29回 国際神経精神薬理学会(CINP2014)(バンクーバー)参加記 201462326

 

 初日は、Rafaelson Awardの授賞式。日本からは産業医大の中野和歌子氏が受賞した。

 開会式では、カナダの先住民の方が、伝統の祈りを捧げた後、アンソニー・フィリップス教授から山脇成人教授への理事長交代のセレモニーが行われた。

また、元カナダ首相のファーストレディーで、Changing My Mind: A Memoirという本を執筆された、マーガレット・トルドー(Margaret Trudeau)さんが、双極性障害の当事者という立場から、ご自身の体験を語り、神経精神薬理学研究への期待を述べた。

 

 初日のプレナリーはスーザン・アマラ氏。アンフェタミンがドーパミントランスポーターの内在化を引き起こし、この作用はコカインにはない、という話。この内在化は行動への作用にも貢献しており、トレースアミン受容体を介しているという。アンフェタミンは興奮性アミノ酸トランスポーターの内在化も促進し、グルタミン酸の作用を強める。

 

双極性障害の新たなクラスの薬剤開発という、自分で企画したシンポの座長をマンジ氏とともに務めた。

 最初に筆者が、理化学研究所の創薬プログラムの研究について紹介した。

 フセイニ・マンジ氏の話は、グルタミン酸受容体、Bcl-2Bag-1、エスケタミンの話など。高用量コルチゾールはミトコンドリアのカルシウム取り込みを低下させるが、低容量コルチゾールは逆に増やす。複雑疾患には、multi-targetの薬が良いはずだと言っていたことが印象的。

 トレーシー・ペトリシェン氏は、ANK3のヘテロノックアウト(脳特異的なバリアントのエクソン1bをノックアウトしたもの)あるいは海馬歯状回特異的ANK3ノックダウンマウスにおける行動解析。オープンアームに入る潜時が短縮、明暗箱で明箱に入る潜時が短縮、新規摂食抑制試験で潜時が短縮など。いずれも不安減少と説明されていたが、衝動性増加でも説明できる印象を持った。これに対して、リチウムが有効であったが、GSK-3β阻害薬も有効であった。ANK3ノックアウトマウスでは、シナプシンの増加、PSD95の増加などが見られたが、リチウムで正常化した。GSK-3βの阻害薬で、リチウムと同様の効果が観察された。

 グラント・チャーチル氏は、Ebselenの話。既に、ヒトへのEbselen投与で、脳内イノシトールが低下するといったデータや行動データ(嫌悪表情への認知が高まるなど)を得ているとのこと。現在、6週間の臨床試験を計画中とのこと。

 全体としては、リチウム同様の作用を持つ薬剤の開発の方向性、新規薬物のテストには、これまでのようなアンフェタミンによる多動といった動物モデルではなく、変異マウスを用いるべきであること、およびグルタミン酸受容体やミトコンドリアなどの新たな創薬標的を目指すことなどで一致点があった。

 午後はロナルド・デュマン氏の話。ケタミンは、この50年の抗うつ薬開発の歴史の中で最も画期的なものであると位置づけ、その副作用を減らすためにさまざまな可能性が検討されていることを述べた。デル・アバキアン氏は、社会的敗北ストレス中、1ヶ月以上、毎日脳内自己刺激の閾値を測定し、ストレス中に閾値上昇が生じ、アンヘドニアを反映していると述べた。

大正製薬の茶木氏は、V1B受容体などの新規標的分子に作用する抗うつ薬の開発について話した。HPA軸において、ACTH放出を促すのは通常CRHであるが、慢性ストレスにおいては、CRHには反応しなくなり、AVPACTH放出の役割を持つようになる。V1b受容体阻害薬は、強制水泳、尾懸垂、慢性軽度ストレスなどに有効。臨床試験では、1つが有効、1つが無効。オキシトシン受容体阻害作用もあり、これが良くないかも知れないので、よりV1b受容体に特異的な薬剤が開発されている。強制水泳や嗅球摘除など、古典的な手法ながら、新しい標的を意欲的に検討しているという印象であった。

最後にトーマス・シュレプファー氏が深部脳刺激について話した。以前の学会で聞いた、中脳腹側被蓋からの線維(内側前脳束)の深部脳刺激で難治性うつ病患者8例中7例が改善するという話のフォローアップで、その後2年ほどたって、6例は寛解を維持しているとのことであった。

 

2日目。エピジェネティクスのシンポジウム。リーバ氏のデータは、網羅的解析をした後、気になった遺伝子について考察するという感じであった。スジーフ氏の発表は、「DNAが人生を決めると考えられていたが、実はDNAメチル化で変わるのだ!」という感じであった。脳とリンパ球のメチル化が相関するということなどを話した。

スザンヌ・キング氏は、ケベックにおける真冬の数ヶ月の停電という災害の折、妊娠していた母親から生まれた子供について13歳時に採血して色々調べ、サイトカインなどが高く、糖負荷によるインシュリン上昇が高いなどの所見を観察した。ストレスが高いこととSCG5遺伝子のメチル化低下が関連しており、これはサイトカイン上昇と関係しているとのこと。現在、オーストラリアの洪水について、災害時に妊娠していた人から胎盤を集めるなどして研究を進めているという。

