国際双極性障害学会参加記

 

 201431821日、ソウルで第16回国際双極性障害学会が行われた。日本からの参加者は、タイ、ポーランドより少なく、年度末で忙しい時期のためもあったが、日本における双極性障害研究の層の薄さを示しているようで、少々残念であった。

 初日に理事長から、330日を世界双極性障害デーとするとの話があった。韓国では10年近く前からこの日を双極性障害スクリーニングデーとして、参加施設で講演やスクリーニングを行ってきたという。これをさらに世界に広げていこう、という企画である(脚注)

その後の東アジア双極性障害フォーラムのシンポジウムでは、各国で治療がガイドライン通りに行われているかどうかの調査結果が発表され、韓国ではガイドライン通りに治療されているケースは20%だけとのことであった。ガイドラインからの逸脱の原因の多くは、抗うつ薬の使用であった。また、リチウムよりバルプロ酸の方が多く処方されている現状があるとのことであった。ガイドラインに従って治療を行うことで、より症状が改善し、予後が良くなるとの報告もあるが、なぜそれに従わない治療となってしまうのか、その要因を調べていく必要がある、と考察されていた。

 2日目朝の「リチウム恐怖症」というセッションでは、臨床家がリチウムの副作用を恐れて使わないという問題をどう克服するかという話が議論された。克服のためには当事者の語りが重要との話が印象的であった。筆者も質問に立ち、作家の絲山秋子さんがリチウムについてのエッセイをご執筆下さったことを紹介した。

 筆者が司会した「Molecular Mechanism」のシンポジウムでは、セーヒュン・キム先生が、Ouabain-induced hyperactivityを躁病モデルとして、その分子メカニズムを検討しているという話をされた。本間さと先生は、行動量が周期的に変動する慢性メタンフェタミン投与モデルを用いて、双極性障害における内的脱同調の役割について詳細な解析結果を報告して下さった。カプチンスキー教授は、ミトコンドリア機能障害により、アポトーシスを起こした細胞からDAMPsが放出され、これが炎症を引き起こし、神経細胞機能障害を更に悪化させるという悪循環が存在するという新たな仮説を提示した。

筆者は、「双極性障害の神経生物学」という題で基調講演を行い、我々の研究成果を発表した。午後のセッションでも、当チームの笠原和起・副チームリーダーが、ミトコンドリア機能障害のシンポジウムで、私たちの動物モデルによる研究について発表した。その他の基調講演も、オーストラリアのバーク教授、米国のカプチンスキー教授、カナダのヤング教授と、ミトコンドリア、炎症、酸化ストレスなどについての治療法やバイオマーカーの話が盛りだくさんという印象であった。

臨床試験のセッションでバーク教授は、臨床試験のデータから何か新たな仮説を得ることも必要であり、患者の主観を加えることも有意義であろうと話した。ニーレンバーグ教授は、新薬の承認のために行われる「Efficacy」の試験と異なる「Effectiveness」を調べる試験の有用性の話をされた。「Effectiveness」の試験は、現実の臨床と同じ状況で行い、その薬が本当に患者さんの役に立ったかを調べようとするものであり、STEP-BDBALANCELiTMUSなどが含まれる。最近では、“CHOICE”というのも行われている。

Efficacyの試験は、介入が標的症状を変えたかを見るもので、プロトコールを特定し、複雑な患者、併存症のある患者は除外して、プラセボとのRCTを行い、病相にフォーカスを当てて解析する。

一方、Effectivenessの試験は、臨床ケアの中で患者を助けたかを調べるもので、ランダム化または観察研究で、対照との2グループ比較(新規治療、標準治療)、リアルな臨床セッティングの中で行うため参加者もリアルに治療を希望してきた患者であり、リアルな治療が行われ、アウトカムは患者の報告あるいはシンプルな評価による。「CHOICEClinical Health Outcomes Initiative in Comparative Effectiveness Research)」はまだ終了

したばかりであり結果はわからないが、クエチアピンとリチウムを比較したものだという。

 サミュエルガ−ションアワードの授賞式では、ジョンスホプキンス大学のフェルナンド・ゴーズ氏がエクソーム解析の結果を発表され、イオン輸送にかかわる遺伝子との関連などを報告した。

 学会最終日には、アンチスティグマ活動のセッションがあり、日本からは大森圭美さん、菅原裕美さんが発表された。日本ではうつや躁を医学的問題でないと考える人が多いとの調査結果に、座長が驚いていた。日本ではこれまでこの種の研究がほとんどなく、このような研究が始まったことは画期的だと思った。

 最終日の基調講演1人目はコロム氏であった。認知行動療法はうつ、家族療法は躁の予防に有効ですが、心理教育は両方に有効という特徴がある。ただし、その効果は、疾患の長い経過の初期に限られている。一方、外傷後脳障害のリハビリテーションプログラムとして用いられていた、機能改善法(functional remediation)という、記憶、注意などを改善する認知トレーニングのような方法は、病気と長い間つきあった後でも有効だとのことであった。

 最後の基調講演は、国際双極性障害財団 (IBF)のマフィー・ウォーカーさんであった。(学会中に、ウォーカーさんを囲んで、IBFの顧問のメンバーで夕食を共にしたが、とにかく活力にあふれた能弁な方であった。) ウォーカーさんは、精神科看護師で、ご子息が双極性障害にかかり、うつ病双極性障害連盟で活動した後、自らIBFを設立されたという。IBFは、教育を通してスティグマをなくすことを使命として、講演会、ウェブセミナー、パンフレットの作成・配布、高校生エッセイコンテスト、賞や研究費の授与など、多彩な活動を展開し、世界双極性障害デーのプロモーションも行っている。

学会最後のセッションは、双極性障害の遺伝学であった。昨年末、リチウムの効果を予測する遺伝子マーカーが台湾から報告されたが、別の台湾のグループから、残念ながらこの結果は確認されなかったと報告された。このセッションの途中で、座長が飛行機の時間の都合で最後までいられないとのことで、突然に座長交代を頼まれ、筆者が学会の最後をしめる言葉を述べることになるという、ハプニングもあった。

今回の学会で、双極性障害について大きなブレークスルーとなるような所見はなかったが、世界各国から多くの参加者があり、双極性障害に関する活発な研究が各地で行われている様子は刺激になった。

日本における双極性障害研究も、もっと活性化したいところである。

次回の本学会は来年、トロントで行われる(今のところ、2015636日の予定であるが、米国精神医学会が同様にトロントで行われるため、日程調整のため、日程は変更の可能性がある(http://www.isbd.org/conferences/future-conferences))。

 

 

脚注 この330日というのは、ゴッホの誕生日だからとのことであるが、ゴッホの病名についてはさまざまな憶測がなされている上、そもそも自ら病名を開示した訳でもない過去の方の診断を詮索すること自体、いかがなものかと思うので、その謂われについてはあまり全面に押し出すべきではなかろう。また、年度末のこの日というのは、日本では少々都合が悪い。こんな日に出張しようとしても、精算してもらえない場合もあるかも知れない。テレビも改編期で、何かイベントを行っても取り上げてもらえない時期だそうだ。来年、どのようにすべきか、悩ましい。