10th World Congress of Biological Psychiatry(プラハ)報告 2011529日〜62

 

 5月は、米国(サンフランシスコ)、日本(東京)、国際(プラハ)、と3連続の生物精神学会では、さすがに頭の中も飽和状態である。

 本学会は、貼っていないポスターが目立ち、シンポジウムでもスピーカーが減ることが続出した。1000人収容の会場で行われたpros & consセッションをのぞいたところ、参加者10名くらいという惨状であった。リチウムのセッションのように、狭い会場ながら100人位参加しているところもあったが、全体に参加人数は少なかった。筆者が発表したERストレスのワークショップも、参加者は10人位であった。参加者は8割方が臨床家らしく、SOBPのような最先端の研究の情報交換というよりも、APAみたいな教育学会と位置づけた方が良いのかも知れない。

プログラムの組み合わせにもやや気になる点があり、同じ時間にほとんど同じテーマのセッション(TMS)2つ並んでいるケースもあった。また、せっかく良いスピーカーがいても、国際色を高めるためか、内容の乏しい発表と組み合わせられている場合も多く、テーマの立て方やスピーカーの組み合わせが魅力に欠けている面もあった。セッションをさぼって観光に行っている人が少なくないとしたら、こうした学会運営自体の問題もあると推察された。

 そんな訳で、全て出席したくなるセッションが少なく、セッションを行ったり来たりする必要があったが、来ないスピーカーがいて順番が乱れたりして、少々欲求不満が残った。断片的ながら、内容を紹介する。

 

炎症・免疫

全体に、今回の学会では、免疫や炎症の話が多い印象であった。

双極性障害のモノサイト説を唱えているHemmo Drexhage教授の話を初めて伺うことができた。教授はもともと免疫学が専門である。なお、よく論文にでてくるRC Drexhageという人はお嬢様だそうだ。

最初に、ノックアウトマウス技術で2007年にノーベル賞を受賞したMario Capecchi教授のグループの研究を紹介した(Chen et al, Cell, 141: 775-785, 2010)Hoxb6のノックアウトマウスを作成したところ、OCD様行動を示した。これは、ミクログリアの異常によると考えられ、この行動異常は骨髄移植で治った。骨髄由来のミクログリアにより、ミクログリア機能が回復したためと考えられた。

胎生期LPS処理したE17の海馬からFACSでミクログリアを集めてマイクロアレイを行った。その結果、IL1βIL-6TNFαが増加。(抑制的に働く)IL-10は低下していた。また、シナプスの異常が出現するという。

その他、さまざまなデータをレビューし、うつ状態では炎症所見(IL-6上昇、TNFα上昇など)が見られ、うつ状態が治ると炎症も治る、という話をし、「炎症セットポイント(inflammatory set point)」が上昇しているという概念を提示した。リチウムや抗精神病薬が炎症を抑える効果もある。うつ病、双極性障害、統合失調症ではそれぞれ免疫の異常が見られ、共通部分もあるが、異なる部分もある、とまとめていた。質疑では、精神疾患患者では心血管系の死亡率が高いとの報告もあり、炎症が関係するのではないか、という話題も出た。

別のセッションで、Dr. F. Kapczinskiは、双極性障害の初期にIL-6が上昇し、後期にはBDNFが低下するという話(以前別の学会で聞いた)をしていた。ミトコンドリア機能障害と関連づけ、チトクロームCが出てくると細胞に炎症が起きるなどと話していた。(そこまで「炎症」を拡大解釈するのは如何なものだろうか?)

