第35回CINP(シカゴ)参加記
第35回CINP (Collegium Internationale Neuro-Psychopharmacologium、国際神経精神薬理学会)が、7月9〜13日、シカゴで行われた。本学会は、筆者にとってもメインの学会の一つで、Councillorでプログラム委員となると、他人事のように感想など書いている場合ではないような気もするが、まあそこはお許しいただきたい。
学会というと、Biological Psychiatry,、ACNP、SFNのように、若手研究者のポスターが中心の、最先端のデーターを議論する学会、APAのように教育的な側面の強い学会、WFSBPのようにその領域の研究者が一同に介して議論する社交場的な学会など、色々である。CINPは、以前は4年毎に行われていたので、お祭り的な印象があったが、最近は2年おきになり、少し性格が変わりつつある。今回は、educationalコースを充実させ、meet the expertセッションという、著名な臨床家に直接話を聞くセッションがあったりと、多少教育色を強めた印象になった。
日曜日午前中は、Neuropsychopharmacologyコースというのがあった。特に、テキサス大のDr. Robert HirschfeltのBipolar Depressionの話は大変勉強になった。Dr. Sheldon Preskornの薬物相互作用の話は、相互作用で大変なことが起きた具体例を出して考えさせながら進めていく講義で、これも勉強になった。講義でふれられた症例は、だいたい彼のホームページに載っているようであった。http://www.preskorn.com/
最後のDr. Steven M. Stahlは、CINPの会議でいつも顔を合わせるものの、これまで文献と顔が一致していなかったが、実はベストセラーの教科書(精神薬理学エセンシャルズ、私も持っていた)を書いている人であったと今回知った。彼は、精神薬理教育研究所という会社を設立し、本を書いて生計を立てているようだ。(日本で言えばW田H樹氏のような生活である) 話はクリアカットでわかりやすいのであるが、そこまで言い切って良いのか!と突っ込みたくなる部分が多く、その見せ方はどう見てもやりすぎであった。不思議の国のアリスをアレンジしたアニメーション(ストレスで頭が小さくなり、抗うつ薬で大きくなると言う話を戯画化したもので、本人も登場する)を流した時は、怒って突然席を立って出ていく人もいた。(投影かなあ。単にトイレに立っただけかも知れません)。
午後からは、Bipolar Disorderのサテライトシンポジウムに出席したが、まあ知識の整理にはなるものであった。
学会の委員会や、会場で出会った先生方とのdiscussionで、臨床試験について、色々考えさせられた。
これまで、日本で世界標準の新薬が使えないのは厚生労働省の認可体制の問題であると思っていた。しかし、最近呼んだ「ビッグファーマ」で、米国で認可されている新薬は大同小異のものが多く、その多くはわざわざ日本に導入するほどでもない、ひょっとしてむやみに新薬を導入するよりも良かったのかも、という気もしてきた。
そこで、ヨーロッパの人に、「日本は新薬を導入するのに慎重だから医療コストが安くすんでいる」と言ってみたら、「しかし、バイアグラはあっという間に承認されたではないか。日本の新薬承認にはムラがあるぞ」と、何でそこまで知っているの?というような反論をされてしまった。
医療品医薬機構所属の唯一の精神科医である三好出先生の話によると、海外で開発された新薬を導入してばかりいると、新薬の臨床試験という、ある意味人体実験的な部分は海外に押しつけて、その利益だけを享受しようとしているのか、という批判もあるという。
今後は、全世界で同時に臨床試験を行い、各国で一斉に申請するという仕組みが始まりそうだが、現状では日本はカヤの外になりかねない。日本ではこれまで、非劣性試験という、世界的には認められない試験方法で臨床試験を行ってきた歴史があり、きちんとしたプラセボ対照無作為化二重盲検比較試験をあまり行ってこなかった。そのため、日本は新しい流れに取り残されてしまう可能性がある、というのである。
私にとっては、無作為化臨床試験の倫理的問題は、インフォームドコンセントや医療倫理問題を初めて学んだ原点だったので、色々思うところもある。抗精神病薬の再発予防効果のように、実薬群が30%、プラセボ群が80%再発してしまうような臨床試験(Hogarty
GE et al 1974)が許されるのか。私はこれは2度とやるべき試験ではないと思っていたが、最近、Aripiprazoleで同様の試験がその後も行われた(Pigott
TA et al 2003)と知り、驚いた。三好先生の意見では、完全に再発するまで続ける、という試験はありえない。再発のエンドポイントを手前にすることで、患者の不利益は最小限にできるし、最終的には人類の利益になる試験ならやるべきであるという。また、こうした臨床試験の責任医師は、いつもサテライトシンポジウムに出てくる常連メンバーで、何となくお金の後光が差しているように見え、筆者としてはあまり尊敬すべき人種ではないように感じていた。しかし、彼の話によると、臨床試験をうまくデザインし、さまざまな調整をし、良い結果を得て新薬を世に出す手助けをするのは、大変な知識と経験が必要な仕事であって、こうした人材が日本では少ないのが問題だという。
確かに、geneticsだろうがDNA microarrayだろうが、データー分析方法は日進月歩で、常に新しい方法が考案されており、あっという間に知識が古くなってしまう。臨床試験の業界も同じであり、最先端の知識と経験が必要とされる、サイエンスの世界なのだ。日本でも、臨床精神神経薬理学会で、臨床試験を重視する方針を推進しているのは知っていたが、遅蒔きながらその重要性を再認識した。
月曜日は、学会の本格的な開催初日であった。午前中は、Novel Insights into
Mood Stabilizationというシンポジウムに参加した。Dr.
