61Society of Biological Psychiatry大会参加記

 

 本学会は、200651820日、カナダのトロントで行われた。本学会は、学会名にAmericanが入っていないとはいえ、基本的には米国の国内学会であるが、今回はカナダで行われたので、北米の学会ということかもしれない。今回も含め、これまでは同じ会場で引き続きAmerican Psychiatric Associationが行われるようになっていたが、APAの期間が長くなってきて場所の確保が困難なことなどから、2010年からは、24月に別の場所で開くことを考えているようであった。

 学会は、サテライトシンポジウムやらランチョンセミナーなどもなく、製薬会社のブースもないし、コングレスバックの内容も実にシンプルで、これこそ本当の学会だ、と思い出させてくれる好感の持てるものであった。全くスポンサーを頼んでいないのかな、と思ったほどであったが、よく見るとAcknowledgement for commercial supportとして10社の名前が書いてあった。しかし、majorな会社でもお金を出しているとは限らないようだった。アンケートに、「スポンサーに関してきちんと周知されていると思うか」「資金援助がプレゼンテーションの内容に影響していたか」などの項目があった。各部屋に質問者用のマイクがなかったり、ポスターセッションが全くテーマ毎に並んでいなくて全部「mixed topics」として並べてあるのも、経費や労力の節減のためかも知れない。とはいえ、学会場で朝食や昼食のランチボックスが提供され、ポスター会場にワインと軽食が用意してあるし、ロックンロールパーティーなどもあり、参加者同士のインフォーマルなコミュニケーションを促進するための手間と経費は惜しんでいないと思われた。

 いずれにせよ、これこそ学会の基本形だと言える必要十分な学会だったと思う。

 

今回の全体テーマは、「Vulnerability & Resilience: Implications for the Pathogenesis and Treatment of Psychiatric Disorders」とのことであった。

Vulnerabilityは脆弱性と訳されているが、Resilience(レジリアンス)には、今のところ良い日本語訳がない。気分障害関連の論文でよくこの語が出てくるが、今ひとつ語義が納得できていなかった。ジーニアス英和辞典だと「1. 弾力性、2. 回復力、快活、元気」となっているが、Oxford現代英英辞典によると、「the ability of people or things to feel better quickly after something unpleasant, such as shock, injury, etc.」とのこと。回復力といっても、身体的なものは含まれず、もっぱら精神的な面での回復力のことをいうようだ。日本語では「立ち直り力」「元気力」(どちらも胡散臭いけれど…)という雰囲気である。このタイトルは、精神疾患の病因におけるストレス−脆弱性モデルの研究の流れと、最近の抗うつ薬や気分安定薬が神経新生を促すなどの知見に基づいたものであろう。

 

 初日は、「Vulnerability Factors in Psychiatric Disorders」というプレナリーセッションで幕を開け、Dr. Weinbergerの会長講演と続いた。

 最初のセッションでは、Dr.Kalinはストレス耐性におけるCRFの意義について総説した。うつ病で脳脊髄液のCRFが多いこと、自殺者ではCRF受容体が減っていること、トラウマの既往と脳脊髄液のCRFが関連していることなどの臨床的データー、CRF1ノックアウトマウスでストレス行動が減り、CRF結合蛋白(CRFBP)のノックアウトではストレス行動が増え、CRF注射と似た行動を示すことなど、基礎から臨床まで、多くのデーターがうつ病におけるCRFの重要性を示しているという。ストレス負荷でCRFmRNAがきれいに扁桃体で上昇すること、扁桃体中心核破壊により、ストレスでCRFが上昇しなくなること、CRF阻害薬がストレスによる適応的反応(ストレス終了後のグルーミング)を阻害することなど多くの事実から、ストレスにおける適応的反応にCRFが関与していると結論づけていた。この発表で興味深かったのは、ラットへのストレス負荷で、「フェレットへの暴露」を用いていたことで、ラットをケージに入れた状態で、外からフェレットをけしかけるという負荷をかけていた。ストレス負荷といっても色々あるが、この方法は自然なストレスであり、よく効くのだという。

 Dr.Holsboerはうつ病グルココルチコイド受容体とミネラルコルチコイド受容体の意義について延べ、グルココルチコイド受容体とFKBP5の遺伝子多型の抗うつ薬反応性における意義について紹介した。また、抗うつ薬の神経新生にはミネラルコルチコイド受容体が必要だと述べていた。(未発表データーと思われる) Dr. Reissは、VCFS(velo-cardio-facial syndrome)における精神病発現について、長期フォローアップ研究を行い、COMT遺伝子多型が、一般の統合失調症とは逆の方向に関連していることを報告し、Goldman-Rakicによるドーパミンと精神症状の逆U字型相関(パーシャルアゴニストの作用説明として用いられる)と関連づけて解釈していた。

