PTSDとは何か?

 

はじめに

 PTSD (Post Traumatic Stress Disorder:(心的)外傷後ストレス障害)という病名は、最近テレビや新聞で目にした方も多いことでしょう。1995年の阪神大震災にはじまり、地下鉄サリン事件や、最近では監禁により被った心の傷を問題にする時などに、この病名が使われています。被災者、被害者がこうした激しいストレスにさらされた後、ちょっとしたきっかけでその光景がありありとよみがえってきたり(「フラッシュバック」)、悪夢にうなされて不眠になったり、びくびくと不安・緊張の強い状態が続くなど、さまざまな症状がでるのがPTSDです(文献1)

 最近PTSDが話題になっているといっても、もちろんこの病気が最近急に出現してきた、というわけではありません。こうした現象自体はむかしから知られていて、小説や映画で、心の傷を背負った主人公が癒されて立ち直っていく話はよく描かれてきました。このようなストレス反応を病気として理解する枠組みを作ることによって被害者を救済しよう、というのがこの概念のそもそもの目的なので(2)、この病名が社会問題に際して取り沙汰されるのは、もともと運命づけられたことなのです。

 

PTSDの診断

 米国精神医学会による、PTSDの診断基準(DSM‐IV)を簡略化してまとめると表のようになります(表1)。 

 PTSDの症状は、大きくわけて再体験症状(フラッシュバックなど)、過覚醒症状(不安、不眠など)、回避症状(トラウマに関連した事物を避けるなど)に分けられます。

 しかし、患者さんが外来を訪れる際に、過覚醒症状だけを訴えて他の症状を話さなかったり、(レイプ被害者などでは普通のことですが)外傷体験のことを隠していると、医者がPTSDの診断に思いいたらず、単なる不眠症や、パニック障害などの他の不安障害、適応障害などと診断してしまうことは少なくないと思います。しかし、PTSDの場合、これらの他の精神障害に比べて薬の使い方が難しいので、なかなか治らなかったりします。このような場合は、思い切って医者に相談してみると、回復の手がかりになるかも知れません。

 実際には、PTSD症状のために精神科の外来を受診される患者さんはとても少なく、たいていは精神科にかかるのはちょっと…とあきらめてしまったりしていることが多いのではないでしょうか。

 広い意味でPTSDというと、2つのタイプが含まれます。単一の強い急性ストレスにより生じる、狭い意味のPTSDと、長期反復性の慢性ストレスによって生じる場合(複雑型PTSDと呼ばれることもあります)があります。  

 前者は、地震などの災害、自動車などの事故、レイプなどの犯罪、肉親の事故死による場合などが多いようです。米国では、ベトナム戦争によりPTSDになってしまった軍人が多く、最もよく研究されてきましたが、日本で最も患者数が多いのは、おそらく交通事故によりPTSDになってしまった方と思われます。

 一方、長期反復性の慢性的なストレス、例えば児童虐待、性的虐待、いじめなどを受け続けると、些細なことで爆発する(いわゆる”キレる”状態)など感情が不安定となる、人を信じられず、社会的に引きこもるなどの症状が長期に続き、「人格障害」に近い、より複雑な症状になってしまいます。また、心因性健忘(いわゆる記憶喪失)など、解離症状と呼ばれる多彩な症状がでることもあります。逆に、性格の問題で悩んでいる方(境界性人格障害と呼ばれ、情動不安定、衝動性、頻回の自殺企図、不安定な対人関係などが特徴です)や、解離性同一性障害(いわゆる多重人格)の方では、親に虐待を受けた方が多く、こうした方といわゆる複雑型PTSDには重なる点が多いようです。こうした症状(複雑型PTSD)については、医学的治療よりもカウンセリングなどが必要となることも少なくないので、カウンセラーに紹介させていただく場合もあります。

 

PTSDの検査法

 前述の通りPTSDという考え方には、もともと被害者救済という目的があるので、いわゆる賠償神経症(注: 賠償金をもらうために、病気のフリをしてしまう症状)と区別するためにも、客観的な検査法ができないものか、と考えられています。

 しかし、今のところPTSDを特異的に診断できる検査法というものはありません。これまでに、GSR(皮膚電気反射)(注: 犯罪捜査に使われる俗称”ポリグラフ”として知られ、皮膚の電気抵抗変化を測定することにより、情動反応を客観的に測定するもの)を用いて、心的外傷を思い出させるような刺激に対して特異的に反応することや、大きな音刺激に対する反応が亢進していること、刺激に対する慣れが見られないこと、などの所見が見出されていて、今後これが検査に使えるようになる可能性があります(3)。東京大学精神神経科では、こうした検査法を確立することを目的とした研究を行っています。

 脳画像研究では、やはり心的外傷に関する刺激を受けたときの脳血流変化をPETにより調べた研究がいくつかあり(4)、いわゆる大脳辺縁系(帯状回、前頭葉眼窩回など)の特有の変化が見出されています。東京大学精神神経科におけるPTSD研究の目的の一つは、このような脳内の変化を、より安全で簡便な方法(誘発電位、ファンクショナルMRI、近赤外スペクトロスコピーなど)によって見出そうというものです。

 

どのくらいの率でPTSDになるのか?

