国際精神科遺伝学会 ワシントンDC 201191014(11日まで参加)

 

 大会2日目は9/1110周年の日。新たな世界の再生を記念してといった高尚な理由かかと思って副大会長のトーマスに尋ねたら、なかなか日程がとれないし、ホテルの都合もあって、云々で、たいした理由はなく、しかも、せめて開会日は911でないようにした、などと言っていた。たぶん、この日を避ける人もいて、ホテルがすいていたのだろう。車によるNYかDCへのテロ計画という、多少不安なニュースもあったが、幸い、9/11 10周年のワシントンDCは平穏だった。

本学会は、精神疾患の遺伝学の研究者が一同に会する重要な学会で、旧知のフランシス・マクマンとトーマス・シュルツが会長でもある。エクソームシーケンスが盛んに用いられるようになって、いよいよこれらのデータが出ると思われたので、どうしても出席したかったが、何と、日本神経科学学会と重なってしまい、神経科学学会の2013年大会の大会長としては、さすがに精神科遺伝学会を優先する訳にもいかず、残念ながら、最初2日のみの参加となってしまった。

 それでも、収穫は大きかった。

 

 最初の教育セッションの基調講演では、ホプキンスのデパウロ教授が精神科遺伝学の現状を述べられた。GWASの現状、今後のシーケンスへの期待など、認識は共有できていると感じた。

 その後、次世代シーケンスのサテライトシンポジウムに参加。

 Dr. Lupskiは、Dr. WatsonDr. Bentorに次いでゲノムが解読された研究者である。(以前の学会で、彼自身のシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子を解明した話を聞いた。)

 今回は、CNV発生のメカニズムとして、NAHR(Non-Allelic Homologous Recombination)やFoSTes(Falk Stalling and Template Switching)などの特徴について述べ、疾患と関連したCNVの発生メカニズムを解説した。

 統合失調症と自閉症の関係について、16p11.2が欠失では脳が大きく自閉症に、重複では脳が小さく統合失調症になり、これは1q21.1では逆の関係になっている、といった仮説を提示した。(単純化した話ではあるが)。

 また、17番染色体の重複(PTLS)と欠失の動物モデルについて述べた。また、遺伝子重複が進化を生むという大野晋博士の仮説を紹介していた。(この仮説はプレナリー講演でも紹介されており、CNVの発見により改めて注目されているようだ。)

 また、動物の家畜化に伴うゲノムの進化に関して7本位の論文が発表されていることについても紹介していた。

次の発表では、各種の次世代シーケンサーの特徴について紹介された。期待の一分子シーケンサー、パックバイオは、まだまだのようで、コールドスプリングハーバーの人も、期待していたがどうやらまだ使えそうにないという結論になった、と言っていた。

午後のセッションでは、動物実験におけるRNA−Seqの実験例を示し、Affyでは検出できない多数のトランスクリプトが見出されることが報告された。

Dr.Knowlesは、15番染色体と連鎖するうつ病家系におけるシーケンスの結果を示した。我々の関心のあるミトコンドリアDNA合成酵素も候補に出てきていたが、完全には連鎖していないということで、注目していないようであった。

 次のホプキンスのDr.Zandiの発表は、今回、最も注目していたものであった。彼は最近ホプキンスからアイオワに移ったポタシュのグループの遺伝疫学者である。

 99名の双極性障害患者と50名の対照群でエクソームを行った。確認にはGATK(The Genome Analysis Toolkit)を用いた。

 また、双極性障害の5家系、30名のエクソームも行った。今後は、双極性障害800名、対照群400名を解析する予定である。

 変異の評価には、PolyPhen、SIFTの他、SCHISMという、自家製のソフトウェアも用いた。

得られた結果で、患者で11名、対照群で、患者に有意に多いという遺伝子があった。これは、タンデム並びクラスターをなしている、神経細胞の細胞接着因子の遺伝子であった。有意な差のあるものは10個くらいあったが、他はすべて対照群でも見られた。これらはすべて、遺伝子が同じであれば別の変異もカウントする、という方法での統計である。

