American Society of Human Genetics 60th annual meeting
第60回米国人類遺伝学会 2010年11月3〜6日 ワシントンDC
昨年の本学会では、次世代シーケンサーによる原因遺伝子同定の最初の数ケースが報告され、ゲノム医学研究新時代の到来を告げた。
今年はこの状況が一気に一変し、” Exome sequencing identified…”といったタイトルの演題が多数見受けられた。(この3語を抄録に含む演題が35個)。
そして、もはやExomeやWhole Genome解析が可能だという驚きの時期は過ぎ、これらの技術は使って当たり前で、どうやって使うか、という具体論に移っていた。
一方、こうした技術の進歩により、不一致双生児における遺伝子変異同定が可能になったという見通し故か、こうした研究も流行しているようで、discordant twins を抄録に含む演題が22個も見られた。
主として内容毎に記載しつつ、一部はセッション毎に記載した。
精神神経疾患
セッション17「Gene identification in neuropsychiatric disease」
・アルコール症の遺伝子関連研究。847名のサンプルで、120個の遺伝子を、調べ、独立のサンプルで確認。GABRAがSNPレベルで同方向の関連が確認された。これはアルコール症における抑うつ症状とも関連していた。
・ニコチン依存の候補遺伝子の関連研究でGALR1(ガラニン受容体)との関連を報告。
・双極性障害のGWASのメタ解析(スミスら)。dbGaPデータベースに公開された双極性障害のGWASデータとWTCCCのデータを用いたメタ解析。ゲノムワイドに有意なものはない。Purcellのpolygenic
score(Nature. 460: 748-52, 2009)を用いた解析(discoveryサンプルでp値を極端に甘くしてSNPを選び、これらの有意な傾向のあるgenotypeを元に独立サンプルで検定を行い、意味あるSNPとその数を調べる手法。池田先生による解説→http://www.fujita-hu.ac.jp/pdf/schizophrenia.pdf)。この発表では、Purcellの方法に加え、横軸にSNPのパワー値、縦軸に2ndサンプルでのreplication率をプロットすると、パワー値が高いほど有意になることを示している。しかし、WTCCCをdiscoveryサンプルとすると、パワー値最大のところで、再現率が極端に低下する。GAINをdiscoveryサンプルにするとこのようなことは起きない。これは、WTCCCでは、アーチファクトが除外されていない可能性を示す。(最初の研究なのでフィルタリングが甘かったのだろう) いずれにしても、Purcell論文で、Schizophreniaをdiscoveryサンプルとした場合に双極性障害でもpolygenic scoreが高いという所見が、双極性障害→双極性障害でも確認された。一つの解釈としては、双極性障害には、1万個近い遺伝子多型が関係している、と考えられる。
(しかし、セッション53で、自閉症でも同様の減少が見られるとのことであった。さすがに自閉症ではまれな遺伝子の関与が大きいのではないか。多数のSNPがそれぞれ機能的に関与しているのではなく、多数のSNPが大きな機能変化を引き起こす1つのまれな変異をimputeしている可能性もあると思った。)
・HTTLPRのgenotypeは困難でGWASでも調べられない。そこで、SNPからHTTLPRがimputeできないかどうか、マシンラーニングを用いて検討した。SVM(support vector machine)よりも新しい方法である、multicategory vertex discriminant analysis (VDA)を用いた。1852名で学習させ、275名でテストしたが、正答率は92%であった。このようなことを調べるなら、S/Lでなく、もう少し細かくアリルを分ける必要があるのではないか、と質問したが、genotypeが難しい、との返答であった。
なお、HTTLPRについては、通常は14(S)と16(L)だが、超S型(11)、超L型(17,18)などの新しいアリルを見いだしたとのポスターもあった(2504)。
ゲジマン氏は、統合失調症のGWASを行っているグループと連絡を取って、メタ解析を行った。フリーズ1データセットと名付けていた。対象は2万2千名の患者である。最終的には、3万名での確認もしている。136個のSNPがゲノムワイドに有意で、うち129個がHLA領域。これはNature論文と同じ。残りの中に、マイクロRNA137があった。301個ある、マイクロRNAの標的遺伝子の近くのSNPも有意に関連していた。
