第16回精神科遺伝学世界大会World Congress on Psychiatric Genetics
大阪医大の米田教授を会長として、日本で初めてPsychiatric Geneticsの国際学会が行われた。国際会議を開くのは、本当に大変だったと思う。直前には、準備が予定より遅れている、と伺ったのでどうなるかと思っていたが、大変盛会で、つつがなく行われ、大成功だった。セッションのスピーカーが現れないことがしばしば見られたが、以前イタリアで行われたWFSBPのように、シンポジウムが中止、ということはなく、何とかなったという感じである。参加者は600名で、うち日本人は100名程度と、日本開催の学会にしては日本人比率がかなり低く、そもそも日本でこの領域の研究者が少ないということだろう。
初日は依存の話があり、タバコ依存のGWAS(genome wide association study)が報告された。これは、100本以上のタバコを吸う人を集め、依存の症状が一部ある中間群を除外し、依存のある人1050名と依存ではない人879名の間で比較した。その結果、ニコチン受容体であるCHRNA5の非同義置換との関連が見出された。オッズ比は1.3という。
また、Dr. Uhlは、タバコ依存と、日本のJGIDAおよび台湾の薬物依存のGWASについて報告した。P値の低い遺伝子に注目せず、p<0.05の遺伝子が集積するクラスターに注目し、そこに含まれる遺伝子のGO解析を行って、どのような遺伝子が出てくるかを解析するというちょっと変わった解析を行い、薬物依存でもタバコ依存でも細胞接着関係の遺伝子が多いと報告した。また、双極性障害と関連するクラスターと依存のクラスターには有意に重なりが多い、とも報告していた。
パニックのGWASでは、ドイツのグループが患者、対照群、約200名ずつの1stサンプルのGWASを行い、2ndサンプル約200名ずつで確認、約450名ずつの3rdサンプルで確認、という3段階で、TMEM1320のrs116609などSNPとの関連を報告した(どちらもdetabaseには見あたらない…?)。また、患者の中では、予期不安などの症状とも関連していた。高不安マウス、低不安マウスの系統の比較で、高不安マウスでTMEM1320のmRNA発現が高いことと合わせて、パニック障害におけるこの遺伝子の意義について考察した。東大の佐々木司先生も、パニックのGWASについて発表した。ドイツのグループよりもサンプルも多く、世界最大のサンプルであり、日本でも世界トップを行っている研究があるとうれしく思った。
筆者は聞き損なったが、当チームの岩本さんの話によると、 “Genetics of alternative phenotypes to psychiatric disorders”のセッションでは、エンドフェノタイプの話があったとのこと。Endophenotypeとは、「heritable, state-independent, familyで疾患とco-segregateする」といった条件を満たすもので、実際にはほとんどない。一方、Intermediate phenotype(中間表現型)は、heterozygousな個体がhomozygous間の中間形質を示すことを言う。この定義から行けば、双極性障害のintermediate phenotypeは何か?という考察よりも、「双極性障害やうつ病がミトコンドリア病の中間表現型である」という考えの方が妥当だろう。
Mentor-Awardeeランチョン
今回初めて行われたもので、学会のtravel awardを獲得した人たちとのランチョンという企画だった。高級なランチかと思ったら、弁当だった!!
