! 語るなかれ!」
ゲーテ(1749-1832)
この句は一般の読者には余り関係ないかも知れないが、芸術の創作に携わる者への大鉄槌だ。ノーベル賞受賞の科学者だけが天才ではない。辛口で言えば、彼等は以前から存在する自然の現象や法則を遅蒔きながら解明しただけのことだ。造物主から見れば赤子に過ぎない。しかし人文科学はその質も量も計り知れない大きな業績を生む可能性がある。
ゲーテはもう一世紀遅く生まれていたら、ノーベル文学賞を貰っていたに相違ない天才だ。裕福な上流階級に生まれ、高等な紳士教育を受け、一生生活の苦労は知らず、望んだことはほぼ全て実現させた。フランクフルトの弁護士、ワイマール公国の宰相、数多くの詩作・劇作・恋愛がそれを証明している。そして83歳の、当時としては長命も天授された。
この句は彼の「格言集」に載っているもので、後一行
「吐くひと息も詩であれ!」
が付いているので、詩人に対する箴言ということになるが、実際はもっと広く耳の痛い人達も多い筈だ。
つまり芸術家は御託を並べずに黙って作品で勝負せよということだ。理論を振りかざすのは評論家に任せておけばよいのだ。これは職人さんの世界でも昔から言うようで、よく喋る職人は腕が下手ということらしい。
ところで'Goethe'の発音は日本語にない音なので発音が難しい。森鴎外は『ギョオテ伝』、茅野蕭々は『ゲョエテ研究』と表記している。そして英米では「ガータ」に近い。
ギョエテとは俺のことかとゲーテいい 伝 緑雨
「自由を愛することは他者を愛すること。権力を愛することは自己を愛すること。」
-- ウイリアム・ハズリット(英、1778-1830)
(The love of liberty is the love of others. The love of power is the love of ourselves.
--William Hazlitt)
目先のことしか見ない、天下国家を論じなくなった今の若者たちがこんな句を聞いたら、「歯が浮くよ」、「何の足しにもならん」と言いそうだが、たとえ書生論と言われようと、美を、真理を、正義を求めることは崇高だ。私たちの先輩は敗戦直後、並木路子サンの「リンゴの歌」と古橋広之進選手の水泳世界新記録の捷報で空腹を紛らせたのだ。長く続く経済不況で、企業の倒産、失業などが深刻化している現在、実学がもて囃されるのはやむを得ないにしても、大変下品な上方風の表現を使わせてもらうと、「夢で屁を踏む」様な論が出ないのも寂しいことだ。
ハズリットは日本で言うなら、中野好夫、福田恒存みたいな人だった(彼はもっと世界的に著名で影響力もあったが)。基本的には文学・演劇研究者だったが、広く文明をも見据えていた。この句はタイムズ紙に寄稿したもの。
「お金は手か足みたいなものだ--使わなければ駄目になってしまう。」
(Money is like an arm or a leg--use it or lose it. Henry Ford)
豊田佐吉が織機王、御木本幸吉が真珠王と言われる如く、ヘンリー・フォードは自動車王と呼ばれている。自動車を発明したのは何処の国かということになると、エンジン、実験・試作車、市販車、などどれを最初とするかで、米、英、独、仏、伊などが譲らない。しかしその生産・販売量、需要、技術開発、国際業界への影響力などからみて、米国の王座は揺るぎない。
経済問題に暗い筆者のような者がお金のことを言うのは気が引けるが、それでも昨今の不景気は目に余る。ローンを抱え、子供の教育費が嵩む働き盛りがリストラに遭う。首が繋がっている人も先行き不透明とあれば、買い控え、出控えとなる。すると流通経済は沈滞する。つまりお金が生きて流通しないのだ。殆ど利子が付かないことが判っていても預貯金するしかない。迂生のような素人でもこれぐらいのことは判る。米国も1929年から30年代初めに掛けて深刻な大不況の風が吹き荒れた。
幾ら便利で欲しいといっても、米国人にとってさえ自動車は高価な買い物であり、昔もサラリーマンが現金で買える物ではなかった。しかしローンで車を先取りすれば、直ぐビジネスに使えるし、ガソリンは安いので、車を使って稼いでローンを返済することが出来る。上の言はそのように解釈でき、大抵のアメリカ人が知っている言葉だ。
「失敗もないようでは何も出来ない」
マーヴァ・コリンズ 女性教育家、1936〜
(If you can't make a mistake, you can't make anything. - Marva Nettles Collins)
若いときは誰でも多少の冒険心は有る。しかし中年以降ともなると手堅く、無難に、前例から大きく外れないようになる。こういう人たちばかりが組織の中枢を占めると、組織は沈滞し、硬直化するようになる。若いときから納まっている若年寄は尚更多くは望めない。
マ−ヴァ・コリンズは人種差別の厳しかった米国アラバマ州で生まれ育ち、アトランタの大学を出て1959年にシカゴに移り、当地の低学力の生徒が多く荒れる公立学校で14年間教えた後、自宅の2階にアフリカ系アメリカ人児童・生徒のためのウエストサイド予備学校を開校した。最初4人の生徒から出発したが、この学校教育は成果を上げ、無数の新聞で取り上げられ、CBSテレビの「60分」でも特集された。彼女は数多くの賞や名誉学位を得ているが、モーガン・フリーマン出演のテレビ映画『マーヴァ・コリンズ物語』で全米に知られる教育者となった。
一度に幾つも悩み事を抱えてはいけない。
それを三つも抱える人がある ─ 今までの、今の、今からの、と。
エドワード・エヴァレット・ヘイル(1822-1909)
Never bear more than one kind of trouble at a time. Some people bear three--all they have had, all they have now, and all they expect to have.
--Edward Everette Hale
何にもならないと分かっていてもくよくよするのが現代知識人の性。時には自虐的でさえある。これを克服するには家庭・友人・打ち込める趣味、などに恵まれることだ。そして年が行くと段々と深追いしなくなるのが救いだが、痴呆と隣り合わせになる。
ヘイルは米国の牧師で作家。1903年から亡くなるまで上院議員も務めた。長寿を得て、聖職・政界・文筆の世界に生きた人生の達人でもあった。
科(あな)に盈(み)ちて而(しか)る後(のち)進(すす)む
─ 盈科而進 ─ 孟子(BC.372〜289)
高みからちょろちょろと流れ出す水は、早く勢いよく流れることはなく、途中に窪みがあれば其処を満たしてから又進み続けて末は大河となる。学問でも仕事でも、いたずらに早い達成を願わず、順序を追って倦まず弛まず成就すべきものだ。凡百は一大業に如かずである。世は電算機万能時代となり、質より量、熟成より速成の観があるが、こんな時こそこの中国先哲の言葉を原語で味わえる我々は幸せだ。
年齢は愛からあなたを守ってはくれないが、愛は、ある程度は、年齢からあなたを守ってくれる。
ジャンヌ・モロー(1928─ )
バーテンダーを父に、コーラスガールを母に持ちパリで生まれた。同コンセルバトワール(音楽院)を卒業。20歳でコメディ・フランセーズの女優になったという正統派大物女優。映画にも数多く出演し、主なものとしては当時ヌーベルバーグ派といわれたルイ・マル監督の『死刑台のエレベータ』、フランソワ・トリュフォー監督の『突然炎の如く』などの作品に恵まれた。近年は自ら監督をしたり、語り手も務めている。
加齢は愛を保証してくれるわけではないが、愛はある程度加齢をカバーしてくれるというのだろう。豊かな人生体験と知性がそういわせている。女優に限らず、日本人に名言は少ないし、それを集めようとするする人も少ないのは残念だ。
人生は自転車に乗るみたいなものだ。ペダル漕ぎを止めない限り転けたりはしない。─ クロード・ペパー (1900-1989)
(Life is like riding a bicycle. You don't fall off unless you stop pedaling. --Claude Pepper)
ハーバードを出てフロリダで弁護士を開業。州議会議員を振り出しに政界に入り、知事のところに勤めていたミルドレッド・ウェブスターと知り合い、6年間の交際の後結婚し、以後「死が二人を分かつまで」43年間連れ添った。そして上院議員となって中央政界に進出し、フランクリン・ルーズベルトの親友となった。
彼の50年に及ぶ政治歴の数多い業績の内主なものとしては米国ガン研(NCI)、米国保健研究所(NIH)立法化への貢献がある。
妻のミルドレッドも結婚前の「政治歴」を生かし、米国パーキンソン財団、赤十字などの後援者となり、1946年のパリ平和会議の代表団の一人として活躍した。1979年にミルドレッド(74)に先立たれたとき、クロードは次のような墓碑銘を贈った。
「彼女は気立て良く心麗しく、完璧なる妻なりき。彼女の美しき生涯は後世の人々を照らし且つ励みとなる光を残せり。」
最初に夢がなければ何事も起こらない。
─ カール・サンドバーグ(1878-1967)
(Nothing happens unless first a dream.)
