三叉神経痛(顔面の痛み)の質問と答え Q and A
最近、三叉神経痛(顔の痛み)についてのお尋ねをいただく事や、遠方から来院される患者さんが増えてきました。メールや外来で良くご質問いただく内容についてまとめてみました。ご参考になれば幸いです。なお、ここに書く内容は藤巻の考えによる個人的見解で、治療法については、埼玉医大での治療についての事が主で、他の病院での治療については当てはまらない内容もあるかと思います。またご病気は、個々の方でお一人お一人違いますので、あくまでも参考ということで読んでください。
Q1. 三叉神経とは何ですか?
A1. 三叉神経は顔の感覚(痛い、つめたい、あたたかい、さわった、など)を脳に伝える神経です。顔をたたかれた時に痛く感じるのは「痛い」という信号が脳に伝わって脳(大脳)が感じるから痛みを感じるのです。冬、暖かい部屋から外に出て寒く感じるのも、顔の皮膚が「寒い」と感じた信号を脳に伝えるから寒く感じます。この信号を脳につたえるケーブル(電線)が三叉神経です。
Q2. 三叉神経はどこにありますか?
A2. 三叉神経がある場所を図に示します。脳の真ん中の脳幹から出て、3本の枝にわかれて顔のいろいろな部分とつながっています。
Q3. どうして三叉神経というのですか?
A3. 脳から出た三叉神経のケーブルは、顔のいろいろなところにつながって顔の感覚を脳につたえます。この神経は途中で三つの経路(枝)にわかれて、顔に向かっています。最初の枝(第一枝)はおでこのあたり、次の枝がほお(第二枝)、最後の枝が下あご(第三枝)です。3つ(三つ叉)にわかれているので、「三叉」神経といいます。三叉神経のそれぞれの枝が行っている範囲は下の図をみてください。
Q4. 三叉神経痛とはなんですか?
A4. 顔の感覚を脳につたえるのが三叉神経ですので、顔におこる神経痛は「三叉神経痛」ということになります。ですから顔が痛い病気をまとめて「三叉神経痛」といってもよいのです。ただ、私たち脳外科医が「三叉神経痛」という場合、多くの場合「特発性三叉神経痛」のことを指します(次の項目を見てください)。
Q5. 特発性三叉神経痛とは何ですか?
A5. 顔の痛みのうち、特別な症状(Q7を見てください)を示す神経痛を昔から「特発性三叉神経痛」と呼んできました。「特発性」とは原因がわからないという意味の医学用語ですが、非常に特別な症状なのに、原因がわからないのでそう呼んでいたのです。この症状は17世紀頃から知られていました。(”特別な症状”については、Q7の項目を見てください)。ところがいまから40年くらい前にアメリカのガードナー博士やジャネッタ博士が三叉神経に血管が接触しているのが痛みの原因ではないかと、神経に食い込んだ血管を移動して「減圧」することで特発性三叉神経痛の治療に成功しました。血管の圧迫が原因とわかったので、原因不明とはいえないのですが「特発性」の名前が残っています。
Q6. 特発性三叉神経痛はどうして起こるのですか?
A6. 三叉神経に血管があたっていると、神経の伝導に障害が出ていると考えられます。顔の感覚は触った感じ、痛み、などそれぞれ別の回路で脳に伝えられます。しかし三叉神経に血管があたっているところで、神経に「キズ」がついたようになって、電気信号が漏れてしまい、混線して触った感じが脳には痛みとして伝わってしまうために痛みを感じます。
顔に触っただけなのに、混線して、脳では顔に痛みもおこっているように感じます↓
Q7. 特発性三叉神経痛の症状を教えてください
A7. 顔の片側に起こる痛みです。Q3の第二枝、第三枝の範囲(”第二枝領域”というような言い方をします)に起こりやすいですが、第一枝の範囲にもおこります。非常に短い痛みで、一瞬からせいぜい数十秒の痛みです。5分も続く事はありません。「刺すような」「電気が走るような」などと患者さんはおっしゃいます。顔の特定の場所(小鼻の横などが多いです)を触ると痛みがおこることも特徴の一つです(かならずこの症状があるわけではありません)。歯磨きの時、ある歯の周囲を触ると痛い、という症状もよくあります(どの歯と決まっていることが多いです)。時には虫歯と間違えて歯科に行く方もいます。ご飯を食べようと咀嚼(そしゃく)すると痛い、という訴えも良く聞きます。痛みのために、洗顔、お化粧、ひげそり、歯磨きなどができない、というのもよくある症状です。話をすると痛いために、外来で症状を伺っている時、しゃべりながら一瞬、痛い瞬間に顔をしかめてしゃべるのが止まる方もよく経験します。逆に長い痛み、一日中痛む痛みは特発性三叉神経痛ではない可能性が高いです。ただし、一瞬の痛みがしょっちゅう起こるために「一日中痛い」ことはあります。
Q8. 特発性三叉神経痛の診断はどうするのですか?
