CINP Thematic Meeting “Pharmacogenomics and Personalised Medicine in Psychiatry” エルサレム、2013421-23

 

 CINPは基本的には2年に1回であるが、これはその合間に行われるもので、参加者はいつもの会よりずっと少なく、数百人であったが、権威ある先生方が多い印象であり、世界でトップとして活躍しているユダヤ人にとって、イスラエルでの開催は魅力的なのかも知れない。いつもはキッパをかぶっていない米国の先生が、今回に限りかぶっておられ、ほら、これ、見た!?という感じで、自慢げに話しておられたのが印象的である。

 初日夜は、インセル氏のプレナリー講演で、精神疾患治療の未来に関する話であった。精神科医療の改善には、画期的なイノベーションが必要であり、新しい分子標的、新しい臨床標的、臨床神経科学の新しい価値の3つが必要、と述べた。

標的としては、ゲノム解析ではモノアミン関連は何も出ておらず、ゲノム解析で出てくるシナプス関連、遺伝子発現解析で出てきている栄養因子やエピジェネティクス関連(HDAC2など)を標的とすべきであり、体細胞変異もドラッガブル(薬になる)標的だ、と述べた。

新たな臨床標的としては、即効性の抗うつ薬として、ケタミンの他にNR2BGABA-Bアゴニスト、mGluR5、オキシトシンなどがある、と述べた。

臨床神経科学については、「精神医学(Psychiatry)」は20世紀の古いパラダイムであり、21世紀は臨床神経科学(Clinical Neuroscience)の時代だ、と述べた。そのためには、新しいツール、新しいスタンダード、データー共有などを進める必要がある。そして、オプトジェネティクスとClarityを開発したダイセロスが精神科医であることにふれ、まさに新しい臨床神経科学者だ、と述べた。

うつ病の炎症バイオマーカー−のセッションでは、うつ病でIL-1β、IL-6TNFα、CRPなどの炎症マーカーの上昇が見られることなどが中心的話題であった。IL-1β、IL-6は抗うつ薬で低下する。ヒト神経前駆細胞を用いた研究では、IL-1βで分化・成熟の低下が起きる。また、インターフェロンによるうつ病に、EPAの予防的投与が有効という話もあった。GENDEPのプロジェクトでは、末梢血遺伝子発現を調べ、IL-1β、IL-6TNFαの上昇、GRの低下、BDNFの上昇、FKBP5の上昇など、これまで報告されているような知見が全て見られたということであった。IL-1β、IL-6が上昇している人は治療反応が悪いという。最後の発表は免疫系の候補遺伝子と脳画像などを結びつけた話であった。

全体として、うつ病における炎症マーカーの変化という知見は、かなり確立してきたと再認識したが、なぜIL-1β、IL-6が上昇しているのかについてはあまり議論がなかった。

一部にIL-1β、IL-6の上昇が見られるうつ病があり、これは抗うつ薬に抵抗性だとすると、現在うつ病と診断されている人の中に、現在の技術では診断できない未知の感染症、あるいは既知だが注意されていない感染症により大うつ病症候群を呈している人が含まれている可能性についても、検討する必要があると感じた。

脳刺激のセッションでは、片側ECTは明らかに両側より効果が劣るが、新しい方法としてFEASTfocal electrically administered seizure therapy)という、片側だが、極性を調節することにより、効果が期待できるようにした方法が紹介された。

また、これまで、3カ所の深部脳刺激(側坐核、内包、前部帯状回)では、部位により効果に差はなかったが、中脳腹側被蓋から内側前脳束付近の深部脳刺激では、明らかに効果が高かったと報告した。八人中七人が有効であったという。何しろ、動物で脳内自己刺激が起きる場所だけに、依存形成の心配はないのか?と質問したところ、快感がでる程の強度では刺激しておらず、刺激に伴って快感を覚えるケースはなかった、とのことであった。

