CINPミュンヘン参加記 2008年7月13〜17日
今回の国際神経神経薬理学会(CINP)は、50回という節目の会である。
初日には、クレペリンが講義をしたミュンヘン大学の講義室での「The History of Psychiatry in Munich」というセッションがあった。セッションの合間には、アルツハイマーの使用した顕微鏡やプレパラートの実物などの展示、クレペリンの図書館の見学などもあった。
アルツハイマー、ニッスルもミュンヘン大学の教授であったクレペリンの元で学んだ。
クレペリンは、教科書の中で、精神病を早発性痴呆と躁うつ病に2分したことで有名であるが、カルテの他に、研究目的での症例カードを作成していて、これを元に疾患分類を考えたという。実験研究としては、実験心理学(反応時間測定など)を主として行っていて、教科書は嫌々ながら書いたらしい。何が歴史に残るかわからないものだ。
アルツハイマーが生きた時代は、ニッスルなどにより染色法が開発され始めた頃である。やはりいつの時代も、最先端の技術を使って研究して、そこで原因が見つかる病気は見つかり、その技術で見つからない病気は次の技術開発を待つ…ということになるのではないだろうか。後述のように、統合失調症におけるCNVの関与も、SNPチップという新たなテクノロジーによって、ついに原因の一つが見つかった、ということかも知れない。(今まで何度も発見されては否定されるというup-downが繰り返されたので、まだわからないが…)。
セッションでは、クレペリンやアルツハイマーの偉業だけでなく、優生学に基づくナチスの虐殺の話も取り上げられた。ミュンヘン大学では、その間、命の危険を招く診断が激減した、などと弁護的な話もでたが、参加したユダヤ人から、協力した面もあっただろう、と批判されるなど、見学半分のつもりで気軽に参加した者にとっては、思いの外厳しい議論となった。また、ロボトミーの適応が、医学的適応というよりも、家族の経済的心理社会的負担などによって決められたことなども議論された。日本で医学史が取り上げられる時にも、negativeな側面もきちんと取り上げるべきということだろう。
今回は、シンポジウム全体に出席するよりも、部屋を移りながら聞きたい演者の話を聞くことが多かったので、セッション毎でなく、内容毎にまとめた。
Genetics - Schizophrenia
まもなく統合失調症のCNVの関連研究の大サンプルの結果がNatureに載るという。1stサンプルが3000-3000で、2ndサンプルも多数で、とにかく巨大サンプルの国際共同研究(日本からは藤田保健衛生大の岩田先生が参加している)であった。
chr15のCNV(TRPM1からCHRNA7)がオッズ比17、chr1のCNV (ACP6とGJA5を含む)のCNVがオッズ比6.6で関連しているとのこと。いずれも、10人近く見つかっていて、singletonではなく、わずかにコントロールにもいる。
他の研究では、NRXN1のCNVとschizoの関係が確認されたという。こちらの研究では、全てのCNVを含めるとオッズ比1.7で有意ではないが、エクソンをdisruptするCNVに限るとOR 9.9と強く関連している、という話であった。
他にも、今後CNV論文がBigジャーナルに次々と出そうである。CNVの研究でSNPよりオッズ比の高いものが見つかったのは、1塩基置換かCNVか、という遺伝子変異の性質というよりも、common
SNPしか検出できないSNPと違って、CNVではまれな変異を見つけることができたからではないか、と考えられる。
また、O’Donnovanは、統合失調症の巨大サンプルで、ZNF804AおよびRPGRIP1LのSNPとの関連を報告した。ZNF804Fは、bipolarでもp=4×10-4であり、共通かも知れないという。その他に、NOS1、SIL1などが関連遺伝子に挙げられていた。
吉川先生のセッションでは、Dr.
