私が躁うつ病の遺伝子研究をしている理由

 

1)躁うつ病を解明したい

 

精神科医になって、たくさんの躁うつ病の方々に出会いました。

元々社会的に何の問題もなくうまくいっていた人が、突然躁うつ病になった時、簡単に自分が躁うつ病になった、などと認めることはできません。これは病気なんだ、薬はやっぱり必要だ…。長い心の葛藤を経て、そう思えた頃には、人によっては10年位過ぎてしまっています。いったん、自分が躁うつ病にかかったという事態を受け入れて、治療していこうと思っても、今度は周りの人たちから「いつまで薬に頼っているの?」などという、心ない一言で傷ついたりすることもあります。

そんな人たちに出会って、この病気を何とか解明して、普通の身体の病気なんだ、とみんなにわかって欲しい、と思いました。

リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンと、良い薬はたくさんありますが、これらを飲んでもどうしても効果がない人や、副作用のために飲めない人もいます。もっともっと、良い薬が必要だと思います。

 

2)躁うつ病は治る

 

 他の精神疾患の中には、発症した時には既に脳に変化を来している可能性が高く、治療薬を開発するのは難しそうだな、と思ってしまう病気もあります。しかし、躁うつ病は、そうではありません。何しろ、躁状態、うつ状態の時以外は、何ともないのですから、その状態さえ保てば良いのです。原因さえ解明すれば、現在の薬が効かない人にも効くような薬が、必ず開発できると思います。

 

3)遺伝子が関係している

 

 躁うつ病の発症には、明らかに遺伝子が関係しています。

 誤解のないようにお願いしたいのですが、これは躁うつ病が遺伝する、と言っているのではありません。

 躁うつ病の発症に遺伝子が関係していることが分かったのは、双生児研究、特に、一卵性双生児の研究からです。一卵性双生児では、一人が躁うつ病を発症すると、もう一人の方も、7〜8割発症してしまいます。

一卵性双生児のお二人の間は、遺伝子が100%同じという、普通の親子関係などではありえないほどに、遺伝子が一致しています。親子では、遺伝子の同じ部分は50%に下がりますが、そのとたん、躁うつ病の発症率はぐんとさがり、患者さんのお子さんでも、9割方は躁うつ病を発症しません。この大きな違いは、躁うつ病の発症には、かなり多数の遺伝子が関係していて、それらが全部一致すれば躁うつ病になりやすいけれど、その半分を持っている程度では、それほど発症しない、ということを意味しています。

何しろまだ完全には原因が解明されていないので、正確な個数はわかりませんが、例えば、躁うつ病になりやすくなる遺伝子を100個持っていると発症する。ただし、だれでもこの遺伝子を50個ぐらいは持っている、というような感じと思われます。

なぜこのように多数の人が躁うつ病にかかりやすくなる遺伝子をもっているかというと、それが何らかの形で有利に働くからです。

例えば、躁うつ病にかかりやすくなる遺伝子の一つとして、BDNF(脳由来神経成長因子)のMet66というのがあります。これを持っている人は、記憶力が良いと言われています。私たちが発見したXBP1の−116Gという多型も、人当たりの良い性格や前頭葉のサイズが大きいことと関係しているようです。

 このように有利に働く遺伝子だからこそ、長い人類の進化の中で生き残ってきたのでしょう。一つひとつは有利な遺伝子が、たくさん積み重なった時、行き過ぎてしまって、躁うつ病になりやすくなる、ということだと思われます。

 

4)まだまだ研究が必要

 

 先ほど、100個、と言いましたが、その100個というのが、私たちにはまだ、わかりません。

 それらが分かれば、それが積み重なったとき脳の働きがどのように変化して、躁うつ病になるのかが分かるはずですが、まだまだわからないことが多いのです。

 そのため、私たちは、今日も躁うつ病の原因を探る研究を続けています。

 

元に戻る