最近読んだ本など (躁うつ病とは直接関係ないもの)

 

うつ病の真実 野村総一郎 2008年7月28日 NEW  2008/7/28)

 

 うつ病に関しては、最近概念が混乱している傾向があり、再構築が必要と思う。本書は、こうした筆者の思いと重なる点が多く、共感した。医学史や進化精神医学から最新の知識までを含めた、うつ病の本として最もよくまとまったものかも知れない。

 

精神科医はなぜ心を病むのか 西城有朋 PHP研究所 2008年 1200円 

 

 センセーショナルなタイトルの本がベストセラーになっているのを見て驚き、早速読んでみましたが、冒頭こそ精神科医に自殺が多いという話から始まっているものの、主たる内容は精神医療の現状の問題点を詳細につづったものでした。精神科医が2人集まれば必ずグチを言うような話題のオンパレードで、どうして一般の方々がこういう本を買って読んでいるのかなあ、と不思議に思いつつも、この実態が広く知られるのは良いことであろうと思います。ただ、あまりにもひどすぎる精神科医が多い、という現状認識に基づいて書かれていますが、そこまでひどいかなあ、という気もしましたし、ちょっとネガティヴすぎるかも…と思いました。実際の精神科医のレベルがどうなのか、エビデンスがないのでわかりませんし、知りたいところですが…。

なお、内容にはやや未整理な点もあるように思いました。非定型うつ病をうつ病と認識できないレベルの低い精神科医が多すぎる!という憤りが書かれた後で、実はSSRIがうつ病にあまり効かないかも知れない、更には、認知療法もあまり効かない、という疑念が語られていて、結局どうしたら良いの!?とつっこみたくなります。実際は、DSMによってうつ病を広げて非定型うつ病を加えた結果、抗うつ薬の反応性が低下してしまったこと、メランコリー型のうつ病は三環系じゃないと効果がなく、非定型うつ病ではSSRIと認知療法の併用が必要…とか、もう少し細かく議論する必要があるのではないかと思いました。

 

精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構  エリオット S.ヴァレンスタイン著、功刀浩監修、中塚公子訳、みすず書房、2008年

こころの科学2008年5月号に書評掲載

 

幽霊人命救助隊 高野和明 文春文庫 720円 2007年

こころの科学2008年1月号に書評掲載

 

脳の学習力 子育てと教育へのアドバイス S.J.ブレイクモア、U.フリス 岩波書店 2940円

こころの科学2006年4月号に書評掲載

 

心脳問題 「脳の世紀を生き抜く」 山本貴光+吉川浩満 朝日出版社 2100円、2004年

 

 「脳科学ブーム」というが、その内容に納得している研究者は少ない。

 曰わく、「××をすれば脳を鍛えられる」「我々が××なのは脳が○○だからにすぎない」といった言説の浅薄さに、反論する気にもなれず、知らぬフリをしている研究者がほとんどであろう。しかし、マスコミの方からは、この状況を放っておいて良いのか、脳科学の側から何か発言すべきだ、とも言われている。

 この本は、怪しげな「脳科学本」の読み解き方を指南するという、希有な本である。

 怪しげな脳科学本は、

1.   脳の働きが○○なのだから、あなたの行動は××になる

2.   あなたの××という感情は、じつは脳の○○という働きに過ぎない

 というパターンに類型化されるという。そして、前者はカテゴリーミステイクであり、後者は脳還元主義のパラドックスに陥る、と指摘している。

 そして結局は、「科学的な脳の理解」は「日常の感覚」に対する重ね書きでしかない、と指摘している。

 どのように考えるにせよ、脳科学と社会の関係を考えようとすると、何らかの哲学が必要となり、こうした哲学なしに行われる「週末の科学者」の発言に注意すべきだと指摘している。

 時々、極端な単純化が行われたりしていて、納得できない記述があるものの、全体としては非常に興味深く、この問題を考えるための基盤を提供してくれる本だと思った。

 「こころだって、からだです」で、脳が脳を理解できるかについて議論したけれど、この本を読んで改めて、精神疾患の脳科学こそが、脳科学の袋小路(もしそれがあるとするなら)を突破する道筋となるだろうと思った。

