ACNP(アメリカ神経精神薬理学会)(マイアミ)参加記 20101259

 

 本学会は、多くのアメリカの精神疾患研究者が最も重要と考えている会議であり、頭に浮かぶような米国の主立った研究者はほとんど参加している。ACNPの会員は353名しかおらず、会員になることはprestigiousなことと考えられていて、ハードルが高いという。今回は、アジア神経薬理学会(AsCNP)10名の参加枠が与えられ、AsCNPの会長である山脇先生の元、訪米団が組織され、8名の非会員日本人が参加した。薬理という名のついた学会ではあるが、臨床試験の発表などはほとんどなく、精神疾患の生物学的研究全般、特に基礎研究を中心とした内容である。

 ランチョンセミナーも企業展示もサテライトシンポジウムもなく、寄附は募ったようであるが、プログラムブックの広告すらない。米国では、最近conflict of interestが大きな問題となっており、製薬会社との密接すぎる関係による診断・治療の歪みに対して批判が高まっていることから、以前のような製薬企業と癒着した学会運営はもはやできなくなっているということであろう。

 しかし、せっかく、めったに合わない人たちが集った昼食時なのに、議論するでもなく、宣伝トークを聴きながら皆で前を向いて弁当を食べるランチョンセミナーではなく、学会参加費の範囲で支給されるランチボックスを手に、思い思いに席に着いて議論する、というのは、筆者にとっては理想の学会運営だと思った。

 筆者が本学会に参加するのは、1989年のマウイ、2003年のサンファンについで3回目である。マイアミの割には寒く、最終日の14:30に学会が終わった頃には悪天候となっており、ビーチがあってもあまり関係ない。もう少し都会でやって欲しいと思ってしまうが、家族を連れてきている人が多く、バカンス半分で来ている人も多いのかも知れない。ACNP会員は、出席が義務で、数年出ないと除名になってしまう?らしい。

 

 初日は、Neuropsychopharmacology Reviewということで、ACNPの学会誌の20111月の総説特集号の中から、cognitionをテーマとした5演題をまとめたプレナリーセッションがあった。しかし、総説という割には、細かなデータも多く、内容は難しかった。

Dr. Salterは、トップダウンの注意におけるアセチルコリンの役割について、多くの実験を紹介して示した。Dr. Coolsは、セロトニンの役割について述べ、ヒトでトリプトファン欠乏により罰に対する感受性が高まる、といったデータを元に、セロトニンは、罰が予測される時に、行動を抑制する働きがあるといったようなことを述べた。計算論的神経科学のDr. Peter Dayanは、ほとんど数式を使わずに話をしたものの、それはそれで今度は英語が難しくて、完全には理解できなかった。ドーパミンニューロンのphasicな活動は、TD誤差(強化学習理論に基づく概念)を反映していること(TD誤差とは、意外に得した、とか意外に損した、という、予測された報酬と実際に得られた報酬の違いのことだと思う)など、報酬と罰、活性化(invigoration)と抑制、という2つの軸におけるドーパミンとセロトニンの拮抗(opponency)について述べた。(申し訳ありませんが、私の能力を超えており、解説できません) Dr. Corlettは、ケタミン精神病を元に、psychosisのグルタミン酸モデルについて述べた。Dr. Benedettiは、プラセボによる脳の変化について述べた。プラセボの反応には、実薬に反応した経験が必要である。パーキンソン病患者では、プラセボにより症状が改善するばかりか、視床下核の細胞の電気活動も改善し(ヒトにおける挿入電極による記録)、ドーパミンが放出されること(PET)や、痛みに対するプラセボ反応がナロキソンでブロックされることなどを示した。最後の話は比較的具体的でわかりやすかったものの、全体に難しく、時差ぼけも加わり、つらいセッションであった。

 

 午後はbasicclinicalに分かれて2つのhot topicセッションがあったが、どちらのセッションもclinicalでもありbasicでもあるという感じであった。Clinicalのセッションでは、徳島大からNIMHに留学している沼田先生の、ヒト死後脳におけるDNAメチル化の候補遺伝子解析(イルミナのカスタムビーズアレイを使用)の結果が発表された。また、Dr. Akbarianは、NeuN(+)細胞核におけるヒストンメチル化の解析について、次世代シーケンサーを使ったデータを示した。(今年の理研サマープログラムで3時間の話を聴いたので、だいたい同じような内容である。)