Agamは長くイノシトール説を追求してきた。リチウムとバルプロ酸はいずれも細胞内イノシトールを低下させ、イノシトールはIMPase阻害を介して、バルプロ酸はMIP
synthase阻害を介して作用する。IMPA1、IMPA2、SMIT(イノシトールトランスポーター)の3種のノックアウトマウスを調べた結果、IMPA1とSMITでは、強制水泳における無動時間短縮、ピロカルピン感受性亢進などのリチウム投与様の行動変化が現れたが、IMPA2では見られなかった。IMPA1とSMITのホモノックアウトは致死であったが、イノシトール2%追加でrescueすることができた。IMPA2のホモKOは致死ではなかった。脳のイノシトールレベルが低下したのはSMITのKOのみであった。これらの結果は、リチウムがIMPA2でなく、IMPA1の阻害を介して作用することを示唆する。これらのノックアウトにリチウムを投与すれば、結論がでると思い、質問したところ、その結果は簡単に説明できるほどcleanではない、と話しており、実はIMPA1がなくても少し作用したりするのでは、と疑わせる答えであった。
面白かったのは、バルプロ酸の誘導体、Valnoctamideについての話である。この薬はHDAC阻害作用がないため、催奇形作用がない。イノシトール合成阻害作用は有している。この薬の躁病に対する臨床試験を行い、有効性が認められたという(ただし、実薬7名、プラセボ6名の少数試験)。こうしたアプローチを進めていけば、双極性障害に有効な作用が何か、絞り込めるのではないかと思われた。
次のMiriam Greenbergは、酵母を使ってバルプロ酸の作用機序を研究している。GSK-3βがMIPSをリン酸化し、MIPSはリン酸化により制御されていることから、VPAのMIPS阻害作用はGSK-3β阻害作用を介しているのではないか、と述べた。隣で聞いていたManji研のDr. GouldはずっとGSK-3のことをやっているので、どう思うか聞いたら、「酵母だから」とクールであった。また、彼女らは、バルプロ酸の誘導体でMIPS阻害作用を持つ薬を、酵母を使ってスクリーニングするという話もしていた。
Dr.