(なお、p141のブロードマンの脳地図に対する認識は、誤っていると思います。)

 

星新一 1001話をつくった人 最相葉月 2007年 2415円 

 

 子供の頃、星新一の本はほとんど全て読んでいた。

 「鍵」、という有名なショートショートがあるが、筆者がより強く印象に残っているのは、同じ鍵でも別の話。

地球人が他の星についた時、異星人が「鍵」を見て「これは何ですか?」と尋ねる。「泥棒が入らないように、鍵を締めるんですよ」と話したら、他人からモノを奪うという発想がこれまで全くなかった異星人達が、その手があったか…と驚く話。その後泥棒の概念が生まれたことが暗示されて終わる。

 これも1001分の1に過ぎないが、とにかく星新一の常識を覆す発想は、「頭の体操」と共に、筆者の発想力の源泉となってきたように思う。

 本書は、当初その分厚さに、ちょっとたじろいでいたが、読み始めるとあっという間であった。

 後半の順調に売れている時代よりも、やはり何といっても会社に挫折してから小説家として立つまでの時期の話が、わくわくして面白い。

 そして、小説家として成功してからは、逆に何だかもの哀しい。

 これだけ一世を風靡し、多くの人に読まれている作家の人生が、なぜこんなにもの哀しいのか。

人生、何を目指すべきか、と考えさせられる一冊であった。

 

解剖医 ジョン・ハンターの数奇な生涯 (原題はThe Knife Man) 

ウェンディー・ムーア著(矢野真千子訳) 2007年、河出書房新社、2200円

 

科学は毎年、一定の速度で進歩するのではない。時折現れる天才−その時代には奇人・変人と呼ばれる人物−が現れ、一気に変化するのである。

18世紀に活躍したジョン・ハンターはまさに、そのような人物であった。近代外科学の父と呼ばれる彼は、解剖学、生理学、病理学、歯科学、そして進化学の元祖でもあった。数千例の人体解剖経験と、多種多様な動物との比較解剖から、身体の構造と機能を知り尽くした彼は、それまでの瀉血、嘔吐療法一辺倒の、何の科学的根拠もない治療を、科学的な治療へと変革した。そして、その数千例の解剖を可能にした方法は、何と、墓場の盗掘である。身体を切り刻むことが、宗教上最も罪深いとされた当時、解剖を受け入れる者はなかった。唯一の例外が死刑囚であり、公開死刑場に、埋葬しようとする遺族と外科医が集まり、遺体を引っ張り合う様は異様である。解剖経験に基づいたハンターの優れた外科技術によって、ハンターを信頼し、病因を特定するための、(今で言う)病理解剖を希望する人達が現れても、まだまだこうした非合法な死体入手は続いたらしい。

巨人症の青年の遺体を手に入れるために策を講じた話や、貧しい人に金を渡して入手した新鮮な歯を貴族に移植する話、胎盤の血流が母親側と胎児側でつながっていないことが、いかにして解明されたのか。一つ一つが驚くべき話ばかりである。

豪華な邸宅で社交が行われながら、通路で繋がれた裏の建物では、盗掘された死体が運び込まれていく…。その住まいは、「ジキル博士とハイド氏」のモデルとも言われているという。

解説で山形浩生氏が、

ジョン・ハンターが生前、そして死後も戦い続けてきた偏見はいまなお残っているのだ。それは「生命の尊厳」だの「人としてやっていいこと」だの「生命倫理」だの「死生観」だのといった、一見すると高尚そうでご立派なお題目の形をとる。臓器移植は是か非か、(中略)、こうした議論は、実は「最後の審判のときにからだがない」とか「三途の川で目がいる」といった間抜けな議論の焼き直しでしかないのだけれど(後略)

と過激なことを書いている。倫理に反する仕事が、結果的に人を救う。この矛盾した現実に、我々はどのような態度で臨めば良いのか。一気に読みたくなる程面白い本であると同時に、真実を追求するとはどういうことなのか、本当の科学の進歩はどうやって行われるのか、などと誠に考えさせられる本であった。