カライエルゴ氏は、デノボ変異について話した。統合失調症は、子孫を残す率が低いのに、時代と共に発症率が変わらないというパラドックスがあり、デノボがその鍵だ、という話から始まり、最近の論文を紹介した。デノボ変異は、たくさん見つければ良いという訳ではなく、確実なものをいくつか見つけて、それの動物モデルを作って、神経回路の病態を解明することが重要だ、と述べた。また、デノボ変異が生じてから数世代は残ると考えられ、家族発症例でまれな変異が多いと思われると述べた。三分の一がデノボ、三分の一が環境因、三分の一が遺伝性の変異、という感じなのか?という質問があったが、「それに答えるには全ゲノム解析が必要(エクソン以外でも重要なところがあり、そのデノボが原因かも知れないから)であり、その質問に答えるにはもっとグラントが必要だ」と答えていた。

筆者の発表では、あまり質問を受けられず。反響はよくわからないが、良かったとの反響を多くの方からいただいた。

リチニオ氏は、うつと肥満の間の複雑な関係について述べ、抗うつ薬とストレスの相互作用で肥満に至ることを動物実験で検証したことを話した。また、レプチン欠損症による肥満家系におけるレプチン補充療法で、劇的な体重減少が見られた例をビデオで供覧した。

ポスターでは、エイガム氏が、リチウムのイノシトールに対する影響を再現する二つのモデルマウスで遺伝子発現解析を行い、共通にミトコンドリア関連遺伝子が発現増加し、リチウムの強制水泳への効果が低用量ロテノンで阻害されることから、リチウムの作用の一部は、イノシトール欠乏を介して、ミトコンドリア機能を活性化することではないか、と述べていた。

 

2日目のスベンソン氏の講義では、定型抗精神病薬にα2受容体阻害薬を併用すると非定型様の作用が期待できることから、非定型の作用にはα2受容体阻害が重要という話、それから、抗うつ薬に非定型抗精神病薬を加えるとAMPA型受容体の賦活が高まるので、これが抗うつ作用に関係するだろう、という話であった。

バイオマーカーのセッションで、ベンーシャッハー氏は、統合失調症患者3名で毛根由来のiPS細胞を作成、対照群と比較した。患者由来のiPS細胞は、ドーパミン神経細胞に分化にしくい。ドーパミンによる複合体 I阻害作用は、統合失調症患者ではより強く表れる。ミトコンドリアの分布が異なっており、ミトコンドリア膜電位が低下している。複合体 Iの遺伝子発現は増加している、といった所見を得ていた。iPS細胞のゲノム解析は全く行っておらず、こうした所見の分子基盤は不明。(まもなく論文が出る)。

その他、抗うつ薬のG蛋白への影響について報告、ストレスでグルタミン酸の放出が増えるが、電顕でもドッキングしたシナプス小胞が増えているという話などがあった。

また、Rupprecht氏は、ニューロステロイドのトランスロケーター蛋白TSPOの阻害薬であるXBD173が抗不安薬として有効、という話をした。初めて聞いたが、2009年にScienceに掲載された仕事(PMID: 19541954)。抗不安作用を乳酸誘発性パニック、CCK-4誘発性パニックなどにより、動物と人の両方で測定していたのが目新しい。

ビンダー氏は、他の病気ではサンプル数とゲノムワイドヒット数がよく相関しているが、大うつ病ではいくらサンプルが増えてもシグナルがない点が他の病気と異なっていることを指摘し、別のストラテジーが必要、と話し、グルココルチコイド受容体刺激により遺伝子発現が変化する遺伝子のリストなどを使って、多角的に解析する必要を述べた。血液と脳ではストレスの影響を受ける遺伝子はかなり重複しており、血液の遺伝子発現の利用は意義があることを述べた。また、ちょうど会期中に掲載となったPTSDにおけるエピゲノム解析のPNAS論文の内容も話していた。

カプール氏は、70年代に期待されたデキサメサゾン抑制試験が結局感度45%、偽陽性30%で診断の役に立たないということが明らかとなった経緯(Task force report, Am J Psy 1987)から説き起こし、最近のDSMのフィールドトライアルで大うつ病の評価者間一致率が顕著に低下したことなどを紹介し、バイオマーカーの必要性を説いた。そして、3200本におよぶバイオマーカー論文の品質をチェックした研究(投稿中)について発表した。最も意義ある所見は、HLAによるクロザピンの無顆粒球症の予測(オッズ比16.8、特異度99.7%、感度21%)であった。

