気分障害とは何か −うつ病と双極性障害について

1 概念

 気分障害とは、文字通り気分が沈んだり、「ハイ」になったりする病気です。以前は感情障害と呼ばれていましたが、泣いたり笑ったりする「感情」の病気というよりも、もっと長く続く身体全体の調子の病気という意味で、気分障害と呼ぶようになりました。病気がひどい時に、一時的に妄想や幻聴などの精神病症状がでることもありますが、いわゆる精神病には含まれません。

気分障害には、大きく分けて2つの病気があります。1つはうつ病、もう1つが双極性障害(躁うつ病)です。

(注:なお、以前の診断基準[DSM-IV]では、うつ病と双極性障害が「気分障害」という一つのカテゴリーに含まれていましたが、最新の診断基準[DSM-5]では、うつ病と双極性障害は別のカテゴリーになり、気分障害という項目はなくなりました。とはいえ、気分障害という言葉は、今でも必要な場合には用いられているようです。)

うつ病 

 うつ病は、ストレスにさらされれば誰でもなる可能性がある、という意味で、以前は「心の風邪ひきのようなもの」などと言われましたが、実際には、風邪ひきよりははるかに重い病気であるため、現在はこうした言い方はなされないようになっています。むしろ、肺炎くらいのイメージです。放置すれば命にかかわることもありますが、きちんと治療すればほとんどの場合すっかり良くなります。

悲しいことがあったり、大きな失敗をしたときなどは、誰でも食欲がなくなったり眠れなくなったりしますが、うつ病はこれがひどくなって、そのまま治らなくなってしまった状態です。どの位ひどければ病気と呼ぶのか、一概には言えませんが、「1日中続き、どんなにいいことがあっても改善しないような嫌な気分(抑うつ気分)」または「それまで興味のもてたどんなことにも興味がなくなった状態(興味喪失)」のうちの少なくともどちらかがあって、5つ以上の症状が2週間以上続いた時に、うつ病と診断することになっています。

双極性障害 

 うつ状態と躁状態、または軽躁状態が出現する病気です。躁状態がある場合は双極I型障害、軽躁状態だけの場合は双極II型障害と呼ばれます。躁状態だけの人も、いずれうつ状態が出てくることが多いので、双極性障害と診断されます。一方、軽躁状態だけでうつ状態がない場合は、双極性障害とは診断しません。双極性障害は、100人に1人位しかかからない病気で、誰でもなりうる「うつ病」とはだいぶ違います。いったん治っても、放っておくとほとんどの人が数年以内に再発するので、ほぼ生涯にわたる予防療法が必要になります。

2 成因

うつ病

 うつ病の主たる原因はストレスです。ストレスにさらされると、これに立ち向かうホルモン(副腎皮質ホルモン)が分泌されますが、普通は「フィードバック機構」が働いて次第にストレス反応が止まります。うつ病になるとこれが止まらなくなってしまうのです。強い持続的なストレスにさらされたら、ほとんどの人がうつ病になりうると考えられますが、ストレスに対する弱さには個人差もあります。ストレスに対する弱さは、生まれ育った環境などによって決まるようです。遺伝的体質や生育環境などがストレスによるうつ病への罹りやすさに影響し、ストレスが加わることによって発症すると考えられます。ストレスによって、脳の一部では神経細胞同士のつながりが低下し、一部では逆に強まるなど、神経細胞の形にも変化が生じてしまっている状態であると考えられます。

双極性障害

 双極性障害の主たる原因は、遺伝的な体質により、細胞内のカルシウム濃度の調節に変化を来し、これによって神経細胞のはたらきが変化することだと考えられます。(なお、細胞内のカルシウムは、細胞外の一万分の一に保たれているので、食事中のカルシウムは双極性障害には関係ありません。) ただし、遺伝病とは異なり、こうした体質を持っていても病気になるとは限らないし、むしろこの体質には良い面もあるかも知れません。ストレスは発症のきっかけにはなりますが、直接の原因ではありません。