 ちょうどワールドカップの日本の最終試合の時間が、岡野栄之教授のプレナリーレクチャーであった。行き詰まっている精神疾患研究はiPS細胞研究とマーモセット研究で大きく進展するはずだ、という力強い内容であった。始まったばかりの神経回路の全容を解明する「革新脳」プロジェクトも紹介された。国際学会で紹介するのは初めてとのことであった。

 午後のデュマン氏のセッションで、スコット・ラッソ氏が発表。社会的敗北では、視床髄板内核(ILT)から側坐核への神経伝達が強まると脆弱、抑えるとレジリアンスのフェノタイプを示すことを、オプトジェネティクスを使って丹念に解析した仕事であった。

 ルイーザ・ピント氏は、甘いえさと普通のえさを2種類置いておくという課題を開発。さらに、甘いえさを食べている時の超音波啼鳴を調べることにより、アンヘドニアが調べられるという。彼らは、慢性軽度ストレス後のアンヘドニアを指標として検討を行い、フルオキセチンの効果は神経新生依存的だが、イミプラミンの効果は神経新生依存的ではなく、グリアの新生が関係しているかも知れないとのことであった。

麻酔薬イソフルレンがうつ病に有効ではないかとの報告もあった。

デュマン氏は、最近Nature Medicineに報告したREDD1の話をした。 

 ポスター発表で、患者さん457名を対象とした杏林大の渡邊教授らによる双極性障害患者さんへのウェッブ調査報告によると、どのような医療が実現して欲しいかというアンケートで、1位が躁・うつがすぐ治る薬、2位が再発予防治療、3位が双極性障害を直接診断できる検査法とのことであった。

 

3日目のプレナリーはメルボルンのマクゴリー氏。精神病発症予防についての話で、若者へのメンタルヘルス啓発活動「Headspace」のビデオも紹介していた。

 腸内細菌叢のシンポジウムで座長を務めたアイルランドのジョン・クライアン氏は、「腸内細菌は神経内分泌器官である!」と述べた。腸内のマイクロバイオームが注目を浴びるようになった最大の理由は、これまでは培養できる細菌しか観察できなかったところ、メタゲノム解析によって、全細菌を一網打尽に解析することができるようになったという技術の進歩による。

 微生物はGABA、ソマトスタチン、セロトニン、ドーパミン、アセチルコリンなどを作る(といっても吸収されて脳に働く訳ではないだろう)。(なお、ピロリ菌感染を治すとパーキンソン病が良くなるという。)

 無菌マウスは不安がなくなるなどの行動変化を示す。無菌マウスは、脳内のBDNFが低下し、ストレス反応が強くなるとの報告、無菌マウスは社会行動が低下するが、腸内細菌移植で改善する、といった報告もある。

 発達期のストレスは成長後のマイクロバイオームを変化させる。

 最近、胎生期の免疫賦活による行動変化が腸内細菌叢の変化を介しているとの報告がなされ、注目されている(Hsiao EY et al, Cell 155:1451-63, 2013)。

 ラットへのオランザピン慢性投与は腸内マイクロバイオームを変化させる。オランザピンに抗生物質(ネオマイシン、メトロニダゾール、ポリミキシンBのカクテル)を投与すると、体重増加が減少した(Davey KJ, et al, Transl Psychiatry. 2013)。

 マイクロバイオームに介入を加える方法としては、無菌、感染、移植、プロバイオティック、抗生物質投与などがある。

 これまでの研究の多くは動物実験で、人の研究はまだまだ少ない。

 

 午後、臨床試験デザインのワークショップ。ゲイリー・サックス氏の発表。医師による臨床評価による診断の他に、コンピューターを使って回答してもらって診断することを平行して行った。両評価で乖離が大きい人と小さい人に分けて、臨床試験の結果を解析すると、差が小さい人では実薬が有効であり、差が大きい人ではむしろプラセボの方が“有効”な傾向があった。このタンデム・レイティング法を用いることで、治験の質を高めることができるとのこと。この方法は、中央評価システムよりも優れていた。なお、別の評価者が2回評価しても良いが、手間と時間がかかるため、1回はコンピューターを使うとのこと。なお、医師の評価とコンピューターの評価が違うような人は、一日の中で2回同じ質問をしてもそのたびに違う答えをするような人ではないか、とのことであった。

 ポスターでは、ボルチオキセチンという、ルンドベックが合成し、武田と共に開発している抗うつ薬のポスターが大量に出されていた。これは、セロトニン再取り込み阻害の他、セロトニン371D1Aなどの阻害作用がある薬で、うつ病における認知機能(集中困難、精神運動制止)に関して、効果があるという。ランチョンセミナーでも、この薬にあわせ、うつ病における認知機能障害の重要性について啓発されていた。ただ、情動の障害がある場合に、認知機能検査で認知機能を評価することには困難もありそうだ。

  

 

今回のCINPは、参加者約1500名とのこと。北米で行われると、北米にはACNPもあるため、どうしても参加者が少なくなる傾向がある。 

次回のCINPは2016年6月5−9日にソウルで行われる。