17回精神科遺伝学国際会議(XVII World Congress of Psychiatric Genetics20091148日、San Diego

 

 WCPG3年続けて出席したが、今回は自分の発表の他、座長、プログラム委員会、ポスター評価、Mentor-Menteeランチ、と野暮用が多く、学会の内容は、どうもじっくり落ち着いて見ることができなかった。

 

 初日の教育セッションは出られなかったが、2日目朝の開幕式は、Surfing the Wave of Discoveryというタイトルにあわせ、会長のケルソー教授がサーフボードを持って登場し、載るのはそっちの波じゃないだろ、ともう一人の会長、シャーリング教授につっこまれるというパフォーマンスから始まった。どっと受けて欲しいところだが、全く笑いも拍手もなし。やはり学会でパフォーマンスのやりすぎはいけませんね。

 

エピジェネティクス

 プレナリー講演でゲージ教授は、前半を神経新生の話、後半はLINE1の話であった。LINE1のサイレンシングにDNAメチル化が関与しており、MeCP2のノックアウトマウスでレトロ転移が増えるとのことであった。また、ヒト脳のゲノムではLINE1のコピー数が増えているという最近のNature論文の話もした。脳は遺伝的にはモザイクであるという言葉が印象的である。

 その後、筆者も参加した脳におけるDNAメチル化ち精神神経疾患、というシンポジウムがあった。ポタッシュ氏は、スタンレー脳バンクの前頭葉サンプル39名、コントロール27名でCHARM法により網羅的解析を行ったデータを報告した。最大の差異は二十%で、脳と肝臓(七十二%)、iPS細胞と繊維芽細胞(七十八%)、大腸がんと正常組織(五十二%)などと比べると、遙かに小さな差であったが、双極性障害や統合失調症における差(五%)(Mill et al 2008)よりは大きかった。ジーンオントロジー解析では、神経系発達のみが有意であった。

十七個のメチル化に差がある領域が有意差を示したが、多重検定の補正をかけると五個、CpGの数で補正すると一個になってしまう。トップヒットはアセチルコリンエステラーゼを膜につなぎ止めるアンカー分子の遺伝子であった。四つのCpGが全てうつ病でメチル化が亢進していた。脳のpHと年齢が有意に影響していた。リンパ芽球でも発現が低下し、メチル化はうつ病で高かった。この遺伝子は、うつ病のコリン仮説と結びつけて考察していた。しかし、アセチルコリンエステラーゼは神経細胞に局在する(グリアには別のブチリルコリンエステラーゼがある)ので、グリアでメチル化されていて、うつ病患者の前頭葉では神経細胞数が減っているためにこのような結果が得られたという可能性も考えない訳にはいかないだろう。

シカゴのグループは二人が発表したが、一人が死後脳におけるSNPとメチル化の関係、もう一人がメチル化と遺伝子発現の関係、ということであった。

IGF2では、双生児の遺伝率は55〜97%と高いので、遺伝子多型との関連を調べる意義がある、とのことである。彼らも、CpGアイランドの外側の方がメチル化に変動がある、という、ファインバーググループの「CpG island shore」と同じようなことを言っていた。メチル化に影響するSNPは、十万塩基以内が多い。発現に影響するメチル化は、遺伝子の上流に多い。

3日目のプレナリーのファインバーグ教授の話は、だいたいASHGで彼のラボのメンバーが話した内容と同じで、CpG island shoreの話、癌組織に特徴的なメチル化差異で組織間が区別できる話、iPS細胞でのメチル化変化、自閉症、うつ病の話などであった。CpG island shoreの話は、これまでの生物学の常識とは違う訳で、教科書が書き換えられることになるだろう。

 

GWAS

 メインは最終日のGWASコンソーシアムであったが、筆者は残念ながら出られなかった。聞いたと頃によると、会場から、「これは、約二十年をかけて作り上げてきた研究者同士の信頼の賜物で、この連帯が最大の財産だ」というような熱いコメントがあったとのことである。

