私の胆汁酸研究の概略

-北大第二内科、弘前大第三内科そして旭川医大第二内科において-

牧野 勲

恵庭クリニック


はじめに

 我が国における胆汁酸研究の歴史は古く、昭和初期から生化学領域での研究が盛んで、岡山大学・清水多栄教授を中心に、鳥取大学・山崎三省教授、広島大学・数野太郎教授、そして多数の先達により胆汁酸の生合成経路、物理化学的特性、代謝、動物種族差、胆汁アルコールなどに関し、優れた業績が蓄積されたことは周知の通りである。戦後の1950年頃にはアイソトープ技術の導入やクロマトグラフィーの開発もあって基礎的研究はさらに進展したが、臨床領域での胆汁酸研究は殆ど行われず、その原因は充分な感度と特異性を有する簡易な胆汁酸分析法がなかったことによる。


 1960年(昭和35年)以降になって、ガスクロマトの普及が進み、血中胆汁酸分析が可能となり、さらに3α-hydroxysteroid dehydrogenase(3α-HSD)を利用した酵素法が開発されて、臨床面での胆汁酸研究が盛んになった。その後はChenodeoxycholic acid(CDCA)、Ursodeoxycholic acid(UDCA)による胆石溶解治療が話題となり、さらにUDCAが各種肝疾患に対する治療薬として用いられ、その特異的作用と機序が注目された。そして平成の時代になると、胆汁酸研究に分子生物学的手法が導入され、胆汁酸の細胞情報伝達系での役割、胆汁酸トランスポーター、胆汁酸レセプターや核内レセプターの存在が明らかになり、臨床面の胆汁酸研究はそれまでとは異なる新たな局面が展開した。


I.北大第二内科時代(1963年〜1981年)

 私は1963年(昭和38年)に北大第二内科(鳥居敏雄教授)に入局した。1965年(昭和40年)、第2内科に第3代目・真下啓明教授が就任された際にガスクロマトが設置され、私は肝胆道疾患の血中胆汁酸分析に従事した(1, 2)。


 1969年(昭和44年)にスウェ-デン・カロリンスカ研究所のSjövall教授の元に留学し、Sephadex LH20カラムやガスクロ質量分析(GC-MS)の手法を学び、この期間にスウェ-デンのDr. StrandvikからSjövall教授の元に送られた小児の先天性胆管閉塞の尿中胆汁酸をGC-MS分析して、かかる小児の尿中には異常胆汁酸の3β-hydroxy-5-cholenoic acid(3β-OH-Δ5)などが出現することを認め報告した(3)。


 1971年(昭和46年)に帰国したが、1967年に米国のPalmerが胆汁酸硫酸抱合型の存在を報告したので、私の研究テーマは血中および尿中における硫酸抱合型ならびにグルクロン酸抱合型胆汁酸の分析となり、黄疸尿では硫酸抱型が大量排泄されていること認め、驚いて報告した(4)。その一方で、私は血中胆汁酸測定のためのラジオインムノアッセイ法や酵素免疫測定法の開発を行い、Glycocholic acid(GCA)を始めUDCA、CDCAなどの各種胆汁酸について抗体を作成し、アッセイ系を確立した。UDCAについては酵素免疫測定法も作成した(5-8)。


 1972年にMayo ClinicのHofmannがCDCAによる胆石溶解を発表し、胆汁酸は時のトピックスになった。その頃、我国では1957年(昭和32年)から東京田辺製薬がCDCAの立体異性体であるUDCAを利胆剤として既に市販していたので、私共はUDCAにも胆石溶解作用があるのではないかと考 えて検討し、その胆石溶解能を証明してLancetに報告した(9, 10)。これによりUDCAが世界中から注目され、特に副作用が少ない点から高い評価を受けたが、胆石が溶解消失までに年余の時間を要するために敬遠され、胆嚢胆石の治療は腹腔鏡下胆嚢摘出術が主流となり、現在に至っている。


 しかし、1980年(昭和55年)以降は、UDCAが原発性胆汁性肝硬変(PBC)、自己免疫性肝炎(AIH)などの免疫異常を有する肝疾患やC型慢性肝炎の治療薬として利用された。


 一方、それまで我国には胆汁酸に関する良い解説書がなかったので、猪川嗣朗先生(鳥取大学ステロイド研)、神坂和明先生(東大第二内科)そして私の三人は、英国のHeaton博士(Bristol 大学)の著書「Bile Salts in Health and Diseases」の訳本版を出版する計画を立て、三人で翻訳作業後、「胆汁酸その生理と病態」のタイトル名で1977年(昭和52年)に東京の文光堂から刊行した(11)。さらに私は自分が当時行っていた各種胆汁酸測定法について整理し、「胆汁酸」と題する小冊子を中外医学社から1980年(昭和55年)に刊行した(12)。


II.弘前大学第三内科時代(1981年〜1988年)