日本の若者の多くは大企業・有名企業に就職したがる安定志向があるが、欧米では必ずしもそうではない。自分のしたい仕事を探す。米国の成功物語は偶然ではない。全て夢を抱いた人が実現させたのだ。其処に多少の幸運があったに過ぎない。
サンドバーグはシカゴを中心とする中西部で活躍した詩人で、代表作『シカゴ詩集』は米文学の研究対象となっている。又、各地を回って民謡を収集し集大成した功績もある。
幸せな結婚とは何時も短か過ぎると思える長い対話なのです。
─アンドレ・モロワ(1885-1967、仏 小説家・批評家)
6月は西洋では結婚シーズンなので。
今から20年ほど前のこと。持て成し好きの友人宅で若い研究者たちが集まった。夜も更けてお開きとなり、私たち夫婦は或独身女性を彼女の家の近くまで送っていった。
「わざわざ遠回りして送って頂いて済みませんでした。」
「いえ、いいんです。喋りながら帰りますから。」
この女性はポカーンと信じられないような顔をした。結婚や恋愛に向かない性格の人だった。でも研究者としては大成した。それに引き替え迂生は平凡な人生を辿っている。
異国の言葉を知らない者は、己等が言葉も知らず。
─ ゲーテ(1749-1832)
(Wer fremde Sprachen nicht kennt, wei? nichits von seiner einigen.)
正にその通りなのだが、我が国の外国語教育を考えるとき、様々な思いが広がってゆく。
中学3年、高校3年と英語を学習しながら、陸に話せない、という議論が、日本が一応戦後復興した頃から国会の場でも興った。所轄官庁である旧文部省は何とか手を打たねばならず、「書く・読む」よりも「聞く・話す」の、通じる英語の教育方針を打ち出した。
確かに、語学の全人教育としては「聞く・話す」が基本であり、最重要だが、十分にその能力を持った教員が実は多くないのである。小学校から教えようかと言う意見もあるが、一体誰が教えるのか。外国語の学習は第一歩が最も肝心であり、発音をカナで表記して教えたりすれば、その子供たちの発音は惨めなものとなる。現に書店の店頭に置かれている殆どの中学生用英語辞典の発音はカナで表記してある。その方が売れるからである。
文科省が本気で英語教育を改善する気があるのなら、嘗ての配属将校みたいに、英米人教員を各校に専任で置く覚悟が必要だ。巨額の予算を必要とするが、その覚悟が、政府・官庁に無ければ、実効は上がらぬものと思っている。
ゲーテの言に戻ると、我々は思いの丈を自由に語れる言語、即ち母国語(正確には第一言語)を持たなければならない。しかしそれを一層磨くためには外国語を学んでみて、いかに母国語が曖昧かを知ることだ。
一はやらず、二はやめず。
(一不做、二不休。[中国俗諺])
一旦やらないと決めたらそれを貫くこと。やると決めたらとことんまでやること。
これは至難の業だ。松下電器産業の創始者で経営の神様といわれた松下幸之助翁(1894-1989)は、
「わての存命中はコンピュータに手を出すことならん。」
と宣うたそうな。当時弱電業界が競ってコンピュータ関連産業に参入した中で、この託宣は異色だった。当時松下は我が国最大の家電メーカーではあったが、コンピュータ関連のハイテク部門には強くなかった。先行している通信機器メーカーが何社も有る中で下手に参入して火傷せんように、という判断だったのだろうが、これが正しかったかどうかは、翁の没後十数年を経た今も決着が付いていないのではないか。
実はソニーもコンピュータ業界参入は遅かった。しかし知名度と宣伝上手とでコンピュータのvaioやPDAのclieは人気商品になっている。
若い頃は離れることばかり考え、年老いては戻りたくなるのが故郷である。
---ジョン・エド・ピアース
(Home is a place you grow up wanting to leave, and grow old wanting to get back to.
---John Ed Pearce)
土地から離れられない農業や家業の後継者は別として、一般の米国人は生涯に数回は居住地を変えるので、郷土愛など希薄と思われがちだが、子供の頃暮らした土地を懐かしむものである。
作者は1919年生まれのジャーナリスト。地元の人間ではないが、ケンタッキーの風土に関する著作をルイスビル・クーリエ−ジャーナル誌などに発表した。1967年にピューリッツァー賞を共同受賞している。
独り居の出来るべし。孤独の利点を逸する勿れ。
―― トマス・ブラウン卿(1605-82)
(Be able to be alone. Lose not the advantage of solitude.)
我々凡人の話をすると、誰でも友人は有る。でも、配偶者を含めて、完全に心が一つということはあり得ない。配偶者だからこそ一人になるTPOが必要だ。若いうちは何をしても生きて行けるが、熟年・老年を充実して生きるためには一人に成れる(=慣れる)習慣を身に付けなければならない。
「孤独」と訳したが、一人で寂しく居る事ではない。誰にも煩わされることなく、自分の世界を持つことだ。
トマス・ブラウン卿は、日本の徳川初期の頃の英国人医師・著述家で、主著『医家の宗教』は無神論者の告白として広く各国語に訳された。
何でも不可能と証明されるまでは可能だ。そして不可能なことでもこの先何でもなく可能になるかも知れない。
─パール・S・バック
(All things are possible until they are proved impossible--and even the impossible may only be so, as of now.)
こう書いた彼女が存命中の1969年にそれまで不可能だった宇宙旅行で人類が月へ行って帰ってきたのだ。パール・バック(1892-1973)はサイデンストリッカーという清国駐在の宣教師の妻が米国ウエスト・バージニア州に帰って産んだ子である。何とか旅行できるようになった生後4ヶ月後に彼女は母親に抱かれ、中国にいる父親の許へ行った。そして中国で育ったが、その後本国へ帰って大学までの高等教育を受けた。1917年に宣教師のジョン・バックと結婚し一児を儲けたが、離婚し再婚したもののこれも離婚した。しかし初婚時のバック姓を名乗り続けた。この女児が障害児で、施設に預けての執筆活動は平坦な人生ではなかった。
1925-30年は中国に「戻り」、大学で英文学などを教えた。その間に1年間コーネル大学へ戻って修士課程を終えている。
31年に辛亥革命を舞台にした農民一家を描いた『大地』を書き、ベストセラーとなり、翌32年にピューリッツァー賞を受けた。
35年からは本国に定住し、38年にノーベル文学賞を受賞した。
第二次大戦後は執筆に加えて平和運動に目覚め、特に大戦中に米兵が世界各地の駐屯地で生ませた子供の養育問題に取り組んだ。
パレスチナ、イラク、ロシアや中国内の民族紛争などが解決したとき、上に掲げた彼女の命題は確かめられるのである。
どんなに年を取っても美しさを失わない人が有る。その人達は美しさを顔から心の中へ移すだけのことだ。 ──マーチン・バックスバウム
(Some people, no matter how old they get, never lose their beauty ─ they merely move it from their faces into their hearts.)