600名で、MRIのVBMのGWASなどのimaging genetics。CACNA1Cは脳幹・橋の体積と関係(Biol Psychiatry. 68:586-8, 2010)。TDO2が扁桃体体積と関連していた。DNAはOrageneで唾液から取っていた。
PTSDの発症とFKBP5が関連するとの報告もあった。
神戸大の戸田教授のグループからパーキンソン病のGWAS報告、医科歯科大学の水澤教授のグループからはSCA31の原因遺伝子発見の報告がなされた。いずれも目の覚めるような素晴らしい成果で、微妙な結果が多い精神疾患研究とは実に対照的である。SCA31は、5塩基リピートの延長によりRNAが凝集体を作るという、新しい疾患のカテゴリーであり、トリプレットと同様の表現促進が見られる。
セッション53 Genetic Architecture of Neurological Diseases
パキスタンのconsanguineous marriage家系で見られる吃音についての解析。連鎖解析で染色体12番に絞り込み、GNPTABという、ライソソーム病(ムコ脂質症)の原因遺伝子が見いだされた。他の身体症状はなかった。
睡眠時間のGWAS(約2000人→約6000名で確認)で、SUR2との関連を発見。Genotypeによって睡眠時間に28分の差が。K+チャネルと相互作用する遺伝子。この遺伝子のKOハエでも睡眠時間短縮を確認。
双極性障害患者10名の培養リンパ芽球をリチウムあり/なしで培養。イルミナのアレイで遺伝子発現解析。P<0.05、FC>1.2で14の遺伝子を同定。FosB、c−Fos、NURR1、DUSP1などが含まれていた。出てきた遺伝子は、Genetic association databaseでPsychiatricのtermが多いと。双極性障害の関連研究はリチウムの標的遺伝子について行われているので、トートロジーでは、という意味のことを質問したが、それはこの種の研究ではよくある問題だ、と。
統合失調症の連鎖領域8p21にある遺伝子、CRMP−2(DPYSL2)に着目。100名程度をシーケンスして、プロモーター領域の3SNPハプロタイプ、および5’-UTRの2塩基繰り返し配列(DNR)との関連を見いだし、機能解析。3SNPハプロタイプは、プロモーター解析(ゼブラ、および初代培養ニューロン)で機能変化。DNRは、5’-TOP(5'-terminal oligopolypyrimidine)mRNAにあり、mTORによるDPYSL2の発現制御に関連。(機能解析は素晴らしいが、これらの多型が統合失調症と本当に関連しているのか不明)
ナルコレプシーのGWASででてきたピーク、P2RY11についての解析。このSNPは白人では関連していたがアジア人では関連なし。白人でLDにある別のSNPを調べた結果、アジア人でも関連がでた。P2RY11はATP受容体で細胞死に関連している。血液では、NK細胞、キラーT細胞に多く発現し、SNPの影響があるのもこれらのみ。ATPによる細胞死に関連。
緑内障のGWAS。緑内障もheterogeneous。中間表現型としてVCDR(vertical cup-disc ratio)といった計測値を使うことで明瞭なピークが(ATOH7など)でて、TGFβ系の関与も明らかに。
アルツハイマー病のGWASで遺伝子間相互作用を調べた。相互作用しそうな分子のコンビネーションに関するデータベース (Biofilter)を利用。GRIN2AとGRIN2B、SORCS1とSORCS2などのペアが。
自閉症の培養リンパ芽球ではSEMA5Aの発現低下が見られる。CEPHリンパ芽球で、mRNA発現量に関係するcis/transのSNP(eSNP)を調べたデータベース(SCANdb http://www.scandb.org/)を用いて、SEMA5Aの発現に関わるSNPを調べたところ、これらが自閉症と関連する傾向があった。
AGP(Autism Genome Project)の発表。Phase1〜3で、12663名の患者。Stage1のGWASデータでstage2のデータを予測すると、やはり多数のSNPを使うほど、stage2の診断を予測できた。(明確には示していなかったが、polygenicスコアと同じような方法と思われる)。20万SNP位使うとプラトーに達しているように見えた。OR 1.7以上のSNPはなさそうだ。今後はrareなバリアントを探す必要がある。
自閉症家系でのCNV探索。23のCNVが14家系でcosegregateしており、うち16個がqPCRで確認され、7個がcontrolに見られず、病因的意義が考えられた。4、7、10番の重複と6番の欠失。4番は、NRXNと相互作用するニューレキシフィリン1を含んでいた。これらの重複は、息子が発症していて、母がキャリア、というパターンであった。