 

 1日目は、某製薬会社の研究者のお二人との会談もあった。我々の研究に興味を持っていると言うことでお会いしたものの、具体的なコラボレーションの話は出なかった。少しずつ連携をしていくのが通常のやり方だ、とのことであった。理研としては、インダストリーとの連携を重視しており、制約のない研究グラントを企業から導入することを積極的に行っております、という説明をした。

お二人とも本社とは別の州に住み、在宅勤務がメインで、週に1回程度、本社に行くとのこと。二人とも仕事には大変満足しており、大学にいたときに5年かかったことが1年でできて非常にすばらしい、とのことであった。とはいえ、お二人の姿を見ると、在宅勤務は少々運動不足になるのかなあ、とも思った。(失礼をご容赦ください…。)

 

 2日目のプレナリーでは、各賞の受賞者が発表され、オプトジェネティクスのDr. Disserothなどが受賞した。

 Disruptive Innovation in Neuroscienceというセッションでは、まずDr. Kendlerが、精神科遺伝学30年の歴史を振り返る話をした。1)環境が重要である 2)遺伝子はDSMをリスペクトしない 3)どうしたら遺伝環境相互作用と相関を調べられるか 4)この30年で精神科遺伝学に関してわかったことはほとんどネガティヴである 5)統合失調症のポリジーン説について 6)より妥当な仮説を立てるにはどうしたらよいか 7)発達の重要性 8)原因仮説について(どうしてこんなにうまくいかないのか) という順で話をされた。環境が遺伝するように見える話、ニコチン受容体遺伝子がニコチン依存を介して肺ガンのリスク遺伝子となるという現象のことなど、実例に則して紹介した。遺伝環境相互作用については、ハイインパクトジャーナルに、遺伝環境相互作用について何も知らない人が論文を出している、などと痛烈に批判していた。今後の展望としては、1) 哲学の必要性 2) "explanatory pluralism"(説明的多元主義?)が必要である 3)我々は心理学的モデルを貧困化させてしまった 4)我々はきまぐれだ 5) 我々は病因理論の確立に失敗してきた とし、最後の点に関して、反証可能な仮説を立てないと意味がない、ということを強調された。この講演は、全体に含蓄に満ちたもので、終了後の拍手も、ひときわ大きかったように思う。

 神経経済学のDr. George Loewensteinは、情動が意思決定に与える影響、すなわち@「hot-cold empathy gap」について、「sexually aroused」な状態では決定が変わるという実証的なデータなども含めて解説した。双極性障害の患者さんのアドヒアランス低下の要因として、「うつ状態の時には治ると思えないし、寛解期には再発するとは思えないから」というのが、典型的な例である。その他、若者に、「きれいな死に方ができるなら少し早く死んでもよいか」と聞くと2年位早く死んでも良い、と答えるが、高齢になるとせいぜい数カ月と答えるとか、痛み止めの治療にはempathyが関係していて、minorityの人には痛み止めが充分与えられていないことなど、さまざまな例を挙げていた。引用している雑誌も、「Journal of Behavioral Decision Making」といったもので、興味深い内容であった。

 Dr. Rob Knightは、細菌叢全体のゲノム解析を行う「メタゲノム解析」の専門家で、キーボードに付着している細菌の解析によって、使っていた人が区別できるといった話、TLR5ノックアウトマウスが太るのは細菌叢の変化のためであるなど、パラサイトが宿主の表現型に影響を与える話などをした。

 