このコンソーシアムでは、五つの疾患(統合失調症、双極性障害、大うつ病、注意欠陥多動障害、自閉症)のGWASのメタ解析を目的に、十九カ国六十八機関165人で形成されている。現在のサンプル総数は、N=69041、まもなくN=82681まで増加するとのことである。大うつ病、注意欠陥多動障害ではゲノムワイドに有意な所見はなかった。統合失調症では、6ヶ所にゲノムワイドで有意な所見があったが、オッズ比は最大1.4であった。双極性障害は、AKN3が確認され、次はSYNE1であった。

また、約三千名のうつ病患者で自殺念慮の強さによりGWAS行った結果、トップヒットに、双極性障害のセカンドヒットと同じ遺伝子が出てきたという発表があった。治療誘発性自殺念慮とCACNA1Cの関連が以前報告されたことと合わせ、うつ病における自殺念慮と双極性障害の遺伝的リスクの関連を示すものとして興味深い。また、二千五百名でコルチゾールレベルのGWASを行った結果、FKBP5がでてきたという話もあった。

その他、双極性障害のGWASのデータを使って、朝型スケールを指標としたQTLでの関連、アキスカルの気質スケールを用いた関連研究など、データの再解析の報告も多かった。また、テキサスのMRIのGWASプロジェクトで、知能指数と関連するSNPの解析がなされていた。

 

CNV

小児発症あるいは重症例の統合失調症患者百五十名と対照群二百六十八名でCNVを調べた論文では、対照群で見られたCNVについては、特徴的なパスウェイは見つからないが、患者のCNVはシグナル伝達、神経活動などに関わるものが多かった。結論として、一人一人異なった変異であり、神経関係の遺伝子の異常が多い、今後は症状でなく、パスウェイで疾患を分類するようになるのでは、という話であった。

コピー数変異の発見で有名で、今回若手賞を受賞したSebatを紹介したデリシ教授は、ライフタイムアワードに相当する人だと思って歳を聞いてみたら三十六歳だった、などと話した。これまでの知見を総括し、コピー数変異は点変異よりも百倍以上変異率が高く、自閉症でde novoの欠失が多いことを説明した。また、最近、16p11.2の重複が統合失調症と双極性障害で報告した(McCarthy et al, Nat Genet 2009)データを紹介し、自閉症と精神遅滞は欠失、統合失調症と双極性障害は重複、などと整理していた。彼は、CNVが出てきた時に、MRで染色体異常がよく知られているので、単一の疾患で何かインパクトのあるものとして自閉症をやることにした、と説明し、「モデル疾患:自閉症」などというスライドを出していて、ちょっとその言い方はどうか、と思った。

また、途中に「神話バスターズ」(常識の嘘を暴くアメリカのテレビ番組)のスライドを出し、1)コピー数変異が統合失調症の原因だ、2)統合失調症はまれな変異だけで説明できる、の2つを神話だとしていた。まだ研究中なのに、神話とはずいぶん気が早い。

英国ウェルカムトラストの双極性障害のGWAS研究のまれなコピー数変異のデータの解析では、欠失は対照群よりも少なく、統計学的には有意ではないが、重複がやや多かったという。このデータは、http://x004.psycm.uwcm.ac.uk/~peter/ で見ることができる。(このサイトで、GWASGO解析用のソフトウェアも配布している)

 

まれな変異

ブラックウッド教授は、七番の逆位と七番−八番の転座を含む複雑な染色体異常のケースで、七番染色体の切断点にある遺伝子に注目した。この遺伝子は脂質輸送体をコードすると考えられるが、リガンドは不明である。百名の統合失調症患者と同数の対照群でシーケンスした結果、三十二個の変異を発見した。うち十個の変異について統合失調症患者千六百名とコントロール九百五十名で確認したところ、全ての変異が統合失調症で有意に多かった。(オッズ比一.九)。この変異は、双極性障害でも有意に多かった。家系では、統合失調症、双極性障害、うつ病を表現型と定義した場合に最もロッドスコアが高くなった。統合失調症+双極性障害のみだとロッドスコアは2.1であった。双極性障害でコンパウンドヘテロのケースがあった。彼は、家を訪問して回るのに苦労した、と仰っていた。