 

嫌われ松子の一生(映画、DVD)(2006/11/17販売開始、3,990円、アミューズソフトエンタテインメント)

 

 この映画の制作が行え、監督、主演女優などが全力でこの作品を作り上げた日本という国は、捨てたものじゃない、と思った。

 荒川の河川敷で発見された死体。彼女の甥が、彼女の一生を解きほぐしていく。教師からどんどん転落していく日々。彼女の人生は何だったのか。

「幸福とは何か」を考えるForesightプロジェクトのワークショップに参加した帰りの機中で、仕事を一休みしてこの映画を観た。ワークショップで得られた結論が、英国の知識人が自分達の狭い世界の中で考えられたものであることに納得行かない想いで帰ってきたのだが、この映画を見て、それが自分自身に対する不全感を投影したものだったことを思い知らされた。病院で精神科医をやっていると、色々な人生に遭遇するものではあるが、しばらく病棟臨床を離れて、現実から遊離した理想論を語りそうになっている自分に気づいた。

松子の、不幸せだが幸せな一生は、人生とは何かを考えさせてくれる。「おしん」がアジアの人達に受け入れられたように、これも世界中の人に観てもらいたい映画だと思った。 

 

脳の中の小さな神々 茂木 健一郎 柏書房、1,680円

 

 今、巷で「脳科学者」といえば、ほとんど茂木健一郎氏の代名詞となっているようだ。この本はインタビュー本で気軽に読めるためもあり、結構楽しめた。

 ミラーニューロンの話から、自分の運動と他者の運動を同じ神経系で処理しているとするのはなぜか、という話になり、脳の大きさが限られているので、節約のためではないか、と述べられている(特に根拠はないらしい)。そして、まず「運動である」との認知があり、次にこれが自分に属するのか他者に属するのか、を判断するというシステムになっているのではないか、という。これも根拠はないが、こうした作業仮説を元に研究を進めれば、統合失調症における自我障害の障害というものがどのようなニューロンの障害なのか、という問題に、生理学的に迫れるかも知れない。…と思いつつ読んでいたら、茂木氏もちゃんと統合失調症との関連を述べていた。

 一方、感情について、茂木氏によれば、不確定な情報を元に行動を選択するのが感情の働きであると述べている。また、感情に関して個体差が大きいという点について、不確定な状況での行動に多様性がある方が種としては適応度が高まるため、感情には個体差が大きいのだ、と進化心理学的視点から述べている。多様性が適応度を高めるというのは感情に限らない気もするし、感情の個体差が他の個体差より大きいと言える根拠もないと思われるが、説としては面白い。

 全体に、最新の脳科学研究についての紹介と、本人の仮説とが入り交じって語られているが、できれば根拠のある部分とない部分をもう少しクリアにして欲しいと思った。とはいえ、語り口は面白く、示唆に富む本であった。

 

雨と夢のあとに 演劇集団キャラメルボックス (柳美里原作 成井豊・真柴あずき脚本)、サンシャイン劇場公演中、6000円

 

人生も不惑を過ぎるとそうそう心が動揺することもないのであるが、これほど心を揺さぶられることがあるとは…。成井豊+真柴あずき脚本によるテレビドラマの舞台化。主人公の雨を本物の小学生、福田麻由子が演じているのも驚き。(そのためもあり、公演がちょうど夏休み期間になっているらしい。) 亡くなったお父さんの「幽霊」が見えてしまう主人公の「雨」を病気扱いして、母親に呼ばれた精神科医がでてくるところは、精神科医としては何とも哀しいが、とにかく最近のCBの演劇の中でも出色の出来。2時間があっという間に感じられるばかりか、まだ終わらないで、と願ってしまった。筆者は子供が出来て以来、死ぬわけには行かないという気持ちが強いせいか、飛行機に乗っても事故が起きないように…と思うようになったし、遊園地のジェットコースターですら以前より怖くなってしまった。でも、この芝居を見て初めて、誰もがいずれ死ぬ、という事態を受け入れられるような気がした。親、子供、あるいは子供だったことのある全ての人にオススメしたい芝居である。