米国の2人(SaraとEric)、スウェーデンの2人(PhillipとOlle)の4人とテーブルを囲み、研究、キャリアパス、それぞれのお国事情など、色々な話をした。英語コンプレックスのため、Mentor役はどうもなじめないが、コミュニケーションのためには良い機会であった。
その他
Columbia大学のHaghighiらは、HpaIIなどのメチル化されていると切断しない酵素4つ、およびメチル化されていると切断するMcrBC、のそれぞれでメチル化DNA、メチル化DNAを集め、SNPチップやハイスループットシーケンサーで解析する研究を報告した。うつ病2名、対照群1名の計3名で、前頭葉、後頭葉、側頭葉、小脳の4部位で解析した。GRM4は小脳のみでメチル化がはずれていた。高速シーケンサー(454)では、うつ病のみでメチル化されている遺伝子などといくつか紹介していたが、さすがに2名-1名の比較では…と思った。また、岩本さんによると、全ゲノムに対するシークエンスできた領域(coverage)は19%〜26%で、恐らくまだ低い段階なのではないかという。彼らは、この実験だけでも8000ドルかかったと言っていた。今後は多数例で検討すると言っていたが、どのようなストラテジーかは説明されなかった。
他にも、ポスター発表でYale大学のUrbanらは、22q11欠失で一部の者のみが統合失調症を発症すること、欠失部の全てで発現量が半減するわけではないことに着目し、22q11欠失患者細胞でDNAメチル化解析をハイスループットシーケンサーで行っていた。
フロアでの話などで、今後、メチル化解析はハイスループットシーケンサーの時代だろう…という話をいくつか聞いた。また、意外な人たちが次々と脳のDNAメチル化解析に参入しつつあることを知った。
統合失調症のCNV
最初のSt Clair(DISC1家系を発見した人)の話はSGENEというSch 1600名、対照群1600名の研究であったが、プレゼンがイマイチだった。次の上海のBio-Xの人の話では、統合失調症155名、対照群187名でde novoと思われるrareなCNVを調べたが、有意に多くはないが多い傾向ではある、という微妙な話であった。Science論文を書いた人が、2グループで確認されていることをどう考えるんだ、とくってかかるように反論していた。
CardiffのKirovらは、Schizo 520名とWTCCCの3000名のコントロールで、AffyのSNPチップでCNVを調べた。1000kb未満のCNVは差がなく、1000kb以上になると、欠失(OR=4.5)、重複(OR=1.6)とも多いとの結果であった。15q11.2(OR=2.8)、1q(OR=9.1)、15q13(OR=11.4)など、既報が確認された。17p12の欠失も関連していた。(ここにはPMP22(圧脆弱性ニューロパチーの原因遺伝子)も含まれている。) 17p12欠失の家系では、子世代4名中3名がSchだが、うち1人は欠失なし、欠失のあるもう1人はSchでなくうつ病、欠失を持つ母がSchだが、欠失のない父の姉がSch、ということで、連鎖はしていない。Broad InstituteのSklarラボのStoneの話はNature論文の内容そのままのため省略。
最後のKings College, LondonのDr. David Collierの話が最もちゃんとしていて、SGENEのGWASとdeCODE社の多数例のデータを用いてNRXN1〜3のCNVについて、詳細に解析した話だった。NRXN1は、自閉症で欠失が報告されているのと、「行動異常」のケース、統合失調症一卵性双生児一致例の報告がある。66名の欠失、5名の重複が見つかり、一人はde novoであった。欠失のブレークポイントはさまざまであった。統合失調症では欠失12名、重複2名(0.47%)、対照群では欠失49名、重複3名(0.15%)で、有意ではなかった(p=0.13、OR=1.7)。NRXN1のCNVの中には、短いエクソン全体を欠失するが、頻度の高いCNV(”common deletion”)もある。エクソンに組織特異性がある場合もあるし、エクソンの壊し方によっては、ドミネガにある場合もあるなど、CNV一つ一つがどのような性質を持つものか、きちんとした解析が必要である、という至極真っ当なことを言っていた。
Gene Expression
筆者のセッションは、Gene Expressionであった。演者の一人は、家族の病気ということで来られなかった。Dr. Tureckiは、自殺者死後脳の遺伝子発現解析におけるSSATの発現変化をスタートとして、発現量に影響するプロモーターハプロタイプのルシフェラーゼアッセイ、SAT1のメチル化解析、GC-MSによるポリアミン測定など、うつ病におけるスペルミン系の関与を、多くの角度から検証した。Dr. Hoogendijk(フォーヘンデォェーク)は、オランダのNESDAプロジェクトのサンプルを使った研究について報告した。このプロジェクトでは、GP(一般開業医)の受診者を質問紙でスクリーニングし、電話で確認して、うつ病の人を選び、うつ病歴のない人をコントロールとした。50000名をスタートとして、1700名のうつ病患者がエンロールされた。うち数十名でリンパ球の実験を行った。うつ病患者のリンパ球をLPS刺激する場合、しない場合でそれぞれマイクロアレイを行い、うつ病患者と対照群が区別できると報告した。筆者はXBP1の話とPPIELの話をした。
表現型のセッション
Dr.
