Neuroepigenetics: A new perspective on memory mechanisms and brain disorders

(Current Trends in Biomedicine Workshop)  2012102931日、バエサ(スペイン)

 

 本ワークショップは、MITピコワセンターのLiu-Huei Tsaiと、記憶研究の大御所であるRichard Morrisが、現地のAngel Barcoと共にオーガナイザーを務めるということで、参加した。

マドリッドから会場までバスで4時間近くかかる「バエサ」という小さな街で行われ、空港での待ち時間や空港から会場までのバスの長さ、バスからホテルまでスーツケースを引きながらの階段上り(何しろ世界遺産の街のため、バスがホテルまで近寄れない)と、何とも暗い気持ちで始まった。

アンヘル(Angel)はカンデル研究室の出身。バエサは、彼の研究室のあるアリカンテからも車で5時間かかるらしいが、彼がこの場所に決めたようであった。

とはいえ、よく考えてみたら、レビューやらアドバイザリー会議やらで、モリス先生初め、多くの先生方がおいで下さっている和光市だって、成田から2時間はかかる。去年、八ヶ岳で内藤財団のシンポジウムに、インセル先生を初め、海外から大勢来て下さったが、成田から八ヶ岳までは4時間だ。ぶつぶつ言う資格はないと思い直した。

以下、未発表データです、と断って発表している方が多かったので、漠然とした内容となるが、まとめてみたい。

 

 まず、主なオーガナイザーであるAngel Barcoが挨拶をした。SfNの演題で「epigenetics」、「histone」の語を含む演題数を見ると、2011年まで単調増加してきたが、2012年は初めてプラトーに達している。(「CREB」と同じくらいの数。) 流行が終わったという訳ではなく、領域が成熟したのだろう、というようなことを言っていた。

 最初のレクチャーは、オーガナイザーのひとり、Richard Morrisの話であった。彼は今、サバティカルでスペインに来ているとのことで、今回オーガナイザーをすることになったようだ。彼は、エピジェネティクスと記憶の関係については懐疑的である、との立ち位置を表明した。そして、関係があるとするなら、どのような記憶のどのような過程に関係しているかを明らかにすべきだということを述べた。

 次は、Social transmission of food preference taskSTFP)を用い、これがCNQX により阻害される、前頭葉のスパイン増加と関連している、酪酸により影響される、といった話であった。STFPでは、クミン入り餌を食べたラットに接した後のラットに、2種の餌を提示すると、普通のラットはあまり好まないクミンの餌を好むようになっている、とのこと。ラット同士でコミュニケーションするのだろうか?(うまかったねえ、とか?) この課題後に、前頭葉のゴルジ染色でスパインが増えたというデータを出していた。しかし、全体に仮説優先の印象も否めなかった。

 次のTodd Sacktorの話は、記憶におけるPKMζ(ゼータ)の役割についての話で、これはかなりロバストな研究で、感銘を受けた。PKMζが特定のスパインに局在している様子が印象的であり、記憶が単一スパインにおける伝達効率の変化により主に担われているとすると、細胞核におけるヒストンやDNAメチル化変化が記憶内容に関係しているということはありそうにないと思われた。エピジェネティクスの話はほとんどでてこなかったが、5-aza-dCを脳室内投与することによりPKMζ発現が増えるというような話があった。

 次はBDNFTrkBMEK1/2ERKから、CREBHistone H3リン酸化の間に関与するのはRSKと言われていたが、そうではなく、MSK1だ、という話であった。

 次は物体認識テストに伴って、ヒストンアセチル化、メチル化が増加し、CREBのプロモーターではこれらを反映した変化が見られるという話であった。

 次は、DNMT1の阻害薬(zebularineおよびRG108)が恐怖条件付け記憶および長期増強を阻害するという話であった。また、ヒドロキシメチル化に関わる酵素をアデノウイルスベクターで発現させたところ、メチル化やヒドロキシメチル化が変化し、恐怖条件付けにも変化を与えたとのことであった。

ヒストン脱アセチル化酵素は、記憶をさせない方向で制御しており、このブレーキを外すことで記憶が増強されるという話もあった。HDAC阻害薬で恐怖条件付けの消去が増強するとのことであった。長期記憶がどうやって作られるかでなく、どうやって作られないかが重要、と述べた。基質について現在網羅的解析を行っているとのことであった。

なお、以前はエピジェネティクスについて、「transmittable」という定義があったが、最近のニューロサイエンスでは、DNAの配列に影響せずにクロマチンを変化させ長期に遺伝子発現を調節するもの、との定義が広く用いられている、と解説していた。

 2日目、主催者のアンヘルは、HDAC阻害薬が記憶を促進する効果があることから、そのメカニズムを探るため、HDAC阻害薬によりヒストン修飾が変化する遺伝子を網羅的に解析した話をした。変わっていたのはクロマチンに関わる遺伝子が多かった。

 リューヘイ・ツァイは、以前はDISC1などもやっていたが、今はアルツハイマー病を中心に研究しているとのこと。最初はCK-p25という、CAMKプロモーターでinduciblep25が発現するマウスの話であった。最初はこのマウスにストレスをかけたら認知機能障害が悪化するという話であった。その後、野生型のマウスに慢性ストレスをかけると認知機能障害が生じる、という話になり、これにHDAC2の増加が関与しているという話であった。Neuronの内田論文を引き合いに出して、うつ病との関連も指摘されていると述べていた。彼女が使っている課題は主に新規物質認識テストであり、この課題成績はストレスによる情動の変化でも低下するので、それを認知機能障害と断じることはできないのでは?と質問した。

 筆者の発表では、神経細胞のメチル化に個体差があるのは不思議だ、グリアにも個体差はあるのではないか、などの質問があった。

 アクバリアンは、主にヒストン修飾に関して、霊長類の比較エピゲノムの話をし、ヒト特異的なノンコーディングRNAを見出した話をした。また、自閉症の死後脳でヒストン変化のある遺伝子は、ゲノム研究で指摘された候補遺伝子が多いとのことであった。

 次のホンジュン・ソンは、活動依存的DNAメチル化変化について述べた(PMID:21874013)。機関銃のようなスピードでしゃべる人であった。Gadd45bECTにおける脱メチル化に関わるという報告をした人。non-CpGのメチル化が神経細胞で多く、特に遺伝子内部で見られるとの話もあった。

 3日目は、UCLAYi E. SunDnmt3aの話や、Anne-Laurence BoutilliterCBPおよびヒストンアセチルトランスフェラーゼのアクチベーター(anacardic acidCTPB)の話などであった。

 最後のLawrence Wilkinsonは、インプリンティングの話で、Snord115snoRNA MBII52と呼ばれていたもの)を含むヒト15q11-13領域に相当する部分(インプリンティングセンター)を欠失したマウスを用いてRNA editingを解析した話であった。

             

 全体を通して、この領域は流行なだけに、まだまだ未成熟な部分もあるという印象を持った。ヒストン修飾やDNAメチル化に関わる遺伝子のノックアウトや、これらに影響を与える薬剤が、記憶に影響することは確かなようだ。記憶内容はシナプス連絡の変化により実現されると考えられるが、その過程で遺伝子発現がかかわる以上、そこにエピジェネティクスが関係することは当然であろう。しかしながら、記憶内容そのものがエピジェネティックに記憶されている、ということはありそうにない。記憶のメカニズムにおけるエピジェネティクスの役割は、かなりジェネラルなものなのではないか、との印象を持った。

 精神疾患におけるエピジェネティクスの関わりについては、まだまだデータが少なく、更なる研究が必要だろう。