Detella-Wadleighが、GWASではそれほどimpressiveなピークがでていなくて、自分たちはまれな変異の検索を始めている、というような話をされた。Schizo患者で染色体異常によるdisruptionが報告されている14q13(Kamnasaran
et al, 2003)にあるNPAS3という遺伝子のリシーケンスを行い、500名中1名のみだがSer202Tyrという変異を見いだしたと報告した。ただしこの変異は、患者がヘテロで健常な両親2人もヘテロというような話で、連鎖ははっきりしないと言う。
Genetics - Bipolar Disorder
Sklarらは、まもなくNature Geneticsに発表される、Bipolar 1万人のGWASメタ解析の結果を発表した(Ferreira et al, Nature Genetics in
press)。これは10位のbipolarにおけるGWAS研究のメタ解析で、双極性障害患者10596名のデータを集積した。トップが10q21のANK3(rs10994336、これはimputed)、2つ目がCACNA1C(rs1006737)であった。いずれも、最も有意なSNPの近傍がずらりと有意になっていて、本当らしい感じがしたが、オッズ比はそれぞれ1.4、1.18とわずかな影響しかない。他のL型Ca2+チャネルα1サブユニットの遺伝子も関連している(CACNA1D
p=0.019, CACNA1S p=0.002)。Sklarは、ASAPに1万人の独立サンプルを集めねばならない、と述べ、既にスタンレー財団の資金を得て、サンプルを集め始めているという。
いずれにしても、Bipolarのgeneticsも、もはやBigサイエンスになってしまったという、Psychiatric
Genetics会議で感じた印象が更に強まった。GAINのGWASデータは、まもなく公開されるという(www.fnih.org)。公開されたあと、出版までに9ヶ月の猶予期間(モラトリアム)が設定されている。
他の疾患でも、こうしたconsortium化が進んでおり、うつ病、統合失調症も1万人単位でデータが集積されている。
ミシガン大のBurmeisterは、PritzkerサンプルとGSKサンプルの2群で解析し、TopヒットはMAN2A(1.5X10-6)であったと報告した。WTCCCとの比較ではPALB2は微妙に有意である。WTCCC、Sklarとの共通点として、GRM3がある(本研究でp=0.0019、WTCCCでp=0.0025、Sklarがp=0.035)。
Craddockの発表では、糖尿病でも、かなり確実な遺伝子でも、一部のサンプルでは再現されないことがあるので、全部に共通して関連が見られなくてもよいのではないか、という意見が表明されていた。
Shultzは、G72の研究をもとに、遺伝型を元に表現型の定義を考え直し、heritable
phenotypeを探そう、という話をした。G72では、最初は統合失調症、双極性障害という疾患との関連から始まったが、その後被害妄想との関連、今度は神経症性性格との関連が出てきて、どのようなphenotypeと関連しているか、もう少し検討が必要だという話であった。
その他にもいくつかGWASの話があったが、Psychiatric Genetics学会の時のように、遺伝子名を全部メモしようと言う気にはなれなかった。実際、スライドを出しながら、「メモしても仕方ないです。ゲノムワイドでは有意じゃないので…」などという発表者もいた。
GWASセッションの最後に、Dr.Bunneyが遺伝子発現の話をして、Agonal/pH要因のないサンプルに限れば、双極性障害ではミトコンドリア関連遺伝子は上昇している、と述べた。また、Solexaによるハイスループットシーケンサーを使った遺伝子発現の計画を述べ、この方法であればまれなmRNAも検出できるだろう、と述べた。
薬理遺伝学
McMahonらは、STAR*DのDNAサンプルでHT2A、Bcl-2、GRIK4が治療反応と関係あることを報告している。その後、セロトニントランスポーター(LA、LG、Sの3型で調べていた)も調べたところ、治療効果とは関係がなく、忍容性と関係していた。これまでの報告との違いについて質問があり、実際には効果がないから服用をやめたという患者が多いかも知れず、臨床場面では、効果がないのと患者が服用できなくなるのに大差はないだろう、と答えていた。また、FKBP5も微妙であるが関係しているとのことであった。
Treatment