3 特徴的な症状

うつ状態

 うつ病、気分障害という名前から、どうしても気持ちだけが落ち込む病気かと思ってしまいますが、実際はもっとからだ全体の調子が悪くなってしまう病気です。

 うつ病になると、一日中嫌な気分が続き、朝起きた時が一番ひどく、どんなに好きなことをしても全く気が晴れません(抑うつ気分)。食欲がなくなり、好きな食べものを食べてもおいしいと思えず、まるで砂をかんでいるような感じで、食がすすまないので体重がどんどんやせていきます。夜は寝付きが悪い上に、夜中に何度も目がさめ、朝は暗いうちから目が覚め、眠れないままにふとんの中でもんもんと過ごします。動作や頭の働きも、いつもよりゆっくりになってしまいます(制止)。いつもなら決断できることが、迷ってしまってなかなか決められません。本を読もうとしても、同じ行を何度読んでもいつものようにすらすらと頭に入りません。それどころか、仕事も、家事も、趣味さえも、とにかく何かをしようという意欲はまったくわいてきません。いつも楽しみにしていたテレビや、毎朝読んでいた新聞にも興味がわかず、とにかくやり場のない苦しみに一日中苦しんでしまいます。何をしていても気持ちが落着かないので、ため息をつきながら、立ったり、座ったり、うろうろしたりと落着かなくなることもあります(焦燥)。何を考えても悪いほうにしか考えられず、自分は今まで何の役にも立ったことがないだめな人間だ、としか思えません(微少念慮)。これが高じると、自分は生きる価値のない人間だとしか思えず、死にたくなってしまいます(希死念慮)。

 こうした症状のうち、23の症状が45日続く、ということは、肉親の死などの強いストレスにさらされた時にはよくあることですが、このうち5つ以上が2週間以上というと、そうそうあることではないとわかっていただけるでしょう。

 うつ状態がひどくなると、こうした症状が極端になり、「恐ろしい罪を犯した」「決して治らない身体の病気にかかった」「家が破産した」など、ありもしないことを信じ込む症状(妄想)や、こうした内容の幻声まで聞こえてくることもあります。こうした場合、「精神病症状を伴ううつ病」と呼びます。

躁状態

 躁状態では、気分は爽快で楽しくて仕方がなく、夜はほとんど寝なくても平気で、疲れを知らずに活発に活動します。多弁で早口になり、ほとんど口をはさめません。豊かな連想、素晴らしいアイデアがあふれるようにわいてきます。自分は周囲から尊敬されている素晴らしい人間だと確信して(誇大性)、突然選挙に出ようなどと言い出します。 最初のうちは、仕事がむしろはかどるかもしれませんが、あっという間にひどくなり、ちょっと口をはさむだけで怒り出します。色んな考えが浮かぶので、すぐに気が散り集中できません。誇大性が高じると、「超能力がある」などの誇大妄想に発展します。うつ状態だった人が急に躁状態になること(躁転)はまれでなく、一晩のうちに躁転することもあります。逆に躁状態の人は、治るまでの間に、多かれ少なかれうつ状態を経験します。

軽躁状態

躁状態による行動は、借金を背負ってしまったり、本人の信頼を失わせ、離婚や失職などにつながってしまうなど、本人にとって不利益となるばかりでなく、周囲の人たちも大変に困ってしまうために、入院が必要となるほどの状態です。一方、気分が高揚し、行動も多くなるなど、周囲から見てもいつものその人とは全く違うような躁的な状態となってはいるけれど、入院を要する程ではないのが、軽躁状態です。

4 代表的な症例

うつ病

 72歳女性。幼少時父が失踪し、母に育てられた。女学校卒後、会社員として勤務し、28歳で結婚。子育てをしながら62歳まで仕事をしていた。

 60歳頃より夫と感情的にすれ違うようになり、定年退職と共に夫と別居し、娘と2人暮らしを始めた。この頃より、不眠、食欲不振、意欲低下が出現したが、何とか家事はしていた。精神科を受診し、うつ病の診断で治療を受け、2年ほどで軽快。その後は問題なかった。 

 71歳時、帯状疱疹にかかり、内科で治療を受けたが痛みが続いた。4カ月ほどして、次第に抑うつ気分、食欲不振、不眠が出現したため同じ病院を受診し、抗うつ薬を投与されたが、副作用でふらふらになり、通院を中断。別の病院で抗不安薬による治療を受けたが改善しなかった。72歳時、抑うつ症状が次第に悪化し、焦燥、希死念慮が出現したため、大学病院精神科に入院し、抗うつ薬による治療を開始した。

 病棟では、「歩けない」「私はもうだめだ」「食べ物が一口も食べられない」と訴え、検査の時は車椅子で看護婦が付き添い、配膳も看護婦が行っていたが、実際は食事、歩行はできていた。1カ月ほどで自ら配膳、歩行ができるようになったが、相変わらず自己評価は低かった。入院7カ月目に、抗うつ薬の作用増強のためリチウムを加薬したところ、次第に自己評価も改善し、自分でも「良くなってきた。退院したい」と言うようになった。9カ月目には完全に改善し、退院となった。