世の美人達よ、斯様心掛けられたし。内輪事で恐縮だが、迂生の母じゃ人は美人に対して常に偏見を持っていた。「器量好しは根性が悪い」というのである。そして年頃になった迂生に、「女を顔で選んだら陸なことない」と、「ジェンダー教育」した。そういえばこの頃めっきり美人が少なくなった。髪を染め、エスカルゴ剥きみたいな道具で人工睫毛を付け、耳朶に穴を空け、胸を取って付けたように膨らませ、割れ目スカートを穿いてからでないと人前に出られない女性が多い!?
Martin Buxbaumはウィーンで生まれ育ち、カナダで英語と演劇を学んだ後米国で演劇指導を行い、1999年にウィーンに戻りウィーン大学で教えた。警句も多く書いている。
人間は努力する限り迷うものだ
─ゲーテ
(Es irrt der Mensch, solange er strebt.)
ドイツ人の書いた名句を探して行くと、どうしてもゲーテに辿り着く。我々日本人好みなのかも知れない。よく引き合いに出されるのが箴言集だが、これはファオストに出てくる。
迂生は何故かアリとキリギリスの寓話を想起する。若い時うんと悩んで己を研き、老後は安らかな人生を送ろう。直ぐストレスから逃避する若者がいるが、「艱難(辛苦)汝を玉にす」という格言があり、戦国時代の武将山中鹿助は20歳の時に「我に七難八苦を与えたまえ」と言っている。又、昔の人は、「若い時の苦労は買ってでもせよ」とも言った。
時間の使い方の下手な人ほど時間が足りないと言うものだ。
--ラ・ブリュエール (Jean de La Bruyere,1645-1696. パリ生まれの著述家・風刺的モラリスト)
迂生は広い世間を知らず、狭い学問の世界しか知らないが、世に秀才といわれる人、試験の難関を突破した人、目覚ましい業績を上げた人、などは例外なく時間の使い方の上手な人たちである。誰だって1日は24時間しかない。とすると如何に有効に、充実して、集中して時間を使うか、しかないのである。それの出来る人が所謂「頭のいい人」なのだ。そして時間を上手に使うことは楽しいことでもある。
それと、「忙しい人に物を頼め」も掲げておく。
一つ怒れば一つ年取る、一つ笑えば一つ若返る。
(悩一悩、老一老、笑一笑、少一少)─中国俗諺
これは若い人や大望を抱く人に贈る言葉ではない。そういう人たちは淀んだ政治に怒り、荒んだ社会を嘆かなければならない。そして「乃公出でずんば」ぐらいの覇気が欲しい。たとえドン・キホーテと言われようと。
だが中年になって己のキャパを知ったからには、枝葉末節を気にせず、気楽に生きてゆくのが人生の達人というものだ。
年を取らないようになるということは、精神の高揚が顔の皺取りマッサージに優るということだ。
─マーティ・ビューセラ
(When it comes to staying young, a mind-lift beats a face-lift any day.
Marty Bucella は米の漫画家、ユーモア・イラストレーター。
子供が仕上がったとか、還暦を過ぎたからとか、孫も出来たことだし、などと自分で自分を年寄らせてしまってはいけない。年齢と若さとは必ずしも一致しない。70歳を過ぎてから若い後妻に子を生ませた芸能人もいることだ。気を若く持つことで老化を送らすことが出来ると思う。
マナーとは他人の気持ちへの細やかな心遣いのことです。それさえ弁えていたら、よいマナーを心得ていることになります。フォークの使い方など問題ではありません。
--エミリィ・ポスト
(Manners are a sensitive awareness of the feelings of others. If you have that awareness, you have good manners, no mater what fork you use.)
Emily Post(1873-1960) メリーランド州ボルチモアの裕福な建築家の家庭に生まれた。後一家でニューヨークに移り住み、結婚後幾つかの小説を書いたのち、『エチケット』が出版された。これがベストセラーとなり、「『エチケット』によれば」と引用されるほどの定番マナー本となった。
彼女は「上流階級の女性は仕事をしない」という当時の弊を破り、「エミリィ・ポスト研究所」を設立し、講習会・ラジオ・雑誌のコラム・出版などを通じてマナーや社交慣例の普及を行った。
同研究所は今も存続しており、『エチケット』も子孫によって改訂版が出されている
私たちの全ての恋は初恋である。
─スーザンフ・フロムバーグ・シェファー
(All our loves are first loves.)
恋愛至上主義から言えばその通りだが、前の「初」恋で失敗があったとすれば次の「初」恋でその教訓を生かすことが「初」恋を打ち止めにする秘訣だ。
Susan Fromberg Schaeffer(1941~)はニューヨークのブルックリンで生まれ、シカゴ大学で博士号を取ったユダヤ系小説家・詩人。
科学はウイルスがどのように増殖するかを説明するには役立つが、どうして涙が零れるのかに答えては呉れない。
--バーナード・ロウン
(While science may help explain how a virus multiplies, it leaves unanswered why a tear is shed.)
Bernard Lown(1921〜)リトワニア生まれの米医学者。ノーベル医学賞受賞。世界中の医師達に呼びかけて核兵器廃絶を願う団体を結成した。
この言葉では、自然科学で人間の心の動きを解明するには限界があることを示している。
学ぶということは目的のための手段ではない。それ自体が目的なのだ。
─ロバート・ハインライン
(Learning isn't means to an end; it is an end in itself.)
Robert A. Heinlein(1907-1988) SF小説の巨匠。アナポリス海軍士官学校に入学したが卒業せずに軍務に就いた。病気のため海軍中尉で退役。後UCLAに入りこれも中退。多作で作品は小説、犯罪小説、短編、ノンフィクションなどに分けることが出来、賞も多く受賞している。代表的受賞作には『二重星』、『宇宙戦士』、『異星の客』などがある。モルモンに好意的だったが、会員ではなかった。
高いステータスや高収入の職業に就くことを願い一流大学目指して勉強する若者、そしてそう仕向ける親が居る。それはそれで好いと思う。これも紛れもなく向上心の表れだ。しかし、ただもう勉強が好きでそれを職業にしてしまった人たちも居ることはいる。迂生もその一人だが、有り体に申せば、社会性もなく他に能がなかったに過ぎない。
勝ち馬に賭けて大当たりした人なんていた例がない。
(No one has ever bet enough on a winning horse.)