 

科学者という仕事 独創性はどのように生まれるか 酒井邦嘉著 中公新書、2006年

 

 優れた科学者が自らの研究哲学について語った本は、私にとって良質のエンターテイメントであると同時に、折々に研究意欲を駆り立てる力となってくれるものである。そのため、書店でいつも買い求めようと探すが、そうそう良い本に巡り会う訳ではない。しかし、これは最近では出色の素晴らしい本であった。

 著者の酒井邦嘉先生は、言語の脳科学に関して、唯一無二の研究を繰り広げておられる第一人者である。物理学科出身で、生理学教室を経て言語の脳科学を研究しているというユニークな経歴をお持ちなだけあって、アインシュタイン、ニュートン、ダーウィン、チョムスキーなどを例として繰り広げられる研究哲学は、エッセイの域を遙かに超え、科学史、科学哲学の論述書と言うべき充実した内容となっている。にもかかわらず読みやすい。その博識には驚かされるばかりであるが、彼の研究哲学には共感するばかりであった。

 研究テーマとしては、真に重要なことを選ぶべきであること、インターネットなどでの情報などは遮断してでも自分で考えることが重要なこと、科学者の倫理、社会貢献、などなど…。

 会議で隣り合わせた時に、ふと酒井先生を見ると、しきりに何か考え込んでいたと思うと、何かうまいアイデアを思いついたらしく、凄い勢いで書き留めていた。その姿を見て、ああ、いかにも科学者だなあ…と思っていたが、その印象通りの内容に、大変感銘を受けた。

 筆者も、研究者として時にアイデンティティーに悩むこともないではないが、この本は改めて、目の前にたたずむ大きな「謎」を解きたいという動機を奮い立たせてくれ、またそれに取り組める機会を頂けている幸運に感謝する気持ちがふつふつと湧いてきた。

 

ビッグ・ファーマ 製薬会社の真実 マーシャ・エンジェル (栗原 千絵子, 斉尾 武郎訳)、篠原出版新社 2300円

 

 全編、製薬会社に対する鋭い批判に満ちた本。書いたのはNew England Journal of Medicineの元編集長。薬の開発は、同じような作用でちょっと構造を変えて、新たに特許を取得できるようにした、独占権を引き延ばす為だけの独創性のない「ゾロ新薬」ばかり、開発費がかかるというけれど実際はほとんどが宣伝費、学会などでの「教育」を偽装した宣伝…など、厳しい批判が続く。これは米国の状況を書いた本で、日本とは色々と違う点もあることは事実ですが、多くの真実が含まれていることは否定できません。

昔、「●リビッド」のうち薬効を持つ光学異性体が「●ラビッド」として発売された時は、「おー、半量で効くのだから肝臓の負担がなくなって良い」などと思っていたのですが、そう言う側面もあったのですね…。

最近、厚生労働省は、以前の「同効薬との比較試験」だけでは承認せず、プラセボ比較試験を要求していますが、米国でプラセボ比較試験が行われるのは、臨床試験で有意差がでやすく、既存薬と大差のない薬でも承認されやすくなるからだとか…。

このように厳しい批判が続くのですが、この本の良いところは、何でもだめというのではなく、きちんと建設的な意見も提案しているところ。

著者は患者さんに、主治医に以下のような質問をせよ、と述べています。

「この薬が別の薬や他の治療法よりも良いという科学的根拠はありますか?」

「先生はこの薬を作っている会社と金銭的な関係がありますか?」

 

狂気の偽装 精神科医の臨床報告 岩波明、新潮社、1400円(税別)  (2006/5/7)

 

「狂気という隣人」に続く、岩波先生のベストセラー。異常なトラウマばやりや、「アダルトチルドレン」「ゲーム脳」などの怪しげな病名の粗製濫造への警鐘、「心のケア」という美談への疑念など、鋭いメディア批判に貫かれた力強い本です。タイトルは編集者がつけたのでしょうが、すごいですね…。

 

Step Beyond Resident (1) 救急診療のキホン編、林寛之、羊土社、4300円 

 

 広告を見て何となくAmazonで注文してしまった後、注文したことを忘れていました。家に届いた本を見て、ハテ、何で突然救急の本を買ったんだっけ?と一瞬わからなくなりました。しかし、読んでみてすぐ気づきました。この本、実は10章中5章が精神科がらみなのです!