Emergent Suicidal Ideation (TESI)についての検討も行った。HAM-Dで、希死念慮が最初0だったが、治療開始後1〜3に変わった人をTESIありと判定した。その結果、GRIK2とGRIA3が関係していた。この結果はドイツのグループでも再現された。
薬理遺伝学においては、効果よりも副作用の方がrobustに予測できると考えられる。効果には病気の異種性のファクターが大きく関与するが、副作用は病気の性質とは必ずしも関係ないからかも知れない。
新たな抗うつ薬の可能性
今回、サテライトシンポジウムでメラトニン受容体アゴニストagomelatineの話があったが、残念ながら参加できなかった。
ケタミンの1回静脈内投与が長期持続する抗うつ効果を発揮するという話が少し前にArchivesに出ていて、本当かなあ…と思っていたが、今回の学会では何度も引用されており、注目されているようであった。動物でも、1回のinfusionで2週間後にも学習性無力を低下させる作用があるという。
Dr. Holsboerはプレナリーレクチャーの中で、抗うつ薬の創薬研究として、FKBP5のリガンド探しをしていることを述べた。また、治療1週後のDEX-CRHテストの結果や、fMRI反応の変化が治療反応性のマーカーになり、こうしたマーカー(いわゆるサロゲートマーカーというものだろう)を使うことで創薬研究が進展するという話をした。
シグマ受容体
「うつ病の治療におけるシグマ-1受容体とその臨床的意義の最新の進歩」というタイトルでソルベイ主催のサテライトシンポジウムがあり、千葉の橋本先生、教科書で有名なStahlなどが話した。新薬の話かと思ったら、フルボキサミンの話であった。(他にもシグマアゴニストの抗うつ薬としての開発が進んでいる。)新たに米国で展開する際、今更SSRIではあまり新味がないので、シグマの方向でプッシュしているのだろう。フルボキサミンは他のSSRIと異なり、sigma-1に対するアゴニスト作用があり、これが臨床効果に関係している可能性があるという。シグマリガンドを使ったPETによって、フルボキサミンが受容体に結合することがin vivoでも確認されている。ただ、PETでは大脳皮質全体に結合しているように見え、NIDAの林先生のISHの結果との違いの理由は不明である。
StahlはSigma
Enigma(シグマの謎)という魅力的なタイトルで、シグマ受容体にまつわる話を紹介した。モノアミンのことばかり語っていた彼が急に…という感じであまりにも変わり身が早いと思ったが、シカゴ学会の教育セッションでの下品な話しぶりとはうって変わって、かなり説得力のある話し方と感じられた。何度も「この話はHayashiがした方が良いのだが」と繰り返し、この領域を築き上げた林先生に対するrespectを表明していた。
D-セリン
千葉の橋本先生の発表では、D-アミノ酸酸化酵素阻害薬である「CBIO」が、単独では脳内D-セリンを増加させないが、D-セリンと同時に投与すると脳内でD-セリン濃度を上昇させ、30mgのD-セリンが300-900mg分の効果を発揮すると報告した。CBIOは脳には入らず、末梢で作用すると考えられる。ちょうどパーキンソン病治療薬がL-ドーパとカルビドーパ(ドーパ脱炭酸酵素阻害薬)の合剤になっているのと同じような作用である。
抗うつ薬と自殺 (【警告】このセッションは、大変深刻な内容を扱っていますが、テンポも速く密度の濃い、議論を中心としたセッションであったため、以下の内容には一部不正確な点がある可能性があることをご了承下さい。)
今回のCINPで一番盛り上がったのはPros and Consのセッションである。「抗うつ薬の功罪」の著者であるDavid
Healyと自殺研究で有名なJohn
Mannが対決するという大変興味深い内容であった。ヒーリー氏は、意外に若いアイルランド人で、以前はCINPにも参加していたものの、この本を書いてからCINPとは縁遠くなっていたので、このセッションを企画して呼び戻したのだ、と新会長のDr.ベルメーカーが仰っていた。
両者が3つのテーマを巡って、それぞれ交代で発表して発表し、その後会場も交えてdiscussionするという構成となっていた。
最初のHealeyの発表は大変説得力のあるもので、製薬会社は自殺が増えるというデータを隠していること、不安障害の臨床試験で、実薬群のみに自殺が見られているのに、「不安障害で自殺が多い」という結果として発表されていること、メタ解析では、二重盲検期間でプラセボを服用した後にopen期間に実薬を服用して亡くなった患者や、ランダム化前のスクリーニング期間に亡くなった患者を「プラセボ群」に含めていることなど、データの操作が行われていることを示した。
