弟を入院させてしまいました

 

 私には躁うつ病の弟がいて、先日、いやがる弟を入院させてしまいました。どうしようもない罪悪感の中、少しでも自分を慰めたいと言う思いでメールを書いています。

 私と弟は2人兄弟ですが、父親は違っていて、弟の父は、躁うつ病が原因で自殺しました。弟は、5年前に結婚して、新しい家族を築き、息子も生まれ、幸せに向かって順調にいっていたのですが…。

 1年ほど前、弟の様子が明らかにおかしくなり始めました。何もやる気が起きず、ひたすら家でごろごろしているだけになったのでした。以前から、冬になると、「都会の冬は、暗くていやだ」とか、冬は全く外に出ないだとか言う、軽いうつ状態のような事はありま

したので、家族は皆、その延長線上のような物であろうと考えていました。が、ある日、弟が自殺未遂を起こした事で、家族の中での認識が変わり、すぐに病院へ向かわせました。一ヶ月ほどの入院で、退院する頃には、弟はもう躁転していました。

 躁になったのはそれが始めてで、最初は、見たことも無いほどのハイテンションな弟を見て、抗うつ剤の飲み過ぎでそうなったいるのであろう、薬は怖いな、位に思っていたのを覚えています。

 躁状態になると、弟は今思えば見事に本に書かれている躁状態の症例の通りに行動をしていました。多額の買い物をし、日本にアメリカの文化を紹介するために青山に新しいビルを建てると言いだし、紙芝居伝道師になると言い、アメリカの著名なグラフィックデザイナーの方にアポなしで会いに行ったりしていました。

あまりの躁状態に奥さんが入院させ、2ヶ月入院しました。躁状態での初の入院です。退院してきた時は、またうつ状態に戻っていました。その後、週に12度の通院を繰り返し、本人も、「前回のうつほどはひどくない」と言っていたのですが、やはり苦しかったのでしょう、自らの意志で、3度目の入院をしました。しかし、入院して2週間もしないうちに躁転し、病院側から奥さんの方に、開放病棟である上、任意入院なので、躁状態の弟をこれ以上入院させておく事は出来ない、との電話がありました。困った奥さんが母に連絡し、母がもう手に負えないと感じ、私にも連絡をしてきました。 

女手一つで2人の子供を育て上げた、気丈で、男勝りな母が電話の先で泣いていました。

 以前から病院の先生と直接話したいと願っていた私は、急いで弟の入院している病院へ向かい、先生と話す事になりました。

 僕が到着する頃には、奥さんも到着していて、先に先生と話をしていましたが、肝心の弟の姿が見あたりません。話を聞いてみると、外出願いをだし、1時間の外出を許されたのだが、かれこれ2時間帰ってこない。との事でした。僕はすぐさま弟を捜しに外に出ます。15分ほど探しているとこちらに向かって歩いてくる弟を見つけました。どうやらちゃんと戻ってくる意志はあったようです。僕の姿を見つけると弟は感極まって泣き出し、兄貴がいるとは思わなかった。と言います。そして、突然、「禅」と繰り返しつぶやき、自分を禅の精神で落ち着けているのだと言いました。

 弟を病室に送り、先生と任意入院なので、本人が退院を希望している上、開放病棟で保護室もない総合病院では、これ以上入院をさせる事は出来ないとの話をしていると外から騒ぎの音が聞こえます。弟が大声で、看護婦さんの一人を名指しで中傷しているのです。

そして、1分1秒でもこんな所にはいられない、自分の自由を奪うのか!?と大声を上げます。さらに、病棟内でたばこを吸い、自分はわざと規則を破るのだ、と言います。仕方がないので、奥さんを残し、弟を外に連れ出し、落ち着けるように話をすると、弟は比較的落ち着き、今まで、爆発しないように躁状態を押さえていたのだが、看護婦さんがわからずやで、どうしようもない馬鹿なので、爆発してしまった、と言います。

 とりあえず、外泊扱いで、2日間自宅で様子を見る事にして、自宅に帰りましたが、弟の症状は重く、奥さんをひどく中傷し、夜中に出歩いたりするおそれがある為、二日間僕がつききりで、おもり役をする事になりました。

 二人で外を散歩しながら話をしていると、弟は比較的落ち着いて、しゃべるのですが、奥さんの顔を見るとその瞬間から、弟の顔つきが変わり、ひどく攻撃的になります。

 最初は、落ち着いて話すことも出来るし、弟本人が、自分は躁状態なので、自分を押さえなくてはならないと言っていた上、自分の躁状態が周りのみんなをおかしくするとまで言っていたので、あえてストレスになる入院はさけた方がよいのでは?と思っていたのですが、たったの2日間の間にも、弟の躁状態はエスカレートしていく感じがしたので、これは早めに入院をさせた方が得策かもしれないと考えを変えました。

 もう一つ、考えを変えた理由の中に、弟の持っていた本(これは偶然なのですが、先生の書いた、青い表紙の双極性障害の本だったのです。)のなかで、「躁状態の時に家族との確執が深まると、予後にも影響する事がある」との1文を読んだ事もあります。 最終的に奥さんと弟と弟の息子の3人で、病気と闘って行かなければならないのに、奥さんとの確執を深めてしまってはまずいと思ったのです。

 長い長い二日間(弟の睡眠時間にあわせていたため、僕の睡眠時間もかなり短かった)が過ぎ、総合病院の先生に紹介状をもらって、次の病院へ行く日がやってきました。弟はこの総合病院の先生には多大な信頼と尊敬を寄せていましたので、弟には、突然の退院だったので、正式な退院の手続きをして、薬をもらい、先生にお礼を言いに行くのだ、と説明をしておき、一方、先生には、弟は先生に信頼を寄せているので、先生の方から、良い病院を紹介するので、今日中に見てもらった方がよいと、弟に伝えてもらえるようにお願いをしておきました。