Peter Kleinは、IMPase阻害薬であるL-690330が、リチウムと同様の効果がないことから、リチウムの効果はIMPase阻害だけでなく、GSK-3β阻害作用を介しているはずだ、という前提で、そのメカニズムを調べ、GSK-3β阻害薬の行動への影響を調べ、アンフェタミンによる行動量増加を阻害することを示した。また、GSK-3βは、自己リン酸化による制御メカニズムがあることなどを示した。しかし、彼の話の前提である、L-690330がリチウムの効果をmimicできない、というのは、dorsalizationという奇形発現を指標とした話であり、話の前提に納得できないものがあった。最後はDr. Youngであったが、だいたい以前に聞いた話であった。
昼は、Fibromyalgia(線維筋痛症)のサテライトシンポジウムがあった。線維筋痛症はリウマチ性の疾患とされる。その定義には曖昧さも残るが、最近この疾患は、痛み知覚に対する感作が生じていると考えられるようになってきたという。この疾患に対し、duloxetineというSNRI(セロトニンノルアドレナリン取り込み阻害薬)の臨床試験が行われ、有効性が確認されたという。線維筋痛症の病態には、HPA系やモノアミン系が関与するなど、うつ病の病態と重なりが多いし、いわゆる「慢性疲労症候群」とも重なりが多い。これらは全て、同じような患者群に対し、別の見方をしているだけなのではないか、という疑いが残る。
午後は、札幌医大の斉藤先生、鵜飼先生のセッションと、神経発達のセッションにでた。
Molecular
Genetics of Neurodevelopment in SchizophreniaでのDr. Nuria Flamesの話が興味深かった。彼女らは、ニューレグリン1がGABA介在ニューロンのmirationに重要な意義を持つことを、多数の興味深い実験で確認した。特に、NRG-CRD+DsRedとDsRed onlyを発現させた2種のCOS細胞をシマシマに並べ、そこにE13.5のMGE(medial ganglionic eminence) の細胞を載せると、NRG-CRDのある方に細胞が遊走していく、というアッセイ(Stripe Choice Assay)は、大変クリアなものであった。その他、domi-negaのerbB4をelectroporationでスライスに打ち込むとmigrationがおかしくなるとか、erbB4のノックアウトではGABAニューロンが皮質にmigrateしないとか、圧倒されるデーターが多く、感動して帰ってきたら、最近Cellに載った論文の話であったことがわかった(Lopez-Bendito
G 2006)。昨年のSFNで聞いたSchizoの患者死後脳におけるerbB4シグナリングの異常やNRG1との関連、死後脳におけるGABAニューロンマーカーの低下、Dr.
Seiのリンパ芽球遊走障害などを考えると、SchizophreniaがGABAニューロンのmigrationの障害ではないか、という仮説が浮かび上がってくるのであった。最後はDr. Weinbergerで、話の内容は先日のBPと同じであったが、タイトルがDISC1だったのにもかかわらず、DISC1にはもう関心がないと明言し、より幅広く神経発達の話をする、とのべたのが印象的であった。もう米国ではDISC1でグラントをとるのは難しそうな雲行きだ。なお、彼がリウマチ患者のリンパ球でNRG1が変わっているという論文のことに言及していた。(たぶんこれだと思うが、理研では購読していないため確認できず。何と、RA不一致例11ペアの論文だった) それにしても、Weinbergerのセッションにしては聴衆がまばらで、いつもプレナリースピーカーをやっている彼にとって不快だったのではと余計な心配をしてしまった。
火曜日は、午前中はSusceptibility genes for
schizophrenia and bipolar disorder: progress and challengesというセッションに出た。最初17人しか出席しておらず、寂しい限りであった。Dr. Lererは、イスラエルの孤立した3つの村での連鎖解析研究の結果を報告した。これらの村ではイトコ婚が30%弱もあり、そのため近親婚家系での連鎖解析を行い、6q23の連鎖を認め、この領域の候補遺伝子としてAHI1に着目した。これはJouberinという、Joubert症候群の原因遺伝子(小脳失調など)だという。その関連研究は、最初のサンプルではsingle SNPでもハプロタイプでも有意で、replicationサンプルではSingle SNPでは有意でなく、ハプロタイプでは有意だが、関連するハプロタイプは異なるという、ありがちな結果であった。Dr.Middletonは、ポルトガルのアゾレス諸島のサンプルについて話した。ここでは、統合失調症の罹患率が1%よりかなり低い一方、患者の7割くらいに家族歴があるなど、遺伝子解析に適した環境だという。このサンプルでは、5qとの連鎖がみられ、精神病という表現型の方がよく連鎖するという。