読み人知らずの格言だが、ライターのRichard Sasulyによって広まった。ギャンブルや投機のことだけを言ってるのではない、と考えれば、味わいのある言葉だ。頼うだお方が当てが外れたなんて、まさしくそうだ。
好い馬は振り向いて草を食まない。
(好馬不吃回頭草)─中国 俗諺
好い馬は振り向いて後戻りして草を食うことはしない。優れた人は一生懸命やったことがたとい失敗してもくよくよ後悔したりしないで前へ向かって進んで行くものだ。反省は良いが後悔なんて百害あって一利なしだ。
生きて行くには金が掛かる。しかしそれだけのことはある。
─ダグ・ラーソン(1902-1981)
Doug Larson 英国の中距離ランナーで、1924年オリンピック・パリ大会でゴールドメダリストとなった。この句を拡大解釈して、結婚して必ずしも幸せになるとは限らないし、子供なんて育てても甲斐あるとは限らないが、やってみるだけのことはある、としよう。
ただ一度だけ、
もう二度とない、
これがほんとだなんて、美しすぎるのだもの!
─ギルベール作詞『会議は踊る』挿入歌
(Das gibt nur einmal,
das kommt nicht wieder,
das ist zu sch嗜e, um wahr zu sein!)
Refraub eubes Kiedes aus dem Film Der Kongreァ Tanzt: Robert Gilbert
ウィーン会議に北の国ロシアからやって来た皇帝アレキサンドル一世のお目に留まった街の手袋屋の売り子クリステルが皇帝と馬車に乗って唄う。当時ドイツ語が分かる日本の若者は原語で、ドイツ語を知らない娘達は「♪ただ一度、二度とない . . .」とリリアン・ギッシュ気取りで口遊んだ。昔の娘達は純情だった。ミニも穿かず、髪も染めず、ケータイも持たなかった。
(1934年本邦公開。川喜多記念映画文化財団蔵)
仕事は頼りになるものであり、我々を決して見捨てない信頼できる生涯の友である。
--マーガレット・バークホワイト
(Work is something you can count on, a trusted, lifelong friend who never deserts you.
--Margaret Bourke-White)
昔日本では、職を転々とする人は社会的信用がないといわれ、「一所懸命」を嘉とした。しかし戦後になって、
「米国では能力のある人ほど転職して上昇して行く、一所に止まっている人は何処からも口のかからん人だ」
という考え方が入ってきた。バークホワイト女史の警句は矛盾していない。職場を変えても職種は替えるなと言うことなのだろう。しかし、 A rolling stone gathers no moss.(転石苔をなさず)もまた真理である。
マーガレット・バークホワイト(1904-1971):フォートペック・ダムの写真で『ライフ』誌創刊号(1936)の表紙を飾った社会派の大写真家。
好死は悪活に如かず。
(好死不如悪活)
--『通俗編』巻三十八・識余
「いいカッコして死ぬより、無様でも生きるのが良い」という意味。死ぬは大袈裟でも、一寸したことで簡単に勤めを辞める人があるが、粘りづよく生きんと損だ。お偉方たちを見てごろうじろ。赤恥を掻きながら強かに生きているじゃないですか。
議論せずに問題に決着をつけるよりは、決着無しに議論する方がよい。
--ジョセフ・ジュベール
Joseph Joubert(1754-1824):仏革命期の哲学者、モラリスト、エッセイスト。ディドロやダランベールなどと交流があった。
イエス・マンばかり配下に置き、取締役会を7年間も開かず、長年にわたって法を犯していたワンマン経営者が2005.3月に逮捕されるという大事件があった。
結論を得ることを絶対の目的としないで議論をする方法の一つにbrain-stormingというのがあり、米国の官界・実業界で盛んに行われ、日本でも取り入れられるようになったが、200年も前に仏蘭西の思想家が発想していたのだ。
幸せな結婚は何度も恋をすることが必要だ。但し何時も同じ人と。
―ミニヨン・マクローリン(1915年生まれの米ジャーナリスト)
A successful marriage requires falling in love many times, always with the same person.
--Mignon McLaughlin
このような結婚生活を送っているカップルは、東西を問わずそう多くないのではないか。ただ離婚しなかったというのが大抵だ。
我慢の出来る人間なら何事も成就する。
He that can have patience can have what he will.
--Benjamin Franklin(1706-1790)
今の若者は直ぐに自分で「切れた」とか言うが、昔は人から「切れる」と言われると男にとって嬉しい賛辞だった。
閑話休題。昔の人が今の人よりも我慢強かったのは、多分間違いない。江戸時代も明治も大正初期も、若者の多くは年季奉公に出た。奉公先は商家であれ職人の親方とこであれ、朋輩先輩のいじめに遭ったり、親元が恋しかったりで雪隠に駆け込んだり、夜は布団を被って泣きながら奉公・修業に耐えた。そして年季が明ければ暖簾分けをして貰って独立し何とか食べて行けた。もし途中で飛び出しても実家へは戻れなかった。親も貧しくて大きな子供を食べさすことは出来なかった。どこかへ奉公に出ようとしても勤め口は少なく、働き手は幾らでもいるので「他所でケツ割った者」は雇って貰えなかった。
大人になるには旧友が必要で、若さを保つには新しい友人が必要だ。
―レティ・コティン・ポグレビン
We need old friends to help us grow old and new friends to help us stay young.
--Letty Cottin Pogrebin
ポグレビン(1939〜)はユダヤ系アメリカ人で、作家、主に女性人権問題を専門とする評論家、女性雑誌 Ms 創刊者の一人。熱心なユダヤ教徒だったが、実母が亡くなったときのユダヤ教の仕来りに納得できず相当の年月教会を離れ、仕来りが改善されてから教会に戻った。
旧友を大切にし、新しい友を作らない人はあるだろうが、歳行って初めて新しい友人が出来るというのはないだろう。旧友が有ってこそ新しい友が出来るのだ。
只ひたすらに這い続けて蝸牛はノアの箱船に入れて貰った。
―チャールズ・ハッドン・スパージャン
(By perseverance the snail reached the ark.)
―Charles Haddon Spurgeon
スパージャン(1832-1892)は米バプテスト派の説教師。説教集がある。
脚や翼のある動物は早々と箱船に入ったのに、這うことしかできない蝸牛はそれでもへこたれずついには箱船に辿り着いた。だからこそ、その子孫が地上に繁殖している。兎と競った亀にも似て、目標に到達するのに早い遅いは問題でない。若くして世に知られたがその後鳴かず飛ばずもあれば、永年の努力が後年花開く人もある。
恋で泣くのはお止し。この世に男は一人じゃないよ。
―ベックマン
(Nur nicht aus Liebe weinen,
Es gibt auf Erden nicht nur den Einen.
―Beckmann)
戦前に独逸で歌われた流行歌の一節らしい。この主旨の事を言う人は多い。皆そう思うからだろう。失恋して悲しむ人にこう言って慰めても大抵耳を貸さない。自分の愛する人はこの人一人しかなかったと思っているからだ。この世に異性が一人しか居ないのならそうかも知れないが、実は同性と同じ数だけ居るのだ。狭い環境の中で偶々その中の一人に出合っただけなのだ。それが判るのは、次に新しい恋人が出来たときである。
唯一本当の牢獄は恐怖であり、唯一本当の解放は恐怖からの解放である。
アウン・サン・スー・チー
ミャンマー(スーチーさんは「ビルマ」でもいいと言ってるらしい)のことはよく判らない。マスコミは判ってるのだろうが、私たちの疑問には答えてくれてない。軍事政権は諸外国から経済制裁を加えられながらどうして音を上げないのだろう? どうして彼女を自宅監禁してるのだろう? いつまでこんな事が続くのだろう? こんな事してたら、近代化、国際化で取り返しのつかないことになるだろうに。
上手に年取る秘訣は、一寸ずつそのことに関心を払うことだ。
─ジュディス・リーガン
(The key to successful ageing is to pay as little attention to it as possible.