最初のセッションで最も興味深かったのはDr. Kathleen R. Merikangasの遺伝子関連解析に対する痛烈な批判的総説であった。彼女によると、最近報告された600本の関連研究論文のうち、疾患の関連が3回以上調べられた166個の遺伝子について見ると、再現されたのは6個だけ、とのことであった(Hirschhorn, J. N., Lohmueller, K., Bryne, E. & Hirschhor, K. (2002) A comprehensive review of genetic association studies. Gen. Med. 4:45-61)。あまりにもfalse positiveが多く、すぐに否定論文がでる現状を、関連研究の現状を「ピンポンゲーム」になぞらえ、最近の学術雑誌の動向としては、一つの論文の中にもReplicationを要求する傾向がでてきたという。こうしたポリシーをはっきりさせている雑誌は、精神科ではまだ少ない、とのことであった。このようにfalse positiveが多い理由として、サンプル数、人口階層化、疾患の定義、表現型の多様性、低い相対危険度、多重比較に加え、対照群の選択バイアスの問題も強調されていた。また、セロトニントランスポーターのように、ありとあらゆる疾患や状態と関連しているとなると、これまた意味があるのか、との話もあった。また、有名な「セロトニントランスポーター多型とストレスの遺伝環境相互作用」というCaspi論文について、サンプル数の少ない再現研究はpositiveが多く、サンプル数の最も多い2つの論文はいずれも否定的な結果を示していることから、出版バイアスがあるのではないかと述べた。この種の研究では、質問票を用いていて、きちんと面接で診断したものはほとんどなく、うつ病の罹病率に746%と大きな幅があることや、ライフイベントの強度、遺伝子型、生物、うつ病の有無などを考えるとかなりの多重比較になっていることなどをfalse positiveの根源として指摘していた。今や、セロトニントランスポーターの遺伝型を調べてくれる会社(NeuroMark)も現れており、セラピストと話の中で「私がうまくいかないのはセロトニントランスポーターが短いせいだ」という話になるためだ、などと揶揄しており、セロトニントランスポーターはある種の神経神話のようになっていると言わんばかりであった。

 この話の直後に、ワインバーガーがやはりCaspiの論文(こちらはCOMT多型と大麻使用の統合失調症発症における相互作用について)を、かなり強く支持的に紹介していたのが対照的に感じられた。Dr.Weinbergerは、これまでよく話していた遺伝子多型と脳機能の関係に加えて、COMT遺伝子内にあるマイクロRNAの話や、NRG1のリスクハプロタイプでバリアントが変わることなどを示し、「UCSCはゲノム研究の入り口ではあるが全てではない」と強調していた。また、DysbindinにかかわるMutedBLOCなどの新たに見いだされた分子カスケードや、DICS1関連分子(NUDELFEZ1CitronKendrinなど)の話から、「Genes are entry points into molecular pathways」と強調していた。これまで彼のグループの研究に対しては、DNA多型と脳画像をいきなりつなげていて、その経路である細胞レベル、ネットワークレベルの話はあまり出てこないような印象を持っていたが、ネットワークレベルはともかく、細胞内のレベルに研究の方向が向かってきたように感じられた。また、昨年のNeuroscience 2005で筆者にとって最も興味深かった演題、NeuregulinBリンパ芽球が遊走し、これが統合失調症では障害されている、という所見についても、かなり大々的に発表していた。この研究は、免疫学の専門家であるDr Sei(日本人)が、Bリンパ芽球のアゴニストを探しているうちにニューレグリンが遊走を引き起こすことがわかり、ニューレグリンなら統合失調症だ、ということでDr.Weinbergerに共同研究を申し入れた、というストーリーなのだが、今回の発表だけでは、その辺のニュアンスは聴衆には全くわからなかったであろう。この12年の生物学的精神医学研究の中で最もオリジナリティーが高い仕事の一つが日本人の発想に基づく研究であることは興味深かった。米国における科学の現状として、米国は教育にあまり力を入れておらず、高等教育を受けた外国人を受け入れることでかろうじて科学の世界でNo.1を保っている、などという指摘もあるが、ひょっとして本当なのかも…と思ってしまった。少なくとも日本人はまねばかりで米国人がオリジナルだなどというのは誤解だろう。