シカゴ大のDr.Liuは、TAAR6というトレースアミンの受容体の遺伝子解析を行った。彼らは、CVCD (common variant common disease)仮説に基づく検討と、MRVCD (multiple rare variants common disease)仮説に基づく解析を両方行っているのが興味深く、前者ではcommonなSNPのハプロタイプ解析、後者はresequencingを患者189名、対照群188名で行っていた。その結果、24のバリアントを認め、うち11がミスセンスで、うち3つは頻度が高いが、他は1名ずつで、対照群にも見られるという結果であった。イギリスのDr. Williamsは、NRG1, DTNBP1,
G72という3つの最強力遺伝子について、現状を報告した。NRG1は、最近機能を起こしそうなミスセンス多型が初めて報告されたという。DTBP1は、リスクハプロタイプにより死後脳の発現量が低下するという。
ポスターでは、D-serinでsocial recognition testの結果が良くなる、という結果が興味深かった。NIDAの林先生は、シグマ受容体は小胞体ストレスをsenseしてコレステロール代謝を促進することで、neurite extensionなどに関与するのでは、ということを示唆するデーターを紹介していて興味深かった。海馬ニューロン培養でSigma-1をRNAiでノックダウンすると、スパインにNMDAやAMPA受容体がリクルートされなくなり、スパインができず、フィロポディアばかりになる。
P32妊娠中のストレス(E14-21)で、不安が増加し、ストレスによるコルチコステロン上昇は低下する。
P198 統合失調症患者死後脳ではD-serinに差はないが、CSFで低下している。測定時、D-serinのピークがD-serin
deaminase処理で消失することを確認していた。また死後脳ではセリンラセマーゼ蛋白が減少していた。
P232 Social Novelty Taskという行動試験(Moy SJ Genes Brain Bhavior 2004 3:
287-302)のポスターがあった。出入り口のある壁によって3分割された箱を用いる。両脇の部屋に金網のかごを入れるが、一方のみに別の野生型マウスを入れ、10分間観察する。これで、両端の部屋にいた時間を計測することで、他のマウスに関心を持つ程度を調べる。このテストは、「躁状態」のテストに使えるのではないかと思った。
火曜日午後は、Epigeneticsのシンポジウムがあった。トップバッターのPetronisは、相変わらずグローバルな話が多かった。米国では、最近新聞等でもepigeneticsのことが取り上げられ、CODE 2というとエピジェネティクスのことなのだという。(Code 1がゲノム)。CpGアイランドマイクロアレイによるデーターを少し出していたが、まだあまり多くのサンプルは調べていないようであった。
次は座長のDr.CostaのグループのDr.Guidottiであった。このグループには他にDr.
Graysonもいる。Dr.Costaだけが長老だと思っていたら、3人とも人生経験の長そうな方々であった。彼らはreelinのメチル化がschizophreniaに関係するという自説を展開したが、データーは全て論文でみた話で、とくに目新しいことはなかった。特にDr. Costaは頭が固そうで、論争するのは大変そうであった。
次は、一卵性双生児不一致例について長く研究を続けているDr. Singhであったが、過去のデーターが多く、あまりactiveに研究している人たちではなさそうであった。
Dr.
Abdomaleskyは、COMT、reelinなどのメチル化を色々測っているようであったが、彼らのメチル化特異的PCRでかかった回数を数えるとの方法自体に難があるため、話半分という感じであった。
最後に我らの岩本さんが発表した。そのデーターは、質、量共に他を圧倒し、聴衆には深い感銘を与えたに違いない…はずだが、Dr. Petronisはよく理解してくれたと思うものの、他の人達がどのくらい理解してくれたか不明である。
水曜日午前中は、Genomicsのセッションで、マイクロアレイ研究者が一同に介するシンポジウムであった。
Sabine
Bahnは、Dr. Torreyからもらったという、一卵性双生児11ペアの血清を用いて、プロテオミクス解析をして、3.96Kdaのペプチドが患者のみで見られることを見いだした。このペプチドは死後脳でも患者に多く見られ、2セットのサンプルで共に感度、特異度が8〜90%で診断できる程であったという。詳細は秘密のようであったが、「酸化ストレスに関する蛋白質だ」とのことであった。詳細は不明であるが、薬の影響でないことを祈りたいものである。
UCIのDr. Bunneyは、BPと同様、死後脳研究の問題点などを復習するような発表で、Agonal-pHの話などがあった。しかし我々にとってはあまり新味がなく、最近のDr.Vawterの渾身の論文も、スライドでは3行くらいに凝縮されてしまっていた。言いたいことは、Bipolar患者の死後脳では、GPCRが変わっていること、ミトコンドリアが変わっていること、GABA系が変わっていること、であった。
Dr.