─Judith Regan)
1953年、ニューヨーク生まれの愛蘭系出版者。現在離婚して二児有り。老後のことを語るには未だ少し若い気もするが、女性としては当たり前かも知れない。
年取ることを気に病む必要もない替わりに、年老いてから狼狽えないように少しずつ心身の準備をすることだ。迂生がおすすめしたいのは、時々、少し前の自分の写真を見ると好い。毎日鏡を見て気付かない変化(老化なのだが)が分かるものである。
スターなんて一人も居ない。スターは空高くに輝いているだけだ。
─ファーリー・ジャックマスター・ファンク
No-one is a star; the only stars are up in the sky.
─Farley Jackmaster Funk
1962年生まれ。シカゴを中心に活躍するジャズミュージシャン。
スター、スターと騒がれるが、いつまで人気が続くか知れたものでない。たしかに稼ぎは荒いが取り巻きも多く、出て行く金も多い。病気にでもなれば明くる日から収入の道はない。「定収」がないとローンも組みにくいし、端で見るほど気楽な商売でないのは確かだ。安月給だけど何とか食えるのと、どちらが好いのだろう。
協調は対立不在なのではなくて、折り合いを付ける手段なのだ。
─デボラ・タネン『議論の文化』
Cooperation isn't the absence of conflict but a means of managing conflict.
-Deborah Tannen, The Argument Culture
1951年生まれ。ジョージタウン大学言語学教授。その著書『貴方が知らないだけ:会話する男と女』はニューヨークタイムズのベストセラー・リストに連続4年載る。
低い声で、ゆっくりと、そして多くを言わぬことだ。
--ジョン・ウェイン
(Talk low, talk slow, and don't say too much.
--John Wayne)
彼は実像はどうだったか知らないが、西部劇のために生まれてきたような役者だった。ハンサムでもない巨漢でおよそ知的な役は似合わなかった。この言葉は他人への教訓なのか自戒なのかも分からないが、多分両方なのだろう。役柄とは言え、彼は映画で常にそうだった。実はこれ、彼が言わなくても、演劇ではお偉方は低い声でゆっくり喋り、下っ端は早口で声高と決まっている。
夢は現実の物となることもある。人生を通じて我々を大きな幸福に導いてくれる素となるものだ。
─デボラ・ノービル、『軌道修正して』
Your dreams can be realities. They are the stuff that leads us through life towards great happiness.
--Deborah Norville(Back on Track)
1958年生まれ。映画作家、ジャーナリスト、エミー賞2回受賞。3児の母。
夢とは非現実の物、儚い物、の同義語として使われがちだが、そんなことはない。この頃の子供や若者が早くから実利に走り、「金で買えない物はない」なんてほざくチンピラ実業家(懐かしい言葉だ!)が世に出たのは、それは大人が、政治が悪いのだ。米国人の大方はDreams come true.(ドリ・カム)を信じている。夢を実現させた人を一人挙げるとすれば、ビル・ゲイツがいる。昔祇園の中学校で「お金より大事な物は?」と聞かれて,「忠兵衛さん」と答えた舞妓ちゃんが居たそうな(解説しませんぞ)。
私は過去の歴史よりは未来の夢の方が好きだ。
─トマス・ジェファソン
( I like the dreams of the future better than the history of the past.
─Thomas Jefferson )
米国第3代大統領で独立宣言の大部分を起草した人として知られる。紳士を養成するためにバージニア大学を創設したことでも有名だ。でも、使用人のアフリカ系女性に子を生ませたと言われてきた。その子孫と名乗る人が生きていて、二、三年前DNA鑑定をした結果、女性の主張の正しいことが証明された。
若い人に聞かせたくない話だが、偉い人は言うこととすることが違う。トルストイは道徳的人道主義を唱え、日本の白樺派にも大きな影響を与えたが、サマセット・モームによると、使用人に生ませた子供がいたという。
・・・死ぬくらいなら、それより好いことは何処にでも有る・・・
─グリム兄弟
(. . .etwas Besseres als den Tod findest du ?berall. . .
─Jacob und Wilhelm Grimm)
この頃若い人たちの自殺がしばしば報道される。しかもインターネットで自殺願望のある人を募って落ち合い、人里離れたところへ行って集団自殺する。それぞれ深刻な悩みを抱えていることは確かなのだろうが、相談する人が無く、一人で抱え込んでしまっているところへ、同じ悩みを抱いている「仲間」をネットで見て行動を共にする。家族、友人、社会が早く気付いて何とか救いの手を差し伸べて上げたい。「死んで花実が(=の)咲くものか」だと思いたい。
「ブレーメンの音楽隊」に出てくる。
どんな馬鹿でも批判し、非難し、かつ不平を言うことは出来る─そして大抵の者がそうする。
─デイル・カーネギー
(Any fool can criticize, condemn and complain--and most do.
--Dale Carnegie)
米国の実業家(1835-1919)。スコットランドで生まれて子供の時に渡米。13歳の時から働いていろんな職に就いた。石油投資などで産をなし、鉄工業を興したときに南北戦争と重なり巨万の富を得、鉄鋼王といわれた。しかし晩年はその巨万の富を社会に還元し、慈善家として知られた。形として残っているものとしてはカーネギーホールが有名だが、その他に大学、財団などを設立した。
後からは何でも言える評論家(梅隆)
人が口に出していうことなど、大切なことであるはずがない。
--トマス・マン『トーニオ・クレーガー』
・ ・・das, was man sagt, darf ja niemals die Hauptsache sein・・・
--Thomas Mann
フランス人の言うことは発想が奇抜だが、ドイツの知識人の言うことは哲学的だ。しかも深いところを見通している。本来思想家・知識人はすべからくそうであらねばならないのに、どうも日本のそれらの人々はご託を並べ勝ちだ。
古いのを二つ。
神を信ぜよ。だが、ラクダはしっかり繋いでおけ。
--ペルシャ古諺
庭園と蔵書が有れば、欲しい物は皆揃ったことになる。
--キケロ
Marcus Tullius Cicero(106-43B.C.) シセロとも。古代ローマの政治家・哲学者であり著作も多い大文人で、カエサルと並んでその文体はラテン文の模範とされる。
百万もて宅を買い、千万もて隣を買う。
(百萬買宅、千萬買隣 『南史』呂僧珍伝)
家を買うときは家よりも環境を選べ、という意味。良い学校に近いというような教育環境だけでなく、自然災害に安全かどうかも大切だ。
信を好みて学を好まざれば、その蔽や賊なり。(『論語』陽貨)
仁を好みて学を好まざれば、その蔽や愚なり。(同上)
直を好みて学を好まざれば、其の蔽や絞なり。
知を好みて学を好まざれば、其の蔽や蕩なり。
「蔽」は覆い隠すこと。上の二つは、「学問を嫌い、直感に頼ったり、私情に流されたりするのは良くない」といっている。三番目の「絞」は捻れること。四番目の「蕩」は取り留めのないこと。
「知」と「学」を分けているのが難しいが、前者は只知ること、後者は考えることを示しているのだろう。
不由径
(行くに小道に由らず)
--孔子
今ほど論語のこの短い句が生きていると思えることはない。旧文部省が定めた高校のカリキュラムを守らず、卒業、ひいては大学入学に必要な単位を履修させず、空いた時間で受験科目を教えていた高校があることが判明した。生徒に非のない事は明らかだが、ちゃんとカリキュラムを守っていた学校の生徒は、「正直者が馬鹿を見る」ことになる。
現場の教師、校長は不正を何とも思わなかったのか。教育委員会は本当に知らなかったのか。文部科学省は本当に知らなかったとすると、面目丸つぶれである。