なお、ポスターでは、日本でのナルコレプシーのGWASででてきたCPT1Bについて、リンパ球における発現変化やその機能解析が報告された。
Exome
マリのHereditary spastic paraplegiaの大家系では、consanguineous marriageとは報告されていないが、罹患者のみで17.7Mbのhomo領域を認めた。罹患者1名でexome解析を行ったところ、158の機能障害変異があり、10がhomo領域にあった。GDF15に2つのミスセンスがホモでみられ、これが原因と思われた。
ALSの9家系、28名でExome解析。各家系で患者と健常者を解析。2家系以上で共通な遺伝子に変異があるものが6個。この6個を更に解析しているところである。3家系以上で共通なものはなく、異種性によると考えられた。
Validationの結果では、loss-of-function mutationでは、non-synonymous variationに比べて、確認率が低く、シーケンスエラーの他、マッピングエラー、アノテーションエラーなどがある。Loss-of-function変異は起きにくいので、LOFだけを調べると、アーチファクトがenrichされたように見えるようである。
その他、進行性ミオクロニーてんかん-失調−末梢神経炎(mtDNA欠乏を伴う)の、両親がイトコの家系の兄弟2例で、AFG3L2の変異を認めたとの報告があった(2026)。両親は無症状だが、母はMRIで小脳体積が小さかった。
非consanguineous marriage例でhomozygosity mappingを行うことが、劣性遺伝子疾患の原因探索に有用とのポスターがあった(2390)(Hildebrandt F, PLoS Genet. 5: e1000353, 2009)。
自閉症孤発例の20トリオでexome。De novo変異が4名に。20%がde novoの点変異を持っていた計算となる。FOXP1、GRIN2B、LAMC3、SCN1A。他にも、既報の変異であるSHANK2、NRXN2、CNTNAP2(FOXP2と同じ人)などの遺伝した変異も見つかった(2697)。
2694 本態性振戦の4家系でExome。40個まで絞りこんだところ。
1188 Broad Instituteなど6施設からの発表。自閉症1000名、対照群1000名でExomeを施行中。既に半分終わった。予備的な段階であるが、2名のみ、あるいは3名のみにしか見られない変異を調べると、自閉症のみで見られる場合が多い、などの解析を示していた。このプロジェクトは、オバマ大統領のstimulation grant(日本の最先端とそっくり)でグラントをもらった施設が集まってやっているとのこと。現在米国では1 Exome 5500ドル。カバレージは、平均150xと書かれていたように思う。(勘違いか? 抄録には80% of target bases covered at 20xとあるので、やはり相当なリード数のようだ。) 単純にExome代だけでもおよそ10億円かかるプロジェクトである。
セッション42 Rare variants in polygenic traits
Broad Instituteからの発表。2型糖尿病で、患者123名、対照群56名で全ゲノム解読。WFS1、MODY9など、既知の糖尿病変異が8名に見いだされた。全体としては、ミスセンスの数に対照群と差はない。細かい解析はこれから。
Duke大学の発表。血友病でHIVに感染しなかった人のゲノムを解析。CCR5のホモ欠損者(HIVの受容体を欠くため感染しない)を除いた41名と、47名の対照群を解析。Depthは25-40X。有意に差のある変異をピックアップ。まずは、F8(血液凝固第VIII因子)(これは当然)。その他、一例をあげれば、SLC16A4の変異が患者12名、対照群1名、といった具合である。CNVも全ゲノムデータよりRead depthで、GCコンテントで補正して解析し、関連解析している。
家族性低コレステロール血症。3世代38名の家系で、罹患者2名をシーケンス。ANGPTL3の2つのストップコドンを共有しており、複合ヘテロであることがわかり、これが原因変異と結論。
セリアック病患者66名で50-60xでExomeを解析。変異同定率は40Xあたりでプラトーに達するようだ。(20Xだと見落としが多い) 結論はよくわからなかったが、まだ絞り込めていないようだ。