 昼は、双極性障害におけるサーカディアンリズム障害のワークショップに出席した。しかし、発表者が座長のDr.Kasper(ピッツバーグ大学)の研究室の人ばかりで、少々広がりに欠ける内容で、新データーも少なく、少々残念であった。Morningness/Eveningnessインデックスがheritableで双極性障害の素因依存性マーカーになるのでは、という話などがあった。(Bipolarは夜型が多いらしい)

 午後からは、筆者が発表した「Mitochondrial-ER Function in Bipolar Disorder」のセッションがあった。座長はDr. Husseini Manjiで、Co-ChairDr. Perry Renshawは訪日中とのことで、代理のDr. Ongurが発表した。このセッションで驚いたことは、部屋が狭かったとは言え、かなり多くの聴衆が押し掛け、立ち見もでる盛況だったことである。(平行して行われた統合失調症のエンドフェノタイプのセッションはけっこう空いていたらしい。) 躁うつ病とミトコンドリアというテーマでこんなに人が集まるのか!との驚きでいっぱいで、Francis McMahonと、「10年前には考えられなかったねえ」と感慨深く話した。

 トップバッターの筆者は、躁うつ病モデルマウスについて発表した。質問は、「抗うつ薬は野生型でも行動を増やすのではないか」とか、リチウムの効果は鎮静なのでは、というレフェリーのような(本当にレフェリーだったりして?)質問や、輪回し以外の行動は増えないのか、といった質問があり、まだこのモデルが躁うつ病かどうかにまつわる質問が多く、その後の進展に関してはあまり質問はなかった。しかし、終了後、フロアやポスター会場でも何度も呼び止められ、面白かったと言われたり、色々質問されたりして、とにかくかなり関心を引いたことは間違いなさそうである。昨年のSFNで躁病モデルマウスと主張していたCLOCK KOマウスの研究をしている人たちが、しきりに「CLOCK遺伝子は変化していなかったか」などと聞いてきた。日内リズムの異常ということで、関係があると思っているようだが…。しかし、実際にCLOCKKOマウスを研究している人は、あのマウスはcrazyで(どこかで聞いたような話だが…)、あまり躁病という感じじゃない、と言っていた。とにかく常に激しく多動なのだそうだ。次のDr. Ongurは、これまでのMRS研究を総説すると共に、TE平均化MRSという、これまで測定できなかったグルタミン酸のシグナルをきれいにとることができるという方法で、双極性障害でグルタミン酸が増えているとの新しいデーターも出していた。この方法は、エコー時間を色々に変えることで、GABAやグルタミンなど、カップリングしているために波形がTEによって変化するシグナルを除去するという方法であり、一見しょぼいアイデアのようでいて、実は新たな技術も必要とせず、追加のRF出力装置も必要としないという、コロンブスの卵のような発想だと思った。また、双極性障害のミトコンドリア仮説に基づいて臨床試験が行われ、既に有効性が報告され、スタンレー財団からの1億円もの援助を得て、RepliGenが大規模試験を開始したTriacetyluridine(TAU)の話もあり、TAUは患者で脳内pHを上昇させるとのデーターを報告していたのが興味深かった。

 Dr. Konradiは、死後脳のマイクロアレイデーターを報告したが、会場にいるDr. Vawterを気にしながら発表し、pHを統計学的に差のないようにマッチさせてもミトコンドリア関連遺伝子発現は全体に低下していると述べた。これに関しては、終了後Dr. Vawterが早速、pHをマッチさせたとは言っても、差が残っているのでは、わずかなpHの差でも大きな変化がでるのだから…と質問すると、Dr. Konradiは、患者のうちpHの低い方、コントロールのpHが高い方を除外して、患者がややpHが高い状態でマッチングさせてある、と反論した。Dr. Vawterによると、pHに関しては学会の度にずっと繰り返し議論してきた、とのことである。KonradipHマッチングでも差がある、というデーターに関して、Dr Vawterは、pHの測り方が違うためでは、と言っていたが、筆者としては薬の影響もあるのではないかと思う。彼女のデーターでは、バルプロ酸はミトコンドリア関連遺伝子の発現を多少下げるものの、他の薬は影響なしとのことであった。しかし、抗精神病薬については、十分聞き取れなかったが、全種類の抗精神病薬をあわせて解析したとのことで、定型、非定型に分ければ差があるかも知れないと思われた。彼女は、最近の、low glucose培地でBリンパ球を培養すると、健常者のリンパ球ではミトコンドリア関連遺伝子が増えるのに、双極性障害ではむしろ減る、というデーターを報告した。小胞体ストレス関連の遺伝子はどうか、との質問があったが、それは少なくともGeneOntologyとしては有意には出てこなかったとのことであったが、あまりきちんと調べてはいないようであった。こちらも、服薬中の患者なので、薬の影響は除外できないと思われた。