どのような遺伝子の変異が多いかの解析(Gene Set Enrichment)では、特定のマイクロRNAのターゲットが多いとのことであったが、これは、前述の遺伝子がタンデムに並んでいるため、それに引っ張られているようだった。家系のデータは月曜日に発表されるとのことであったが、ポスターの際にこのグループの人に聞いたところでは、変異は多数見つかるが、どれが重要なのかわからないとのことであった。対照群でゼロとはいえ、似たような配列が多数ある遺伝子の場合、リードのマッピングなどにおいて、問題が生じやすいと考えられ、気になるところであり、まずはサンガー法での確認が必要だろう。ポタシュも、今回の解析は予備的なもので、これが原因だとは全然思っていない、と言っていた。

 ということで、双極性障害患者100人の全エクソンを読んでも、双極性障害の原因遺伝子が容易に特定できる訳ではなさそうだと思われる。

 

 プレナリー講演のグラント氏の話は、50位のPSD蛋白の遺伝子のノックアウトマウスで行動試験を行うという、「Genes to Cognition」というプロジェクトの話である。行動変化のパターンにより遺伝子を分類していた。特に、あるスキャフォールド蛋白の変異マウスの行動試験の結果は、この遺伝子の変異を持つ患者の神経心理学検査のパターンとよく似ているという話であった。マウスを使っているにもかかわらず、神経生理も解剖も全く出てこない。また、実験のコストパフォーマンスはどうなのか、と思ってしまった。 

 次のプレナリーは、まれな遺伝子変異の関連解析の様々な方法についてのレビューであり、WSSKBACTestRareなど、代表的な手法をテストデータを用いて検証したものであったが、方法の間でそれほど大きな差はないという印象であった。最後に、12000人のエクソームの結果で得られた変異をマイクロアレイでgenotypingする、Exome Chipというものが紹介されたが、フロアから、エクソーム読めば良いんじゃないの、と質問がとんだ。この方法で、1%存在するOR=2.0の変異をpower 85%で検出しようとすると、患者、対照群、各々5000名必要とのことであった。

 

 午後は、Epigenomeのセッションで、パトリック・サリバン氏と共に座長を務めた。このセッションはシンポジウムではないのだが、非常にレベルが高かった。統合失調症患者750名と対照群750名の全血由来DNAを用い、MethylMinerと次世代シーケンサーでメチル化を調べた研究が報告された。血液を用いたことについて、血液と皮質、海馬を比較した結果、血液と皮質、海馬はメチル化領域に共通点が多いから、血液でもよい、と理由づけしていた。多くのp<10-10を超える有意なメチル化変化を見いだしたとのこと。これだけ多数例調べるのなら、discoveryサンプルとreplicationサンプルに分けるなどして、確実なものに絞り込むなど、もう少し工夫したらよいのに、と思った。

 トロントのバー教授は、2つのマウスラインを用いて、エクソン中のSNPを用い、RNA−Seqにより、インプリンティング遺伝子を探索し、メチル化解析およびヒストン修飾の解析で確認する研究を報告した。既知のインプリンティング遺伝子が確認された。発現解析からは、百個以上の、これまでに報告のないインプリンティング遺伝子と思われるものを見いだしたが、いずれもメチル化やヒストン修飾の違いはないとのことであった。これらは何なのか謎である。細かいデータがなかったため、わからないが、おそらくはリード数が少なくて、一見アリルが偏っているように見えるだけで、リード数を増やしたら、インプリンティングではありませんでした、という可能性はある。しかし、脳ではメチル化でなく、ハイドロキシメチル化によってインプリンティングが行われている可能性もあるかも知れず、もしそうだとすると興味深い。ヒトの脳でも同様の解析を進めているようだ。