183 家系の誰をどのように調べれば最小のコストで、偽陽性、偽陰性を減らして変異が発見できるかをモデリング。最適の方法は、浸透率、関係する遺伝子の数などによって変わるので最適化が必要。(…と言われても、それがまだわからないんですが…)
候補遺伝子の次世代シーケンサーによる検索
グラクソスミスクライン社は、自社開発中の薬剤の標的分子に関して、薬剤のrepositioningのため、15000名(精神疾患患者2670名を含む)で202の候補遺伝子をdeep sequencing。被験者は細かな血液検査(血清脂質等)がなされており、種々の表現型について解析。48名をバーコードをつけてプールし、ニンブルのキャプチャーアレイでキャプチャーし、シーケンス。1プールに1レーンを使用。シーケンスはBGI(中国)に頼んでいるようだ。多発性硬化症におけるPLA2G7の変異など、色々なものが見つかっているとのこと(182)。
ポスターでは、40名分プーリングした後バーコードをつけて12プールをまぜて候補遺伝子のリシーケンスをする方法が紹介されていた(1193)。
CNV
うつ病患者1693名と対照群4506名で、PERLEGENの600KアレイでSNPとCNVをゲノムワイドに調べ、5番染色体のSLIT3を含む重複を5名に認めた。これは3万名の対照群で見られず、うつ病特異的であった。(本当か? 3万名もいれば、3千人くらいうつ病の人がいてもおかしくなく、逆にいないのはオカシイと思ってしまう。対照群はイルミナ500Kで調べたとのことなので、方法にも依存するのではないか)(2634)
統合失調症124名でCNVを解析し、融合転写物ができそうなCNVを持つ4名を選び、リンパ芽球でmRNAを調べたところ、融合転写物が見いだされた。癌の原因となる融合転写物が知られており、統合失調症でも何かの役割を果たしている可能性が考えられる (2698)。
双生児
発達遅滞、てんかん、運動障害、不安などを伴う中枢神経疾患に関して一致する一卵性双生児で全ゲノム解析を行っている、というポスターがあった(2240)。まだ途上とのことだが、500〜1000の不一致があったとのこと。(validationはまだ) 一致例を読むことで、アーチファクトを除外して変異を同定できる、との意図らしい。
2733 女性の17ペアの一卵性双生児で、性的虐待について不一致な15ペアについて、テロメアを解析し、虐待を受けていた人ではテロメアが短縮しているという、衝撃的な報告。実際、小児期に多くのnegativeな体験のあった人では、寿命が20年近く短いという(Brown DW, Am J Prev Med. 2009 37:389-96)。びっくりした時に「寿命が縮んだ」という慣用句があるが、トラウマで寿命が縮むメカニズムが分子レベルで明らかにされるとは…。
2734 オランダのグループ。双極性障害の不一致一卵性双生児17ペアでメチル化を調べた。BCL2やGNALに注目していたが、我々としてはPROKR2が含まれているところに注目したいところだ。
2739 神奈川小児医療センターの黒澤健司先生の報告。神奈川は日本初のpopulation based monitoringシステムがあり、全ての双生児をフォローしている。その数、1981年〜2008年で7690名とのこと。一時二卵性が増えたが、最近また減っているとのこと。(これはおそらく、体外受精において戻す受精卵の数の変遷に伴うものだろう。)
1377 11ペアの統合失調症、11ペアの双極性障害で、イルミナのInfiniumアッセイで27578CpGを調べた。色々な候補遺伝子が見いだされ、リストも掲載されていたが、このアッセイだと1遺伝子1〜2のCpGしか調べられず、あまり有意義なことがわからないのではないか。
Epigenetics
自分の口頭発表には質問はなかった。緊張のためか、他の発表の内容があまり頭に残っていないが、次のBeck氏が、EWAS(Epigenome wide association study)と言っていたのが印象に残っている。
2623 シカゴのLiuさんのポスター。ニンブルのプロモーターアレイで、うつ病15名、対照群の15名でDNAメチル化を調べたが差がなかったと。
2709 リンパ球のメチル化解析(たぶんGolden Gate assay)とMRIを比較して脳の体積と関係するCpGを見いだしたとの報告。これは注意しないと、偽陽性の山になってしまうだろう。
その他にもエピゲノムの話があったが、Nature論文通りの内容だったので割愛。
iPS細胞
ダウン症に関して不一致な一卵性双生児の繊維芽細胞とiPS細胞で遺伝子発現を調べた報告があった(122)。21トリソミーのある患者では、13番染色体全体が発現上昇しており、19番全体が低下しているなど、染色体レベルで発現調節が行われていると考えられた。この所見をiPSでも確認した。