一方、Mannは、通常臨床のデータを見れば、抗うつ薬服用前に比べ、服用後に自殺企図が減っていることが明らかであることなどを示し、扇情的なヒーリー氏を諫めるような感じで冷静に反論した。フロアのDr. Blierも援護射撃した。しかしながら、抗うつ薬が有効でなく、むしろ悪化するような患者が一部に存在することは、共通認識であると確認された。抗うつ薬が一般に自殺を惹起する作用があるというよりも、抗うつ薬はうつ病患者の一部を悪化させるということがあるようだと考えられた。これは、抗うつ薬服用後に躁転する患者が一定程度存在することは事実であるが、抗うつ薬が一般に躁転という副作用を持っているというのは言い過ぎである、という議論と似ている。実際のところ、抗うつ薬で悪化するのは、潜在的なbipolarの患者かも知れないという。
Dr Blierからは、そもそも臨床試験では自殺念慮がある者は含まれないので、抗うつ薬が自殺念慮を持つ患者を救っている、という所見が臨床試験結果から出てくるはずはない、と指摘された。一部のvulnerableな人を悪化させることを強調して、抗うつ薬が自殺の副作用があると糾弾することによって、治療されるべき人までが治療されないとしたら、それも困ったことであり、ヒーリーの意見も偏っているという意味のことを説得力ある調子で述べた。
その後、年次変化では、抗うつ薬処方が増えるにつれて自殺は減っているという話がMannから紹介されると、ヒーリーがこれは解剖率の低下で自殺率が低く見積もられた可能性があると述べるなど、データの読み方が議論された。また、小児における自殺の危険の警告が出てから、小児のうつ病の診断件数が減り、小児の自殺率はむしろ増えたとのデータも紹介された。(抗うつ薬を処方できないのだから、うつとは診断しないでおこう、ということなのかも知れない) いずれにせよ、こうした年次変化はさまざまな影響があるので解釈は要注意であり、例えば日本では抗うつ薬処方が増えているのに自殺も増えている、と紹介された。Mannは、county(郡)毎の解析の方がrobustだと述べ、その結果では抗うつ薬処方が多いcountyで自殺が減っているという結果になっていると紹介された。この辺りの疫学的な議論になると、ヒーリーはやや精彩を欠いているように感じられた。
これらの議論の結果、製薬会社がデータを公開しない傾向にあるという現実があり、誰もがデータにアクセスできるようにしなければならない、ということについては、両者の意見が一致した。そして、薬が患者を救うのではなく、薬の使い方を知った医師が患者を救えるのかも知れないのだ、という少々美しすぎる話でまとめられた。
具体的には、抗うつ薬で悪くなる人が一部に存在することは確かなので、チャレンジテストのようなことを行って、抗うつ薬で悪くなる人をスクリーニングする方法を検討したらどうか、というような話も出た。
このセッションに出る前は、ヒーリーの本や「ビッグファーマ(マーシャ・エンジェル著)」を読んで、なるほどと考えさせられていた筆者であったが、今回の議論を聞いて、意外にも逆の印象を受けた。ヒーリーが正義の味方で、製薬会社の色に染まった精神科医が悪者(誤解を招くといけないので一言つけ加えれば、Mann先生はそのような方ではない)、という単純な図式はわかりやすくアピールするが、ヒーリーはヒーリーで本や講演で製薬会社を叩くことで収入を得たりしているので、これもconflict-of-interestであることには変わりない。もちろん、ヒーリーが指摘するようなデータ隠しは非難されて当然であるが、両者の話を聞いた限りでは、どちらも真剣に考えているという印象を持った。そして、ヒーリーの主張にも少々偏ったところがあると感じられた。
CSFマーカー
脳画像の話をしたDrevetsは、うつ病では梁下野を始め、多くの脳部位で糖代謝が増加しており、グリアの数はほとんどの場所で低下しており…などとクリアに説明していたが、そんなにはっきり言えるのだろうか…と思った。しかし、彼らの脳脊髄液の結果は興味深かった。抗体アレイを用いたプロテオミクス研究により、うつ病患者の脳脊髄液では、αシヌクレインが2.5倍に上昇している他、Dynain-likeが1.5倍に上昇しているなどいくつかの変化が見られたという。その他、TNF-αが1.3倍、TL-6が1.1倍などの変化が見られたとのこと。懇話会で樋口先生が脳脊髄液のプロテオミクスのお話をされていたが、確かに今後検討すべき分野かも知れない。日本では精神疾患患者における脳脊髄液研究が最近ではほとんど行われていないが、精神疾患以外の中枢神経疾患ではスタンダードな検査であり、これによってしか診断できない場合もあることを考えれば、同じ中枢神経疾患である精神疾患でも、最新の測定技術を用いれば有用な情報が得られる可能性は大いにあると思われる。こうした研究となるとさすがに脳センターだけでは無理であり、国立精神神経センター病院や大学病院に期待したいところである。