 Dr. Manjiは、気分安定薬の標的分子カスケードとしてミトコンドリアがあるという話で、GRのコシャペロンであるBAG-1への作用、bcl-2への作用などについて述べた。また、以前不安行動の異常についてのいまいちな論文を出していたbcl-2のヘテロノックアウトマウスについては、LHになりやすいことなど、うつ病的な側面もあることを示していた。強制水泳や尾懸垂へのシタロプラムの効果はbcl-2ノックアウトマウスでは得られないこと、bcl-2の多型が抗うつ薬反応と関連することなど、抗うつ薬の効果にもbcl-2が必要と述べた。また、リチウムは0.3mM程度の濃度でも十分にbcl-2を増加させることから、リチウムの臨床濃度として言われている0.41.0mMというのは抗躁効果を目安としたものであり、予防効果はもっと少なくても良いのでは、と言っていた。

 最後の全体討論では、双極性障害のうちどれだけがミトコンドリア異常によるのか、ミトコンドリア異常はprimarysecondaryかといった議論がなされ、McMahonが、多数例でのIlluminaによる全ゲノム関連研究でmtDNAについても調べていて、10398多型との関連はnegativeであったが、他に関連ありそうな多型がある、という話をしつつ、mtDNAが原因で母系遺伝する双極性障害家系はまれだろうという方向で説明した。Manjiは、ミトコンドリア障害がprimaryな異常かsecondaryなものかは今後の検討課題だ、と締めくくった。これらの議論の間、本当はもっと参加したかったが、英語力の問題に加え、前日夜に着いたばかりで、日本の深夜にあたる最も眠い時間であったことが災いして、十分に議論に関与できなかったのが残念であった。終了後も、片づけられ始めた部屋に多くの人が残り、思い思いにdiscussionしていたのが印象的であった。

 いずれにせよ、今回のシンポジウムは、双極性障害にミトコンドリアが関与している、ということが米国で認知される一里塚となるようなものであったと感じられた。

しかし、mtDNAに関心を寄せている人と議論していても、mtDNAgeneticsに関してはまだ理解が十分でないと感じたし、フロアでの議論などではとんちんかんな質問もあり、気が早いかも知れないが、ミトコンドリアに関して十分理解しないままに怪しい研究が行われるのでは、という危惧も感じられた。Dr. VawtermtDNAについてもっと調べたいが、おまえのところで何でもやっていそうだし、重なることは避けたい、何をやったらよいか、などと言っていた。

その後のポスターでは、Dr. Weinbergerのグループが、ニューレグリンの遊走とCOMT多型の関連について報告し、COMT阻害薬のtolcaponeが濃度と逆U字相関しながら遊走を促進するというデーターをだしていた(最大の効果は600pMで得られたという)。 

その他、Schizoの嗅上皮生検の発表があり、最近のMcCurdyらの論文で気になっていた点をクリアし、生検後に神経上皮をマイクロダイセクションすることで、神経上皮を特異的に切りだして、2サイクルの増幅でAffymetrixのアレイにかけていた。その結果、細胞周期関連の遺伝子が多くでてくるという、McCurdyらと同じ結果が再現された(P236)。

その他ポスター全体としては、SNPMRI、薬理の研究が多く、どれもどこかで見たような方法にどこかで見たような結果だな…という印象のものが多かった。会場でDr. Kimとも話したら、彼も、ここ数年新しいコンセプトといえるものはあまり出てきていないのではないか、と仰っていた。この領域の研究が円熟してきたと言うべきなのかも知れないが…。

 

2日目の朝は、「Resilience as a protector against psychiatric disorders」で、学会のタイトルを受けたものだ、との説明があった。トップバッターはPTSD研究で有名なDr. Rachel Yahudaであった。心理学の出身であり、9/11事件によるPTSDの子供の話からスタートするなど、いかにも臨床心理士らしい感じの女性である。彼女の整理によると、

 

                                                PTSD

                                                なし                       あり

Early Trauma   なし                                       Vulnerable

                                あり       Resilience

 

ということになる。

対象をこの4群に分けて解析すると、コーピング(ストレスへの対処能力)はresilience群で高く、vulnerable群で低い。海馬の体積も、resilience群が最も大きく、vulnerable群で最も小さい、といった関連が見られる。グルココルチコイド反応についても同様の傾向が見られ、この3者は関係している、とのことであった。他に、血漿ニューロペプチドYDHEAもマーカーになるとのことであった。