 困った患者の対処法、いわゆるヒステリー(転換性障害)の鑑別、アルコール症、虐待、臨死患者の家族への対処など、とても考えさせられ、勉強になることばかりでした。

 少なからぬ救急外来受診患者が精神科がらみと知っていたものの、やはり問題の深刻さはただごとではありません。この先生は、アドレナリン全開の救急診療の中で、本当に細かいことをよく考えているなあ…と思いました。以前、「フロイトの時代に比べて最近は転換性障害は減りました」などと書いてしまいましたが、実際は救急診療では今も少なくない病態なのかも知れません。

 今、精神疾患治療のフロンティアの一つが救急診療の中にあると再認識しました。

 

脳は出会いで育つ―「脳科学と教育」入門、小泉英明、青灯社、¥2,100 (税込) 

 

 「脳科学と教育」に関しては、『神経神話』と呼ばれる怪しい情報が盛んに流布されている一方、信頼できる筋からの情報提供は少ない、という現状があります。こうした現状の中で、このテーマで本を書くならこの方しかいないという、小泉先生の本がでました。小泉先生は近赤外スペクトロスコピー法による光トポグラフィー装置を開発した方で、元々はゼーマン原子吸光法なども発明された先端技術開発研究ご出身の方で、現在は文部科学省の「脳科学と教育」の研究統括をなさっています。小泉先生は、お会いしてみるとその科学に対する真摯な姿勢、高潔で物腰の柔らかいお人柄、病者への暖かいまなざしなど、あらゆる点で心を打たれます。この本にもそうしたお人柄がよく現れていると感じました。例えば、小泉先生のグループによる、新生児に言語音を聞かせて、新生児でも言語音と非言語音(逆回し)を区別していることを近赤外スペクトロスコピーで明らかにした研究があります。この研究をフランスで行った理由について小泉先生は、フランスは倫理審査基準が世界で最も厳しいから、と書かれています。倫理基準の甘そうなところで研究してしまえ、という考えもありうるでしょうから、一瞬誤植かと思ってしまいますが、新生児で脳科学の研究を行う以上、最も倫理基準の厳しい国での審査を通して行うべきである、というお考えに基づくものだと気づかされ、さすが、と思いました。

それらに加え、小泉先生が驚くべき努力家であられることも知り、自らの努力不足を恥じました。(国際会議の前には、無理してでも早起きして、1〜2時間英語のテープを聴きながら主語を変換してしゃべる訓練などをして、英語の頭になるように調整されるとのこと!!)

 細かな事実関係の解釈(特に音読計算に関してのところなど…)には、議論があると思いますが、介護者の効果もあることを明記しておられます。また、小泉先生自身、これらの内容には異論もあるだろうし、その点は批判をいただければ更に勉強したい、という意味のことも書いておられます。

 「脳科学と教育」についての定番というべき本になることでしょう。

 

プラネタリウムを作りました。―7畳間で生まれた410万の星 大平 貴之、2003年、エクスナレッジ、1890円 (2006/1/15)

 

 これまでに何度かプラネタリウムを観に行ったが、子供をして「子供だましだね」と言わせるような代物ばかりだった。本物を見せたくて、科学未来館のMegastar II(『暗やみの色』)を観に、開館時間10時の1時間前から並んで、整理券を手に入れた。素晴らしかった。肉眼では見えない12.5等星までを表現することで、初めて実現した奥行きと存在感のある星空は、シンプルな演出と共に、心に響くものであった。