双極I型障害

 22歳女性。短大卒後就職し、仕事も特に問題なくこなしていた。21歳時、職場の配置転換を機に、仕事に積極的になれず、趣味のテニスもしなくなったが、何とか出勤していた。3カ月ほどして、不眠が出現した後、朝4時頃に起き出して朝早くから誰も来ていない会社に出勤したり、高価なブランド物のバックなどを買い漁る、朝早くから友人に電話してひんしゅくを買うなどの行動が出現し、様子がおかしいことに気づいた両親が精神科を受診させ、入院となった。入院時は多弁で、口を挟むのも難しいほどであった。リチウムおよび抗精神病薬により治療を開始すると、躁状態は落ち着いたが、すぐにうつ状態となり、また躁状態となることを繰り返した。リチウムに加え、カルバマゼピン、バルプロ酸を加えたところ、次第に落ち着き、躁状態、うつ状態は出現しなくなり、1年間の入院後、退院となった。職場の上司も病気を理解してくれたため、元の職場に復帰し、その後は順調に仕事を続けている。

5 経過と予後

うつ病

 うつ病の経過は人によってさまざまです。一生に一度きりで2度とならない人もいるし、何度も繰り返す人もいます。途中から躁状態がでてきて双極性障害になる人もいます。

双極性障害

 双極性障害では最初のうちは、ストレスでうつ状態になることが数年に1回あるという程度ですが、次第に回数が増え、ついには特にストレスがなくても1年に4回以上病気を繰り返す状態(ラピッドサイクリング)になってしまいます。

 双極性障害には予防薬があるので、これをしっかりのめばたいてい再発は防げるか再発しても軽くすみます。しかし、一生薬を飲むのは並大抵のことではなく、ほとんどの場合薬をやめてしまい、再発します。躁状態、うつ状態はいずれ治りますから、自殺さえしなければ、それ自体で命を落とすことはありません。しかし、躁状態、うつ状態を繰り返したまま治療もせず放っておくと、離婚、失職など、社会的には相当のハンディキャップを背負うことになってしまいます。双極II型障害も、基本的には双極I型障害とほぼ同様の治療を行います。ただし、最近では、軽躁状態がそれほどはっきりしない場合にも双極II型障害という診断がなされている場合もありますので、こうした場合には、治療方針もケースバイケースとなります。

6 治療

うつ病

 内科で異常ないと言われたが、やはり具合が悪い場合は、うつ病を考える必要があります。周囲の人が特に心配した方がよいのは、重症のうつ状態で本人が病気という認識が持てず、どんどん悪くなっている時、うつ病として治療を受けていたが具合が悪くて病院に行けない時、食事ができず栄養不良や脱水状態になりかけている時、死にたいと訴えている時などです。特に、いてもたってもいられない状態(焦燥)と希死念慮がある時は自殺の危険が高まります。

 うつ病、および双極性障害のうつ状態の治療は、患者さんの苦しみを改善し、できる限り早く症状をとることに加え、自殺予防が何より大切です。うつ病で自殺して亡くなる人は、日本でおそらく年間1万人以上いると思われ、交通事故の死亡者より多いと考えられます。自殺予防の第1歩は、希死念慮の有無とその強さを把握することです。希死念慮があるとわかったら、自殺は決してしない、と約束してもらいます。自殺しないと約束できない人は重症ですから、入院の必要があります。入院しても安全が確保できない場合は、「修正電気けいれん療法(mECT)」という、自殺念慮に対して即効性のある治療法もあります。

 うつ病の人には、これが病気であり、休養を取って服薬すれば必ず治ること、治るまで重大な決定をしないこと、治るまでには一進一退があることを説明します。うつ状態にある人は、いくら頑張ろうとしても気力がついてこないため、自信をなくしています。周囲は激励したりせず、やさしく支えることが大切です。 また、うつ病の患者さんとかかわる時は、患者さんが元来しっかりした人であったことを忘れてはいけません。うつ病の患者さんは、いかにも自信がなさそうに見え、自分は何もできない人間だと強く訴えますが、実際は能力もあり、人に信頼され、きちんと仕事をしてきた人だ、ということを忘れずに接するようにしないと、患者さんも治る目標を見失ってしまいます。