 2人目はDr. David M. Lyonsで、リスザルを使って、早期の養育の影響を調べた研究で、なかなか豊かなデーターで、面白い話であった。Harlowの母子分離のような極端な実験は、現在では倫理的に許容されないためか、分離(Intermittent Maternal Care:ラットのハンドリングのように、短時間の母子分離により、母性行動がむしろ増加する)、採餌困難High Foraging DemandForagingとは動物行動学の用語で「採餌」のこと。餌を探さないといけない環境では、母親は子供をだっこして連れ歩く行動をやめてしまう)の2種類の負荷をかけた。その後、1027週、836ヶ月、410歳にそれぞれ測定を行った。その結果、分離群では、新奇希求性が増えるなどの変化が見られた。拘束ストレスによるコルチゾール上昇も抑えられるなど、ストレス耐性になっており、MRIで調べた前頭前野の成熟も早かったという。(Parker KJ, et al: PNAS 2006)…と思って聞いたのだが、論文を調べてみると、Intermittent Maternal Careでは母性行動は増えない、ストレス自体がストレス耐性を生むのだと書いてあり、よくわかりません。

 次はRichard J. Davidsonで、この講演はかなり面白かった。感情の制御に関する話で、Negativeな感情を惹起するような写真を見せ、感情をコントロールさせる、という課題を被験者に行わせて、その間の脳活動をfMRIで見る研究である(Urry HL, J Neurosci. 20064月にでたばかり)。その結果、扁桃体の賦活と前頭前野の賦活には負の相関が見られ、前頭前野、特にBA10が感情を制御する役割をしている、と結論した。感情の制御という課題については、瞳孔径を測定することで、情動的な刺激になっていることを確認しつつ、自覚的に「感情を抑制できた」と評価できた、ということで妥当性を検証していた。また、コルチゾールの反応もBA10/BA9の活動と負の相関が見られた。こうしたデーターは、いかにもありそうであるが、筆者が調べた限りでは確固たる所見はこれまでなかった。先日のNHKのクローズアップ現代で、扁桃体と前頭葉のバランスで感情が…などと言っていて、言い過ぎだ!と思っていたが、ちゃんとそういう論文がでていたようだ。

 最後は、Biological Psychiatryの編集長で、NIMH気分障害研究セクションの前ディレクターであるDr. Denis Charneyで、期待していたのであるが、患者のビデオを延々と流し、時間を過ぎて座長が何度も指摘しても話を止めず、という具合であった…。

Presidential Invited Lectureは、Dr. Howard J. Federoffによる、Gene Therapies in Neuropsychiatryという講演であった。遺伝子治療の総説であったが、遺伝子治療といっても、現在具体化しているのは、胚のゲノムの配列を入れ替えてしまうという、元々の「遺伝子治療」のイメージからはかけ離れていて、アルツハイマー病でNGFを作るベクターを入れるというような姑息的なものであり、苦労する割には画期的な感じはしない。この手の「遺伝子治療」については、だいぶ道具立てが整ってきているようだ。アルツハイマーのNGFの他、パーキンソン病へのGADAADなど、Phase Iの臨床試験がいくつも始まっているとのことである。

午後は、Manji研がらみのDr. Haim EinatDr. Todd D. Gouldの主催による、Animal Model for Bipolar Disorderというセッションがあった。Dr. Einatのプレゼンは、リチウムとバルプロ酸が変化を与える行動は何か、という視点でresident intruder testpsychostimulantによる行動量増加のことを述べていたが、何がbipolarのモデルなのかという明確な意見はなかった。また、Meaney研のように、多数のネズミをphenotypingして、bipolar的なものとそうでないものの両極端を調べるというアプローチもある、と述べていたが、何によってphenotypingすべきかという点ははっきりしなかった。

次はDr. Michel S Bourinによる、フランス語の講演かと思いきや、よく聴くと英語であった、という講演であった。彼の話は、セロトニン1Aおよび1B受容体のアゴニスト、アンタゴニストの行動への影響と、それに対するリチウム、バルプロ酸の効果、という、行動薬理学的なものであった。

Dr. Gouldは、マウスの多数のストレインでリチウムによるアンフェタミンによる行動量増加抑制への影響を調べ、よく効く系統(B6JBlack Swiss)とあまり効かない系統(FVB/NJ)とを比較する、というような話であった。また、GSK-3β阻害薬のAR-A014418がリチウムと同じような効き目があり、β-cateninTGマウスがリチウム投与と同じ効果を持つことなどから、リチウムの効果の少なくとも一部はGSK-3β阻害を介する、と結論した。