遥か遠い昔、迂生が受けた大学は、国語2,数学2,社会2,理科2,英語1、の計9科目受験だった。誰も文句を言わず受験勉強に励んだ。そしてその時学んだことは、後で研究者になって随分役に立った。
真理を学ぶ神聖な教育の場で、このような不正が行われていたとは、私にとっては今年(2006年)の十(=重)大ニュースの筆頭である。どこへ行くにも、近道だからといって変な道をこそこそ歩かず、お天道さまの照る道を大手を振って歩いて行きたい。
<後記>実は某日、その9科目受けた大学の図書館へ行った。一人の学生が勉強していた。しかし図書を閲覧に来たのでなく、自分の本を広げて勉強していた。これはよくあることである。図書館は勉強室でもある。そしてその隣の席は荷物が置いてあったので、持ち主は飯でも食いに行ったか、書架の方へ行っているのかと思っていた。
ところが、自分の本を広げていた学生が退席するとき、隣の荷物も全部持って行った。つまり隣席は物置だったのである。しかしただの物置ではない。隣の席に座られたくなかったのである。このような自分さえ好かったらいいのが、えてして難しい資格試験や難関の採用試験に合格する。他人のことを考えるような学生は出世しない。何時からこんな世の中になったのだろう。
偽物と本物の違いは、偽物の方がより本物らしく見えるということだ。
--ブロッホ
Ernst Bloch(1885-1977) ドイツのユダヤ系哲学者
剽窃に腹を立ててはいけない。それは恐らく最も正直な賛辞だ。
--フォンターネ
Theodore Fontane(1819-1898) ドイツの作家
普通、日本画の掛け軸は桐の箱に収め、蓋の表に画題を書き、蓋の裏に画号と落款を入れる。いわば印鑑証明みたいなもので、これでその絵は本物ということになる。
だが、収集家が画商から軸物だけ買った場合、画家が生存しておれば、その絵を画家のところへ持ち込めば箱書きをしてくれる。
或日本画家のもとへ箱書きの依頼があった。持ち込まれた絵を見た画家が言った。
「これはワシの画いたもんではないがワシより上手い。どうして贋作を画くのだろう。」
そう言いながらも画家は落款を押した。この画家とは、40年前に亡くなった私の父のことである。
努力の跡が偲ばれるようでは、大した努力ではない。
─マリー・フォン・エーブナー-エッシェンバッハ
深い教養は目立たない。
─同
マリー・エッシェンバッハ(1830-1916)はオーストリアの作家。これらは目立ちたがりの迂生への箴言と思っている。
確信するためには、疑うことから始めなければならない。
ースタニスラウス 一世 ポーランド王
(1677-1766)
内にも外にも心から信じられる人は居ないのが専制君主の悲哀だ。何時寝首を掻かれるか、何時一服盛られるか、に脅える日々だ。旧満州国の溥儀もそうだったと伝記に書いてあった。それではどれだけ権力と金があっても幸せでない。だが、そう思うのは我々小市民のことであって、権力と富があったらそれで幸せ、と思う人も居るのだろう。
どんな失敗のヘヤーカットでも最後には伸びて揃う。
─ リサ・コーガン(コラムニスト)
迂生はこの言葉を子育ての至言と受け止めた。一流大学に入れない出来の悪い子でも長い目で見てやれば、仕事に就いて結婚して家庭を築き、友達もある。
Doing nothing is very hard to do--
you never know when you're finished.
-- Leslie Nielsen
何もしないということはなかなかむつかしい。いつ終わったのか分からんしね。
--レスリー・ニールセン
カナダ生まれの米俳優。
日々多くを学びつつ老いの齢を重ねる。
--エウリピデス『バッコスの信女』
古代ギリシアの三大悲劇詩人の一人。
確かに年を取るにつれて経験と知識が増し、人との交わりが多ければ気も練れてくる。しかし頭の老化も忍び寄ってくる。好い事は長くは続かないものだ。
健康を保つ唯一の方法は、食べたくないものを食べ、飲みたくないものを飲み、遣りたくない事を遣ることだ。
--マーク・トゥエーン
(The only way to keep your health is to eat what you don't want, drink what you don't like, and do what you'd druther not.
--Mark Twain)
結局は意志の強さが求められる。酒然り、煙草然りだ。
結婚は二重唱でなければ 。 一人が歌えば、もう一人が拍手する。
-- ジョー・マレイ
Marriage should be a duet--when one sings, the other claps.
--Joe Murray
1961年生まれの米イラストレーター。
とかく気の利いた名文句を残したいアメリカ人にしては珍しく寡言だ。
本当の芸術家や職人にはあらまほしいことだ。
結婚は二重唱でなければ 。 一人が歌えば、もう一人が拍手する。
-- ジョー・マレイ
Marriage should be a duet--when one sings, the other claps.
--Joe Murray
上手でなくても我々が楽しめることが二つあるとすれば、それはセックスとゴルフだ。--ケビン・コスナー
(Sex and golf are the two things you can enjoy even if you're not good at them. --Kevin Costner)
米俳優・監督。オスカー賞を2回受賞。
人は大抵非難なんて気にしないものだ。他人の事である限りは。
ーースーザン・ウィーナー
(Most people don't mind criticism as long as it's about someone else.
--Susan L. Wiener)
彼女は米国にある小児ガン患者とその親達を支援する団体の創設者で会長。彼女も子供をガンで亡くした。
変化は人生に必要なだけではない。それが人生なのだ。
ーーアルビン・トフラー
(Change is not merely necessary to life. It is life.
--Alvin Toffrer)
1928〜 米評論家・作家・未来学者
変化のない人生なんて無い。「治に居て乱を忘れず」の心がけを持ち、変化があっても対応してゆく事が大切だ。
世の中は進歩してきており、モノは一段と豊富になってきている。私は百年前の王様の饗宴よりは今の食料品店へ行きたい。
ーービル・ゲイツ
(The world is progressing and resources are becoming more abundant. I'd rarther go into a grocery store today than to a king's banquet a hundred hears ago.
--Bill Gates)
1955年生まれ。言わずと知れたマイクロソフト社の創始者。自分一代で財をなした人としては世界一の富豪。
百年前というのは一寸言いすぎだが、中世まで遡れば、王侯貴族の饗宴は「酒池肉林」が示す如く、酒や肉料理が多いだけで高が知れていた。現在、米国の大型食料品店へ行くと、世界中の名産食材が並べられ、積み上げられていて、金さえ出せば何でも手に入る。
サンタクロースの考え方は正しい。
一年に一度だけ訪問すれば、いつでも歓迎される。
--リチャード・レデラー
(Santa has the right idea: Visit people just once a year, and you'll always be welcome.
-- Richard Lederer)
1938年生まれの米作家。言語や英語に詳しい。
日本の「孫は来て好し、帰って尚好し。」を彼はご存じだろうか。
最も洗練された仮面は素顔だ。
−ペーター・ティレ
(Die raffinierteste Maske ist das nackte Gesicht.
−Peter Tille)
1938〜ドイツの文筆家。この警句は代表作『そばかす』から取った。何も考えずにお化粧に励んでいる人に贈りたい。
ハエは叩かれたくなければハエ叩きの上に留まるのが一番安全だ。
─リヒテンベルク
(Die Fliege, die nicht sein will, setzt sich am sichersrten auf die Klappe selbst.
