ジェンダーの過去・現代・未来 (9)
第一部 過去
古代 ジェンダーのあけぼの
古代ギリシャ (8)
神話に描かれた女性(その4)
エレクトラとエディプス
ギリシア神話の項を終えるに当たり、ジェンダーの見地からどうしても落とすことの出来ない人物が二人いる。二人は互いに何の関係もない男女だが、後世、性心理学でワンセットで取り上げられることになる。
エレクトラ
まず女性のエレクトラはミュケナイ(ミケーネとも)の王アガメムノンとその妃クリュタイメストラの王女として生まれた。父王アガメムノンはトロイア戦争が始まるとギリシア連合軍の総帥として出征するが、その間に妃はアイギストスという男と不倫の仲になる。この男の父はアガメムノンの父アトレウスの妃(アガメムノンの母でもある)と不義を働いたために三人の男児をアトレウスに殺され、アイギストスは父の恨みを晴らす意味もあった(系図参照)。
アトレウス = アエロペ(♀) ≈ テュエステス =
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アガメムノン = クリュタイメストラ(♀)≈ アイギストス
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オレステス エレクトラ(♀)
やがてアガメムノンが凱旋してくると、不倫関係の発覚を恐れた王妃とその間男は、入浴中の王を刺殺する。これにはアイスキュロスの悲劇『アガメムノン』やホメロスの『オデッセイア』などいくつかのバージョンがある。
その後エレクトラは貧しい境遇に落されるが,生き延びていた弟のオレステスと邂逅し、二人して姦夫アイギストスと実母クリュタイメストラを成敗する。
オイディプス
彼もまた、両親のことから話さなければならない。そして舞台は主としてテーバイである。テーバイの王家の息子ライオスは、王位継承のごたごたを避けて、小アジアに王国を持っていたタンタロスの息子ペロプスの厄介になっていた。そしてペロプスから息子の教育掛りを頼まれていたが、この美少年を我が物にしたくなった。しかしその美少年はライオスの口説きに応じなかったので、ライオスは少年を誘拐し、殺してしまうことになるが、少年は今わの際に、
「貴方に子供が生まれたら、その子に殺されるがいい。」
そう呪って死んだ。
ライオスは後にテーバイに帰国して王位に就き、テーバイの建設者カドモスの血を引くスパルトイ一族の娘イオカステを妻とした。
ライオスは太陽神とも言うべきアポロンから、
「もし子が出来たら、その子によって命を失うことになるだろう。」
という託宣が下りていたので子を作らないようにしていたが、そのうち酒に酔った所為でイオカステは妊娠してしまった。
生まれてきた赤子は男児だったので、ライオスは直ちに殺すよう命じたが、イオカステは殺すに忍びず、テーバイと隣国コリントス(コリントとも)の国境近くの山中に捨てさせた。この子がオイディプスである。これを隣国の住民が発見し、コリントス王の許に届けた。ところが王妃に子が無かったので、二人は自分たちの子として育てた。
こうしてオイディプスは逞しい少年、青年へと成長していったが、それを羨んだ友人が、
「君は王の実子ではない。」
と匂わしたので、「母」に糺してみたが確答が得られなかった。
自分の出生に疑問を抱いたオイディプスは思い余ってデルポイ(デルファイとも)に在るアポロン神殿へ出掛けて行き神託を乞うた。すると下された託宣はこうだった。
「故郷へ戻ってはならない。もし帰れば父を殺して母と結婚することになる定めにある。」
驚き、かつ恐ろしくなったオイディプスは「故郷」コリントスへは戻れぬと思い、山中を彷徨っているうち、隣国テーバイとの国境に来てしまった。するとその細い山道で、老人の乗った馬車と出くわし、道を譲る譲らぬで争いとなり、オイディプスはその老人を殺めてしまった。
その後オイディプスがテーバイの都に入って行くと、国王が山中で山賊に殺されたと、上を下への大騒ぎになっていた。あの山道で出会った老人が実父ライオスだったことをオイディプスは知る由もない。国王が横死するという凶事が起こって人心が動揺するような時、得てして姿を現す、頭部は人間の女、胴・足・尾はライオン、それに翼を持つという怪物スフィンクスが出現し、通行人を捕まえては難題を吹きかけていた。
「朝は四本足、昼は二本足、晩は三本足で歩く者は何だ?」
そしてこれに答えられない者はスフィンクスに食い殺されるのだった。
一方、王不在の上にスフィンクスが人心を恐れさせるという国難に際し、王室は次のようなお触れを出した。
「スフィンクスの謎を解いて退治した者に王位を継がせ、現王妃を娶らせる。」
この混乱の最中に入国したオイディプスはスフィンクスの謎を解き、スフィンクスは自ら谷に身を投げ騒ぎは収まり、布告通りオイディプスはテーバイの王となり(実母である)イオカステを妃とした。知らぬ事とはいいながら、呪いや託宣の通りになってしまった。
二人の間に子供まで儲けたが、後に近親相姦の事実を知ってイオカステは縊死し、オイディプスも両眼を潰し放浪の旅に出て果てた。
エレクトラ、そしてオイディプスの悲劇は数ある古代ギリシアの神話・伝説の単なるエピソードに止まらなかった。すなわち、それから二千年近く経って十九世紀末に出た性科学の巨人ジークムント・フロイトがこれら二人のエピソードに着目した。
彼は主著の一つ『夢判断』の中で、幼児は異性への近親愛、男児の場合なら母親を愛し、父親を憎むという一種の近親相姦(インセスト)的愛情を抱くが表に現れず、心の中に無意識に内在する表象をオイディプス(エディプスとも)に因んでエディプス・コンプレックスと名付けた。これは今日無意識心理に関する最も基本的な概念の一つになっている。フロイトの教えを受けたユング(ユンクとも)が、後に女児の場合を特にエレクトラ・コンプレックスと名付けた。
(以下次号)