以前はGRへの抗うつ薬の作用を研究していたDr. Parianteも、今は免疫のことをやっているようであった。サイトカインにより生じる症状はうつ病とのオーバーラップが多い(倦怠感、食欲低下など)。IL-1βIL-6増加を促し、グルココルチコイドはこれを抑制する。また、PUFAIL-6を低下させる。

他の学会でも聞いたキヌレニン経路の話も、免疫との関係で更に注目されているようであった。トリプトファンはIDOにより代謝され、キヌレン酸、キノリン酸となり、特にキノリン酸がtoxicな作用を持つ。トリプトファンがIDO系で代謝されると、セロトニン系に行く量が低下してセロトニン不足を引き起こす。IL-1βIDO活性を高め、キノリン酸増加、およびセロトニン低下という2つのメカニズムでうつ病を起こす、という説である。DHAは、IL-1によるIDO機能亢進を阻害するという。

神庭先生のセッションでは、Mueller教授が、COX2阻害薬であるcelecoxibなどがいくつかのうつ病モデル動物(FST、嗅球摘除、新生児期クロミプラミン投与モデル)に有効であることなどを述べ、キヌレニン/トリプトファン比が高い人はcelecoxibが効くと述べた。

 

リチウム

リチウムのセッションは、狭い会場だが、かなり盛況であった。リチウムはもう古い、などと思っているのは米国だけなのかも知れない。

クエチアピンの単剤維持療法のRCTが終わり、QUE>PLAQUE>Liだったが、Li>PLAでもあり、リチウムの再発予防効果も改めて確認された。

リチウムは、非定型な臨床特徴が多いほど効きにくい。(Pfenning, IGSLI, Bipolar Dis 2010)。抗自殺効果は、臨床試験のメタ解析でも確認されている(Cipriani Am J Psy 2005)。リチウムによる甲状腺機能低下は、20%に見られる。

我々も参加しているConLiGenの現状をThomas Shultzeが発表。GWAS6月中にはデータがまとまるとのこと。リチウム反応の評価は、Aldaスケールを用いているが、2回行った評価者間一致度の検討の結果、全サンプルを用いると、2回目の一致度が低かった。そこで、Bスコアを評価基準に使い、Bスコアが4点以下の人に限ると、1回目、2回目とも良い値となった。1回目に用いたケースが比較的情報がまとまった症例であったのに対し、2回目は実地臨床に近い、さまざまなケースが含まれていたのがこうした結果の原因だろうと述べた。  

Todd Gouldは、サンフランシスコではCACNA1Cノックアウトマウスの話をしていたが、今回はマウスの系統間で、リチウム反応性を調べ、QTL解析によりリチウム反応に関わる遺伝子を同定する試みの途中経過について報告。(これもどこかで聞いた話ではあるが) 肝心のphenotypeは、リチウム投与後5時間における強制水泳試験における無動時間の短縮を指標としている。そもそもそれは双極性障害に対するリチウムの効果と関係があるのか?と質問しようとしたが、時間切れ。

 

光療法のセッションでは、高齢の非季節性うつ病患者に対する光療法のRCTで、有意な効果が得られたというArchives論文(オランダのWitteのグループ)の内容が紹介された。尿中コルチゾール(24時間値)や唾液中コルチゾール(日内変動)をマーカーとして使い、これらの改善も示していた。対照群としてdim light群を設定しているとはいえ、完全にdouble blindにすることは難しいので、HAM-Dのような評価尺度だけよりも安心できる感じがした。精神療法のRCTなどでも、完全なdouble blindは難しいので、今後はこうしたバイオマーカーの利用が当たり前になっていくのかも知れない。

光療法で有名なDr. Wirz-Justiceは、光の作用をZeitgeber作用、nonvisual作用 chemicalな効果(セロトニン上昇など)の3つに分けていたのが印象的。通常は前2者をまとめてしまうが。マスキング効果などは2つ目に入るだろう。

季節性うつ病については、高緯度になるほど多いことは知られているが、タイムゾーンの中でも違う(夜明けが遅くなってしまう地方で多い)という。

スライドを一枚だけ使って、躁状態の暗室療法の話も紹介し、amber glass療法(特にリズムへの影響が強い青色の光を取り除くサングラス)についても紹介していた。

4日目の朝にプラハを発ったため、概年リズムのセッションには出られず残念であった。

 