双極性障害
Dr. Michael Berkが、bipolarの教育セッションで酸化ストレスについての話をした。これが教育セッション?と思うような研究の話で、TBARS (thiobarbituric acid reactive
substances)という過酸化脂質のマーカーが最も良い酸化ストレスのマーカーになり、bipolar患者では酸化ストレスが亢進しているという。また、Bipolar患者ではテロメアの長さが短くなっているという。ROSのスカベンジャーであるN-acetylcysteinが双極性うつ病に有効であったという(Berk
et al, Biol Psychiatry in press)。
筆者が参加したセッションは「Molecular mechanism of mood stabilization」である。このセッションでは、GouldがリチウムのFSTや行動感作、resident intruder testにおける攻撃性などに対する影響などを報告したが、あまり双極性障害に関係がある感じがしなかった。
AgamはIMPA1のKOマウスとSMITのKOマウスの話をした。IMPA1では、脳内イノシトールは下がっておらず、SMITでは15〜20%下がっているという。表現型としては、ピロカルピンによるけいれん惹起がSMIT KOで増える。IMPA1 KOでも、イノシトールが減っていないのにピロカルピン感受性が高まっており、謎だと言っていた。また、カルビンディンがIMPase活性を高めることを報告した。カルビンディンのIMPase結合ドメインのみの拮抗ペプチドは、カルビンディンによるIMPase促進作用を阻害する。患者死後脳では、リチウム服用者のみでカルビンディンが増加しており、これはリチウムのIMPase阻害に対する代償的反応ではないかと言っていた。
Johnson
& JohnsonのMoechasは、IMPA1 KOの話をして、多動であること、これはイノシトール負荷で治らないので、発達的なものであることなどを述べた。
筆者は、双極性障害のミトコンドリア機能障害説を基盤として、病相反復に伴う再発間隔の短縮について、Postの行動感作説、キンドリング説を引用しつつ、新たな解釈としての「気分安定神経説」を唱えた。フロアでの質問も含め、mPOLGマウスでは小胞体ストレスはどうなっているか、XBP1ノックアウトニューロンにおける神経突起伸展の障害はイノシトールでレスキューされるか、報酬系は調べたか、などの質問を受けた。ちょうど会場にDr. Postが来ていたので、後で話をした。彼の説と異なる考えなので、どう思うかと尋ねてみたが、とてもナイスな話だった、と言われた。
抗うつ薬と神経可塑性
Dumanは、これまでのBDNF説の概説に加え、VEGFの受容体であるFlk1の阻害薬であるSU5416が抗うつ薬によるNeurogenesisの増加を阻害することなどから、抗うつ薬による神経新生にVEGFが関わっていることを述べた。また、学習性無力(LH)に対する抗うつ薬の効果も、VEGFが阻害するという。VEGFは神経幹細胞の分化に関与するらしい。
Jayは、ストレスのin vivo LTPに対する作用を調べ、LTPが低下すると報告した。これに対して、tianeptineが有効で、フルオキセチンは部分的、イミプラミンは効果がなかったという。(ということは抗うつ効果とは対応しないということか。) その際、高いplatformに30分載せるというストレスを用いていたのが少し珍しかった。このストレスでコルチコステロンが顕著に上昇することを確認していた。このストレスを用いたのは、単に容易だからという理由だそうだが、倫理的にも他のストレスモデルより許容性が高いと思った。
Pros & Consセッションでは、Fuchs(賛成派)とFritz Henn(反対派)が、抗うつ薬の作用に神経新生が関係しているか?という議論を行った。賛成派の話はよく知られているので省略するが、あまり大それた主張はしておらず、「神経新生はうつ病の原因には関係ないかも知れないが、一部の抗うつ薬の効果には関係しているかも知れない」という命題であった。反対派のHennの論拠で説得力があったのは、学習性無力の実験で、inescapable shockを受けたラットのうち、LHになったラットとならなかったラットを比べると、神経新生はどちらも落ちていて、差がない、という話であった。