Craddockは、WTCCCのデータの解析から、双極性障害のGWASで指摘されたCACNA1Cは、統合失調症で最も強く関連し、うつ病でも関連しているなど、bipolarにspecificではないことが示された。双極性障害の中では、BPII>BPI、SABP>>Unipolar Mania(逆に頻度が低い)の順で、Unipolar Maniaで低いことは有意であった。いずれにせよ、双極性障害の中核群に特徴的な遺伝子という感じではない。一方、統合失調症のGWASででてきたZNF804Aについては、psychosisのある双極性障害でも関連していた。このように、これまで報告された関連遺伝子は、どれも各々の精神疾患に特異性のあるものではなさそうである。
GWASに最もよく使われているPLINKという方法を開発したDr. Purcellのレクチャーでは、GWASのデータを使って、Homozygocity by decent解析でまれな劣性変異を探索したり、Extended segmental sharingによってshared rare variantsを探索する方法などが紹介された(が統計の話には十分についていけなかった。) いずれにせよ、頻度の高いSNPを中心に調べるSNPアレイから、まれな変異の情報を得る方法が工夫されているようである。
リチウム反応
双極性障害におけるリチウム反応に関するゲノム解析のセッションは、カナダのスピーカーが大阪で緊急入院するというアクシデントに見舞われたが、座長のThomas Schulzが何とか代わりに発表した。
HarvardのDr. Smollerは、STEP-BDのデータを用い、リチウムを服用していた458名で、およそ病相からの回復後8週たった状態を寛解と定義し、再発までのsurvival analysisを用いて、 GWASデータを解析し、リチウム反応に関わるSNPを探索した。その結果、ゲノムワイドで有意なものはなく、Ferreira論文でトップのSNPもリチウム反応とは関係なかった。得られたSNPをUCLのリプリケーションサンプルで確認し、SDC2、GRIA2などが見いだされた。
一方、GAINのGWASデータを用いた解析では、Bipolar患者915名の中から、リチウム治療中で、2年以上GAS>70と社会機能が良好な人をリチウム反応者と仮定した解析が行われた。その結果、15の遺伝子の88 SNPが関連していたとのことであった。
双極性障害のゲノムワイド解析
双極性障害のゲノムワイド解析のセッションでは、日本から東北大の富田先生と当チームの岩本さんが登場した。その他、Dr. Burmeisterは、Prizkerのサンプル(患者1177名、対照群772名)でのGWASを報告し、GSKのサンプル(患者899名、対照群904名)のGWAS結果とのメタ解析を含めて報告した。MCTP1、KITなど4つのSNPが有意であった。そのうちの一つのchromosome
3はかなり長い領域で関連があり、ITIH1、GNL3などが含まれている領域であった。が、他の既報のSNPは、Palb2がPrizker でp=0.04だった他は、ANK3、CACNA1C、Myo5Bなど、いずれも有意ではなかった。
その後のBipolarのGWASのセッションでは、Dr.
Craddockの話の内容は、前半はphenotypeのセッションとほとんど同じでがっかりした。その後は、p<0.001、p<0.005、p<0.0001の3つの基準でSNPを選択し、ここから遺伝子を抽出してGO解析を行った結果が報告され、p<0.0001とSNP選択基準を厳しくした方が有意なGOがでてくることを報告した。有意なGOは17個あり、ホルモンシグナルと転写制御がトップであった。クローン病のデータを同じように解析すると全く違うのが出てくるので、非特異的なものではない、と言うことであった。また、ADHDのGWASとの共通点として、rs17008400、rs17739564(TRDN)などが出てきたという。今後は、関連している場所のリシーケンシング、および14000人でのCommon CNVの解析(最近AgilentのカスタムCNVアレイを使うことが発表された)に関して進めていく予定とのことであった。また、WTCCC2も進められていて、15疾患(Schizophreniaを含む)で6万サンプルの解析を行うとのこと。
最後にDr. Craddockは、今後は考え方を変える必要がある、と述べ、これまでトップヒットに注目していたが、今後はパスウェイに着目したり、SNPのリストを解析したり、表現型との関連を解析することが重要と述べた。
一方、Sklarは、最近のbipolarのGWAS論文(Ferreira Nature Genetics 2008)の内容を紹介し、関連しているANK3のプロモーターハプロタイプの機能解析が必要なこと、CACNA1Cについては、長いイントロンにあるので、未知のエクソンがないか、他の転写物がないかなどの解析が必要と述べ、トップヒットに注目しようとする方向性は、Dr. Craddockとは対照的であった。
また、Dr. Cichonは、728名の双極性障害患者と1364名の対照群でGWASを行い、うち10-4以下の135個についてSquenomで患者1734名、対照群2353名で2次スクリーニングを行った結果について報告した。GWASではゲノムワイドで有意なものはないが、MAD1L1、GNG4、RASP1、CACNA2D4がトップヒットであった。Ferreiraと同様にカルシウムチャネルがでてきたことを注目すべきだと述べた。2次スクリーニングでは、NCAN(rs1064395)とMAD1L1(rs11764590)が残った。出席中は、NCAMが出てきたのに吉川先生たちの所見を紹介しないのはひどい!と思っていたが、調べてみたら別の遺伝子、NCAN (Neurocan: chondroitin sulfate proteoglycan)だった。(抗議しなくてよかった。) ANK3は、Baumと同じSNPは8x10-4で、Ferreiraと同じSNPはp=0.02だった。CACNA1Cはp=0.28であった。
マイクロRNAのセッション
精神遅滞を引き起こす遺伝子の多くが蛋白合成を促進する遺伝子’(TSC1やFMRPなど)であり、過剰な蛋白合成→ERストレス、オートファジー、ユビキチン−プロテオソーム系→細胞死、というメカニズムで脳の障害を来すのではないかという。
DicerのKOマウスでは、マイクロRNAができなくなり、蛋白合成が阻害されなくなるため、細胞死が起き、脳が顕著に萎縮する。
MBD1のノックアウトマウス、そしてMeCP2のノックアウトマウスでは、small RNAが増え、樹状突起が萎縮する。(上のメカニズムとは逆?)