A8. 痛みの性質を良く聞く問診が第一です。顔が痛い病気はいろいろあって、それぞれ症状が違っています。埼玉医大では初診の方はまず時間をかけてどのような時に、どのような痛みが出るのかを聞きます。その症状にあわせて、いろいろな検査をしていくこととなります。また、検査で三叉神経痛らしいという時に、特効薬であるテグレトールを試しに処方して、効果があると、三叉神経痛の可能性が高くなります。
Q9. 検査は何を行いますか?
A9. CTスキャンとMRIです。 埼玉医大では放射線科と協力して工夫して詳細なMRI撮影を行っていますので、三叉神経痛の場合、かなりの方で三叉神経に血管があたっている様子がMRIの画像でわかります。またCTスキャンでは三叉神経痛以外の病気、たとえば副鼻腔炎や歯の付け根の炎症などを調べていきます。
三叉神経痛の方のMRIです
Q10. 三叉神経痛と診断されました。すぐ手術をしたほうがいいのでしょうか?
A10. 特発性三叉神経痛の場合、埼玉医大ではすぐに手術をすることは稀です。まずお薬を試します。お薬ですっかり痛みが良くなってしまう事もあります。良くなったからといってお薬をやめると痛みがまた出る事が多いので、しばらくは内服を続ける必要がありますが、ある程度、痛みがない期間が続いた場合、お薬を減らしたり止やめても痛みが出ない事もそう珍しくはありません。また、一つのお薬で効果が少なくても他の種類のお薬を足すと痛みがなくなる事も良く経験します。ですからまずお薬を試し、お薬の効果がいま一つの場合、手術をするかどうかを考えています。
Q11. テグレトールを飲んで痛みがとれていたのですが、最近痛みがまた出てきてしまいました。テグレトールは「三叉神経痛の唯一の特効薬」と聞いていましたが、ほかにもうお薬がないのでしょうか?
A11. 藤巻は顔の痛みにテグレトールをよく使いますが、主に処方しているお薬は、他にも何種類もあります。テグレトールが効果が弱くなってきた時に1種類のお薬を足すだけで痛みがなくなることもあります。またテグレトールの代わりに全然違うお薬で痛みがとれる事もあります。テグレトールは特効薬ですが、「唯一の」ではありません。最近はリリカというお薬を併用することもあります。藤巻は患者さんの症状をよく聞きながら色々なお薬を使っています。
Q12. 三叉神経痛の手術はどのようなことをするのですか?
A12. 後頭部、耳の後ろを5ー6cm程度切開して、頭蓋骨に2cm強の穴をあけます(もちろんあとでちゃんと塞ぎます)。小脳の横をすすんで脳幹という脳の中心部にある三叉神経に到達して、神経を圧迫している血管を移動します。全身麻酔での手術となります。手術をする場所は、顔面神経のすぐ近くです。顔面痙攣の手術とかなり共通する点のある手術ですので、顔面痙攣の手術の質問とお答えのホームページも参考にしてください。
Q13. 三叉神経痛の手術について、近くの病院で神経と血管との間にクッションを入れると言われました。埼玉医大でも同じですか?
A13. 三叉神経と血管との間にクッションを入れる手術は、原則として埼玉医大では行っていません。間にいれたクッションが、結局、将来また痛みを起こす原因になることが少なくないからです。実際に、他の病院でクッションをいれてなおらなかった三叉神経痛の再手術で治った方を、藤巻は何人も経験しています。こちらの論文ー英語ですがーも参考にしてください。クッションを入れることはあまり望ましくない、ということを世界で初めて藤巻が論文で報告しました。
http://www.springerlink.com/content/j2u1557637007718/
手術の実際の様子です。三叉神経は、裏から血管に圧迫されて手前に飛び出したようになっています。この血管はテフロンのテープで包んで神経から離しました。神経との間にはクッションなどは入れていません。裏から押されていた神経は圧迫がとれてまっすぐになりました↓。
Q14. 三叉神経痛の手術はどこで受けても同じでしょうか?