 紹介先での診察の結果、入院が必要だ、との判断で、入院する事になったように弟に思って欲しかったのです。途中まではうまく行っていました。総合病院の先生に、良い先生だからと言われ、それなら、と弟もすんなりと次の先生に見てもらう事を納得しました。

 この日は、弟を心配した母と、普段子供の面倒を見る事の出来ない弟に変わって、家事全般を手伝いに弟の家へ通ってくれている母の友人、奥さんと僕、弟本人の5人で行動をしていました。

 弟の入院への抵抗を考えてみんなが集まったのですが、これがかえって、災いしたようです。総合病院から次の病院へ向かう途中、弟の躁状態が、発作的に高まっていきました。なんだか、みんなに監視されているようで、苦しい、これでは入院していた時と同じだ。と言いだし、次の病院へ行くのはイヤだと言い出したのです。しかし、これを聞いた母が泣き出したのを見て、弟は、やはり、自分のせいでみんなが苦しんでいるのなら、早く終わらせたい、病院へ行こう。と気持ちを変えてくれました。

 その後も、どうしてもいったん家に戻りたいと言うので、弟の言うとおり家に戻り、車を止めると、突然、病院からの紹介状を奪い取り、コピーをとると言って聞かなかったり、なぜ、自分の病状をみんながかくすのか?などと騒いだりして、だだをこねますが、結局、みんなの為にと病院へ行くことを承諾してくれ、なんとか病院までつれて行くことが出来ました。

 病院へ到着した時点で、母はこれ以上は見ていたくないと思ったのでしょう、病院の外で、車の見張りをして待っていると言い、母の友人と二人、外に残る事にしました。病院到着後、弟は、精神病院の雰囲気を見て、この病院なら入院しても良い、だとか、やっぱ、人間の住むところは××(弟宅)じゃなくて、こういう所だ、とか、病院に対して、好感を持っているような事を言っていました。が、いざ、診察の段になり、担当の先生を待っている時間が長引いてくると、だんだんといらいらが募り始めました。看護婦さんが、すぐ先生がお見えになるから、と、部屋に案内されると、「先生なんて、こないじゃないか、すぐ来ると言っただろう」と看護婦さんに食ってかかるなどどんどんと攻撃的になっていきました。そうこうしている内に先生が見えると、弟は、まず二人で話したい、と言います。そうしなければ、帰ると言うのです。それは問題の無いことだし、それならば二人で話してもらおうと、奥さんと僕が部屋の外に出ようとしたとき、先生が、

「では、ご本人に、閉鎖病棟の話をしてもよろしいのでしょうか?」

 と言ってしまいました。しまったっ!と僕は心の中で叫びました。総合病院の先生からは、こちらに前述の弟には診断の結果の緊急入院だと思ってもらおうと言う作戦の話が通っていなかったようなのです。

 これで、完全に頭に来た弟は(それでも、もともと入院する話になっていた事には気づいていないようであった)話す必要は無い、もう帰る、と言い出しましたが、先生の「ではとりあえずご家族の方と、病棟を見てもらって。」の言葉に反応し、「なんで家族と一緒じゃなきゃいけないんだ、私一人で見に行く」と言って、係りの方と共に、病棟へ向かって行きました。弟はそのまま、閉鎖病棟の保護室へと入れられてしまいました。

このようないきさつで、今回弟は入院した訳なのですが、今回の事で後悔されるのは、弟の担当医の先生に対する信頼を失わせてしまったのでは無いだろうか?と言う事。わがままを聞いている限り、ある程度は落ち着いている弟を閉鎖病棟に入院させることで、かえってストレスになる事を押しつけたのでは無いか?と言う事、なにより、自分の大好きな弟を、自分で監獄送りにしたかの様な、この感じです。

今後、弟や奥さんはどのようにして行ったらよいのでしょう?

 まわりの僕たちは弟に対して何がしてあげられるのでしょう?

 

 かってに自分の事ばかりを書いてしまいましたが、先生の書いた、双極性障害の本、(弟がまだ軽躁の時に買っていた)は僕にとっても読みやすく、今まで読んでき本だと、ほとんどが鬱に対する記述ばかりだったのが、躁状態への記述もしっかりしていて、この本がなかったら、今回の弟の入院も決意できなかったかもしれません。

 手段は間違っていたかもしれませんが、入院と言う結果には後悔はしていません。

 本当に感謝しています。どうもありがとうございました。

 これからも、がんばって下さい。

 

管理人よりのコメント

 

 今回は本当にお疲れさまでした。

 かなりの躁状態の弟さんを抱えて、とても慎重に、うまくことを運ばれたと思います。 誰がやってもこれ以上のことはできなかったでしょう。ここまで手順を踏んでされたのでしたら、決してだましうちではありませんし、治った後に弟さんに恨まれることもないでしょう。

 今後のことで気をつけるとしたら、退院を慎重に、ということです。

 コントロールに手間のかかる病気を抱えてしまったと言う事実を本人と奥様が十分に認識して、対応策を話し合ってから退院しないと、同じことを繰り返すことになってしまいますから、今回のようなことは一生に一度で済ませられるように、今回入院で本人に十分に「病識」を持ってもらうことが大切と思います。

 大変な道のりですが、奥様がいらっしゃるとはいえ、今回のように男手が必要になることもあり、他のご家族の力も必要と思いますので、協力してあげて下さい。

 ただ、弟さんとは言え自分のことではない、と少し心理的には距離を置いて、無理のない範囲での協力を心がけて下さい。

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