LiuさんはマイクロRNAのゲノム領域を患者でリシーケンスする研究を報告した。
最後の演題はオーストラリアのニューキャッスル大のDr. Murray Cairnsの発表で、これは物議を醸すものであった。統合失調症患者の死後脳(DLPFCおよびSTG)10数名を対照群と比較し、miRNAのレベルをmiRNAアレイで比較したら、miRNAが全体に増加していた。RNAの電気泳動のゲル写真(をイミテートしたキャピラリーだと思うが)でも、22塩基ぐらいのところのピークが1.5〜2倍に増加していた。Q-PCRでも再現された。詳しく調べると、pri-miRNAという、ヘアピン構造が複数連続したものの量は異常がなく、ヘアピン1個のみにプロセスされた前駆体(pre-miRNA)および成熟miRNAが増加していた。MiRNAのプロセスに関わる酵素DGCR8およびDroshaのmRNAも増えており、DGCR8はVCFSの欠失部(22q11、COMTの隣)に存在する。増加していたmiRNAの一つ、mir-15ファミリーは、BDNF、HTR2A、NRG1、RELN、NMDA受容体サブユニット、などを制御しており、これらSch関連遺伝子の異常が全てmiRNAの増加で説明できる、という話であった。当然、pHや死後時間、薬物などが関係しないのかと思い、質問したが、これらのconfounding factorは関係ないとのことであった。本当にSchizophreniaの病態に関係するのであれば、もちろん大発見であるが、おそらく、confounding factorによるものだろう。この仕事はまだsubmitしたばかりとのことであり、reviewの間にだんだん真実が明らかになるだろう。
その他
Urbanは、22q11欠失のケースで、残されたアリルのPIK4CAのSNPが、OR=9.4でSchのリスクを高めると報告した。
Patricが発表したYoung Investigatorのセッションでは、105名の双極I型障害患者と95名の対照群で、血清S100βが患者で上昇していることが報告された。S100βは脳と血清でよく相関するという。
最終日のプレナリーレクチャーはナルコレプシーの話(西野先生)で、BSIでのセミナーとほぼ同じ内容であったが、HLA positiveのナルコレプシーの一卵性双生児不一致例の話と、大家系の話が加わっていた。双生児では、発症者のみで髄液オレキシンが低かったが、家系では、罹患者にも髄液オレキシンが低くない人がいて、これほどはっきりした所見があっても、まだまだ単純ではないと考えさせられた。
また、Dr. Weedonによる、身長にかかわる遺伝子を探索するプロジェクト(GIANT)の話は、よく整理されていて面白かった(Weedon et al. Nature Genetics 2008)。最初の身長をQTLとした解析は、II型糖尿病のWGASデータにより行われた。この解析では何も有意なSNPがなかったが、5000名で確実なものが二つ見つかった。うち一つ、HMGA2は、既に動物モデルもあった。
さらにサンプルを増やすと、P<1×10-5のSNPが7000名で12個、14000名では27個見つかり、Q-Qプロットの形を見てもどんどん有意なSNPが増えた。筆者は聞き漏らしたが、一緒に参加した高田さんの話によると、独立した16000名のサンプルで追加タイピングしたところ、14000名のGWASで上位だった39個のSNPのうち20個がP>0.005で、これらも確実であろうとのことだった。またシミュレーションでは、サンプルを100000まで増やせば約200のlociが見つかるだろうとのことであった。
身長に関しては、一つ一つの影響は小さなSNPが多数あつまって表現型につながる、というモデルで良いとのことであった。
また、連鎖解析で見つかった遺伝子とは重なりがなかった。「リスク」SNPの個数を数えると、22個ぐらいが中央値であり、10数個以上持っていることを指標とすると、高身長のオッズ比は10.2であった。しかし、200個の遺伝子が見つかったとして、それら全てを考慮しても、まだ遺伝要因の15〜20%しか説明できず、両親の身長を用いた方がよりよく身長を予測できるだろうという。
全体を通して
