ヘルシンキ大学訪問                                                                              2008711日 

 

 ヘルシンキ大学は多くの学部が別々のキャンパスに分かれており、今回訪問したのは医学部であるMeilahtiキャンパスで、この中には大学病院もある。

 ヘルシンキ大学医学部では、基礎と臨床をつなぐ研究を戦略的に推進し、研究プログラムの推進、Prinipal Investigotorおよび研究スタッフの明確化、研究施設の新設とコアファシリティーの充実などのプランを実行した。

研究プログラムは、2001年に開始され、およそ50の研究室からなる6つのプログラム(ゲノム生物学、感染生物学、分子腫瘍学、分子医学、分子神経学、女性健康学)がある。これらのPI5年間の任期付きで、5年ごとに外部評価を経て延長する。5年限りのやや規模の小さいPIpositionもある。また、実験室も研究費とは別に、評価によって割り振られるという。

 今回訪問したAnu Suomalainen WartiovaaraASW)教授は、8つの研究室を擁する分子神経学(Molecular Neurology)部門のディレクターを務めている。8つのグループはそれぞれ独立であり、ディレクターとしての管理の仕事はあるものの、研究に責任を持つのは自分の研究室(20名ほど在籍)のみとのことであった。
 彼女の研究室のある「Biomedicum Helsinki 2」というビルは、2002年に出来たばかりである。このビルは、各キャンパスに散らばっていた生物医学系の研究室を集め、コアファシリティーを充実させ、関連研究者を集めることでクリティカルマス(という言葉を使っていた)を期待するために作られた。

コアファシリティーには、以下のものがある。

      バイオインフォーマティクスユニット(コンピューティングなどを支援)

      バイオチップセンター(遺伝子発現解析、SNP解析を支援)

      FACSコア

      幹細胞センター(ヒトES細胞の分配と技術支援)

      ウイルスコア(レンチウイルス、レトロウイルスなどのベクター利用の支援)

      細胞・動物イメージング施設(共焦点顕微鏡や動物MRIなど)

      DNA抽出施設(バーコードによるサンプル個人情報管理からDNA抽出まで)

      DNAシーケンスサービスユニット

      ハイスループットセンター(低分子化合物ライブラリーの提供と種々のハイスループットアッセイの支援)

      培地生産ユニット

      蛋白化学・プロテオミクスサービス(ペプチド合成からYeast 2-hybridによるスクリーニングまで受託)

      組織化学ユニット(組織ブロック作成から染色まで)

      遺伝子改変動物施設

      国際研究支援ユニット(知財関係と国際的グラントの申請支援)

      臨床研究ユニット(ボランティアの面接や採血に使える部屋を提供)

      P3安全実験室(病原体取り扱い施設)

ということで、BSIに似ている。DNA抽出施設や臨床研究ユニットなど、附属病院との連携において重要な面はBSI以上に充実している一方、行動解析ユニットやfMRI支援ユニットなど、BSIの方が充実している部分もある。

ASW教授の率いる分子神経学(Molecular Neurology)グループには、精神疾患研究グループ2つ(Tiina PaunioIiris Hovatta)、ミトコンドリア研究室2つ(SuomalainenBrendon)の他、脳梗塞や多発性硬化症の研究グループなど、計8つの研究室がある。

全体に、これらのコンセプトはBSIと似ていた。

 

 女性の研究者が多く、いったい男は何をしているのか、とDr. Paunio(女性)に聞いたら、研究者は給料が安いので、旦那に臨床をさせて自分は研究するのが一番良いと冗談を言っていたが、半分本音かも知れない。なお、研究者の半数以上は女性、PI20%が女性とのことであった。フィンランド人は対人恐怖的な内気な人が多いという。確かに、今回出会った学生などもシャイな人が多かった。

 

 PIの一人、Tiina Paunioは、双極性障害家系で神経心理検査とG72SNPを調べ、WAISサブスケールのうち、積み木の成績によく相関するアミノ酸置換を伴う多型を見つけたので、今後この機能解析をするつもりだとのことであった。用いているサンプルは、200名足らずのbipolarの症例対照研究サンプル、トリオサンプル、そしてHealth 2000のサンプルである。Health 20002000年に始められたプロジェクトで、地域の代表性を持つ8000名に身体的、心理的なphenotypingを行い、うち2200名でDNAサンプルを集め、さまざまな研究に用いられているという。このサンプルはオープンになっている訳ではなく、責任者に加え、さまざまな関係者にnegotiationして何とか使えるようになったという。(これを始めたのはDr. Peltonenらしいが、彼女はケンブリッジに中心を移し、ヘルシンキにも20%のエフォート率で働いている。かなり政治力のある人らしい。

 Iiris Hovattaグループの大学院生、Jonas Donnerに話を聞いた。ボスのDr. HovattaSalk Instituteのポスドクをしている時に、マウス8系統の遺伝子発現解析で、不安の強さと関係する遺伝子をグルタチオン還元酵素など10数個同定したので(Hovatta I et al: Nature 438: 662 – 666, 2005)、現在これらの候補遺伝子をヒトサンプルで解析しているという。Health 2000の中から不安障害のある人200名位での関連研究とのこと。候補遺伝子にグルタチオン還元酵素が含まれており、不安におけるフリーラジカルの関与に関心があるとのことであった。

 両グループとも、ヒト遺伝学と分子生物学をうまく結びつけて研究を進めている点が印象的であったが、ヒトサンプルの研究はあまり強力とは言えない感じであった。

 

 昼のセミナーは、休暇シーズンとのことで参加者は少ないと言われていたが、これらのグループに所属する人たちに加え、幹細胞を研究しているDr. Castrenも、これから休暇の旅行に行く、というわずかな合間に参加してくれ、全体で30名位であった。特定の部位にmtDNA欠失がたまるとしたらどういうメカニズムか、などの質問があった。Dr. Castrenとも昼食を共にしたが、ミトコンドリア機能障害が強くないのに表現型が顕著なのが謎であり興味深いというようなことを言っていた。

 

ASW教授治療に関して色々議論したが、Euromitのスライドで示されていた眼瞼下垂の劇的改善のスライドは、眼瞼挙上手術によるものだとのことであった。また、ケンブリッジのグループが開発した、中枢透過性の高いコエンザイムQ10の誘導体であるmitoQというのがあるらしく、英国では、パーキンソン病の治療薬としての検討が始まっているという。

 彼女は、現在、ヒト脳におけるmtDNA脳内動態を調べるため、死後脳での検討を考えており、法医学とのコラボレーションを始めているようだ。また、ミトコンドリア病の患者さんについては、亡くなったらヘルシンキ大学に搬送して解剖してもらえるように病理学教室とネゴシエーションしており、脳バンクに近いことを始めているようである。(既に診断がついている患者は、コストの問題から病院側ではなかなか解剖してくれないためだという。)

 夜は、ミトコンドリアのことに加え、グラントのこと、出版のこと、アカデミックキャリアのことなど、いろいろな話題が出た。ASW教授は、学問に対する真摯な姿勢、行動力、そして社交性など、大変バランスのとれた方であると思った。