国際精神科遺伝学会 WCPG2013  20131017-21日 参加記

 

思えば、全ゲノム解析で初めて病気の遺伝子が解明できた!という2010年のASHGは衝撃的で、会場は熱気に包まれていた。我々がエクソーム解析や全ゲノム解析を始めたのは2009年であった。当時は激しく遅れを取っているという気がしていたが、今振り返ってみると、それほどひどく遅れていた訳でもなかったかも知れない。ただ、コストが高くて、できることは限られていたのが問題であった。

2011年のWCPGでは既に、全エクソーム/全ゲノムですっかり病気が解明できるわけではなさそうだ、という雰囲気が漂い始めていたものの、2012年には、それでも何かわかるのでは、という雰囲気であった。しかし、今年は、やはり簡単ではない、という風に、もう一度振り子が振れてきたような印象を持った。少なくとも、精神疾患の強いリスクになっている特定の変異が見つかるということはなく、見つかった変異が特定のパスウエイに落ちている、ということが確認できそうだ、というレベルの所見であろう、ということは何となくコンセンサスであると思われる。従って、多数の患者をモデルすることのできる動物モデルは現状でもできそうになく、やはり、なるべく確実でエフェクトサイズの大きなものに注目するしかなさそうだ。このような現状の中では、多型、CNV、まれな変異、de novoなど、さまざまなGenetic Architectureの危険因子を総体として持っている患者由来iPS細胞を調べるアプローチも有効と考えられる。

今大会では、GWASについては、統合失調症はサンプルを増やせばゲノムワイド有意SNPが増えた。そして、ついに、DRD2NMDA2Aなど、以前からの候補遺伝子がついにゲノムワイド有意になった。有波先生、糸川先生が最初に報告したDRD2と、糸川先生、吉川先生が最初に報告したGRIN2AがいずれもGWASで確認されたのは素晴らしい。最初の大発見→その後の追試のネガティヴな所見→その後メタ解析で再度関連を確認→GWASで現れず→GWASのメタ解析でヒット、と、二転三転どころか四転して、やはり関係あるという結果に。実にジェットコースターのような経過であったが、もし実際の機能的多型を3万人でgenotypeすることができれば、最終的に真の関連が証明されたといってよさそうだ。

 ドーパミンD2受容体が抗精神病薬の標的分子であり、最近、高脂血症のゲノム研究でHMGCRスタチンの標的分子の遺伝子)が現れたことと結びつけて、ゲノム研究で見つかった分子が、薬の開発の標的になる可能性があることを、多くの研究者が指摘していた。

しかし、限りなくサンプルを増えたらどこまで関連遺伝子が増えるのか、という問題も生じている。過ぎたるは及ばざるがごとし、という感じである。

一方、双極性障害では、統合失調症のようにはヒットが増えていない。

シーケンスでは、統合失調症では、クロマチン、FMRP、シナプス、ARCNMDAなどのパスウェイの遺伝子の変異が多かった。一方、双極性障害では、カルシウムチャネル、GABA受容体などに変異が見つかっている。

 Genetic architectureという言葉がしばしば聞かれたが、統合失調症では、多型、まれな点変異、de novo CNV/SNVと、全ての種類が関係している。一方双極性障害では、見つかった多型は統合失調症より少なく、de novo CNVもあまり関係なさそうであり、遺伝する変異に多くの要素が含まれているのではないかと期待される。De novo CNVも関係はしているかも知れないが、fitnessが統合失調症や自閉症ほど低下しないので、関与は小さい可能性があり、その意義を見いだせるかどうかは検出力(N)の問題だと思われた。

 先行する自閉症、統合失調症に比べ、双極性障害のゲノム研究は全ての面でやや遅れを取っているし、はっきりした所見が見つかっていない傾向がある。

 

本学会に出席して、どうもアメリカの人たちには明確な戦略がないように思われた。原因を解明するためにはどうしたらよいか考える前に、サンプル数を増やしてコンソーシアムを作るという、「方法」が目的化しているかのようであった。我々のように、弧発例を多く集めてde novoを探そうとか、トリオに絞って伝達、非伝達の比較をしようという計画は他には見当たらず、とにかく大家系があるからそれを調べる、というような方向であった。Geneticsを研究するのであれば、戦略が大事だと思われた。

今回から急に23andMeなどのDTC型遺伝子検査会社が市民権を得て、PGCまでがコラボを始めた。数年前には倫理的な問題から慎重な意見も強かったと思うが、結局サンプルサイズの大きさの魅力に引き寄せられた、という感じ。結果オーライというか、使えるなら利用させてもらおう、という実にpragmaticな考えのように思われる。

また、今回はiPS細胞の研究が飛躍的に多く発表されていた。患者より作成したiPS細胞由来の神経細胞を用いて、ゲノム解析の結果を参考にしながら、薬の開発を行っていこうという研究の方向性も提示されていた。しかしながら、クローン間の問題について名案はなく、何クローンも調べる他なさそうであった。さまざまなアッセイが行われていたが、何百もの化合物をかけてみるとか、ちょっとどうなのかと思うものもあった。ジェネティクスや脳組織研究で得られた仮説を、実験できる細胞を使って検証するためにiPS細胞を活用していくことこそ、本来の方法ではなかろうか。

来年の本学会はコペンハーゲン。2015はトロント(1016-20日)。2016年はエルサレム。2017年はオーランドでASHGと連続して、ということになりそうだ。

 本学会の詳細については、ファイルをご覧ください。(パスワードをかけてあります。パスワードは冒頭にある大会の略称(四文字と数字)です)。