DLBD

 DLBD(びまん性レビー小体病)のセッション。誰の話にも小阪先生のお名前が出てこず、びっくり。アルツハイマー病、パーキンソン病、とドイツ人の発見した疾患は名前がついているのに、Kosaka病のような日本人の名前は定着しないのか。残念。

 DLBDはミスフォールドしたαシヌクレインの蓄積による疾患で、パーキンソン病とDLBDは病理学的には区別できない。αシヌクレインは元々ベジクルのリサイクリングやトランスミッターのリリースなどに関わる蛋白。βシート構造をとってオリゴマーやフィブリルとなるが、オリゴマーは膜にポアを作ってイオンを通したりしてしまう。αシヌクレイン遺伝子(SNCA)のミスセンス変異や重複がPDDLBの原因となる。何らかの理由で嗅球や腸管で生じたフィブリルが(プリオンのような)タンパク質相互作用で伝播していき、脳に広がるという仮説がある。鼻から広がるということについて何か疫学的エビデンスがあるかと尋ねたら、座長の先生が、鼻ほじりが認知症の危険因子となるという古いデータがあると仰っていた(→確かにありました! Henderson AS et al: Environmental risk factors for Alzheimer's disease: their relationship to age of onset and to familial or sporadic types. Psychol Med. 22: 429-36, 1992)。

 認知症では、multi-mobidityが問題となっており、AD-DLBAD-Vascularなど、半分以上がmixed pathologyである。特に加齢と共に、mixedのケースが増える。

 DLBDには、ドネペジルが有効。行動症状に対しては、ドネペジルでだめなら、経験的には抑肝散が使われているとのこと。抗精神病薬はなるべく避ける。REM睡眠随伴行動異常には、クロナゼパムが良い。

 DLBDを疑わせる症状としては、睡眠時行動異常や、便秘などの自律神経症状、認知の緩徐化、昼の眠気、せん妄様のエピソード、姿勢や歩行の異常、などがある。神経心理学的な検査では、motor perception taskなどでADでは見られない特徴的な異常が見られる。

 検査では、海馬、側頭葉の血流や代謝が保たれ、後頭葉で低下が見られるのが特徴的。Cardiac MIBGは有効だが、使われているのは日本だけらしい。

 DLBDの初期のうつ病を他のうつ病と鑑別する方法はないか、と質問したが、抗うつ薬が効かなかったら考えれば良いのでは、というような返答で、何でそんなこと聞くの?という感じであった。神経内科と精神科が乖離している現象は日本だけではないらしい。それぞれの科で、同じ病気の人の違うステージを診ているのに、お互いに情報を交換してより良い診療を目指そうという方向が少ないとしたら、残念なことだ。

 

犯罪、行動嗜癖

・犯罪者の脳研究に関するセッションがあった。受刑者の精神障害は充分評価されておらず、とくに脳の検査はほとんどされていない。287名の犯罪者(162名の暴力犯罪者を含む)でCT/MRIを撮像し、52名のコントロールと比較したところ、異常所見が有意に多かったという。特に左前頭前野に多かったという。その他、殺人ゲームを行っている時の脳画像の研究により、攻撃時になぜか扁桃体の活動が低下していた、などの話もあった。

・会長のチボー教授が座長のBehavioral addictionというセッションがあった。ギャンブルでも、依存、耐性(だんだん賭け金が増える)が見られ、薬剤と同じだ、との主張。チボー教授の研究室の人は、セックス依存の話をした。チボー教授(女性)のキャリアのスタートは神経内分泌を専門とする内科医だったらしく、性犯罪者の抗テストステロン療法から、この領域に入ったとのこと。Hypersexualityや性犯罪者の話など、チャレンジングな話が多かった。

 