メラス氏は、以前報告された、P11遺伝子とうつ病の関係(Svenningsson P et al, Science 311: 77-80, 2006)に関するフォローアップの研究を報告した。P11は、セロトニン1B受容体と相互作用するタンパク質。うつ病モデルではP11mRNAが低下しており、抗うつ薬でP11が増える。メチル化は逆に、うつ病モデルで上がり、抗うつ薬で下がる。抗うつ薬ではDnmt1/3aが下がる。それなら他の遺伝子のメチル化も全般に変わっているのか、と訊きたかったが、このセッションはどの演題も質問がやまず、座長としてはフロアの質問を優先せざるを得ず、時間切れであった。

胎盤由来細胞を用いて、セロトニン受容体のHTTLPRVNTRの発現に与える影響をin vitroで調べた研究もあった。二つの多型を組み込み、間にminimum promoterを入れたコンストラクトを作成して、ルシフェラーゼをつないで、多型と発現の関係を見ていた。

家系サンプル480名で、末梢単核球のmiRNAをイルミナGAIIで調べた研究。遺伝率の高いmiRNAは9%のみだが、半数では発現量は遺伝的に制御されていると考えられた。残りは全く遺伝性のないもの。うつ病と関連するものは5つ。多くは遺伝性の低いもの。これらの人たちでMRIも調べ、前頭前野背側部、内側部、扁桃体、海馬との相関も見たところ、前頭前野2カ所の体積と関連するmiRNA、扁桃体および海馬と関連するmiRNAを認めた。これらはほとんど遺伝率の高いものであった。

遺伝率の低いmiRNAというのが何者なのか。発現量に影響するSNPがないとか、定量に難のあるものとか、環境の影響を受けるとか、いろいろな可能性が考えられる。また、MRIとの関係が、皮質と辺縁系に分かれたのは興味深いが、単に皮質同士、辺縁系同士で体積がよく相関しているだけのような気もする。データはすばらしく多いが、もうちょっと整理して解釈し、その結果をさらに確認するような別の解析をして詰めていくなどしていかないと、何が言いたいのかわからなくなってしまいそうなプレゼンであった。

などと、文句も書いてしまったが、とにかく、どの臨床研究プロジェクトも、あまりにもサンプルサイズが多く、圧倒された。

日本でも、疫学研究とゲノム・エピゲノム研究をリンクさせていかないと、まったく時代についていけないと思った。

 

その次のエンドフェノタイプのセッションでは、多数例におけるMRIのGWASのデータが報告され、扁桃体体積とある成長因子のSNPとのゲノムワイドに有意な関連が見出された。マンハッタンプロットでも際立っており、これは本当っぽい。恐怖表情に対する扁桃体反応もこのSNPで差があるとのこと。出版状況は話していなかったが、近々ネイチャーか何かに載りそうな感じである。

また、ニューレキシンのSNPが前頭葉白質と関係しているとの話もあった。

 ワインバーガーグループは、ニューログラニンについて、前頭葉のconnectivityとの関連などを報告していた。

 

ポスター

デンマークで、精神科のデータベースと染色体異常のデータベースをリンクして、双極性障害において、9番と17番の均衡転座を発見したとの報告があった。9番の転座部位には遺伝子はなく、17番は最近もやもや病の原因遺伝子として同定された遺伝子の近くである。まだ転座の位置が詳細に解析されておらず、どの遺伝子が断裂しているか不明である。また、家族歴について何も書かれていないので、わからない。DISC1のようなブレークスルーになるか?

