12回 Psychiatric Genetics(国際精神科遺伝学会)参加記(2004109-13日、ダブリン)

 

 今年のPsychiatric Geneticsは、アイルランドのダブリンで行われた。日本人類遺伝学会と重なってしまったため、残念ながら最初の3日のみの参加となってしまった上、帰りの飛行機が整備不良で遅れて、ロンドンで一日足止めされるという、さんざんな旅になってしまった。

 どうも筆者の性癖として、どんな学会でも何度か出ているうちに熱意が低下してしまうようで、この学会も始めて参加した時は何を見てもエキサイトしていたのだが、大体この分野の研究状況がわかってきて、熱も冷めてきた。

 昨年は、学会直前にXBP1論文がでたところで、懇親会等でも話題になっていたが、今年は逆に、replicationできなかったという論文が出た直後なので、逃げたと思われるのもいやだし、理研BSIリトリートと人類遺伝学会の谷間の数日という強行軍ながら、意地で出席した。

 

 しかし、いきなり出鼻をくじかれるとは思っていなかった。初日の気分障害のgeneticsに関するDr.Craddockの教育講演で、スライドを一枚使ってXBP1について「Biologyとしては面白いが遺伝学としては今いち」と話したのは良いとしても、Bipolarの候補遺伝子に関するサマリーのスライドで候補遺伝子をランクづけして、Looking Goodな遺伝子として、最上ランクがG72、次がBDNFNRG1、その次のランクがMAOAHTTCOMTGRK3、ずっと離れて一番下にNot looking goodの遺伝子として「XBP1」。おいおい、そんな言い方するなら書かない方がましだろ!と言いたくなった。GRK3などは、まだ論文が一本出ただけで、replication論文さえないのだから、そのレベルなら、AKT1NCAMNDUFV2GRIN2A, HTR4, IMPA2, GABRA1など、皆「looking good」でよいはずなのだが・・・。ひょっとして我々、日×人はHumanの中に入っていないのか・・・? 

 

 次の神経変性疾患のセッションでも、パーキンソン病の遺伝学の総説なのに、パーキンが一回も出てこないので不思議に思っていたら、あとで質問が出た。すると、「あれは本当のパーキンソン病じゃない。Lewy Bodyがないから」とのことであった。しかし、Parkinson病にはLewy Bodyが必要だという診断基準があるのだろうか? しかも、交通事故でなくなったParkin変異の患者さんで、Lewy Bodyが見られたという報告はあるらしいのだが、「このケースは死因が特別だからわからない」という。どうみても無理な意見である。まあ、XBP1は確認されないのだから仕方ないが、パーキンは認めてほしいものだ。

 

 しかしまあ、白人に認めてくれるかどうかで一喜一憂するのも時代錯誤。粛々とわが道を行く研究を続け、歴史を作って行くしかありません。

 

2日目のセッションでは、Johns Hopkinsの澤先生の研究室から帰国したばかりのDr.前田の口頭発表があった。厳しい質問が飛んだ時、すくっと澤先生が立ち上がってニコッとすると、「Oh−!」と質問者が急にフレンドリーになり、厳しい質問も何となく円満に収まった。うーん、PIたるもの、これだけのパワーを持たねばいかんのか!と勉強になりました。3日目には、澤先生がChairmanをする統合失調症の神経発達障害のセッションがあり、DISC1発見者のMillarさんやワインバーガーも発表する豪華なセッションを仕切っている姿が実に堂々としていた。アメリカの研究業界で偉い人たちと互角に渡り合っていくのは本当に大変なことであろうと思った。私もこうした風格を身に着けないといかん。(・・・無理です)

 

 そんなこんなで、考えさせられることばかりであったが、気持ちがほぐれる瞬間もある。アイオワ時代に1回だけ訪問したことのある、Johns Hopkins大学のDePaulo主任教授が「久しぶり!」と僕らのポスターに来てくれて、研究内容を説明したら、「ひとつのテーマを長く続けていてすばらしい。これが本当のサイエンスだよ」と言ってくれた。お世辞(or褒め殺し?)かもしれないけれど、研究費や周囲の流行でころころ研究内容を変えねばならないアメリカでは、実際、こうした研究スタイルは無理なのかもしれない。

 XBP1replication論文を指揮したと思われるMcMahonは、XBP1多型との関連は確認できなかったが、メフロキンのこともあるし、うつ病動物モデルの遺伝子発現解析でXBP1がでたという話もあるし、やっぱり何かありそうだね、と言っていた。やはりXBP1は確からしいから確認しよう、と思って再現実験をしてくれたのだなあ・・・と思った。

 

 ということで感想ばかりが長くなったが、逆に言えば、感想以外は、new dataの印象が薄かったということか。

 

双極性障害

双極性障害では、まもなく隣の分子精神チームに復帰される服部先生が発見したG72との関連が、2回再現され、それぞれしっかりした研究であることから、かなり本当らしいと認識されている、というのが最大の情報であった。