 そのプラネタリウムを作った大平さんの本を早速読んだ。小学6年ではじめてのプラネタリウムを作り、高校の文化祭などで公演を行い、大学の時に自作したレンズ式プラネタリウム「アストロライナー」は、国際学会でも喝采を浴び、「趣味で作った」と言ったら会場が大爆笑であったという。プロに作れなかった世界一の装置を、アマチュアが自宅で一人で作ってしまったのだ。プロとしては、笑うしかないだろう。

 最新のメガスターは、410万個の恒星を再現するという、これまでのプラネタリウムの常識では考えられない、3、4桁高い精度を持っている。これを実現するまでの技術を独学で作り上げていく過程は誠に驚くべきものであるが、これを作成した動機がまた驚きだ。前に作ったプラネタリウムは、大型で運搬が難しく、家の車で運搬できるサイズにしたかった。そのためには、「天の川投影機」は省略したい。天の川といっても、星の集まりなのだから、恒星の数を増やせば再現できるのではないか。世界で初めての発想は、「必要」から生まれたのだった。資金に糸目をつけない公共事業であったら、絶対に湧いてこなかった発想だろう。

 大平さんの姿を見て、いろいろ考えさせられた。天才、と言ってしまえばそこで思考が停止してしまうが、本当は誰でも天才になれる素質があるのかも知れない。それを常識、世間といったものが妨げているのだろう。脇目もふらず、一つのことをやり通すという強い意志、それこそが天才ということなのだろう。

 

ネット王子とケータイ姫 悲劇を防ぐための知恵 香山リカ+森健、中公新書、700円、2004年 

 

だいぶ前に買った本ですが、小学校で携帯電話を持っている子が多いと聞いて、初めてちゃんと読みました。

携帯メールを小学生、中学生から使い始めた子どもたちの行動、一瞬のうちに返答しないと相手に何を言われるかわからないから常に携帯を手放せない、パケット使用料が月数万円、などという状況は、もはや依存と言っても良いでしょう。携帯利用が将来どんな害を引き起こすかとか、長期的な議論をするまでもなく、一日の大半をメールのやりとりで過ごす子どもがいたら、こんな状態を放置してよいとは思えません。このような状況が生まれているとわかっているのに、このまま手放しで良いのかと心配になります。日本の精神医学界では、インターネットやメールの否定的側面についての研究がまだほとんど行われていませんが、もっと取り組むべき課題ではないかと思います。

 

心は実験できるか 20世紀心理学実験物語(ローレン・スレイター著、岩坂彰訳)紀伊国屋書店、2400円、2005年 (2005/11/19)

 大変面白く、刺激的な本である。ミルグラムの服従実験、ハーローのサルの母子分離実験、ローゼンハンの偽患者実験、モニスのロボトミーなど、物議を醸し、そして歴史に残った研究について、想像力豊かで話に尾鰭をつけがちな著者が、過剰な感情移入と共に語っている。ミルグラムの実験の被験者を捜してきてインタビューしたり、偽患者実験を自ら実践したりと、想像力だけでなく、行動力も過剰なようだ。インタビュー相手から「そんなこと話していない」と抗議を受けているというから、話半分に読んだ方が良いかも知れないが、それでも心理学の面白さを思い出させてくれることは間違いない。

シートン−子供に愛されたナチュラリスト 今泉吉晴、福音館、1890円 (2005年1月)