昼には、Media Training Sessionというのがあり、一部だけだが参加した。

メディアの取材を受けて一生懸命研究の話をしたのに、思ったことと違うことを書かれてしまった、という経験をする研究者は多い。その原因と対策を検討し、

  研究者の仕事はリポーターの質問に答えることではない。自分のメッセージを伝えよ。

  リポーターから電話が来たら、手が離せないので10分後に電話してくれと言え。その間に、質問を予測して、そのインタビューのゴールを考えよ。

  自分のメッセージをシンプルに、わかりやすく、直接に表現せよ。

  これを口に出して練習せよ。

  あなたは知りすぎている。多くの情報を伝えると、リポーターは何が重要かわからなくなる。多くの情報を伝えすぎてはいけない。

  もちろん、おもな主張を支持するデータは出さなければならない。

  話の途中でいつさえぎられるかわからないので、まず結論を言い、その後根拠を言う。

  複雑な科学的情報をシンプルに伝えることに研究者は抵抗がある。しかし、研究者が翻訳しないと、メディアが翻訳することになる。そして、それはしばしば、正確ではない。専門用語を避けて、わかりやすく説明せよ。

  Sound bites”、すなわち15-20秒で絵を描くようなフレーズ。リポーターはこれを求めている。言いたいことを短く引用できるようなフレーズにまとめよ。

  リポーターが(理解不足や、良くある誤解に基づく)「誤った」質問をすることがある。その場合は「blocking and bridging」が有効である。質問をブロックして、自分の主張につなげる、ということである。「〜を思い出す必要があります」「本当に大事なことは…」「人々が知りたいことは…」「ポイントは…」と、自分のメッセージにつなげる。

  同じ事ばかり言っているととられるかも知れないが、心配不要。内容を増やすとすると、言いたいことをサポートするデータを増やすのが良い。しかし、メッセージは一定にしないといけない。

  避けなければならない、よくある間違い

− 専門用語を使う

− 否定の質問をされた時に、否定文で答える

− 「もしも」の話で答える

− 答えすぎる

− 沈黙を埋めようとする(言いたいことをいったらしゃべり終えて良い)

− オフレコ、という(言ったことが全て報道されてしまうと思え)

− 知らないと言えない(知らないなら知らないと言うこと)調べてから答えますと言う。

− 毎回違った答えをする

 

 

Dr. Samuel Gershonによる、リチウムの歴史の話があった。

1859   Alfred Garrod         

リチウムの医学への導入

1870    Silas Weir Mitchell   

アメリカへのリチウムの導入

1871    William Hammond

躁病へのリチウム治療(中毒により断念?)

1881    Carl Lange             

周期性うつ病へのリチウム治療

 

1949    John Cade              

躁病のリチウム治療

1960    Samuel Gershon         

アメリカへのリチウム療法の導入

John Cadeは、第二次世界大戦中、日本軍に捉えられたという。Cadeは、リチウムは必須微量元素で、リチウム欠乏が躁うつ病の原因に関係があると考えていたのだそうだ。

 

Oxidative stressのセッション

Dr. Vawterは、福家らの方法に従って、死後脳の前頭葉の共通欠失を定量し、前頭葉背外側部で、双極性障害のみ増加していた(p=0.02)。女性の方が欠失が多いこと、加齢に伴って欠失が増えることは、福家論文と一致していた。統合失調症5名、コントロール6名で11部位(小脳、尾状核、黒質、扁桃体、前部帯状回、DLPFC、海馬、側坐核、OFC、被殻、視床)で調べたところ、統合失調症での増加は見られず、尾状核と黒質で多く、小脳で少なかった。部位により年齢の影響が異なっていた。mtDNAハプログループによるfMRIにおけるBOLD反応の違いを調べた結果、死後脳のpHと関係していたUKハプログループの統合失調症患者では、BOLD反応が低下していた。

途中からNext Generation Sequencingのセッションに移動。

Dr. Geschwindの代理の人は、ヒトとチンプ、マカクの死後脳のRNA Seqで、ヒト特異的なスプライスバリアント探索をしていた。また、ヒト特異的なGene Co-expression Networkを同定した話もあった。

自閉症のNGSでは、ヒストン遺伝子の変異が見つかった話があった。

また、GWASのデータで、5%以上のホモ領域を持つ人を絞り込み、consanguinityが疑われる18人で全ゲノムシーケンスしていると言っていた。

 

ポスター

31P-MRSで、小児双極性障害で調べたところ、pH低下、PCrの低下は見られなかった(159)。

死後8.5時間未満のヒト死後脳では、ミトコンドリアを単離して膜電位を測定することが可能であった。電子顕微鏡でもintactなミトコンドリアが観察された(175)。 