Watsonは、うつ病とFGFの関係を様々な方向から検証したなかなか興味深いプレゼンテーションであった。彼らは、うつ病患者の死後脳で、脳内4部位のマイクロアレイを行い、共通に変化している遺伝子として、FGFR2の低下とFGF9の上昇を見いだした。FGFは、神経発達、神経新生に関係し、ストレスに伴いグルココルチコイドで変化するため、うつ病との関連を更に調べた。その結果、FGF2の投与で、FSTで無動時間が低下するなどの抗うつ効果がみられた。また、ラットを不安の強さによって選択交配していくと、不安の強いストレインでFGF2が上昇していることがわかった。FGF2を発達初期に1回投与するだけでも、成長後に海馬歯状回のニューロンが増えるという。FGF2アナログが抗うつ薬になるのではないか、とのことであった。この話については、original論文が2004年にPNASに出て、2006年に総説がでただけで、今回の話は多くが未発表データーということになる。講演では細かい点をフォローできなかったが、FGFには多数のホモログがあるので、これらのデーターが本当に全体として一致した結果を示しているのかどうか、論文をきちんと検討してみないとわからないと思われる。本当によく一致した話なら、そのうちbig journalに載るかも知れない。Dr.
Turekiは、自殺者の死後脳でGABAergicの遺伝子と、グルタミン酸の遺伝子が変わっているという話で、Biological
Psychiatryと同じ内容だった。
イリノイ大シカゴ校のDr. Dwivediは、自殺者死後脳でERK-1、EKR-2、B-raf、Rap1、Epacなど、ERK-MAPK系の一連の低下が見られるとの報告であったが、遺伝子を変えつつ同じような結果の繰り返しで、少々単調なプレゼンテーションであった。各種のニューロトロフィンが低下しているという2005年の論文を入れて、3本の論文の内容であったが、ニューロトロフィン-ERK-MAPK系という一連の変化ということだと思われた。(どうせなら一緒の論文にすれば良いのにと思うが…。)
Dr.
Qurionのプレナリーレクチャーは、元々彼がプレナリーレクチャーとして同じDouglasのDr. Meaneyを推薦したのだが、断られてしまったため、自分に回ってきた、とぼやいておられた。内容は以前カナダ大使館でのプレゼンと同じであった。加齢ラットで、記憶低下の見られる個体と記憶が保たれた個体でマイクロアレイを行って比較したところ、記憶の低下した個体でトランスサイレチン(TTR)、NQO2が低下していた。TTRは多様な作用を持つが、その一つがRetinoidのトランスポーターとしての作用であることから、加齢により記憶が低下したラットにレチノイン酸を投与したところ、記憶が回復した。また、TTRノックアウトマウスでは加齢と共に記憶の障害が出現するが、レチノイン酸投与により回復した。一方、NQO2(NRH:quinone oxidoreductase 2)はキノン酸化酵素であるが、最近メラトニン3受容体であることが判明し、メラトニンの抗酸化作用はこの受容体を介していると考えられている。
ポスターセッションでは、Youngさんの関わっている仕事で、双極性障害患者でCortical Inhibitionが障害されており、これはGABA作動性介在ニューロンの障害であろうとの報告であった。同様の障害は、統合失調症患者(Fitzgerald
PB, Psychiatry Res. 2003)、患者家族(Saka MC, Int J Neuropsychopharmacol. 2005)でも見られるという。これは、TMSを使って運動野を刺激し、骨格筋(手の親指)の誘発電位を調べるのだが、閾値下の刺激を事前に加えておくと、次の誘発電位が小さくなる。これが、周辺の抑制ニューロンの活動をリクルートしたためであり、閾値下刺激による誘発筋電図の低下を、short interval cortical inhibition (SICI) と呼ぶ。反対側の刺激による同側刺激時の誘発筋電図の低下を、interhemispheric
inhibition (IHI)と呼ぶ。SICIは、rTMSにより亢進し(Daskalakis
ZJ 2006)、気分安定薬も皮質抑制を促進するという(Li X