UCSDDr. Martin P. Paulusの発表はなかなかユニークなもので、「LifeShirts」というものを着せて、部屋の上に広角のカメラを構えて、部屋にヒトを入れて、15分間、その動き、エントロピー、加速度などを測定する装置を開発したという話であった。まさにマウスのオープンフィールドのヒト版である。しかし、部屋の周囲に家具やら物が色々置いてあるので、行動は家具の配置に依存するのでは、との指摘があった。どうせやるならオープンフィールドと全く同じに家具なしの部屋にしたらどうだ、という意見も出された。あとは、教示をどうするかでも、行動が変わってくると思われ、ヒトはヒトなりの難しさがあると感じられた。患者さんでの測定はまだこれからとのことであったが、予備的な検討は行っているようだ。発表者が「部屋に置いてある仮面をかぶってみたり、色々面白い行動があった」などと口を滑らせたら、「そんなの誰でもするだろう」と突っ込まれていた。まあ、細かいことを言わなくても、躁状態での行動量増加位なら、何をやっても検出できるのではなかろうか。

午後は、昨年から20本以上の論文がでている、STAR*D (sequenced treatment alternatives to relieve depression)というプロジェクトの発表を聞いた。(McMahon FJ, Am J Hum Genet. 2006Trivedi MH, N Engl J Med. 2006など)。2,876人のうつ病患者を対象に、アルゴリズムに沿った治療を行ってその成績を評価したもので、昔厚生省の研究班で試みたものとよく似ていたが、その成果の大きさには、さすがにアメリカのパワーを感じた。何しろ6年で3500万ドル(約40億円)を投じたとのことで、厚生省の感情障害研究班とは予算が12桁違うので、仕方ない。結果は「家族歴があると発症年齢が低い」というような教科書的な事実の確認から、セロトニン2Aの多型と治療反応性が関係しているという話まで、盛りだくさんであった。これまで教科書的に言われてきたことを覆すような面白いデーターもでているようだが、残念ながら座長より、このシンポジウムの内容は未発表データーを含むので勝手に書いてはならぬ、とのお達しがあったので、論文化されていることが確認できたデーターのみを記述した。

夜のポスター発表では、抗うつ薬には神経新生が必要と報告したRene Henらが(p506)、今度はフルオキセチンの強制水泳(FST)への効果が放射線照射による神経新生阻害で止まるかを検討していたのが興味深かった。その結果、フルオキセチンの慢性投与でFSTの無道時間は短縮したが、FSTへの効果は放射線照射では止まらなかった。彼らは、抗うつ薬の行動への効果の中には、神経新生依存的なものと非依存的なものとがあり、どれがうつ病への臨床作用と関連しているかは今後の課題だ、と述べていた。うつ病の神経可塑性仮説についても、いつまでも漠然としたことを言っているのではなく、一段階進めてもっと具体的に検討すべき時なのだなと感じた。

 

3日目の朝は、Implication for treatmentというプレナリーセッションで始まった。トップバッターはDr. Helen Maybergで、少し前にNeuronに掲載された、うつ病のDeep Brain Stimulation(深部電気刺激)についてであった。うつ病では梁下野と言われる部分(BA25)の体積減少や血流減少などが指摘されてきた。この部位を刺激することで治療効果が期待された。4回以上の病相があり、12ヶ月以上病相がつづいており、ECTが効かないあるいはできない、ハミルトンうつ病評価尺度で20点以上、などの基準を満たす6名について行った。脳外科医による局所麻酔での低位脳手術により、この部分に電極を挿入する。ここを刺激すると、直後には落ち着いた感覚があり、その後興味の増加や活力がでるなどの感情的変化がでてくるという。DBS後には、25野の脳血流が改善していた。彼女は、DBS刺激はreversibleであり、安全であると強調していた。

Dr. Allan Youngは、動物実験でコルチゾールのインプラントで日内変動をなくすとSSRIによってセロトニンが増えなくなるなどから、セロトニン系とHPAは関連していると述べ、コルチゾール合成阻害薬メチラポンの効果やグルココルチコイド受容体(GR)アンタゴニストNifepristoneの有効性などから、グルココルチコイドを標的とした抗うつ薬の可能性について述べた。

Dr. Kiki Changは、双極性障害患者の子供達254名をハイリスク児としてフォローしたところ、ADHD 16名、うつ病9名、双極性障害8名などの発症があった。今のところ、気分安定薬で発症を予防できるというデーターはないなどと述べた。

小児の双極性障害については、色々な人に聞いたが、やはりアメリカでcontroversialな問題であることは間違いないようである。小児双極性障害のポスター発表をしている人に聞いた限りでは、DSM基準は厳密に適用していると言っていたが…。