─Lichtenberg)
-ゲオルグ・クリストファー・リヒテンベルク(1742-1799)ドイツ最初の実験物理学者、風刺家。
権力による被害を受けたくなければ、三味線を弾いておくのが一番安全、と取ったが、そう深読みせず、面白いな、と思っておけばよいのかも。
お泣きなさい、思いっきりお泣きなさい ─ でも最後にはお諦めなさい。全知全能の神様がそれをお望みになったのだとお考え下さい。
─ モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart(1756-91) 宮廷や教会に上手く取り入る音楽家もある中で、あれだけの数の名曲(交響曲約50、ピアノ協奏曲21、弦楽四重奏曲24を始め600を超える)を亡くなるまでの僅か35年の生涯で作曲した天才中の天才だが、恵まれない貧困の人生だった。上は書簡の一部とはいえ、自分に言い聞かせているのでもある。
仕事と勤勉、それは翼だ。嵐も丘も乗り越える。
−フィッシャルト
(Arbeit und Fleiss, das sind die Flu¨gel, so fu¨hren u¨ber Storm und Hu¨gel.
−Fischart)
1546/47-1590 ドイツの風刺作家。 高給取りでなくても好い。定職があり、勤勉である。これが平均的ドイツ人のイメージだ。これに少々偏固で石頭とくればもう言う事なしだ。
勇気も良いが、辛抱はそれに優る。それが肝要なのだ。
−フォンターネ
(Courage ist gut, aber Ausdauer ist besser. Ausdauer, das ist die Hauptsache.
−Fontane)
直ぐキレル人の事を「瞬間湯沸かし器」と言うそうだが、持って生まれた性質なのか、修養次第なのか、私は知らない。辛抱強い人って、陰険なとこ無いだろうか。
神の造り給うた物の中で、教育を必要とするのは人間だけである。
−カント
(Der Mensch ist das einzige Gescho¨pf, das erzogen werden muss.
−Kant)
教育するから、核兵器作ったりする。動物も弱者を殺しはするが、それは食べるためであり、覇権を争うときは、優劣がついたら、それ以上エスカレートしない。とすると人間は霊長類なんて言えるのかしら。
諺は民族の考え方を映す鏡だ。
−ヘルダー
(Sprichwo¨rter sind der Spiegel der Denkart einer Nation.
−Herder)
Johann Gottfried Herder(1744〜1803) ドイツの哲学者・文学者。
自然環境や生活環境が異なれば、言葉も違い、其処から生まれる諺も違う。私達は使わないが、言い得て妙だなと思うことがこの「心の糧」でも屡々ある。
善は有り得ない。
実行しない限り。
−ケストナー
(Es gibt nichts Gutes
ausser: Man tut es.
−Ka¨stner)
エーリッヒ・ケストナー(1899-1974)ドイツの作家・詩人。小説『ファビアン』のほか児童文学の『エミールと探偵たち』で知られる。
考えるとは踏み越えることを意味する。
−ブロッホ
(Denken heisst U¨berschreiten.
−Bloch)
エルンスト・ブロッホ(1885-1977)は独逸のユダヤ系哲学者。彼に拠れば、考えると言うことは前に進むことであり、積んだり崩したり、堂々巡りをしたり、過去に拘ったりすることではない、というのだろう。
検閲官にも分かる風刺なら、禁止されても止むを得ない。
−カール・クラウス
(Satiren, die Zensor versteht, werden mit Recht verboten.
−Karl Kraus)
(1874-1936) オーストリアの作家・ジャーナリスト・風刺家・エッセイスト・警句家・脚本家・詩人。取り分けドイツ語による二十世紀最大の風刺家と言われる。この句は検閲官の石頭を皮肉っているのは確かだが、それならそれで検察官の理解を超えるような風刺をすればよいのだ。どこかの国にもそんな教科書検閲官が居そうだ。
誰をも褒める人は誰をも褒めていない。
ーサミエル・ジョンソン
(He who praises everybody praises nobody.
ーSamuel Johnson)
(1709-84)通称ドクター・ジョンソン。18世紀を代表する英文人。彼の編纂した英語辞典は、後にオックスフォード大辞典が出来るまでは唯一の本格的辞典だった。今も古い英語を研究する人にとって大いに参考になる。名だたる風刺家で、辞書の中身においてもその本領を発揮した。
「oats(オート麦、カラス麦)=穀類、英国では通常馬に食わせるが、スコットランドでは人間がこれを食って命を繋ぐ。」
は、有名。これはかつて英国とスコットランドが中国における漢民族と夷狄の間柄だったことによる。
全ての一般市民は公的責任を持つ。
ーマイラ・ジャンコ・ダニエルズ
(Every private citizen has a public responsibility.
ーMyra Janco Daniels)
ダニエルズはビジネス、アカデミズム、アートなどを40年に亘って融合し、現在はフロリダ州ネイプルズに在るフィルハーモニック芸術センターを主宰している。講演者としても名高く、上の言葉が最も良く知られている。 政治や行政は政治家や官僚に任せておくのでなく、私人といえども国民なのだから、脱税をせず、選挙の投票の棄権をせず、道路交通法を遵守するなど義務を果たしてして初めて政治批判が出来るのだ。
リーダーたる者、何をするが最善かを知り、マネージャーたる者、如何にするが最善かのみを知る。
ーケン・アデルマン
(A leader knows what's best to do; a manager knows merely how best to do it.
ーKen Adelman)
1946年生まれ。米共和党外交政策専門の大物政治家。民主党のオバマ大統領候補を支持した。シェイクスピア研究者としても有名。
人には向き不向きがある。難しいことだが、自分の適性を知り、人の適性を見出すことがどの社会でも必要だ。
きちんと間違っているよりも、概ね正しい方がよい。
ーウォーレン・バフェット
(It is better to be approximately right than precisely wrong.
ーWarren Buffett)(1930〜 )アメリカの著名な株式投資家、経営者、慈善家。
完璧主義は「しんどい」(関西方言だが、広辞苑にも載ってる)。事柄にもよるが、アバウトも長生きするには必要だ。
平和に国境は無い。
ーイツハク・ラビン
(Peace has no borders.
ーYitzhak Rabin)(1922-95)イスラエルの軍人・政治家。二度首相を務めた。ノーベル平和賞受賞。1995年、テルアビブの平和集会会場で和平反対派の青年に暗殺された。人類は霊長類とかいうが、有史来世界中が平和だったことは一度も無いと思われる。実に情けない動物だ。
この世で一番好い事は、送料無料、電池同梱、永久保証、そして税無しだ。
ージャクリーヌ・シッフ
(The best things in life are postage paid, batteries included, guararanteed for ever and tax free.
ーJacqueline Schiff)
我々はバラを求めてスミレを見過ごすことがある。我々は勝利を求めて満足を見過ごすことがある。
-ベルン・ウィリアムズ
(We may pass violets looking for roses. We may pass contentment looking for victory. ーBern Williams)
米プログラマー、コンサルタント。
どうして女性は男性を惹き付ける為に花の香りのする香水を着けるのだろう?
男性は花が好きでない。私なら「新車の室内」という香気を着ける。
--リタ・ラドナー
Why are women wearing perfume that smell like flowers to attract men?
Men don't like flowers. I wear a scent called "new-car interior."
─Rita Rudner
1953〜 米コメディアン、作家、女優
もし敵を作ろうと思うなら、何かを変えようとすればよい。
ーウッドロー・ウィルソン
If you want to make enemies, try to change something.