A14. 三叉神経は、脳の非常に深いところにあります。クッションの事もそうですが、三叉神経に到達するまでに、非常に大切な静脈(錐体静脈といいます)や聴力に関係する神経(聴神経)、顔面を動かす神経(顔面神経)などが手前にあります。またすぐ横に、眼球を動かす神経(複数)も走行しています。このような大切な組織を傷つけずに深部の三叉神経への圧迫血管を移動するので、かなりの習熟を要する手術と考えています。「どこで受けても同じ」ではない、と考えています。手術の詳細については、学術雑誌より依頼されて書いた論文もあります(下記サイトから有料ですが入手可能なようです)
http://www.bitway.ne.jp/ejournal/ocn/1436100763.html
Q15. 髪の毛は全部剃らないといけないのでしょうか?
A15. 手術する部位のみ剃らせていただいています。 顔面痙攣のQ and AのQ3を見てください。大体これと同じ感じの傷の感じになります。
手術後、しばらくてしてからの傷口のご様子はこちらです。
Q16. 知り合いが術後聴力が悪くなったといいます。よくあることですか?
やはり、顔面痙攣のQ and Aで書きましたが、三叉神経痛を手術している場所は、聴力に関係する聴神経の非常に近くです。この手術で最も有名なピッツバーグ大学のジャネッタ博士は1%強の患者さんで重大が聴力障害がおきたと報告しています。他の施設からの報告ではもう少し多いようです。埼玉医大では、いろいろな工夫で聴力の障害の発生率はもっと低くなっています。顔面痙攣のQ and A のQ7も見てください。
Q17. 三叉神経痛の手術で、目がみえづらくなったと聞いたことがありますが、本当ですか?
三叉神経のすぐそばに眼球を動かす神経が3本走行しています。眼球は左右3本ずつの眼球を動かす神経が6個ずつの筋肉(両側で12個)をバランスよく動かすことで、左右の目が同調してものが立体的に見えます。この眼球を動かす神経が三叉神経の近くを走行するため、手術中に神経に触ることで神経のバランスが悪くなる可能性があるのです。藤巻の三叉神経痛の手術で、ずっと続く目の見えづらさがおこった方はいませんが、MRIで神経との距離や起こりやすさがある程度わかりますので、手術前にこの点についても説明しています。
Q18. ガンマナイフという治療があると聞いたのですが
A18. 三叉神経に放射線のビームを当てると、三叉神経痛が良くなることがわかっています。局所麻酔で頭部に金属のフレームを金属のねじで固定して、精密に放射線のビームを神経をめざして集中させます。三叉神経痛に対する治療の有効率は、治療1年後で6割〜8割程度(内服薬を併用して7〜9割)といわれています。残念ながら全員ではありませんし、時間がたつと痛みがまた出てきてしまう方も少なくありません。また、痛みが良くなる「有効率」には完全に良くなるというより、お薬をのんでいれば我慢できる、という程度の方がかなり含まれています。
治療効果は手術に比べて劣りますが、なにより全身麻酔が必要ないことは良い点です。藤巻も、90歳とご高齢の方や、肺が悪くて全身麻酔がかけられない方などをガンマナイフ担当の先生にお願いして治療していただいてきました。ただ、この治療は、まだ20年程度の歴史しかないので、長い時間の後にどうのような事がおこるかは全くわかっておりませんので、若い方にはお勧めしていません。
Q19. ブロック治療とはなんですか
A19. 三叉神経が痛みを脳に伝えるために、痛みを感じます。三叉神経の信号の伝わり方を鈍くすれば痛みがおこりにくくなります。たとえば、正座して足がしびれていると、痛みを感じません。これと同じことで、神経をしびれさせて痛みを感じにくくする方法がブロック治療です。顔に針をさして神経に局所麻酔をします。麻酔が効いている間は痛はあまり感じなくなります。麻酔の代わりに神経破壊薬を使うと、顔のしびれは長期(数ヶ月から1〜2年)続きますので、この間、痛みが楽になります。お薬の代わりに電気(高周波)で神経を焼く方法もあります。ガンマナイフと同様、全身麻酔が必要ない、という利点がありますが、しびれがとれてくると痛みが出てきます。また、しびれがつらい、とおっしゃるかたがいらっしゃるのも事実です。このような事をご説明して、やはり若い方にはお勧めしていません。
Q20. 手術はどうしてもしなければいけないのでしょうか
A20. 三叉神経痛の手術は、脳の深部に到達して血管をどかす手術です。危険もあります。ですからお薬で良くなる場合や症状が軽い場合は、すぐに手術治療をしなければならないとは考えられません。項目18や項目19にも書いたように、手術以外の治療法もいろいろあります。この病気に詳しい医師とよく相談して、手術が必要かどうかを判断する必要があります。
Q21. テグレトールというお薬を処方されたのですが、薬局でてんかんの薬といわれました、わたしはてんかんなのでしょうか?