 統合失調症のポリジェニックスコアは、MRIで調べた脳の体積とも関連していた。(統合失調症患者のみ。対照群では関連なし)

 CACNA1Cと性格が関係するが、性別で逆の結果になる。(動物モデルでも表現型が性特異的とのことだが、関係があるのか)

 統合失調症のポリジェニックスコアは、脳の遺伝子発現に影響するSNPのみを使うとよりよい結果となる。

 強迫性障害40人のエクソームの結果、highly deleteriousな変異を持つ286の遺伝子のオントロジーを見ると、神経系発達、神経疾患、などが多いとのことであった。今後ケースコントロールに進むとのことであった。

 死後脳由来cDNAを用いて、候補遺伝子のバーコードシーケンスをした研究もあった。(統合失調症18名、コントロール18名)。その結果、9つの新たなスプライスバリアントが見つかった。

 パトリック・サリバンのグループが不一致双生児研究をしていてびっくり。統合失調症3ペア、双極性障害4ペアでCNVを調べ、差異はなかったとの結果。

 気分障害の大家系で、連鎖解析を行うと共に、患者4名でエクソームを行い、候補遺伝子変異を同定した研究があった。手法的には非常に良さげに見えるのだが、どうやってこの1個に絞ったかはっきり書かれておらず、発表者も結果に自信なさそうであった。どうやらまだ途中段階と考えるべきか。

 

感想

 

 本大会は、エクソームを使った精神疾患のゲノム研究が初めて大々的に報告されるであろうとわかっていたので、ひょっとして双極性障害の原因遺伝子が特定されているのではないかと考えて、苦しいスケジュールの中、無理して参加した。

 しかし、少なくとも、100人くらいのエクソームを読んだだけでは、確実な遺伝子は見つからないようだ。

双極性障害のエクソームの研究も、ポスター発表されていた強迫性障害のエクソーム研究と同じような方向になりそうだ。すなわち、各個人の遺伝的素因は、一個の変異で説明できるということではなく、5〜10個くらいの強い影響を持つ遺伝子変異が集まって発症する。患者が持っている遺伝子変異全体を多数例で見渡すと、一定のパスウェイに関係する遺伝子が多いという特徴があるものの、持っている変異遺伝子は人によって異なる、というモデルだ。このようなまれな変異との関連を証明しようとすると、5000人以上のサンプルが必要になる。

 おそらく、5000名ずつ位解読すれば、1%未満の頻度のまれな変異との関連も見つかるのだろうが、このような場合、ゲノムワイド補正したら有意ではないと思われる。従って、網羅的に解析してこのようなものが原因であることを同定するのは、困難であり、少なくとも、2群の5000名ずつの独立サンプル(すなわち1万名位)が必要だろう。

 エクソームは、昨年の50万円から、HiSeqを使えば、今では15万円くらいにコストダウンしていると思われる。何しろ、Complete Genomics社の全ゲノム解析が既に50万円までコストダウンしているのだ。

 5000人ずつなど無理、と思いたくなるが、GWASだって、当初はgenotype費用が同じくらい高かったはずだ。現在のGWASコンソーシアムみたいに、いずれエクソームコンソーシアム、ゲノムコンソーシアムができて、各研究者のデータを集積すれば、このくらいはいけるかもしれない。

 GWAS同様、またもや日本は乗り遅れているが、今度こそ何とかしたいものだ。しかし、今年から脳プロも始まったし、数年後には何とか世界の潮流に追いつけると良いと思う。

 現状の我々のように研究費が限られている状況では、何か根拠のあるケースをスタートにして、ロバストな遺伝子を発見して、これを数千名で確認する、という方法しかなさそうだ。(その数千名もまだ集まっていないが。)

 一人につき、5-10個の変異がもし関係しているとしたら、動物モデル研究も容易ではない、ということだ。Loss of functiondominant negativeかもわからないのだから、ノックアウトすれば良いというものではなく、できればノックインが良いという話になると、何ラインも作って掛け合わせるのは不可能に近い。やはり、まれでも良いから、なるべく影響の強い遺伝子を見つけて、動物モデルに持ち込むことが必要だ。

 そして、どうやら多くの双極性障害患者に共通の遺伝子変異はなさそうなので、疾患の定義や診断法・治療法開発に際しては、やはり、ゲノムよりも脳を対象とすべきだと思われる。