Presidential Invited Lectureは、Dr. Whylie Valeという、CRFを始めその受容体などを次々と同定し、Nature, Cell, Science50本も論文をだしているという、いつノーベル賞を取ってもおかしくなさそうな人であった。CRFには受容体が2つあるが、CRF1RCRF2RのアゴニストはCRFだけではなく、Urocortin-1,2,3というのもあり、CRF2にはむしろUrocortinの方が親和性が高い。CRF1ubiquitousだが、CRF2は辺縁系に局在している。3つのUrocortinは分布がことなる。CRF2には可溶性のvariantがあり、CRF2Rの活性を制御している。知らないことばかり、データー量が多すぎて飽和した感じの話であった。CRF受容体のアゴニストとしてUrocortinがあること、ストレスで扁桃体に特異的にCRF発現が誘導されることなど、恥ずかしながらこの領域に不勉強であったと思った。

午後はDevelopment and Risk Factorsという口頭発表セッションにでたが、タイトルに大した意味はない。 Univ of Texasに留学中のDr. Matsuoが、小児のうつ病ではPutamenCaudate(被殻、尾状核)の体積が減少しているというデーターを報告した。発表は堂々としたものであった。ブラジル人ばかりのラボのため、彼までブラジル風アクセントでしゃべっていたのが面白かったが、よく溶け込んでいるということだろう。

Dr. WarshのグループのDr.Xuは、TRPM221q22)の関連研究について報告し、ハプロタイプ解析で患者で16%、コントロールで2%という強い関連があり、300トリオ弱のTDTでも確認されたと報告した。ハプロタイプをなすSNPのうち、既報で調べられているものを比較すると、1つは一致した結果で、他の3つは一致しない。このハプロタイプの機能変化は不明で、mRNAのレベルとの相関はなさそうである。TRPM2ではスプライスバリアントの存在が知られており、現在その関連を調べているという。TRPM2は酸化的ストレスを検知して細胞外からカルシウムを流入させるチャネルであり、我々のthapsigargin感受性Ca2+流入亢進の原因としても注目される。何しろassociation studyなので、このstrikingな結果がどういう意味なのか、今後の追試を待ちたいところである。

その後、A Changing Signature of Mood Disorder Across Lifespanというシンポジウムがあった。これはDr. Vawterの主催によるものであった。

別のシンポジウムでもでてきたDr. David M. Lyonが、サルの母子分離実験で、ヒトのGeneChipを使って発現解析を行っていた。DLPFC(皮質)、DLPFCの白質、vmPFCMR3カ所を調べたところ、vmPFC(ヒトでは梁下野にあたる?)の変化が大きかったという。Tureckiらが自殺者で低下していると報告したSSATの低下が見られた他、MRGRの低下が見られた。これは皮質の層構造特異的な減少であった。

Dr. Tureckiは、自殺者におけるGABA系の遺伝子発現の変化を報告した。

Dr. Vawterは、Mitochondrial function in mood disordersというタイトルで発表し、我々のミトコンドリア仮説や岩本さんのミトコンドリア遺伝子発現へのpHの影響の所見についてなど、スライドを何枚も使って詳しく説明してくれていた。死後脳におけるagonal stateおよびpHと気分障害の影響の複雑な相互作用を報告した。ただ、論文もそうなのだが、結局結論が何なのかはよくわからなかった。終了後、Konradiグループ(Konradiの旦那で、HarvardからVanderbiltに移ったところ)Dr. Heckersが、「双極性障害患者ではin vivoでもpHが低下しているのだからpH低下も病態ではないのか、agonal stateのあるケースを除外しても患者でpHが低いなら、患者では死後脳のpHが低いと言えるのではないか」と質問し、Dr. Vawterは、我々のサンプルではpHはむしろコントロールの方が低い、と反論していた。筆者のMRS所見がこのような場で取りざたされるようになるとは思っておらず、全く驚きである。この問題に関してはずっと議論になっているので、何とかして決着をつけなければと思った。

最後の演者のDr Rajkowskaは、うつ病患者の脳形態学的所見を報告したが、うつ病患者では、Calbindin陽性のGABAニューロンが減少していることを報告し、1H-MRSSonacoraらが報告したGABA低下や、遺伝子発現解析で報告されているGABA関連遺伝子発現の低下とよく一致する、と述べた。彼女もまた、うつ病患者では、Calbindin陽性ニューロンの減少が死後脳の小脳で測定したpHの低下と相関していると報告した。もしこれが本当なら、前述の問題とも関係してくると思われた。