 うつ病の患者さんに絶対してはならないのが、「気の持ちようなのだから、薬にばかり頼っていないで自分で頑張って何とかしなさい」といった励まし方です。精神科にかかることを名誉と思う人はいませんし、薬をのみたい人もいません。それを我慢して薬を飲んでいるのに、周囲の人にこのように言われるほどつらいことはないのです。

 うつ病の治療には抗うつ薬を使いますが、効き目が出るのに12週間かかります。どの抗うつ薬にも副作用がありますので、どのような副作用が出る薬なのかをよく主治医に尋ねておく必要があります。

 抗うつ薬が効かないからといって、うつ病でないとは言えません。簡単に治療をあきらめては行けません。最初の抗うつ薬が効かない場合には、別の薬に変えてみるのが普通です。最終的にはmECTを使えば、ほとんどの患者さんが、少なくともいったんは良くなります。難治性のうつ病に見える人は、ほとんどの場合、治療が不十分なだけなのです。また、難治性うつ病に見える方の中には、実際は双極性障害なのに、見過ごされている方も少なくありません。

双極性障害

 躁状態の患者さんは、本人はとても調子が良いと思っている一方、周りの人を困らせていることが多いので、なかなか治療に結びつけにくいという問題があります。何とか本人の訴え(眠れない、いらいらする、など)を引き出して受診に結びつけたり、上司から指示してもらうなどして、受診につなげます。躁状態の患者さんを治療せずに放っておくと、社会的信用や家族との信頼関係を失ってしまうので、早期の治療が必要です。外来治療を拒否する場合は、入院が必要となります。意に反して入院させるには、医療保護入院といった強制的な入院が必要なこともあります。こうした場合は特に、抗精神病薬により十分に鎮静して休養できるようにすることが必要です。

 躁状態では、子供扱いせず相手を立てるようにしながら対等に話す、根気よく説得し、相手の正常な部分を引き出して交渉する、しつこい場合は話をそらす、など対応を工夫しながら、薬物療法による改善を待ちます。躁状態は、治療すればたいてい23カ月以内に治ります。なお、躁状態の症状にうつ状態の症状が混ざる状態を混合状態と呼びますが、こうした状態では自殺のリスクが高まります。

 双極性障害のうつ状態に対しては、抗うつ薬は有効とは言えません。むしろ、抗うつ薬によって、病状が不安定になる場合があると考えられています。そのため、リチウム、オランザピン、ラモトリギンなどで治療を行います。

 双極性障害の治療で最も大切なのは、再発予防です。患者さんの人生を脅かすのは、再発を繰り返すことによる二次的な社会的ハンディキャップです。一度でも激しい躁状態になった場合、うつ状態が自殺の恐れがあるほど重症な場合、躁状態やうつ状態を繰り返している場合などは、ほぼ生涯にわたる薬物療法が必要となります。

 予防薬として、まず試みるべき薬がリチウムです。しかし、リチウムだけでは効果がない場合は、ラモトリギンを用います。なお、リチウムは病相を予防する効果に加え、自殺を防ぐ効果があるため、リチウムで効果が得られない場合でも、併用するメリットがあります。その他、バルプロ酸、カルバマゼピン、そして非定型抗精神病薬のオランザピン、アリピプラゾール、クエチエアピンなども用いられます。リチウムは、手がふるえる、のどが渇くなどの副作用があり、中毒になりやすい薬なので、医師の指示を守りながら服薬し、定期的に採血して血中濃度を測定して、ちょうど良い濃度になっていることを確認する必要があります。これらの薬を効果的に使えば、多くの患者さんでは薬を飲んでいる限り病相(躁状態、うつ状態)が全くなくなるか、軽い病相ですみます。

ほぼ生涯にわたり薬を飲むというのは、誰にとっても受け入れがたいことです。しかし、それを受け入れない限り、患者さんが社会的ハンディキャップを背負うことを予防できません。そのためには、疾病を受け入れ、病気についてよく知ることが必要です。薬を続ける必要があるといわれれば、誰でも反発したり、認めようとしなかったりします。納得しても今度は、一生治療を続けなければならないほどの病気になってしまった、と落ち込んだり、自己否定したりします。その時期を通り越して、「双極性障害でリチウムを続ける、といっても、高血圧で降圧剤を飲み続けるのと一緒」と納得できて始めて、病気とつきあいながら暮らしていこうという境地に至ることができるのです。 

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