セロトニントランスポーターの機能解析について。IDT307という蛍光試薬の取り込みをFACSにより調べるという方法でマウスの脾臓由来リンパ球の機能解析を行った研究があった。PMAで刺激することにより、活性が高まった。しかし、この取り込みはSSRIで遮断できず、セロトニントランスポーターではない可能性が考えられた。(organic cation transporterではないかとのこと) 発表者の話では、ボルタメトリー法の方が正確だったとのこと(Perez XA, Bianco LE, Andrews AM. J Neurosci Methods. 2006 Jun 30;154(1-2):245-55)。 

臍帯血でイルミナのビーズチップによりDNAメチル化を測定。胎生期に抗てんかん薬に暴露された期間が長い程、グローバルなメチル化が低下していた。

 

GWASPros & Consのセッション

GWAS派のDr. Patric Sullivanと候補遺伝子派のDr. Daniel Weinbergerが対決。Dr. Sullivanは、統合失調症でMHCが、そして17836名の統合失調症患者と33859名の対照群のGWASでは1×10-11miR-137がでてきて、その標的分子のトップ4の一つがCACNA1Cであったことなど(Nature in press)を紹介。WGASは既に101の病気と124traitに応用され、これまでのbiomedicineの歴史の中でも最も成功した方法の一つであると述べた。一方、Dr. Weinbergerは、epistasisの問題が対応できていないし、厳しすぎるp値により多くの情報が失われてしまい、neurobiologyを基盤とすべき、ということを主張した。

最終的には、全ての方法を使って、しっかり確認していくべきだ、というような話に落ち着いた。

なかなか面白いセッションで、筆者としてはDr. Sullivanの方が説得力があると思った。

 

筆者の発表したミトコンドリアのセッションでは、Dr. Wallaceがまず、ミトコンドリア病とミトコンドリアDNAについて概説。次にDr. Vawterは、GAINWTCCC2のデータを使った双極性障害と統合失調症のmtDNAの解析について報告。双極性障害965名、統合失調症1137名、コントロール3978名の計6040名で、366mtDNPについて解析。

統合失調症は195T16111C16519C、双極性障害は16111Cが関連していた。いずれもD-loopばかり。しかも、16111Cは、1.3%の多型が患者で少ないという今一つの結果であった。

死後脳では、23名分のDLPFCIllumina GAIIで解析。カバレージは5005000Sanger法でよく知られたphantom mutation(16085, 16239)はこの方法では見られなかった。T195Cのヘテロプラスミーが見られた。

C64Tなど、ヘテロプラスミー変異は、扁桃体で多い傾向があった。

T195Cはアルツハイマー病でも報告されているが、統合失調症、双極性障害でも関係している可能性が考えられた。

Dr. Youngは、死後脳におけるcomplex I4HNE-Adductの話をした。

終了後の討論では、discussantDr. Meador Woodruffから、素晴らしいモデルだとの話をいただいた。また、ミトコンドリアはdruggableか(創薬の標的となりうるか)との議論となり、前向きな意見も出たが、アルツハイマー病の研究者からは、神経変性疾患ではうまくいっていない、ミトコンドリアの薬を使ってもすぐにhomeostasisに達してしまうので期待できないのでは、という話もあった。

 

Drug Developmentのセッションでは、Dr. Nestlerが、25年前にコカイン投与により側坐核で増えるFosBのバリアントとしてΔFosBを発見した経緯から説き起こし、ΔFosB増加が行動感作と関係すると考えられたことを述べた。抗うつ薬が側坐核でΔFosBを増やし、これを阻害すると抗うつ薬の効果がなくなることから、ΔFosBを増やす薬が抗うつ薬となり、阻害薬は依存の治療に使えるのでは、という。ΔFosBAP1サイトに結合するので、AP1サイトを持つDNAを蛍光ラベルして、ΔFosBと標的DNAとの結合を阻害する薬剤を探索する方法で、inhibitor2つ、potentiator1つ発見した。

Dr. Haggartyは、DISC1に結合する小分子を、FDA-approved drugのライブラリを張り付けた化合物アレイをつかって探索した。DISC1には50以上のアイソフォームがあるので、そのうち5つについて調べ、2つ以上のアイソフォームに結合する分子を185個見いだした。