ポスターセッションでは、WarshのグループのLiらによる、”Changes in Endoplasmic Reticulum Stress Responsivity in Bipolar Disorder”という、大変興味深い演題があった。彼らは、コントロール10名、培養リンパ芽球でCa2+濃度が高い双極性障害10名、Ca2+の低い双極性障害10名の3群で、Thapsigargin 300nM  6時間、Tunicamycin 1.2uM 6時間の負荷を加え、XBP1(total)GRP78CHOPmRNAを測定した。(CYBR GREENを使っているせいか、スプライス型はtotalうまく区別できず測れなかったという。) その結果、XBP1の反応とCHOPの反応が双極性障害で有意に低下していた。(XBP1の場合、通常34倍のところが12倍になる、という変化) CHOPも、コントロールでは10倍くらいにあがるところが、患者では34倍にしかあがらないという顕著な変化であった。これらは、Ca2+濃度が高い群低い群で全く差がなかった。抄録には患者で反応が低いがXBP1の多型によって差はないと書かれていたが、ポスターの図を見ると、コントロールのCCCGGGがおのおの4名、5名、4名で、XBP1反応はきれいにCC>CG>GGとなっており、Nが少ないことと、双極性障害患者ではXBP1多型に関わらず低下していることのために、2-way ANOVA(診断と多型)では多型の効果が有意でなかった、ということらしく、XBP1多型による差はむしろKakiuchi論文とよく一致していた。なお、彼らは全て1回だけ寝かせたリンパ芽球を用いている。本学会でミトコンドリアの援軍は多かったが、小胞体ストレス説にも援軍が現れて元気がでた。

その他、彼らはSH-SY5Yを使って、リチウムとバルプロ酸はミトコンドリア障害によるアポトーシスは阻害するが小胞体ストレスによるアポトーシスは抑制しない、というデーターを報告していた。これは、小胞体ストレスによる細胞死も阻害するとのこれまでのデーターと異なる結果だが、細胞の違いだろう、とのことであった。

その他、ポスターで気になったのは、男女差がある神経核として有名で教科書にも載っており、sexually dimorphic nucleusとされている、視床下部間質核の男女差を調べたが男女差がなかったし、これまで4つの研究室の論文中、性差を認めたのは1本の論文だけなので、教科書の男女差の記載はもうやめるべきだ、という発表があった(P815)。

また、最近、セロトニントランスポーターのS/L多型のうち、発現量が高いL型の中に一塩基多型があり、L型はLALGに分けられ、LGの発現量はSに近いとの論文(Hu XZ, Am J Hum Genet 2006)がでたため、セロトニンのS/L多型の関連研究は全て見直しになってしまったようだ。今後は、セロトニントランスポーターをL型、S型に分けた論文を注釈無しに引用すべきではないないだろう。

 

全体の印象

 今回の学会は、とにかく躁うつ病のミトコンドリア機能障害仮説が受け入れられて初めての会という感じであった。自分のいないセッションで躁うつ病のミトコンドリア説について議論されているのを見るのは、娘を嫁に出したような(まだ経験していないが…)複雑な気分であった。

 しかし、ミトコンドリアは遺伝子発現量も蛋白量も多いため、常にアーチファクトとして現れてくる可能性もあるため、逆に、どんなアーチファクトも「ミトコンドリアだから」と見逃される、というのでは意味がない。今のところ、Dr. Vatwerが孤軍奮闘しているけれど、今後我々も変なデーターには厳しく意見しなければならないであろう。

 気になって調べてみると、PubMed”bipolar disorder” and mitochondriaではわずか24本、"bipolar disorder" and "mitochondrial DNA"でも32本しか論文がないのに、Google.comでは”bipolar disorder mitochondria 32万件もでてきて、serotonin57万件)よりは少ないとはいえ、calcium(38万件)dopamine(33万件)に近く、inositol11万件)よりも多いというのは明らかに実態を反映していないであろう(荷担しておいて言うのも何ですが…)。アメリカでは、いったん流行り出すと極端な話がでやすい傾向がある。多重人格ばやりになると、精神科の入院患者の半分が多重人格だという話になったり、PTSDが流行ると、存在しない虐待の記憶がでてきたり、小児の双極性障害がはやると、小児の双極性障害の生涯罹患率が大人の双極性障害より多く報告されたりと、異常なことになりやすいのだ。(嫁に出した娘ではないが)躁うつ病のミトコンドリア説が変な目にあわないよう、しっかり監視しないといけないであろう。

 そして、精神疾患でミトコンドリアというのは新しいかも知れないが、パーキンソン病や糖尿病では昔から言われていることで、何も新しくはない。ミトコンドリア機能障害によって生じる躁うつ病特異的な異常はいったい何なのかを追求しないと意味がない、ということも、強く主張していかなければなるまい。

 次回の本学会は、2007517-19日、San Diegoで行われる。