 その他、Bipolarに関しては、DISC1ハプロタイプとの関連、Xq28G蛋白カップリングオーファン受容体との関連(女性のみ)TPH2との関連(2地域のサンプルで確認)、産後発症の患者を含む家系に限った連鎖解析で16番が有意であること、などの報告があった。

 

「統合失調症の神経発達障害」のシンポジウム

 DISC1については、Millarはミトコンドリアの局在にかなり注目し、精神疾患のミトコンドリア機能障害と結び付けていた。

澤研のDr.神谷は、DISC1の機能解析について発表した。DISC1が神経細胞遊走に関与することを示す、大変美しいスライドが提示され、私だけでなく、おそらく多くの観客が魅了されたと思う。澤先生はDISC1の欠失体がdominant negativeとして働くとの説を唱え、haplo-insufficiencyを主張するMillarと渡り合っていた。DISC1家系では両方存在する訳で、多分両方関与しているのじゃなかろうか、と思った。

なお、新たなDISC1欠失家系が米国で発見されたという噂を聞いた。

その後、StraubDysbindinについて報告した。その中で功刀研の沼川さんのHum Mol Genet論文のデーター(Dysbindin Aktのリン酸化に関与するなど)も紹介されていた。ただ、Dysbindin変異の患者が発見されたが何ら精神症状がなく、変異マウスの表現型も今いちとのデーターもあり、geneticには現在最もhotな遺伝子とはいえ、機能的多型も同定されておらず、まだ全体のstoryは見えてこない感じである。

その後、Weinbergerは、統合失調症と関連するGRM3多型が海馬のエピソード記憶と関連するなどのデーターを出し、GRM3の意義を力説していて、説得力があったが、何となく、(待てよ、どっかで同じようなstoryがなかったっけ…)と、deja vuを感じてしまうのであった。また、DISC1多型と海馬体積の関連についても報告していた。これはVBMcorrectedで有意とのことで、それらしい感じもする。

 

なお、初日の教育講演では、統合失調症に関しては、

Strong:             NRG1DTNBP1(dysbindin)

Promising:              G72+DAO)、DISC1RGS4

Uncertain:              CHRNA7PRODHGRM3etc・・・

とのことであった。

COMTは、WCSTの異常との関連など、中間表現型や、遺伝環境相互作用は認められるが、統合失調症との関連そのものは弱いということか?

 

その他

 セロトニントランスポーター多型で、SS型ではプラセボ反応が良いため、SSRIの治験では実薬とプラセボの差がでにくい、との発表があった。

 遺伝―環境相互作用の教育講演は、HTTとストレスのScience論文で有名なCapsiらが発表した。HTTのほか、新たに、精神病スペクトラムの発症に関し、COMT多型と大麻使用の間の遺伝―環境相互作用を見出したとのことであった。MAOAと虐待(による行動障害)の相互作用については、再現された研究が2つ、否定論文が2つ。HTTとストレスは支持が3つに否定が1つとのこと。

 自閉症におけるNeuroligin変異についての発表を見に行ったら、ポスター会場で話した怪しい人(パスツール研究所のJamain)が発見者であることを知った。Neuroligin (NLGN)は神経発達に関係する遺伝子で、NLGN1234X4Yがある。4XXpにあり、相同の4YY染色体上にあるようだ。彼らは、自閉症の小家系で、NLGN4Yのストップコドン変異を見出した。Yの変異なら男しか発症のしようがなく、大きな男女差を説明できるが、実際には一般の自閉症患者を多数集めても、NLGNの変異はほとんど見つからないらしい。自閉症は家系が小さく、causal relationshipの証明が難しそうだった。

肥満の遺伝学、神経変性疾患の遺伝学のセッションを聞いて、現在得られている意味ある所見はほとんどが単一遺伝子疾患(肥満ではレプチン変異など)によるものであり、多因子疾患と遺伝子多型の関連として意味のあるものとして確立しているのは、すべての複雑疾患に対象を広げても、結局ApoEしかないようだ。

 

結局のところ、最近の精神科遺伝学で再現性が認められている所見は、以下に大別される。

1)       単一遺伝子異常疾患を基にした機能解析研究 (DISC1)

2)       ハプロタイプレベルでの疾患との関係 (DysbindinNRG1G72)

3)       機能的多型と中間表現型の関連 (BDNFCOMT)

4)       疾患発症における機能的多型と環境の相互作用 (HTTMAOA)

 

 双極性障害でも1)のストラテジーが有効なら、研究が大いに進展すると思われるので、ミトコンドリアに関してそれを証明できるよう、頑張らなければと思う。

 

 次回のPsychiatric Genetics学会は、20051014-18日、ボストンで、その次が20061028-111日にイタリアのCagliariで行われる。

 

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