A21. 三叉神経痛は、血管によって圧迫された神経で、感覚信号が、痛みをつたえる神経に余計に流れるために起こると考えられています。「てんかん」は脳の神経同士の信号が、流れなくてもいい神経同士の間で余計に流れておこります。どちらも神経で余計な信号がながれる状態です。てんかんのお薬は、脳の信号の流れ過ぎをおさえる働きがあるのですが、三叉神経でも信号の流れすぎを抑えることで痛みが伝わりにくくなるのです。ですから「てんかん」という診断で処方してるのではありません。
Q22. 帯状疱疹というのが顔にできて、なおってから顔が痛くなってきました。手術をすればなおりますか
A22. 帯状疱疹のあと、時に顔が痛くなることがあり「帯状疱疹後三叉神経痛」と呼ばれます。これは、ウイルスが神経に影響して痛みがでるものです。ですから、手術では痛みをなおすことはできません。ただ、「特発性三叉神経痛」と「帯状疱疹後三叉神経痛」が合併することもありますので、まずは三叉神経痛に詳しい脳外科の専門医を受診することをお勧めします。
Q23. 埼玉医大は遠いのですが、、、、。
A23. 顔面痙攣のQ and A でも書きましたが、現在、手術をさせていただいている方達のかなりの数が、入院だけ埼玉医大で行なっています。都内でも毎週ではありませんが、帝京大学や東京クリニックで土曜日に外来をやっています。東京クリニックに受診される場合の流れは、 顔面痙攣のQ and Aの質問16(A16)に図でしめしています。最短で東京クリニックに2回外来に来ていただければ、あとは手術の順番を待っていただくだけです。
ただ、三叉神経痛の場合は、痛みがつらく、あまり先の予約ではがまんできない、という場合は、やはり埼玉医大においでいただくのが一番早くお目にかかれる方法です。
049-276-1287(埼玉医大、脳外科、外来直通)にお電話いただき、「痛みがつらいので、早めに診察してほしい」、とお伝えください。通常の外来日以外でもなんとか早目に診察できる日を作って、折り返しご連絡いたします。
埼玉医大、東京クリニックとも手術前は原則としてかならず2回、外来でお目にかかることにしています。手術という重大な決断をするために、きちんと考える時間をとっていただきたいためです。ややご面倒に感じるかもしれませんが、ご理解ください。
Q24. 埼玉医大での手術はずいぶん待つと言われました。こんなに痛いのに半年も1年も手術を待つ事はできないと思うのですが?
A24. 藤巻の手術は、顔面痙攣の手術を待っておられる方がかなりおられるので、どうしても少し待っていただいております。ただ三叉神経痛は痛いので、そう長くお待たせしたくはありません。ふつう、埼玉医大の脳外科では手術予定がだいたい1月先までは決まっていますので、その次の順番で手術をするようにしています。その間、お薬を工夫して、なるべく痛みを少なくするようにつとめます。
Q25. 初診してすぐに手術を受ける事はできますか?
A25. いろいろな項目にも書きましたが、「顔の痛み=三叉神経痛」ではありません。慎重に判断しないと、せっかく脳を手術しても三叉神経に接触している血管がなければ、痛みを治す事はできません。問診や検査が重要なのです。また手術は全身麻酔で行う脳の深部の脳幹部の手術です。全身麻酔をかけてもお体が大丈夫か、脳の深部の手術をしても、脳の他の部分に負担はかからないか慎重に判断する必要があります。ですから、初診していただいてすぐ手術ということは難しいと思います。ただ、項目24(A24)にも書いたように、三叉神経痛で痛みがひどい場合、手術が問題なくできそうな方では、なるべく早く手術ができるようにしています。
↓東京クリニックで手術を予約される場合の流れの図です。