 一生に一度でもPTSDにかかる可能性は、男性で5%、女性で10%だと言います。「病気」の中では、かなり頻度の高いものと言って良いでしょう。事故、災害の後にPTSDを発症する率は数%程度だそうですが、レイプ、戦争などでは、約半数の人がPTSDを発症するといいます。また、暴力や脅迫を受けた場合は、女性の方が圧倒的にPTSDを発症しやすいのです(女性では2、30%で、男性の10倍位)(1)。交通事故によるPTSDでは、事故直後に発症した方は、全員が5年以内に治癒したという報告がありますが、年単位で症状が続くこともあります。

 

PTSDの治療

 PTSDには、抗不安薬(いわゆる安定剤)は不安、不眠などには有効ですが、他の症状には無効なようです。一方、抗うつ薬が、抑うつや再体験症状に対して有効です。しかし、両者を併用しても回避症状は治りにくく、こうした場合行動療法などの併用も考える必要が出てきます。

 行動療法に関しては、いくつかの種類の行動療法(脱感作法、曝露療法)の有効性が報告されています。しかし、いきなり心的外傷のもとになっている実物にさらされる、という方法では、逆に症状が悪くなったという人もいるので、治療者と相談しながら行う必要があると思います。(罪や恥の意識、怒りなどの否定的な感情が強い人の方が行動療法で悪くなりやすいのではないか、とされています)

 他に、PTSDに対する効果が示されている治療法として、EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)という特殊な治療法があります(5)。これはトラウマ場面を想起した後リズミカルに眼を動かすことを繰り返し行うことで、外傷的な記憶を通常の記憶と同様に再処理していくというものです。その独特の方法は、何となくうさんくさい印象も与えてしまいますが、有効性を示した報告も多く、その有効性について議論が進められています。日本でもこの治療を行っている施設は少しずつ増えているようです。

 ストレスを受けた後に、ストレス体験を互いに話し合うこと(ディブリーフィングと言います)によって、PTSDの発症が予防できるのではないか、ということで研究が進められていますが、その有効性についてはまだ証明されていません。

PTSDの原因

 同じストレスを受けても、全員がPTSDになるわけではないので、PTSDの原因には、「ストレスが人にどのように影響するか」、及び「ストレスに弱いとはどういうことか」という、2つの問題があります。

 ストレスによって人に生じる生理的変化には、交感神経の活性化(ノルアドレナリン系の活性化)、ストレスホルモンと呼ばれる副腎皮質ステロイドホルモンの分泌(視床下部−下垂体−副腎皮質系[HPA系]の活性化)があります。PTSDでは、ノルアドレナリン機能の亢進があるとの報告が多く、これは当然のことですが、HPA系については、以外にもむしろ機能抑制の状態にあることがわかってきました。うつ病ではストレスホルモンの分泌が止まりにくいのに対し、PTSDでは逆に止まりやすい、という結果です。その原因として、脳内の海馬という部分にある、ステロイドホルモンの受容体の機能が亢進していることが関係しているのではないか、と考えられています(6)。母親と別々に育てられたネズミの赤ちゃんは、ストレスホルモンの分泌が止まりやすくなることから、生まれ育った環境が、ストレスに対する弱さに関係しているのではないかと考えられています(7)

 ベトナム戦争後にPTSDになってしまった軍人では、MRI(磁気共鳴画像)で脳の形を見ると、海馬と呼ばれる脳の奥にある小さな部分(大脳辺縁系の一部です)の体積が減っていたと報告されています。激しいストレスによりストレスホルモンが大量に分泌され、それが海馬に影響を与えてしまった可能性が考えられていますが、まだよくわかっていません。私たちは、ストレスを受けた後、早めに薬を飲むことでPTSDの発症を抑えられないだろうか、という研究も進めていて、これも現在の研究テーマの一つですが、残念ながら実用化まではまだまだ遠い道のりです。 

 

参考文献

  1. 飛鳥井望(1999) PTSDの診断と治療. 精神神経学雑誌 101 77-82
  2. Casada JH. Amdur R. Larsen R. Liberzon I. Psychophysiologic responsivity in posttraumatic stress disorder: generalized hyperresponsiveness versus trauma specificity. Biological Psychiatry. 44(10):1037-44, 1998
  3. 市井雅哉(1999) EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)について. こころの臨床 a la carte 18: 3-6
  4. 小西聖子(1999) 被害者学−最近の知見. 精神医学 41: 460-467
  5. 森信繁、高橋良斉、加藤進昌(2000) 臨床生化学・神経内分泌検査から見たPTSDの病態 臨床精神医学 29: 41-47
  6. 三國雅彦(1998) グルココルチコイドと精神症状 その分子機序とうつ病態の解明に向けて. 神経研究の進歩 42: 656-665
  7. Shin LM. McNally RJ. Kosslyn SM. Thompson WL. Rauch SL. Alpert NM. Metzger LJ. Lasko NB. Orr SP. Pitman RK. Regional cerebral blood flow during script-driven imagery in childhood sexual abuse-related PTSD: A PET investigation. American Journal of Psychiatry. 156(4):575-84, 1999

 

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