 顕著な出版バイアスがあり、陰性所見は一割未満であった。再現性に関しても、「およそ再現された」というのが多い。また、用語がバイオマーカー、エンドフェノタイプなど、多岐にわたっていた。

 フロアから、出版バイアスについては、生データーの登録をすればかなり解決する、資金を出しているところと雑誌の編集者がそれを推進すれば良い、と提案した。既に遺伝学ではそのようなデータベースができているし、安静時機能結合性MRIでも4000名のデータベースができている。

 クリスタル氏は、うつ病のグルタミン酸仮説とケタミン療法について述べた。

グリアの障害によりグルタミン酸の取り込みが障害されると、過剰なグルタミン酸により、シナプスではNMDA受容体を介した毒性とAMPA受容体のダウンレギュレーションが起きる。プレシナプスではmGluR2刺激によりリリースの減少が起きる。シナプス外NMDA受容体(NR2B)の刺激が起きる。これに対してケタミンは、シナプスではNMDA受容体を介するシグナル伝達が低下し、AMPA系が相対的に優位となる結果、Akt-mTOR系を介してスパインが増加する。また、シナプス外では、Extrasynaptic NMDA受容体の低下により、ストップシグナルが低下して、やはりスパイン増加などの方向へ動くという。

ケタミンの抗うつ作用については、多くの研究で再現されている。ケタミンは、BDNFが低い人では効きにくい傾向がある。強迫性障害と比較した研究では、強迫性障害の改善はごく一過性であり、プラセボ効果の可能性が考えられる。

 ケタミンの次世代薬としてNR2B阻害薬のPhase IIIb試験が行われている、3週後に、プラセボに比して有意に高い反応率が見られた。副作用はめまいが多く、解離症状がわずかながら見られた。

 もう一つは、ペプチド性のNMDA受容体のパーシャルアゴニストで、1回静脈注射すると、その効果が7日間続くという。ハミルトンうつ病評価尺度で45点の低下が見られた。精神病症状の副作用はなかった。

 以前のスコポラミンも、ケタミンのような即効性の薬として報告された。

 このようにケタミンは、副作用もあり、それ自体を広く臨床に用いるべき段階ではないが、新しい抗うつ薬のフレームワークになるものである。

 アメリカでは既に、ケタミン注射クリニックが登場している。インターネットで大々的に宣伝し、ケタミン注射を受けられるという。このような時期尚早なマーケッティングが行われているので要注意だ、という話であった。

 フロアから、ケタミンの抗うつ効果は、薬剤の新規有効性探索にあたるもので、製薬会社が動くことはないので、どのように商品化を進めれば良いのか、注射センターに行く以外に治療を受ける方法がないではないか、という質問があり、演者は、ケタミン注射については、副作用についてのリスクベネフィット分析、注射により改善後、どのように再燃予防をしたら良いかなどについて、公的機関が責任を持って対応する必要があると述べた。しかし、(誰の発言だか失念したが)、現状で使用例が増えて、それによって臨床経験がたまり、治療がよりよいものになるという可能性もあるのではないか、という意見もあった。

 

全体の感想

 メインのプログラムは2日間であったが、内容的には充実していた。エルサレムという場所であったが、参加者が途中で減ることはなかった。学会に参加するほうとしては、集中できる限界を考えると、意外とこの位の長さが適当かも知れない。

 キーパーソンの方々の話に見られた精神疾患克服への道筋に関する認識には、共感するところ大であった。

 今回の学会で最も興味深かった情報は

1)    内側前脳束の深部脳刺激は、側坐核などに比べはるかに有効性が高い

2)    ケタミンを改良した、単回静脈注射による即効性抗うつ薬の開発が進み、副作用

の精神症状を除去することに成功しそうだ

 の二点である。いずれにおいても、倫理面が課題だと思った。

 ベンゾジアゼピン系とは全く関係のない新しい抗パニック薬や、ケタミンの副作用を除去した単回静脈注射で有効な即効性抗うつ薬など、閉塞感のある神経精神薬理学の状況の中で、新しい光が見えたような気がした。

 来年201462226日には、バンクーバーで、今度は正規のCINPミーティングが行われる。この会議から、CINPPresidentが、現在のAnthony Phillips先生から、山脇成人先生に交代となる。提案したシンポジウムも採択されたので、参加予定である。