その他、

GSK-3β阻害薬のHTSでは、CHIR-99021という新規化合物が見いだされ、抗うつ薬様効果が見られた。

・ムスカリン受容体のアロステリックモデュレーターを酵母の系を使って探索

・酵母で多数のGPCRとの結合活性を一気にスクリーニングする系を確立し、クロザピンなどの標的受容体を網羅的に探索

 といった話があった。

 討論では、創薬研究を進めるには、インダストリーとアカデミアの人事交流が必要ではないか、という話が出た。

 

 ポスターでは、

ANK3NGS解析。脳特異的エクソンのみを探索。8kbPCRで増幅後、16人分プールし、バーコードをつけて24プールを作成。サンプルはqPCRで定量。1ランで384名を解析し、カバレージは最低2000×(どういう計算かよくわからないが)。ABI-SoLiDで解析。10個のミスセンスを発見。1000ゲノムと比較するとややミスセンスが多い(p=0.05)。今後、数千名ずつのケースコントロールを行う予定。(Dr Berrettini, No. 97

 

Neurogenesisのセッション

 Dr. Dumanは、Chronic Unpredictable Stress(CUS)によるアンヘドニア(ショ糖嗜好性の低下)が、IL1-Ra(内因性のIL-1レセプターアンタゴニスト)で阻害され、IL1-Raノックアウトマウスでも同様の結果となることから、CUSによるうつ様表現型にIL-1が関係していると考え、さまざまな実験を行った。IL-1βによりneurogenesisは低下する。新生神経にはIL1-Rが発現している。CUSでは、IL-1上昇を介してneurogenesisが低下し、これがうつ様表現型を引き起こすと考えられた。

 次のRene Henの話が、今回、最も面白かった。(Nature in pressとのこと。投稿からアクセプトまで3年かかったそうだ)

 海馬の3シナプス回路は、背側海馬でも腹側海馬でも同じであるが、機能は記憶、情動と異なる。(なお、ヒトでは、海馬の前方が情動に関わる部分であり、後ろの方が情動に関わる腹側海馬となっているマウスとは、空間的位置がイメージ的に異なるので注意が必要だ。)

 ヒトのfMRIで、嫌悪刺激で賦活されるのは海馬の前方、ヒト死後脳研究でECT後に新生神経が増えているのも、海馬前方である。

 海馬の記憶・学習のメカニズムとして、歯状回でpattern separationが、CA3pattern completionが行われ、前者が細かい違いを認識して記憶することに、後者が連想記憶に関連するとされ、利根川先生の研究室でその神経回路が詳しく調べられている。

異なったコンテクストにも関わらず、トラウマ関連の状況を想起してしまうというPTSDの症状は、pattern separationが障害され、pattern completionが過剰になっていると考えることができる。すなわち、PTSDは、(ヒトでは)海馬前方の、歯状回とCA3のバランスの乱れによって起きると考えられる。 

 この仮説を検証するため、マウスを、恐怖条件付けを行ったケージと、微妙に違うケージとに暴露する。Normalのマウスは、微妙に違うケージにだんだん慣れていくが、neurogenesisX線で止めると、慣れることができない。これはpattern separationの障害と理解することができる。

iBaxマウスという、幹細胞のみでBaxKOすることにより、神経新生を増やしたマウスでは、それだけでは抗うつ薬様効果はないが、ストレスをかけた時には抗うつ薬様作用がある。新生神経を増やすと、ストレスで賦活される歯状回の細胞は疎となる。一方、X線で新生神経を壊すと、賦活される細胞の密度は高くなる。歯状回の細胞の賦活パターンがpattern separationと関係していると考えられていることから、このように密度が変わることがpattern separationの能力の差に関わっていると考えられる。

海馬ではγバーストの時に歯状回の活動が高まるが、X線をかけると歯状回の活動は増加する。新生神経細胞は、成熟な神経細胞の活動を抑制する。

今後は、腹側、背側の海馬を、チェネロドプシンで制御する実験、ヒトで情動刺激のfMRIを使ってpattern separationを調べる実験などを計画しているとのこと。