--Woodrow Wilson
(1856-1924) 母校プリンストン大学学長、ニュージャージー州知事などを歴て米国第28代大統領となる。国連の前身である国際連盟創設を主導したが、米国議会で米国の加盟が認められなかった。1919年ノーベル平和賞を受賞。
我々の人生における大きな転機は大抵セカンド・チャンスだ。
ーハリソン・フォード
Big changes in our lives are more or less a second chance.
-Harrison Ford
(1942年〜)この言葉は根拠もなく言ったのではない。最初の妻が「俳優に向いている」と言ったのが転機となったが、俳優として売れず、大工をしていた時期もある。日本贔屓としても知られる。
出発の時というものが有る。たとい行き先が決まってなくても。
ーテネシー・ウィリアムズ『幹線道路』
There's a time for departure, even if there's no certain place to go.
--Tennessee Williams "Camino Real"
(1911-1983)米国における二十世紀後半の代表的劇作家。世に出るまでに長い放浪生活をおくった。
事情が変わったりしない。我々が変わるのだ。
ーヘンリー・デイビッド・ソロー
Things do not change; we change.
--Henry David Thoreau "Walden"
(1817-1862)米文筆家。エマーソンの感化を受け、その哲学を実践するためボストンに近い故郷コンコードの森の中で暮らした。
川はいちばん浅いところを渡れ。(英諺)
--Cross the stream where it is shallowest.
たとい小さな流れを渡るにしても、無理をせず、簡単な方法を選ぶがよい。
リーダーになるのは奉仕する機会である。尊大へのファンファーレではない。
ーJ.ドナルド・ウォルターズ
Leadership is an opportunity to serve. It is not a trumpet call to self-importance.
ーJ.Donald.Walters 法名スワミ・クリヤナンダ(1926〜)。ルーマニアに生まれ両親と共に米国に移住。ハーバード大学を始め、世界各地で学んだ。大ヨガ行者パラマナンダ・ヨガナンダの直弟子。80冊以上の著作がある
人生は十段変速の自転車みたいなものだ。我々の大方は一度も使わないギアを持っている。
ーチャールズ・シュルツ
Life is like a ten-speed bicycle. Most of us have gears we never use.
− Charles Schulz
(1922-2002) ドイツ系移民の父とノルウェー系移民の母の子としてミネアポリスで生まれた。幼時から画才を発揮し、連載マンガ『ピーナッツ』の作者として、アメリカの漫画家にとって最高の栄誉であるリューベン賞を受賞した。
怠け者に余暇無し(英諺)
Idle folks have the least leisure.
一生懸命忙しく働いてこそ、余暇を楽しむことが出来る。
我々は「ものを頼むには忙しい人に頼め」という経験則も知っている。
知識人というのは、知っている以上の事を言うのに必要なよりも更に多言を弄する人のことだ。
ードワイト・アイゼンハワー
An intellectual is a man who takes more words than necessary to tell more than he knows.
ーDwight Eisenhower
(1890-1969)米国陸軍元帥、第二次大戦中、欧州連合軍最高司令官、陸軍参謀総長。戦後、コロンビア大学総長、NATO軍最高司令官、第34代大統領。愛称アイク
掛け布団の長さに合わせて脚を伸ばせ。(英諺)
Stretch your legs according to your coverlet.
分相応に生きよ、ということ。そういえば、この頃はど派手な冠婚葬祭も少なくなってきたようだ。
If you risk nothing, then you risk everything.
-Geena Davis
何の危険も冒さないのなら、あらゆる事に危険を冒さなければならない。
ージーナ・デイビス
(1957〜)米女優。アカデミー助演女優賞、ゴールデングローブ賞。少女時代チアリーダーを目指したが、長身で断念。アーチェリーに長け、シドニー・オリンピックの選手候補にもなった。離婚三回、結婚四回。
機知は教養ある傲岸なり。
ーアリストテレス
事が起ろうとするときにはその前兆が有るもの。(英諺)
Coming events cast their shadows before.
「桐一葉落ちて天下の秋を知る」
馬鹿の後知恵。後からなら何でも言える。(英諺)
Fools are wise [It is easy to be wise] after the event.
この世でのトラブルの半分は、「イェス」を早く言い過ぎて、「ノー」を直ぐに言わないことから起こる。
--ジョシュ・ビリングズ
(One-half the troubles of this life can be traced to saying yes too quickly and not saying no soon enough.
-Josh Billings)
(1818-1885)アメリカのユーモア作家
隣人を愛せ。されど垣根は壊すな。(英諺)
Love your neighbor, yet pull not down your fence.
よい垣根はよい隣人をつくる。(英諺)
Good fences make good neighbors.
聖書にも汝の隣人を愛せと書いてあるが、主体性を失ってはいけない。あくまでもヒトはヒト、我は我だ。古代ギリシャの七賢人の一人、ターレスが先に言っている。
実際やってみた人を信ぜよ。
ーヴァージル
experto credite
--Vergilius
古代ローマの詩人(70-19 b.c.)
叙事詩『アイネーイス』より。この長詩は、トロイが落城した後、生き延びた英雄アイネーイスが諸国放浪の後、ローマを建国する物語。ヴァージル(Virgil)はウェギリウスの英語読み。
早速の感謝は最も喜ばれる。(英諺)
Swift gratitude is the sweetest.
お礼を言うのは早いほどよい。後からになると、余り感謝してないか、勿体ぶっていると思われる。日本では何度もお礼を言う丁寧な人があるが、欧米では一度言えば好いようだ。元はギリシャの諺らしい。
世の中の半分の人はもう半分の人の喜びを知らない。
--ジェーン・オースティン
One half of the world cannot understand of the pleasures of the other.
-Jane Austen
(1775-1817)都会vs.田舎、男vs.女、上流階級vs.庶民階級などに当てはめることが出来る。英国は詩人を多く生んでいて、小説家はディケンズが有名だが、彼女は英国の田舎が好きな人に好まれる小説を書いた重要な作家だ。
取り越し苦労するな。(英諺)
Don't cross the bridge until you come to it.
少し分かりにくい英諺だが、実際橋のたもとに来るまでは橋を渡ることを考えるな、という意味。
考えの深い人は物静か。賢者は寡言。(英諺)
Still waters run deep.
同じ英語を喋るとはいえ、英国人と米国人とではかなり考えが違う。同じ関西弁を喋っても、京都人と大阪人とでは考えが違うようだ。この句は「ものを言わない人の腹の底は判らない」という意味もある。
人の噂を君に語る者は君の噂もするだろう。(英諺)
Who chatters to you will chatter of you.
他人の害の無い噂をする人ならいいが、悪い噂をもする人には用心しなければならない。どこへ行って、何を言われるか知れない。
最後の一滴でコップが溢れる。(英諺)
The last drop makes the cup run over
もう少しもう少しとやると行き過ぎる。過ぎたるは及ばざるが如し。止め際が肝心。
名声を得るは難く、失うは易し。(英諺)
A good name is sooner lost than won.
某光学メーカーの凋落を思わずにはいられない。
似た格言に「九仞の功を一簣に虧(か)く」というのがある。
世間を成すにはあらゆる人間がいる。(英諺)
It takes all sorts to make a world.
変わり者もいなければ世間とは言えないし、一人として同じ人間は居ない。
誰にでも従う者は誰からも報いられることがない。(英諺)
He that serves every body is paid by nobody.
(あんたはほんまにええお人、有っても無うてもええお人。)
第一撃は戦いの半ば。(英諺)
The first blow is half the battle.
先手必勝、そう考えて真珠湾攻撃を敢行したのだろうが、後が続かず、日露戦争の時のように、中に入ってくれる国がなかった。むしろ「百里の道は九十九里をもって半ばと為す」とすべきだった。