昨年のニューヨークでの本学会以後、統合失調症と双極性障害のゲノムワイドのSNP/CNV解析がNatureに2本、Nature Geneticsに2本、Scienceに1本と次々と掲載され、ゴールドラッシュのような活況を呈している。
統合失調症患者の一部が1q21.1および 15q13.3の欠失を持っていることはほぼ間違いないと思われる(Nature. 2008 Sep 11;455(7210):237-41. Nature. 2008 Sep 11;455(7210):232-6.)。1番、15番の欠失は、CNVとは言っても、これまでVCFSとして知られていた22番染色体の欠失と似たようなもので、染色体のGバンド染色法では見つからないような大きさのものがアレイ技術の進歩で見つかってきた、という感じである。しかし、身体奇形などの特徴を伴う症候群として知られていたものではないことから、やはり統合失調症のまれだが強い危険因子が見つかった可能性がある。
ただし、本当に対照群よりも多いかどうかは、更なる確認が必要である。これまでの精神科遺伝学がたどった平坦ではない道のりを考えると、油断は禁物であろう。これらの論文では、欠失が見られた患者における欠失部位の確認をきちんと行っていることは間違いない。しかし、本当に対照者にはほとんど欠失がないのかどうか、その確認は十分とはいえない。CNV解析法の未熟さによって、欠失が同定されたりされなかったりする可能性は、完全には否定できていない。特に、15番欠失の両端にはかなり頻度の高いCNVがあることがAgilentのアレイを使った研究で報告されており、その中間部のデータ処理の仕方によって、欠失と判定されたりされなかったり…という可能性は否定できないと思う。
統合失調症でde novoの欠失が多い(Nat Genet. 2008
Jul;40(7):880-5、Science. 2008 Apr
25;320(5875):539-43.)こともそれらしいが、これも更にfineな解析が必要であろう。
一方、
・ 統合失調症とZNF804A(Nat Genet. 2008 Jul 30、PMID: 18677311)
・ 双極性障害とANK3およびCACNA1C(Nat Genet. 2008
Aug 17.、PMID: 18711365)
については、影響があまりにも小さく、他の研究でも必ずしも確認されておらず、その意義についてはまだまだ議論があるという印象であった。しかし、身長のGWASと同様、双極性障害の大多数の例でも、やはりRisk SNPが山ほどあり、200個見つかっても20%も説明できない、という身長の遺伝子と同じことになるのかも知れない。逆に言えば、やはりANK3やCACNA1Cは、影響は大きくないし多数の遺伝子の中の2つに過ぎないとはいえ、やはり関連するものではあるのかも知れない。
双極性障害でもCNVが関連しているのかいないのかも、気になるところであるが、それは近々多数の報告がなされて明らかにされることであろう。予想としては、双極性障害では統合失調症ほど、CNVは関係していないのではないかと思う。もし関係あるとすると、統合失調症のような神経発達関連とは異なる遺伝子が出てくるのだろうか。
いずれにせよ、まれな変異が関与するケースはあるが頻度は少なく、大多数はオッズ比の小さい多数のSNPの組み合わせで発症すると考えられよう。GWASの結果も、p値がそれほど高くないものの中にも意味のあるものがある、と考える人が増えてきたようだ。
まれな変異に関しては、SNPアレイで調べる方法も提案されているが、CNVの他は、やはりハイスループットシーケンサーのコストが安くなるのを待つ、という感じだろう。
遺伝学の流れは速く、大サンプル化へと突き進む現状から取り残されたかのように感じざるを得ない現在であるが、双極性障害の原因遺伝子解明はまだまだこれからである。
来年の本学会は、サンディエゴで、2009年11月3〜8日に、John Kelsoe、Martin Schalling両博士を会長として行われる。
サンディエゴ学会のプログラム委員会に参加したが、そろそろPsychiatric Geneticsの知見も臨床に応用する時期が来た、ということで、臨床家向けの教育セッションなども検討するという方向となった。現時点では、臨床応用はまだ早いような気もするが、来年までにどのような進展があるだろうか。