et al, J Affect Disord 69: 1-14, 2000)。検査自体は侵襲的ではないし、これが本当にGABAニューロンの活動を反映するなら、大変興味深い検査であり、統合失調症、双極性障害の双方の死後脳で介在ニューロンマーカが低下していることなどとの関連でも興味深い。ただし、これが本当に介在ニューロンの機能を反映するのかという検証は乏しい。マウスで、例えばGADノックアウトマウスでどうなるのか見てみたら、きちんと検証できるのではないかと思われる。
P137感染による統合失調症の動物モデルの話があった。妊娠ラットに、LPS(バクテリアエンドトキシン)、Poly I:C(ウイルス感染をmimikしたもの)、Turpentine(局所の炎症を起こすもの)の3種を行い、仔の成長後にPPIを指標として調べたところ、
E10〜11 E15-16 E18-19
LPS − + +
Poly
I:C − − −
Turpentine − + −
という結果であり、妊娠15-16日に感受性が高く、サイトカインの上昇か発熱が関係しているのではないかと考えられた。
水曜日昼は、The evolving treatment paradigm for
bipolar disorderというサテライトシンポジウムがあったが、土曜日にも似たようなサテライトシンポジウムがあったため、あまり期待せず、途中から出た。しかし、こちらは大変良い内容であった。最後のDr. Paul Keckは、臨床試験論文を、単に結果を紹介するだけでなく、どうしてそのような結果になったと考えられるか、解説しながら話を進めており、大変示唆に富むものであった。スタンレーBipolar Networkの結果で、双極性障害では、うつが治った後、抗うつ薬を続けた方が躁状態の再発が少ない、というデーターがあり、物議を醸した。彼の解釈によれば、これはこのデーターが無作為化対照試験でないため、急速交代型の患者では医師が早期に抗うつ薬をやめる傾向があるためではないか、と述べており、一理あると思った。その他、リチウムの有効性についても時間をかけて説明し、治療のオプションも非常に公平に紹介していて、どの会社がサポートしているのか想像できないコンテンツであった。実際はBristol-MyersとOtsuka Americaがサポートしていたので、Aripiprazoleの宣伝ということなのであろうが、敢えて商業色を出さない構成にしたと思われ、大変好感のもてる内容であった。商売っ気が多すぎて辟易する他社のサテライトシンポジウムとは一線を画しており、さすが日本の会社は謙譲の美徳を知っている、と感心した。むしろ、このシンポジウム以外でAripiprazoleの話がしょっちゅう出ており、この薬に対する期待の高さが感じられた。臨床試験がまず日本で行えなかったことは残念であるが、日本発の薬が世界を席巻しているのを見るのはとても勇気づけられる。
午後は、CRHのシンポジウムに出た。Max-Planc-InsituteのDr. IsingがDEX-CRHテストについて総説し、群大の大嶋先生がHPA系とセロトニンの関係について総説し、Dr. Nemeroffが虐待の影響について総説した。
木曜日朝は、Dr. Dumanの若手研究者向けの特別講義に潜り込んだ。内容はだいたい聞いたような内容であったが、ストレスにおけるグルココルチコイド、BDNF、VEGF、IL-1β、NMDAなどの関与を整理した、大変教育的で良い内容であった。質疑応答で、オランザピンで海馬のneurogenesisが増える、と言っていたのが少し目新しいデーターであった。BDNFヘテロマウスにTrkB→ERKを阻害するSL327を投与すると、無動時間が延びるというデーターと、臨床の遺伝環境相互作用の話を結びつけていた。こうした阻害薬の実験もうまく使えば良いのかも知れない。
引き続き、午前はストレスとグルココルチコイド、というシンポジウムに出た。Dr.Gassは、GRのヘテロノックアウトマウスはストレス耐性が低いこと、Nestin-CreによるGRのconditional KO、およびGRのTGマウスでは逆にストレス耐性となることなどを報告するとともに、Parianteによる抗うつ薬のGR核内移行促進作用、GRアンタゴニストの抗うつ作用などを引き合いに出し、筆者を含め、混乱した聴衆もいたようである。GRは減らしても増やしてもうつに効くということらしい。
EmoryのDr.Millerは、サイトカインの役割について述べ、IL-1αのアンチセンス投与によってコルチゾールによるGRのdownregulationが阻害されることなどから、サイトカインがグルココルチコイドのシグナリングに関与することを述べた。
Dr.Fritz
