鉄代謝
【鉄代謝の概要】
体内の鉄の総量は成人男性で3ー4gで、その70 %が赤血球内のヘモグロビンとして存在しています。その他、ミオグロビンとして存在するものおよび電子伝達系や代謝酵素などの補助因子としてのヘム鉄が存在します。
鉄は酸素との結合能が高く、このため酸素運搬や酸化還元反応の補因子として重要な役割を果たしています。一方、鉄分子をフリーの状態にしておくと、活性酸素腫などが産生され、細胞が傷害される可能性があります。このため生体内では鉄分子は極めて厳格に管理されおり、血清中ではトランスフェリンと結合した状態で、また組織中に貯蔵されている場合にはフェリチンと結合した状態で存在します。他の金属イオンと異なりフリーの鉄イオンは血液中には存在しません。このため、寿命を迎えた赤血球などのヘモグロビンなどの鉄も厳格な管理が行われ、結果としてその殆どが再利用されています。
鉄には能動的な排出機構はなく、皮膚や頭髪、粘膜、上皮細胞などの脱落・剥離で少量が失われるのみです。通常、喪失量に相応する少量の鉄が消化管から吸収されます。生体内の鉄の量の調節は吸収によって制御されています。

【鉄の吸収機構】
鉄は十二指腸および空腸上部で吸収されます。鉄には肉類に含まれるヘム鉄と、植物などに含まれる非ヘム鉄があります。ヘム鉄はheme carrier protein 1 (HCP1) という蛋白によって腸管上皮細胞に吸収されます。吸収されたヘム鉄はヘムオキシゲナーゼという酵素により2価鉄(Fe2+)とポルフィリンに分解されます。一方、非ヘム鉄は通常3価鉄(Fe3+)の状態ですので、胃酸による低いpH状態で可溶化され、腸管上皮の腸管内腔側細胞膜に存在するduodenal cytochrome b (Dcytb)によって2価鉄に還元された後、金属トランスポーターで あるdivalent metal transporter 1 (DMT1)という蛋白によって腸管上皮細胞に吸収されます。ヘム鉄と非ヘム鉄では吸収率が異なり、それぞれ10-30%と1-3%と言われています。また非ヘム鉄はタンニンや食物繊維などに吸着するため吸収が阻害されますし、アスコルビン酸で還元が促進され吸収が促進されると考えられています(実際にどの程度臨床的に差があるかどうかは不明です)。
腸管上皮細胞内に取り込まれた2価鉄はフェロポーチンという排出蛋白質によって血管腔側に排出され、腸上皮の基底膜上のヘファエスチン(hephaestin; HEPH)あるいは血清中のセルロプラスミン(ceruloplasmin; CP)によって再び酸化されて3価鉄となり血清中の鉄輸送蛋白であるトランスフェリンと結合し骨髄をはじめとした利用器官に運搬されます。

【鉄の再利用機構】
生体内で鉄の最も多い含有臓器は赤血球ですが、赤血球は120日の寿命で網内系細胞で分解処理されています。この時もヘムオキシゲナーゼの作用によってヘム鉄は2価鉄として取り出され、腸管細胞と同様にフェロポーチンによって血液中のトランスフェリンと結合し、利用器官に運搬されます。

【鉄代謝の制御】
鉄の吸収並びに再利用はフェロポーチンが共通する因として存在するので。このフェロポーチンを制御すれば血液中の鉄濃度を一元的に制御することができます。このフェロポーチンの発現を調節している分子が肝臓から分泌されるペプチドであるヘプシジンです。ヘプシジンはフェロポーチンと結合し、細胞内リソゾームへと誘導することにより、フェロポーチンの分解を促進します。その結果、腸管上皮細胞やマクロファージからの血液中へ鉄の排出が抑制されます。ヘプシジンの発現は複数の因子により制御されており、炎症などでは分泌が促進され、一方低酸素刺激では分泌るが抑制されます。炎症で分泌が促進されるのは、細菌感染症などの場合にその生存・増殖に鉄を必要とする細菌に対応するための防御反応と考えられています。