セッション70 iPS cell technology to model human neurogenetic disorders
ALS患者2名のiPS細胞を対照者5名のiPS細胞と比較。(多くはc-MYCなしで作成)運動ニューロンの生産効率は、ドナーによる差はあるが、ALSと対照群では差がない。カルシウムイメージング、電気生理などの解析も行っている。16細胞のうち3細胞が分化中異常を示した。ESに比べるとiPSの方がライン間差異は大きい。どのような細胞に分化するかを調べるスコアカードアッセイが分化能の予測に有用。
15q11-q13の欠失(Angelman、PWS)および重複(自閉症)の症例のiPS細胞を作成。神経特異的にインプリンティングされているUBE3Aは、iPSから神経細胞に分化すると発現量差異が現れるようになる。
脆弱X症候群例のiPS細胞の研究。(abortion例のES細胞の研究も報告されているが、米国ではできない、と)
Rett症候群のiPS細胞。効率を高めるため、EGFPをいれたレンチウイルスベクターを使って、効率よくピックアップ。また、蛍光によって追跡可能となる。更に、移植に使うときはsuicideベクターを入れることができる。(癌化時の対応に) 市販の(Coryell)レット症候群症例の繊維芽細胞を使用したらしい。作成した細胞で色々解析を行っている。
倫理
Identifiability in the Era of Genome Scale Researchというセッションでは、データベース登録により個人が特定される可能性があることについて議論されていた。(一部に参加しただけで、詳細はわからない) 特定されうる情報と特定されない情報の間にデジタルな境界がある訳でないので、程度の問題として捉える必要があるとされた。また、フロアから、法医学の観点からの検討がなされないのはおかしい、とのクレームがあった。いずれにせよ、Exome、Whole Genome研究が当たり前となり、こうした研究を行って良いかどうかという議論は終わり、データベース公開と、被験者への情報のフィードバックが主な論点となっている印象である。
Genomic Medicineのセッションでは、研究チームメンバーの教授のWhole Genome(かExome)を読んだ話が紹介され、家系内に心血管系疾患が多く、その危険因子と思われる遺伝子があった、とか、劣性遺伝病のキャリアだ、などと細かく報告されていた。ワトソン博士のゲノムでも同様の報告はあったので珍しいことではないかも知れないが、ずいぶんとオープンであった。
セッション63 Ethical, Legal, Education, and Policy issues
研究参加者は、遺伝子解析で変異が見つかった場合には、病気が治せるかどうかに関わらず、それを知りたいとする傾向が強い。
Direct-to consumer(DTC)型の検査の結果を主治医に見せても主治医が理解しない場合がある。
DTC型検査で、たばこで癌になりやすい遺伝子を持っていると知ってもたばこをやめない人が多い。
左室肥大(LVH)の人の中で、Fabry病の人がどれだけいるかを調べるために、「direct-to-patient」検査を行った。心電図データベースでLVHのある2000名に手紙を送り、協力を依頼。約400名が同意したので、キット(濾紙にしみこませた血液と、DNA用の唾液)を送った。返送されたのは200名弱。数名のFabry病の人が見つかった。
23andMe(代表的なDTC型のDNA検査会社)の人が発表。約3万人の顧客にアンケート。半分以上から回収。自己申告の診断で関連研究を行うと、これまでの報告が確認された。ただ、診断の聴き方が重要で、単にセリアック病と診断されましたか、と尋ねるとだめで、「生検の結果に基づいてセリアック病と診断されたことがありましたか」と聴くと良かった。
癌の家族歴を聞くことが治療の参考になるが、ちゃんと聴けていない場合が多い。そこで、電子カルテにランダムに家族歴を聴け、というアラートがでてくるようにしてみた。(患者が断った、と入力して終わらせてもよいが、とにかく何か書き込まないと診療が続けられない) その結果、家族歴の頻度には差がなかったが、家族歴の内容が充実した(特に第二度親族、第三度親族の罹患率が増加)。