 子供の頃読んで大好きだった「オオカミ王ロボ」を、子供に勧めたついでに読み返したり、子供が買ったシートンの伝記マンガを読んだりしているうちに、だんだんアーネスト・トンプソン・シートンへの興味が湧いてきて、ついに私もこの本を買いました。シートンというと、ほとんどの人(去年までの私を含めて)は、いわゆる「シートン動物記」の作家、というイメージしかないと思いますが、本当は、生物学者であり、画家であり、ボーイスカウト運動の創始者であり、探検家であり、自然保護運動の創始者であり、画家のための動物解剖書まで出しているという、レオナルドダビンチ的なマルチな才能があり、社会に測りしれない影響を与えた人であることがわかりました。文章が面白いだけでなく、狼のなき声を真似しながら話す講演も、大変魅力的だったそうです。綿密な動物観察を無味乾燥な論文にまとめるには、彼の動物への溢れる思いは、あまりにも強すぎました。そして、動物物語という、全く新しい創作方法を編み出したのです。これらの動物物語は、科学としても質の高い詳細な観察に基づくものでしたが、あまりにも対象に感情移入し、擬人化した書き方に、嘘を書いている、との批判もされました。例えば、ロボたちの群が罠について学習し、だんだん罠にかかりにくくなってきた、とシートンは書いているが、狼のような動物が、このような高い知能を持っているはずがない、擬人化しているのだ、などと批判されたのです。現代では、動物がこうした知能を持っていると言っても誰も驚きませんが、その当時のキリスト教信者にとって、ヒト以外の動物が「知能」を持っていることは受け入れがたかったのでしょう。実際は、批判した方が間違っていたわけです。しかし、彼は、その批判に応えて、長い年月をかけて、「シートン動物誌」という、学術書をまとめました。

私は、色々な意味で、シートンに強い共感を覚えました。彼は、人生の早期から、自分の好きなこと…動物を愛すること、文章を書くこと、絵を描くこと、自然の中で暮らすことなど、全ての要素を含んだ人生を送りたい、と決めていて、博物館の専属画家などの安定した地位に誘われても、断ったそうです。人生半ばを過ぎそうな私ですが、ああ、シートンのように生きたい…と、ふと思ってしまいました。

狂気という隣人−精神科医の現場報告 岩波明、新潮社、1300円 (2004年9月)

 「狂気」というタイトル、触法精神障害者を中心に述べた内容、「精神分裂病」という病名の使用、実名での患者さんについての記載など、物議を醸す点が多い上、現在ベストセラーになりつつあること、そして何よりも東大病院勤務中にお世話になった岩波先生の本であることから、チェックせねばと思い、読んでみました。

読んでみると、とても真っ当な内容の本でした。本のタイトルや章立ては、多分編集者がわざとセンセーショナルに書いたのでしょう。中身を読むと、精神科医が日常接する内容について、精神科医の視点から書かれており、精神科医にとっては違和感なく読める一方、それが一般の方に取っては新鮮なのかも知れない、という感じです。

患者さんが実名で登場し、最後の注に、「プライバシーの保護のために、患者に関する記述において、変更している部分があります。また同様の理由から一部仮名としました」とあり、「一部仮名」とは、他はやっぱり実名か?と思わせ、驚きました。しかし、本の最後の方で、殺人事件の加害者が精神疾患だからといって実名報道されない現状に対する批判が書かれていることから、そういった視点での実名記載であることがわかります。

なお、「統合失調症と名前が変わりましたが、一般的ではないので、精神分裂病という名称を使用しました」と注釈がありました。私が「双極性障害」と言いつつも、「躁うつ病」という病名を捨てきれないのとたいして変わらず、病名に愛着を持っておられるということかも知れませんが、むしろ、せっかく名称が変わって偏見がなくなってきた統合失調症という病名に新たな偏見が加わらないよう配慮したのでは、という説もあるようです。(ちなみに、Google検索では、躁うつ病と双極性障害は躁うつ病の勝ち(10500対4370)、精神分裂病と統合失調症では、もはや統合失調症の勝ち(36800対41600)でした(2004年9月8日現在)。)

社会的ひきこもり−終わらない思春期 斉藤環著、PHP新書 (2004年8月)

双極性障害の患者さんで、病相回復後に、病相はおさまっているのにひきこもりが続く、というケースに出会ったということもあり、勉強のつもりで読んだのですが、正直なところ、すごく感動しました。ひきこもりの臨床像から、とても具体的で参考になる対処法、精神分析的な解釈まで、幅広い内容を誰にでもわかりやすい言葉で解説した名著だと思います。また、著者のひきこもり者への暖かいまなざし、こうした人たちを生んだ社会を作った自分たち自身への反省の言葉などにも、心を打たれました。ひきこもりの専門家でない私としては、「ひきこもり」の対処として、この本に書いてあることだけでも確実に実行すれば、まずは良いのではないか、と感じました。