フロアからの意見の中で、説得力があったのは、神経新生を支持するという論文は、うつ病モデルに対して投与しているものではなく、抗うつ薬を事前に投与しておくとストレスで神経新生が減るのを予防できるというだけであり、うつになってから直す際に神経新生が関与するという証拠はない、という話であった。
他にも、ジアゼパムを一緒に投与すると抗うつ薬で神経新生が増えなくなること(Castrenの未発表データ)、運動で神経新生が増えるというがスポーツ選手もうつになること(半分冗談だが)、strainによる差が大きいこと、ストレスでBDNFが減るのは海馬だけで他の場所では増える、BDNFにも良いBDNFと悪いBDNF(pro-BDNFやp75のことか)がある、といったことが議論された。また、皮質でも介在ニューロンの神経新生が起きている話も紹介された。
Strainによる差が大きいので、都合の良いstrainで実験したら何でも主張できる、とか、神経細胞がどんどん増えたらどうなるのか、など皮肉な意見もあったし、そもそもLHもsocial defeatもヒトのうつ病には何ら関係ないというという意見もあった。
Hennは、海馬なら神経細胞であることがわかりやすいからみな海馬歯状回で神経新生を調べているが、海馬はうつに関係ないし、そもそもうつ病の原因はニューロンではないかも知れない、と述べ、海馬以外の場所で、neurogenesisだけでなく、グリアを含めたcytogenesisという観点も入れて研究すべきだ、と述べた。そして、自分は海馬じゃなくて他のある部位だと思っている、詳しくは明日のシンポジウムで、というようなことだった。
うつ病の脳部位
というわけでFritz Hennの発表に出てみたら、彼が考えているうつ病の脳部位とは、何と「手綱核(Habenula)だ」という意見であった。彼は、COX染色で、LHになったラットとならなかったラットの違いを探した結果、手綱核の染色に差が見られたという以前の論文を紹介した。そして、1999年にトリプトファン欠乏食で手綱核の活動が高まるという15O-H2O-PETの論文があったが、そんな小さい部位わかる訳がない…と受け止められて無視されてきた。そこで自分たちが再現実験を行ったところ、健常者のトリプトファン欠乏では変化せず、うつ病患者のトリプトファン欠乏食で、手綱核の活動が亢進した、という。最近のサルでの報酬実験での、がっかりした時に手綱核ニューロンが活動するという話と組み合わせて、手綱核がうつと関係しているという説を述べた。筆者は、手綱核はリズムと関係しているが、その実験で日内変動はどうだったか、と質問したところ、断眠療法との関連で調べていると言っていた。なお、彼がしゃべったのは抗うつ薬におけるアミノ酸の役割についてのセッションであり、アストロサイトのグルタミン酸、GABAの取り込みが重要であり、手綱核特異的に阻害薬を投与すれば良いなどと言っていた。
平行して行われた、神庭先生がco-chairのセッションでは、MannがNeurobiology of Sadnessとして、うつ病患者におけるFDG-PETで症状と関連する部位を調べ、大まかに言って、脳の腹内側はHAM-DやBDIとpositiveに相関(うつが重い人で代謝が高い)し、背外側はnegativeに相関していることを述べた。また、ペットを亡くした人に対してペットを想起させる語を用いてstroop効果を調べた研究も紹介した。他にも、Bullmoreが、うつ病患者における表情識別課題を使い、うつ病では扁桃体-前頭皮質のコネクションの問題があると述べた。筆者が、うつ病において表情の識別の問題が主要な症状ではないので、こうした課題はrelevantなのか?と質問したところ、表情識別課題はrobustな賦活が出る、うつ病患者では他人のnegativeな表情に過敏といった症状がある、などの返答であった。また、薬が表情識別課題による脳賦活に与える影響を見ることで、抗うつ薬のサロゲートマーカーに使えるだろうという話もあった。
感情の脳研究できることは既に確立したものの、今も主たる研究は「感情の認知」というパラダイムで行われている。しかし、うつ病の本質は感情の認知ではなく、主観的体験だろう。これらの発表を聞いて、広島大学と銅谷先生との共同研究で行われたような。長期的報酬と短期的報酬、というような課題は新たなトレンドであったと再認識した。