Medco Health Servicesという、「患者と製薬会社の間に立って処方薬の給付プランの作成や給付管理を行う」(kotobankによる)会社の発表。ワーファリンやタモキシフェンの処方時には、代謝酵素の遺伝子検査(ワーファリン:CYP2C9/VKORC1、タモキシフェン:CYP2D6)をした方が良いが、現実には多くの医師が行っていない。そこで、Medcoが、(同社と契約している患者に対してなのだろうか)ワーファリンを処方している医師に、患者の受診日に電話して、検査について患者に説明するように伝えた。患者が同意したら、Medco社が自宅を訪問してサンプル採取(唾液だろうか?)。結果を主治医にフィードバック。これまでは、ワーファリンで1.7%、タモキシフェンで2.3%しかこうした検査は実行されていなかったが、この方法により、平均42.8%の人がこの検査を受けた。
まとめ
Exome
今回の学会でも、原因がほぼ特定できたのは、consanguineous marriage例、あるいはconsanguineous marriageではないが劣性遺伝の場合、複合ヘテロのケース、そしてde novoのケースなどである。ALSなど、優性遺伝のケースでは絞り込めていないし、ましてや複雑疾患では特定に至っていない。精神疾患における大きなブレークスルーもなかった。
しかし、Broad Instituteなどが、自閉症千名を含む数千名での解析を行っており(今回は双極性障害の発表はなかったが、数百名調べられているはず)、既にExome association studyと言うべきものも始まっている。今後、マンハッタンプロットの横軸は500Kから38Mになるのかも知れない。その後は、30Gのマンハッタンプロットということになるのだろうか。遺伝学の終点が見えてきたが、ひょっとして、Exome association studyやComplete genome association studyもはっきりしない結果に終わる可能性はありうる。
双極性障害はジェットコースター的歴史を繰り返してきたが、GWASへの期待も、再び失望へと変わりつつある。結局、これまで問題となってきた、浸透率、表現模写、多因子、といった多くの問題は、全ゲノム時代になっても解消される訳ではないのであろう。
一時は、Broadが調べた後には草木も生えない、などと思ってしまったが、そうとも言えないかも知れない。
たとえ遺伝要因を特定できない患者さんが大多数であっても、一部には、原因遺伝子が特定できる患者さんがいるに違いない。こうしたケースに着目し、動物モデルに展開して、脳病理を明らかにすることによって、最終的に双極性障害の神経病理学的な共通性を明らかにし、治療法・診断法を開発することがやはり目標となるだろう。そのための現在の課題は、こうした一部のまれな原因遺伝子をどうやって特定するか、ということ。そして、全ゲノムの時代の次に訪れる、脳の時代にそなえることだ。
全ゲノムやExomeの研究と同様、不一致双生児の研究も、Nを増やすだけでわかるというたぐいのものではなさそうだ。本学会で発表された不一致双生児研究のサンプルサイズの大きさには圧倒されたが、既知のNF1の不一致が見られたケースがあった、という他には、あまりはっきりした結果がでているものはなかった。不一致双生児の研究であっても、研究戦略の重要性が改めて浮き彫りにされる。多数のアーチファクトの山の中から、真実を突き止める工夫が必要だ。
iPS細胞
染色体異常を持つ細胞で、染色体異常と直接リンクした表現型(遺伝子発現など)では明確な結果が得られているようである。しかし、今の方法ではクローン間のリプログラミングのばらつきが大きいため、生理学的な解析はあまり成功していないようであった。複雑疾患の解析には、より効率よく、安定した方法の開発が必要であろう。精神疾患の解析をするにしても、染色体異常くらいの大きな変化がないとうまくいかなさそうだ。iPS細胞でExomeを調べるとがん関係の変異が入っていることが多いとの話もあったらしい。
倫理
Direct-to-consumer(DTC)型遺伝子検査は、議論を巻き起こしており、禁止されている国や地域もある。会社と学会は遠い関係であったが、会社のほうから学会に乗り込んできたのはびっくりした。
日本の人類遺伝学会は、DTC型の検査では、依頼から結果解釈までのプロセスに専門家が関与することを求めているが(http://jshg.jp/news/data/Statement_101029_DTC.pdf)、こうして会社側が学会に参加してやっていることを発表する、というのも、交流の端緒として意義あることだと思った。そして、こうして活動内容が学会で発表されてみると、意外にその活動にも意義ある面はあるのではないかと思えてきた。それほど深刻でない多型を扱っているという安心感があるためかも知れないが…。
唾液のDNAでかなりのゲノム解析ができるようになったこともあり、遺伝子研究の形も多様化しつつある。こちらの面でも我が国が遅れを取らないと良いのだが。