24回国際神経精神薬理学会(CINP)(200462024日、パリ)報告

 

 今回のCINPは、参加者が6500人を越える巨大な国際学会であった。

 …が、それほどexcitingな情報はなかった。製薬会社の関与が大きく、サテライトシンポジウムだけでなく、学会内のシンポジウムにもスポンサーがついていたりする。そうした場合、最初の一人は中立的な内容で、その後だんだん宣伝めいていくのであった…。

 そんなわけで、オーラルセッション、ポスターとも、臨床試験など薬の有効性に関するものが多く、病態に関するものは押されがちで比較的目立たない感じであった。

 

      初日のセッションでは、抗うつ薬が受容体やG蛋白質に直接作用するとのデーターが、いずれもGFP融合蛋白を用いた実験により報告された。スイス・ベルン大学グループによると、抗うつ薬がβ受容体脱感作を起こすのは、β受容体のリサイクリングを阻害するためであるという。彼らは、GFPC末につけて解析していたが、受容体としての作用は変わらないことを受容体結合実験やcAMP上昇反応などで示していた。しかし、リサイクリングにも影響しないとの証明はないようにも感じられた。一方、ロンドンのグループは、抗うつ薬はグルココルチコイド受容体の作用を強めると報告した。これは、「躁うつ病の薬理生化学」で発表された群大のグループのデーターとも一致するし、他のポスターでも、6つほど同じような内容のものがあったようである。彼等によると、この作用は、抗うつ薬がステロイドを細胞内から細胞外に排出するトランスポーターを阻害するためである、とのことであった。この実験はCHO細胞で行われており、セロトニン取り込み阻害作用とは全く関係がないはずである。

 

      Servierという製薬会社の、「tianeptine」という抗うつ薬についての状況が興味深かった。この会社は今回、学会上のブースにも「Neuroplasticity」と大きく掲げ、うつ病では神経細胞が萎縮し、これをtianeptineが改善する、と宣伝していた。他の抗うつ薬も同じなのに、何でこの会社だけこのように宣伝するのか、と思っていたら、この薬は元々三環系抗うつ薬の誘導体であるにも関わらず、何故かセロトニントランスポーターの機能を促進する作用があり、にもかかわらずうつ病に効くと言うことで、作用機序がよくわからなかったらしい。それが、McEwenらなどによる長年の研究で、神経細胞萎縮に対してはSSRIよりも有効とのことで、tianeptineにおけるこの作用に注目しているらしい。抗うつ薬がBDNFを上昇させ、樹状突起を増やしたり神経細胞新生を増やす、というのは、既に定説となったが、これが今まで製薬会社の宣伝文句に現れたことはなかった。tianeptineだけがこのような作用を持つわけではないので、一社がこのような宣伝を始めたら一気に広がるだろうなあと思った。また、この薬の存在は、「うつ病ではセロトニン神経伝達が低下しており抗うつ薬がこれを改善する」というセロトニン仮説よりも、「うつ病では神経細胞が萎縮したり神経細胞新生が低下しており、抗うつ薬はこれを改善する」という神経可塑性仮説の方が支持されることになる。

 

      Bipolar Disorderの病因についてのシンポジウムでは、双極性障害の遺伝子研究が総説された。遅刻したためにXBP1について触れられたかどうかわからないが、BDNFについては、negativeだが急速交代型に限ると関連している、というような所見を報告していた。最後のまとめとしては、「大きな影響を持つ遺伝子は未だ見いだされていない」ということだった。オーストラリアのDr.Mitchellは、統合失調症に比べて双極性障害では神経心理学的なendophenotypeが確立していない、と述べ、その中ではbinocular rivalryが有望だと述べた。オーストラリアのグループは、双極性障害患者の死後脳でS100βが低下しており、アストロサイトの機能障害と考えられる、と報告した。GFAPには差がなかった。

 

      Nature3つの気分安定薬の共通作用を報告したグループが、他の薬についても試していた。その結果、ラモトリジン、フェニトイン、クロミプラミン、クロザピンは成長円錐に影響せず、イミプラミン、クロルプロマジンが、気分安定薬と同様に成長円錐を増大させた。しかし、この2剤は、気分安定薬とは異なり、イノシトールでこの作用が拮抗されない点が異なっていたという。