話はそれるが、あまり本質ではないけれど、とりあえずデータが出る、という実験を続ける「短期報酬型」の研究者もいれば、なかなか結果にならなくても、10年続けて本質を明らかにする、という林先生のような研究者もいる。とりあえずの論文、という短期的報酬に依存して本質を見失うのもいけないし、いずれライフワークを仕上げるという口実で一生何も形に残さないにもいけない。バランスが大事である。
いずれにせよ、うつ病の研究は、海馬、扁桃体、前頭前野中心に動いてきたが、海馬がよく研究されているのは単に研究しやすいからで、扁桃体の関わる感情認知は、実験しやすいから研究されているということであろう。
今後、気分障害に本質的な感情の障害に取り組む研究や、気分障害の原因脳部位はどこかという議論がより盛んになっていくだろうと思う。
その他・学問以外
雑誌編集会議
学会中、International Journal of Neuropsychopharmacologyの編集会議もあった。編集長がこの7月でDr. LererからDr. Alan Frazerに変わったが、編集方針には大きな変化はないことが確認された。最近基礎論文の投稿が増えているが、基礎と臨床のバランスを保つことなどが確認された。また、最近のインパクトファクターのトレンドが報告され、良く引用されている論文はメタ解析とレビューが多いので、IFのことだけ考えればこうした論文を増やせば良いということになるが、重要なのはオリジナル論文であり、IFだけが目的ではないことが確認された。その際、カロリンスカのDr.スヴェンソンは、ノーベル賞の選考委員会でインパクトファクターという言葉が出たことはない、などと述べた。
雑談的内容
その他、渡航の少し前に知った、Dr.マンジが今の米国国立精神衛生研究所をやめて、ジョンソン&ジョンソンの副社長になったというニュースは、大きな話題となっていた。5月の米国の生物精神学会で既に噂がでていたが、その2、3週間後、すなわちCINPの1ヶ月前に移ったという。現在は一時的に両方の仕事をしていて多忙ということで、今回は現れなかった。
なぜ移ったか、その真相は本人に聞いてみないと(あるいは聞いても)わからないだろうが、周りからは色々受け取られているようだ。ある人は、「製薬会社に移る人はみな、移る時はこれからも学会に来ます、というのだが、実際にそうなっている人はいない。大学や公的機関の研究者とはミッションが違うのだから当然だ」と言っていた。また、「フセイニはプライベートジェットを持つらしい」というような噂もでているらしい。(事実ではないらしく、個人用のジェットがあるのは社長だけだとのこと。しかし他にも社用ジェットが複数あるらしく、当たらずとも遠からずといったところか?)
マンジは臨床開発のトップになるとのことで、今までのような生物学的研究を続けることはなさそうだ。生物学的研究のセクションの人は、こちらに移って欲しいと期待している、と言っていたが…。彼が移ると、彼の研究室に居た人のうち、研究所で雇われている人は、一時的に他の研究室に移ることになるが、ラボはいずれ閉鎖になるという。
その他、何人かの人たちにNIHのシステムを聞いたが、脳センターとかなり似ていると感じた。(というか、脳センターがNIHの制度設計に習ったということだろうけれど。) しかし、外部評価は、脳センターの方が厳しいかも、と思った。
CINPについて
全体として、今回のCINPは科学的なクオリティーを取り戻していると思った。正直なところ、前回までの2、3回の本学会では、製薬会社寄りの内容が目立ち、ちょっと失望していた。しかし、今回は利益相反に関するセッションがあったり、抗うつ薬と自殺についてのディベートがあったり、過去の暗黒面に触れたりと、negativeな側面にも向き合う姿勢が随所に見られた。これには、新会長のベルメーカー先生の影響が強いと思う。全体にプログラムも質が高かった。ただし、理事会では、科学性が高まりすぎると臨床家が離れていくのでバランスが必要との意見もあった。
筆者のCouncillorとしての4年の任期は本会で終わりである。任期の最後にCINPが生き返ったのは皮肉ではあるが、喜ばしいことである。
次回のCINPは、2010年6月6-10日、香港で、Prof. Belmaker理事長のもと、Prof. S.W. Tangを会長として行われる。1990年の京都学会以来、20年ぶりのアジア地区開催となる香港大会が成功することを祈っている。