 1981年(昭和56年)に私は弘前大学第三内科(武部和夫教授)に転出した。アルバイト先が秋田県鷹巣町の病院であったので、以前から興味を持っていた熊胆(UDCAの原点で、動物性生薬である熊の乾燥胆汁)と「またぎ」について調べ歩き、「またぎ」は秋田の狩猟文化であることを知った。その際には大阪・楠屋製薬(熊胆を成分として含む奇応丸の発売元)の宇治昭先生から多大な御指導を賜り、熊胆は過去に動物性生薬として世界中で使用された経緯があり、我国には奈良時代に遣唐使によって中国から伝来し、当時の熊胆が1個だけ奈良正倉院に現存することを教わった。それらの事柄は UDCAの歴史として文献(13)に纏めた。


III.旭川医大第二内科時代(1988年〜2003年)

 1988年(昭和63年)に旭川医大第二内科教授に転出したが、その当時は、 PBC、AIHそしてC型慢性肝炎に対するUDCA療法の有効性が確認さ れて普及が進み、1990年(平成2年)以降は本治療法がPBCに対する第一選択となった(14)。しかし、PBCに対するUDCAの作用メカ二ズムは、①利胆効果、②細胞膜安定化効果、③胆汁酸プールの置換、そして④免疫調整作用などの諸説が提唱され、判然としていなかった。それで免疫調整作用のメカニズムについて、当教室では田中広寿(現在:東京大学・医科研内科教授)を始め、膠原病グループが分子生物学の手法を用いて検討したが、この一連の仕事を理解するために、予め邦文総説(15-17)を参考にしていただければ幸いである。PBCの本態は免疫応答反応を規定する機能蛋白のMHC-class I抗原が胆管上皮細胞ないし肝細胞の表面に、MHC-class II抗原が胆管上皮細胞に過剰表出し、胆管周囲にはTリンパ球が高度に浸潤しているので、このような状況下では細胞膜上のMHC-class II抗原とヘルパーTリンパ球とが免疫応答反応し、各種サイトカインが産生され、そのサイトカインに より細胞障害性Tリンパ球が活性化されて、それとMHC-class I抗原との間に免疫応答が起り、胆管上皮細胞や肝細胞の障害が進行する。つまり、PBC は免疫亢進状態の疾患である。


 1992年に奈良医大第三内科の吉川らは、PBC患者のTリンパ球を培養する際、UDCAを加えるとTリンパ球の活性亢進が是正されることを初めて報告し(18)、教室の平野はヒト肝癌細胞培養実験から各種胆汁酸によるMHC-class Iの誘導は胆汁酸の疎水性と関連し、Lithocholic acid(LCA)で最も強く、次いでDeoxycholic acid(DCA)>CDCA>Cholic acid(CA)の順で、UDCAでは殆ど誘導がないことを突き止めた。この事実は胆汁酸の免疫系への影響と物理的性格とを結びつけた重要な報告であり、UDCA療法を行うと内因性胆汁酸と置き換わり、PBCのClass-I抗原の過剰発現が減少する証拠でもあった(19, 20)。その一方、田中らは胆汁酸の添加によるMHC-class IIの誘導をヒトリンパ腫細胞(MHC-classII が構成的に発現している)を用いて検討したが、各種胆汁酸は誘導に影響を認めなかった。しかし、予めγ-インターフェロンで刺激し、リンパ腫細胞の MHC-class II mRNAが3倍以上に誘導された条件下では、UDCAを加えると用量依存性に抑制が発現することを報告した(21)。この現象はグルココルチコイド作用と類似するので,田中らはUDCAにグルココルチコイド様作用があるのではないかと考え、グルココルチコイド・レセプター(GR)面から CHO細胞(GRが豊富)を用いた培養実験で検討した。培養液中にUDCAのみを添加すると、デキサメサゾン添加のみの場合と同様に細胞質内に存在する不活性型のGRはUDCAの添加によっても活性化され、それが核に移行してDNAと結合していることも認めたが、その転写活性能はデキサメサゾンに比して弱く、十数分の1程度にとどまることを報告した(21, 22)。その原因は不明であり、そこに如何なる因子・機序が関与しているかは今後の重要な課題である。


 UDCAと免疫以外のオリジナル研究には、木村らはPBCのUDCA療法中には尿中および血中にN-アセチルグルコサミン抱合型の出現を認めた報告(23)、ヘリコバクターピロリに対するdihydroxy胆汁酸(UDCA, CDCA, DCA)の菌形態変化を電子顕微鏡で観察したItohらの研究がある(24)。私は北大から弘前大学そして旭川医大に至る約40年間、臨床胆汁酸研究に従事し、2003年(平成15年)に定年退官した。