 

      筆者が発表したのは、Functional Neuroimagingのセッションであった。UCLAの双極性障害の双生児でMRIを測定しているグループは、実際の患者はフィンランドの患者だという。米国ではやはり双生児登録がないので、こうした症例は集まりにくいのだという。共同研究ができないか、一応打診しておいた。論文になっている、左半球の白質体積が不一致例の健常者側でも小さい、というデーターの他に、脳質拡大のみが不一致例間で異なり、患者側のみで拡大している、というデーターも提示していた。その他、部位によって、患者のみで小さいところ、両者とも小さいところなど報告していたが、まだ予備的な解析のようであった。双極性障害躁状態の患者におけるドーパミン関連のPETでは、ドーパミン受容体や代謝回転には差がないが、ドーパミントランスポーターが低下している傾向が見られたという。また、13名の健常者で、リチウム投与前と投与後4週間をVBMを使って比較し、大脳内側面全体(帯状回など)の灰白質が、リチウム投与により増加したと報告されていた。筆者は、リチウムがT1緩和時間に影響するとの報告があり、灰白質、白質のsegmentationに影響する可能性もあるので、投与直後のデーターも取った方が良いのでは、と意見しておいた。

 

      統合失調症のグルタミン酸仮説に基づいて、グリシントランスポーターを阻害する治療薬が現在開発中であり、数年後には臨床使用が可能になるのでは、とのことであった。

 

      NIHのグループから、リチウムおよびバルプロ酸のGluR1トラフィッキングへの作用が報告されていた。ラットにリチウムまたはバルプロ酸入りのエサを与えて、シナプトソーム分画をとり、ウェスタンで調べたりしていた。また、ラットの海馬初代培養の10日目にリチウムまたはバルプロ酸を培地に加え、固定してGluR1を染めていた。GluR1とシナプトタグミン抗体で二重染色し、シナプトタグミンで染まるシナプスのうち、GluR1で染まるシナプスを丹念に数える、という方法でGluR1の存在するシナプスの率を調べていた。GluR1のトラフィッキングが低下する理由は、プロテインキナーゼあを介して、リン酸化するためであることを、リン酸化GluR1抗体を使って確認していた。

 

      今回の学会で一番の収穫は、チェンらのグループのデーターである。彼らは、ラットで薬理学的なうつ病モデルを作成した。4種の系統を試した結果、強制水泳、オープンフィールドで行動変化が起きやすい系統をその後の実験に使用した。2種類の試薬でそれぞれセロトニン、カテコールアミンを枯渇させた際の、1日後の海馬の遺伝子発現変化をマイクロアレイで調べた。その結果、セロトニン欠乏のみで低下した遺伝子としては、BDNFなどがあった。一方、両者に共通して顕著に低下していたのが、何とXBP1であった! 最終日でセッションに参加できず、細かいことは聞けなかったが、ポスターの結論は、「この結果はXBP1が気分障害に関係することを更に支持するものである」とのことで、XBP1-116多型と双極性障害の関連が確認されないという風の噂で落ち込んでいる我々には、何よりの元気の素であった。

 

ということで、2週間前のEpigeneticsシンポジウムとは対照的に、どの発表も精神疾患に関係あることだけは間違いないが、聞いたことのある話が多く、画期的な話はそうそうない…というのが今回の印象であった(まあ、当たり前ですが)。ただ、理研で会議があるため、途中で帰ることにしたので、最終日の山脇先生とMeaney先生のセッションや、S.BahnTrevor Youngなどが揃うマイクロアレイのセッションに出損なったのは痛かった。

ということで、学会に足かけ4日参加した割には、情報量は今ひとつだったかも知れない。次回は20066月にシカゴで行われるとのことである。次回もプログラム委員になってしまったため、行かないわけにはいかない。せっかく参加するなら、議論を深めたいテーマでシンポジウムを企画して、より有意義に過ごしたいと思っている。

 

元に戻る