プレナリーレクチャー

1日目のプレナリーレクチャーはヘンリー・マルクラム教授。聴衆は1000人の会場に300人位だろうか。もとは精神医学にも興味があった、と話していた(リップサービスかも知れないが)。以前話を聞いた時は、まだ計画だけという印象だったBlue brain projectが、15年を費やして実際に進んだ様子を聞くことができた。多数の細胞で電気生理を行ったあとに色素を注入してイメージングをし、シングルセル遺伝子発現解析を行った。発現しているチャネルと発火パターンを対応させることにより、まずは細胞レベルのモデルを作成。次にシナプスの位置をイメージングでマッピングし、コラムをシミュレートした。その結果、これまで他の脳領域との長い線維連絡が必要と考えられていたγオシレーションが自発的にでてきたという。すごいビデオがたくさんでてきたが、どこまでが実データでどこからがシミュレーションか区別がつきにくかった。既に、多重コラムによるバーチャルスライスまでシミュレートしている。現在、「The Human Brain Project (HBP)」を構想中で、2023年までには、人の脳をシミュレートしたいとのことであった。(人の脳では同じことはできないと思うが、どうやって研究するつもりかはよくわからなかった)

2日目のプレナリーレクチャーは、筆者であった。内容はともかく、聴衆の数だけは、マルクラム教授と同じ位だった。震災への各国の援助に感謝の言葉を述べたところ、拍手をいただいた。話は何とか問題なく終えたと思う。

3日目はダン・ルジェスク教授。最近上り調子の人ではあるが、発表は、論文のタイトルページをそのままスライドにしたものが多く、最近の精神科遺伝学論文の発表動向、みたいな感じであり、あまり深みはなかった。

 

ポスター

 うつ病患者で抗うつ薬治療前後でマイクロRNAを網羅的に調べた。285個中30個が有意に変化し、うち28個は上昇。標的mRNA予測ソフトを使い、GO解析したところ、変わっているものには神経機能にかかわるものが多い。特にMir-132に注目したという。

2日目には、ポスターツアーの座長をやるようにと指示がでていたが、グループによりまちまちで、2日目は、他のグループはあまりやっていなかった。筆者のセッションも聴衆は少なかったので、そのグループの発表者に声をかけて、皆で回る、という形でセッションを行った。病気に対する理解度とWCSTの成績に相関があるという演題が印象に残った。病気への理解度の評価には、MacArther Competence Assessment Tool for Treatmentというものを使っていた(初めて知った。) 研究への理解度を計測するバージョンもあるとのことなので、精神疾患患者における同意能力を定量化する方法として使えるかも知れない。

ポスターツアーの参加者は若い人たちが多く、教育者モードになってきて、建設的なコメントを伝えるようにした。 

 

日本の役割

まるまる3日間参加したにしては、内容が少ないような気もするが、サンフランシスコや東京と重なる部分があったためでもある。

米国人の参加が少ない当学会では、日本の比重が高く、この学会のレベル向上には日本の貢献も鍵となりそうだ。

日本人の発表では、内容的にはレベルが高くても、プレゼンテーションに難がある場合があるのが残念である。若手の発表でも、原稿を棒読みにしている人は少なく、以前に比べればずっとよくなったと思う。しかし、全く人のことを言えたものではないが、重要語のアクセント位は、発表前にチェックして欲しいものだと思った。LRが違っても、ああ、日本人の英語だ、と思われるだけだが、アクセントが違うと(例えば小脳=セレルムのアクセント)、全く何の話かわからなくなってしまう。全部辞書で確認するのは大変かも知れないが、例えば、筆者の愛用している「READPLEASE」というフリーソフトに原稿を入れてコンピュータ音声で確認する程度なら、ごく簡単なことだと思うのだが…。(すみません。久々に使ってみたら、このソフトはアクセントの参考にはなりませんでした。やはりオンライン辞書で確認しないとだめですね…)

 

次回

次の本学会、WFSBP2013は、2013623日〜27日の間、京都国際会館で行われる。初めてのアジア開催である。

更に、これと連携する形で、直前の620日〜23日に、日本神経科学学会と日本神経化学会の合同大会であるNeuro2013が行われる。

Neuro2013の神経科学側の大会長であり、WFSBP2013の組織委員でもある筆者としては、これから2年間は誠に頭が痛い。今回の学会への反省を活かし、学問の進歩のためには学会運営はどうあるべきか、原点に返って考えていきたいと思う。