Hennは、LHを使って様々な実験を行い、LHでnon-LHに比べてBDNFが低い、LTPが抑制されている、neurogenesisには違いがない、などのデーターを示した。また、情動制御における手綱核の関与について触れ、薬物依存で手綱核が萎縮することは興味深い、と言及していた。
昼は、また若手研究者向けの「Translating from Basic to
Clinical Research」という創薬に向けた取り組みについての講義に出た。薬理学者のDr. Seltonによれば、精神疾患の創薬の難しさは、target(脳)が複雑であること、曖昧で複雑な疾患であること、動物モデルが不足していること、測定方法の問題(表現型、治療反応)であり、精神疾患は医学の中で最後に残された最大の問題であると位置づけていた。また、NIMHへのadovisoryからの勧告では、遺伝学、分子、細胞、システム、行動を統合する研究が重要である、と言われていて、これに従って、NIMHはgenetics、behavioral analysis, Drug/Ligand Development,
Imaging, Molecular and Cellular studyの5領域に力を入れているという。Dr.Manjiは、NIMHの研究で重要視されるのは、Relevance(必要性)、Traction(?違うかも。実行可能であること)、Innovation(新しさ)であると述べた(Insel
2005)。彼は基礎と臨床の間を、「Bench→Bedside」と「Bedside→Practioner」の2つにわけたが、前者にpathophysiology、diagnostic test、biomarker、new treatmentの4つを含めており、自分のやっていることは前者の方だ、と述べ、かなり臨床的な研究も、自分の守備範囲と考えていることが印象的であった。
その他の内容は、次のミトコンドリアシンポジウムと同じで、bcl-2のヘテロノックアウトでは抗うつ薬がFST、TSTに効かないこと、抗うつ薬治療反応性がbcl-2の遺伝子多型と関係するというSTAR*Dの結果、抗うつ薬でもbcl-2が増加すること、bcl-2のヘテロノックアウトではLHになりやすいこと、など、多くの事実から抗うつ薬の作用機序にもbcl-2が関与していることを示した。
最終日の午後、やっと自分のシンポジウムが回ってきた。熱気にあふれたBiological
Psychiatryのミトコンドリアセッションとはうって変わって、20名程度の寂しいセッションとなった。トップバッターはパーキンソン病のcomplex I障害を見いだしたDr. Shapiraで、ミトコンドリア病全般とパーキンソン病におけるミトコンドリア障害について広汎に解説してくれた。CPEOや多重欠失についても解説してくれ、筆者としては自分の重荷が減って助かるような感じであった。このシンポジウムにパーキンソンの専門家を入れるべきだというのはDr. Youdimのアイデアであったが、やはり良い選択であったと思う。イスラエルのDr. Ben-Shacharは、統合失調症におけるcomplex
Iの所見について総説した。Dr. Manjiは、前述の内容に加え、bcl-2→anti-apoptotic作用、BAG-1→GRトランスロケーション阻害作用、という、リチウムとバルプロ酸に共通な二つの経路について述べた。リチウムは、デキサメサゾンによるGRの核内移行を阻害するが、BAG-1(GRのコシャペロン作用を持つ)のsiRNAでこの作用がなくなるという。また、リチウムとバルプロ酸が、単離ミトコンドリアでMMPを高くし、ROSを下げること、などの報告をした。後で効いた話だと、ミトコンドリアのカルシウム濃度に対しても既に調べていて、影響する、とのことで、後で論文を送る、とのことであった。気分安定薬に神経保護作用があるなら、アルツハイマー病に効くのでは、というフロアからの質問があり、リチウムのタウオパチーへの臨床試験、バルプロ酸のアルツハイマー病への試験などが行われているとのことであった。
最後のDr. Renshawは、MRS所見について総説するとともにCytidineの臨床試験について述べた。少々不勉強だったが、Cytidineも体内でuridineに代謝されるため、uridineと同様の意義があるとのことであった。また、双極性障害患者でtoriacetyl-uridineによってpHが上昇するというデーターについても述べた。
Dr.