文献

 1. 牧野勲. ガスクロマトグラフィーBによる血中胆汁酸の定量分析-正常人と肝疾患患者について. 日本内科学会雑誌. 56: 1297-1307, 1967.
 2. Makino I, Nakagawa S and Masimo K. Conjugated and unconjugated serum bile acid levels in patients with hepatobiliary diseases. Gastroenterology. 56: 1033-1039, 1969.
 3. Makino I, Sjövall J, Norman A, et al. Excretion of 3β-hydroxy-5-cholenoic and 3α-hydroxy-5-cholanoic acids in urine of infants with biliary atresia. FEBS Lett. 15: 161-164, 1971.
 4. Makino I, Hashimoto H, Shinozaki K, et al. Sulfated and nonsulfated bile acid in urine, serum, and bile of patients with hepatobiliary diseases. Gastroenterology. 68: 545-553, 1975.
 5. 橋本博介, 田城明子, 田尻久夫, 他. 肝疾患におけるglycocholate負荷試験に関する研究(radioimmunoassy法による). 肝臓. 18: 419-425, 1977.
 6. Makino I, Tashiro A, Hashimoto H, et al. Radioimmunoassay of ursodeoxycholic acid in serum. J. Lipid Res. 19: 443-447, 1978.
 7. 篠崎堅次郎, 菊池英昭, 横山浩二, 他. Chenodeoxycholic acid immunoasssayの開発と応用-特に血中胆汁酸の臨床的意義および胆汁酸の日内変動について-. 肝臓. 24: 981-988, 1983.
 8. Ozaki S, Tashiro A, Makino I, et al. Enzyme-linked immunoassay of ursodeoxycholic acid in serum. J. Lipid Res. 20: 240-245, 1979.
 9. 牧野勲, 篠崎堅次郎, 芳野宏一, 他. Ursodeoxycholic acid長期投与によるcholesterol胆石溶解例の検討. 日本消化器病学会雑誌. 72: 690-701, 1975.
10. Nakagawa S, Makino I, Ishizaki T, et al. Dissolution of cholesterol gallstones by ursodeoxycholic acid. Lancet. 2: 367-369, 1977.
11. 神坂和明, 猪川嗣朗, 牧野勲(訳). 胆汁酸-その生理と病態-(Bile salts in health and diseases by KW Heaton)文光社. 東京. 1977.
12. 牧野勲, 中川昌一. 胆汁酸. 中外医学社. 東京. 1980.
13. 牧野勲, 武部和夫. UDCAの歴史.Tokyo Tanabe Quarterly 臨時増刊. 5-12, 1985.
14. 戸田剛太郎, 石橋大海, 大西三朗, 他. 原発性胆汁性肝硬変に対するウルソデオキシコール酸長期使用と臨床経過:ウルソーPBC 特別調査研究会. 肝臓. 52: 584‐601, 2011.
15. 三浦貴族, 田中広寿, 牧野勲. 臨床と治療:UDCAの作用機序. 肝胆膵. 39: 93-101, 1999.
16. 平野史倫, 牧野勲. 胆汁酸の代謝・情報伝達、免疫系への影響. 肝胆膵. 39: 361-370, 1999.
17. 田中広寿, 平野史倫, 牧野勲. 胆汁酸と細胞内情報伝達. 消化器病セミナー56:胆汁酸と消化器病-最近の進歩-(牧野勲編集). へるす出版. 東京. 1994.
18. Yoshikawa K, TujiiT, Matsumura K, et al. Immunomodulatory effects of ursodeoxycholic acid on immune response. Hepatology. 16: 356-364, 1992.
19. Hirano F, Tanaka H and Makino I. Regulation of the major histocompatibility complex class I mRNA expression by bile acids cultured human hepatoma cells. Biochem. Biophys. Res. Commun. 195: 1408-1414, 1993.
20. Hirano F, Tanaka H and Makino Y. Effects of ursodeoxycholic acid and chenodeoxycholic acid on major histocompatibility complex class I gene expression. J. Gastroenterol. 31: 55-60, 1996.
21. Tanaka H, Makino Y, Miura T, et al. Ligand-independent activation of the glucocorticoid receptor by ursodeoxycholic acid. Repression of INF-γ-induced MHC class II gene expression via glucocorticoid receptor-dependent pathway. J. immunol. 156: 1601-1608, 1996.
22. Tanaka H and Makino I. Ursodeoxycholic acid dependent activation of the glucocorticoid receptor. Biochem. Biophys. Res. Commun. 188: 942-946, 1992.
23. 木村惇, 中村公英, 牧野勲. ウルソデオキシコール酸療法中の慢性肝疾患における尿中および血中アセチルグルコサミン抱合胆汁酸の測定. 日本消化器病学会雑誌. 92: 224-232, 1995.
24. Itoh M, Wada K and Tan S, et al. Antibacterial action of bile acids agaist Helicobacter pylori and changes in its ultrastructural morphology: effect of unconjugated dihydroxy bile acid. J. Gastroenterol. 34: 571-576, 1999.