自閉症で、十五番の比較的短い重複のケースで、三つの重複している遺伝子の一つに着目した研究もあった。この遺伝子を含むダブルノックアウトマウスでは、行動異常が見られる。約五百名のASDおよび同数の対照群でシーケンスしたところ、自閉症スペクトラムで九名、対照群で五名の新規変異が見いだされた。変異の率は、統計学的には有意でなかった。中にコンパウンドヘテロの罹患同胞対がいたことから、病因的意義を推測していた。

また、千名の双極性障害患者、同数の対照群でANK3をリシーケンスしたところ、二十七の新規変異が見いだされた。プロモーター、スプライスサイトの変異の他、ミスセンス変異六個が見いだされたという報告もあった。多くが既知で、新規は一個のみであった。

 

遺伝子診断

2日目には、遺伝子検査に関するプレナリーセッションがあった。これは、プログラム委員会の段階から、ケルソー教授が、どうしても入れたいという感じで話していたものである。原因がまだそれほど定まっていない状態で遺伝子検査のセッションなど早すぎると思っていたが、意外にも、時機を得たものであった。親がアルツハイマー病に罹患した人百六十二名を、アポEの遺伝子型を伝える群、伝えない群に無作為に分けた無作為化比較対照試験の結果で、一次解析ではうつや不安に差がなかった。二次解析では、伝える群でE4キャリア(リスク)だった人と、対照群(伝えない)の間には差がなかったが、伝える群のE4キャリアよりE4なし群の方が不安は低かった (Green RC, et al: N Engl J Med. 2009)。このような問題でも、きちんとエビデンスに基づく議論がなされていたのが印象的であった。

また、家族は遺伝負因によるリスクを事実以上に高くみつもる傾向があるという。

また、遺伝子検査によりリスク遺伝子が見つかったらどう思うか、という調査では、患者はスティグマがなくなったと感じ、家族はスティグマを与えられたと感じる、という話が印象的であった。家族はしばしば患者に対して攻撃的な態度を示すが、そこにはやはり疾患に対するスティグマが潜んでいるのであろうし、その根底にある遺伝子という生物学的プロセスを明らかにすることによって、患者にとっては、この病気は自分の責任でないと思えるし、家族としては自分もそのような遺伝子を持っているということを受け入れがたい、ということになる。遺伝子診断というと、薬の選択、挙児希望時の遺伝相談などの実用的な方向がまず思いつくが、家族の力動への影響は大きい。人類遺伝学会で精神疾患の遺伝相談のことがどの程度議論されているか把握していないが、精神疾患特有の問題もありそうだ。

その他、千人以上を対象として、ランダムに電話をして参加を依頼し、面接によりセロトニントランスポーターの遺伝子型を「うつ病のリスク」として教える、という研究も報告された。しかし、セロトニントランスポーターの遺伝子型がうつ病のリスクだと教える、というところ自体に納得できない感じがした。

また、遺伝カウンセラーのオースティン氏が、遺伝子検査の意義として、原因を伝えることは病気への適応に必要であり、説明がなければ、患者は自分なりの説明を創り出すものだ、と遺伝子診断の意義を述べた。

このように、今回のシンポジウムが前回のハワイ学会での個別化医療のセッションと違っていたところは、発表者に遺伝カウンセラーが含まれており、家族の立場からの話があったこと、遺伝子診断のマイナスの側面や限界についてもきちんと議論していたことである。また、遺伝子診断の精神力動的な意義についての話も、ハワイではなされていなかったものである。なお、遺伝子遺伝子診断についての感想を述べている家族のビデオも提示されていた。