精神科がおかしい 別冊宝島Real 005号、宝島社、2001年(952円) (2001年1月)

 タイトルや、「精神医学はどこまで科学か?」という帯を見て、「精神科のどこがおかしいと言うんだ。受けて立とうじゃないの!」と思って読み始めたが、意外と内容は普通で、何をもって精神科がおかしいというのかよくわからない。むしろ、精神科医も困っているような精神医療が抱える矛盾について、我々と同じような問題意識が述べられている部分も少なくなかった。特に最終章は圧巻。よく存じ上げている3人の先生方が登場。coolな発言で、「『生物学派』も『社会派』も、最後はボコボコに」と思って取材したライターを、「さらにおかしいのは(中略)一般世間(われわれ)ではないか?」と自己反省までさせているのである!(さすがです。) ほとんどの精神科医は、「精神医学は科学だ」とおごり高ぶってはいないし、現在のところ十分に科学とは言えなくても、科学を目指すプロセスの中で、医療として最善を尽くしたいと思っている。精神科がおかしい、というタイトルは事前に偏見に基づいてつけられたもので、実際におかしいのはむしろ精神医療を取り巻く社会情勢であるということに、取材を通して執筆者も気づいたようだ。

『症例A』多島斗志之、角川書店 1,900円 (2000/12月)

 精神病院を舞台としたミステリー。精神病院の描写が、かなり実体に即していて、その分、こんな日常の一こまみたいな物を読んで、一般の読者の方々は面白いのかしらん、と思ってしまいました。それだけ本当らしい、ということでもあります。(細かいことを言えば、ちょっと違うなあ、と思う部分もなくはありませんが。) 精神科医と心理学者のちょっとした対立、多重人格論議など、精神科医の思考パターンがばればれ。

 多重人格の考え方、描写が、これまでのどの本(五番目のサリー、ビリーミリガンなど)に比べても、等身大という感じがしました。 

・やっと名医をつかまえた 下田治美著、新潮社、1300円

 とにかく本として面白いというのが第一でした。勉強になるという点では、学ぶべき名医の言動もさることながら、やぶ医者の言動の方も勉強になりましたねえ(反面教師として)。

 …と思っていたら、最近、この著者がもっとショッキングな本を書いていたのを知りました。

・精神科医はいらない 下田治美著 角川書店 1200円、2001年

 斜め読みしただけで、評論する資格はないのですが、感想なら書いても良いでしょうか。内容は、主として著名なM医師に対する個人攻撃が中心です。精神科医の質にばらつきが多いこと、(こうした精神科医の)精神科診断は一致しないことが指摘されていて、これは事実と思いますが、良くない精神科医が存在する、という事実から、精神科医はいらない、と結論するのは、「過剰な一般化」「全てか無か思考」ではないでしょうか。世の中の皆様から、あらゆる精神科医は不要と言われたら、すぐ転職いたしますが…。

・脳の中の幽霊  V.S.ラマチャンドラン、S.ブレイクスリー著、角川書店、2000円

 結構厚い本ですが、とにかく面白い! 著者のうちラマチャンドランは認知神経科学の有名な研究者だそうです。「レナードの朝」のオリバー・サックスが序文を書いていて、彼の著作にも少し似ていますが、もっと知的、科学的な部分が強調されているように思います。特に前半の著者自身の研究のところが面白く、簡単な鏡を使った幻肢痛の治療法を編み出したところなどは特に素晴らしい。

・小さいことにくよくよするな! R.カールソン著(小沢瑞穂 訳)、サンマーク出版、1500円

 この手の本は胡散臭いと思いこんで敬遠していましたが、読んでみるととても良いことが書いてありました。うつ状態になりやすい方にもお勧めします。(私自身は、ほとんどすでに実践していましたが、3,4章、なるほど、これも実践しよう、と思った項目がありました。)


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