Shapiraは、思ったよりはるかに若い人で、フレキシブルな感じで、我々の研究にも大変関心を持ってくれた。彼らはPOLG変異を持つ患者で、線維芽細胞でmtDNA量を量っているとのことであった。
帰りにホテルでエアポートシャトルを待っていたら、なかなか来ない。係の人が、もう1人の待っている人と一緒に乗ればシャトルよりも安いぞ、と言うので、タクシーに乗った。話をしているうちに、それがちょうど筆者が見逃した脳脊髄液解析のセッションで話した、Vanderbilt大学のDr. Ron
Solomonという人だった。彼の演題は脳脊髄液のセッションにもかかわらず、ultradian rhythmというタイトルだったので、これだけは血液なのだろうと思っていたら、何と、脳脊髄液だという。筆者が驚いていたら、じゃあここでやろうか?と言う。最初は何を言っているかわからなかったが、本当にタクシーの中でパソコンを出してきてプレゼンしてくれた。
彼は、患者・健常対照群各十数名で、硬膜下?カテーテルを留置して48時間にわたり、10分に1mLの割合で脳脊髄液を採取したという。そのサンプルをフラクションコレクターで継時的に採取し、HIAA、HVA、トリプトファン、オレキシン(hypocretin)を測定していた。更に、2日目にはトリプトファン欠乏食を与えていた。その結果、トリプトファン欠乏による顕著な変動が観察された。うつ状態ではHIAAとHVAはよく相関しながら変動していた。また、午後になると90分のultradian rhythmが強くなるという。こうした解析にはフーリエ変換よりもWaveletという解析法が良いとのことであった。このHIAAとHVAの相関は、抗うつ薬で治った後は失われていた。健常者のデーターはむしろうつ状態に近いように見えたが、彼はうつ状態のデーターの方が異常だと思っているようで、健常者のデーターはまだ確信がないとのことであった。
データー自体は何だかよくわからないところもあるが、驚いたのはとにかくその方法である。彼によると、血液で48時間採取しようとすると凝血するのでヘパリンロックをかけないといけないし、実は脳脊髄液の方が容易だという。カテーテル挿入は麻酔科医が行っている。少なくとも挿入中は、頭痛は見られないという。採取量は多いように見えるが、髄液は交換が速いので問題ないという。同時に左腕から点滴を行い、右腕からはヘパリンロックで採血も行っている。また、数回、唾液採取も行っている。被験者の最大のクレームは、ずっと横になっていないといけないため、退屈だということらしい。
とにかく圧倒されて話を聞き、彼は国内線の出発ロビーで先に降りたが、タクシーの運転手は、「話を聞いている限りでは彼の知能は高いはずだが、常識がない。チップをくれないなんて」と怒っていた。英語で聞いていると何となく相手のペースに巻き込まれてしまったが、研究内容はもちろん、タクシー内のプレゼンといい、やはり相当に強引な人なのであろう。しかし、NIMHでも同じような脳脊髄液の継続採取を行っているとのことではあり、あながち無理な方法でもないようだ。
帰りの飛行機を待っている間に、前述の、日本発の中枢薬としてはエーザイのアリセプト以来となるAripiprazoleを開発し現在プロモート中の大塚の人たちに話を聞いた。Aripiprazoleで26週の再発予防のプラセボ対照試験を行わなければならなかった理由を聞いたところ、とにかくFDAから要求されたというのが理由らしい。同様の臨床試験は、Olanzapine、Ziprasidoneなど他の非定型抗精神病薬でも行われているので、やむを得ないようだ。日本の医薬品機構は、製薬会社と治験前に相談するシステムをオフィシャルに作っているが、米国でもFDAと事前相談しながら治験計画が練られていくらしい。こうした試験を苦労して行っても、医師からは、プラセボ対照の再発予防試験なら差がでて当然、と言われてしまうこともあるとか…。色々考えさせられる。Aripiprazolの臨床試験は、当初はOtsuka
America主導で行われ、その後ブリストルが加わってより大規模に行われたようだ。日本で治験が行えなかったのは残念だが、大塚の方々の見解では、日本ではプラセボ対照試験の経験が少なく、それに関する治験計画の検討には多少経験不足なところはあるが、日本の臨床試験の質が悪いということはないとのことであった。
以上、一週間分の情報があったかどうか定かではないが、色々と収穫があった。せっかく教育的な企画も多いのだから、次に出席する時には、今回のようにうつ病や双極性障害を中心に聞くだけでなく、知識の足りない領域の勉強も兼ねて行くと良いかも知れない。
この学会は社交行事が多く、筆者としてはいつも少々辛い思いをしていたが、今回は社交場には出席せず、どうしても出ないといけない会議のみ出席すると決め、夜はホテルで仕事していたら、だいぶ気が楽であった。(ホテルにハイスピードネットワークがあったので、効率も良かった) やはり慣れないことはするものではない。サイエンスで仲良くなった人と社交すればよいのであって、社交からサイエンスが生まれることは滅多にない。前から何度も感じてきたではあるが、改めて認識した次第である。
次回の本学会、50周年記念大会は、2008年7月13〜17日、ドイツのミュンヘンで行われる。
なお、色々あったが、2010年の本学会は結局、香港で行われることになったようだ。