最後に30分ほど議論の時間がとってあり、本学会の中心人物の人たちが、それぞれに熱い思いを述べた。そのコンセンサスとしては、未熟な状態でテストを行うことは有害であり、将来の本格的な遺伝子テストの妨げになるので、現時点では行うべきではないということである。特に、患者から直接注文を受けるようなやり方は良くない。そしてケネディー教授が、このシンポジウムに、患者を対象として遺伝子診断を商売として行っている会社の人に参加を呼びかけたが誰も来なかったと話した。

というわけで充実したシンポジウムではあったが、この領域はむしろ、日本の人類遺伝学会の方がはるかに進んでいるというべきだろう。

 

動物実験

サリバン氏は遺伝環境相互作用を解析するため、八系統のマウスを掛け合わせた後、これらを二十世代掛け合わせて、近交系を作成した。その結果、最初の八系統よりもより多様性の高いマウスが得られた。これらを用いて、環境を豊かにする、あるいは隔離飼育など、さまざまな養育環境を与えて、成長後にオープンフィールド、強制水泳などを行い、遺伝環境相互作用を調べるという。ヒトの遺伝学をやめた訳ではないらしいが、関連研究に対して辛辣な意見を述べていた彼が、いきなり動物実験を始めたというので驚いた。より確実に遺伝環境相互作用を調べようと言うことらしい。

 

次世代シーケンサー

デューク大学のニード氏は、統合失調症の全ゲノムシーケンスプロジェクトについて話した。これまでに十名の健常対照者と三名の統合失調症患者(重症で家族歴あり)のゲノムを読んだ。カバレージは三十倍以上。一人三百万個位のSNPが見つかる。今後、患者百人シーケンスして、患者で多い変異を多数例で調べる、と言う話であった。シーケンスは、一人およそ二万ドルとのこと。技術スタッフが十五人いると言っていた。

 

その他

 シャンハイのバイオエックスセンターには十四台の次世代シーケンサーがあり、香港支部にさらに十四台があり、百人のバイオインフォーマティシャンがいるという。中国には二つの大きな国営ゲノムセンターがあり、これらも強力にサポートされているという。研究費はかなり潤沢らしい。一方、中国では、死後脳集めは非常に困難だという。二親等以内の家族が一人でも反対したら解剖はしてはいけないという法律になっているため、死後脳研究は絶望的だと言っていた。

 

全体を通しての印象

 今年の本学会は、昨年の延長、という感じである。

GWASは、筆者の参加し損なったGWASコンソーシアムで主なデータが発表され、土曜日までの印象では、たまったデータを使った落ち穂拾い的な仕事(評価尺度を用いた量的形質とか)や、メタ解析的なものが多かった感じである。

コピー数変異は、最近Natureに掲載された、統合失調症および双極性障害における十六番の重複のことが話題であった。特に双極性障害では、シカゴのグループの他は欠失が多いと言っている人はなく、重複が多いことを示唆するデータがいくつかでているようであった。また、統合失調症については、一人ひとり違うCNVが見られ、神経関係の遺伝子が多い、というのはある程度のコンセンサスであろう。

エピジェネティクスでは、ポタッシュ氏のデータがほとんど唯一、興味深いものであったが、やはり解剖学的変化の影響を受けている可能性を考えないといけないと思う。

また、一卵性双生児不一致例のエピジェネティクス研究が、注意欠陥多動障害、アルコール、自閉症と色々行われているのは隔世の感がある。しかし、すごそうなデータの報告はなかった。

 まれな変異の研究では、ブラックウッド教授の話が最も興味深かった。これは家系をしっかり集め、家系内にさまざまな疾患があることをふまえて、ロッドスコアを計算したところが重要であろう。多数例でシーケンスを行う研究も増えてきたが、結果の扱いでは皆苦労しているようであった。

 次世代シーケンサーについては、おそらく初めている人は多いのだろうが、データはまだ出ていない、という状況のようである。来年には、おそらく多数の次世代シーケンサーを使ったデータが発表されるだろう。

 来年の本学会は、ニック・クラドック教授を会長として、アテネで、20101037日に、その次の2011年はフランシス・マクマン氏を会長として、ワシントンDCで行われる。