PTSDのメカニズムを記憶と関連づけて、神経新生のメカニズムで理解しようと言う研究は、井ノ口先生のCell論文が有名であるが、全く別の観点から、同じような研究が行われていたようである。井ノ口先生のお仕事との異同がにわかにはわからず、じっくり検討してみないといけないが、仮説が異なるため実験方法が異なるものの、仮説と解釈は違っても、似たような現象を観察しているのかも知れない。

それにしても、認知に関わる海馬と情動に関わる海馬があって、前者の異常によるpattern separationの異常は記憶学習の異常を引き起こす一方、後者の異常はPTSDを起こす、というのは、全く考えたことのない仮説であった。小脳の神経科学研究が運動から認知へと広がっていくと思われるのと同様、海馬の神経科学研究も、記憶学習から情動へと広がりを見せていくのであろう。

ということでこの発表で脳が満杯となり、次の発表の印象は弱くなってしまったが、神経新生を特異的に阻害するトランスジェニックマウスを作成し、色々細かく調べた研究であった。最後は、抗うつ薬によりHPA系の非抑制が改善するには、神経新生が必要、という話であった。CRF1のアンタゴニストによる抗うつ作用は、神経新生を阻害してもかわらない。通常状態では、神経新生を阻害してもHPA系の異常は生じないが、ストレス下のみで、影響がでる。

全体として、抗うつ薬の作用全てが神経新生を介している訳ではなく、一部の作用に関係しているのだ、という話になった。

 

その他、倫理委員会のセッションでは、ACNPメンバーへのアンケート結果が発表された。会員353名中、125名が回答。過半数が倫理委員を経験していた。(ACNPメンバーの特徴がよくわかる)

これまで却下された計画としては、患者における投薬中止や、健常者における投薬などが多かった。また、精神疾患研究では倫理の問題が特に大変であり、精神疾患研究に特化した倫理委員会も必要ではないかといった意見、判断基準がばらばらなので、規準の標準化が必要であることなどが指摘されていた。

 

BipolarSchizophreniaに共通な脳の変化はなにか、というセッション。

Dr. Lewisは、haloperidololanzapineをサルに2年間臨床に用いられる血中濃度で投与した論文を紹介した(Dorph-Petersen et al, Neuropsychopharmacology 30: 1649-61, 2005)。両剤は対照群に比べ、共に脳重を10%程度低下させた。変化は主に灰白質に見られ、前頭葉、頭頂葉に強かった。しかし、スパインの形態には変化がなかったことから、主な変化はグリアかも知れないと考察していた。Dr. Robin Murrayは、このデータを見てあなたは処方を変えたか、と質問した。しかし、統合失調症患者における研究では、ハロペリドール群では灰白質体積が低下したが、オランザピン群では低下しなかったと報告されているので(Lieberman et al, Arch Gen Psychiatry 62: 361-70, 2005)、疾患のプロセスが存在している場合には、むしろオランザピンは灰白質減少を防ぐと考えられる。Dr. Murrayの質問に対してDr. Lewisは、こうした変化が治療効果と関係がないとは言えない、などと述べた。確かに、自閉症では、発達早期に脳重が大きいという異常が報告されているし、脳の体積が大きい=良い、と根拠なく決めつけるのも一面的ではあるが、さすがに脳重が減るのが良いと主張するには、相当の根拠が必要だろう。

とはいえ、統合失調症でない人では、長期の非定型抗精神病薬服用が、脳形態に影響する可能性もあることになる。Dr. Andreasenは、発症前の服用や、うつ病などにおける使用については、慎重に考えるべきだ、という意見を表明していた。

 

3日目のポスター

双極性障害患者の死後脳でセロトニントランスポーターは蛋白量、mRNAとも差がない(26)

CNVを持つ統合失調症患者で4つのfusion transcriptsを同定(ADHGと同じ)(108)

VEGFがうつ病患者で低下していたが、主として運動、たばこなどのconfounding factorのせいであった。

うつ病のバイオマーカー研究。α1―キモトリプシン、アポリポ蛋白、コルチゾールなど、9つの物質を測定することで、うつ病群を対照群と区別することが可能であった。独立サンプルでも特異度、感度とも80%以上であった。(1stサンプルが患者36名対照群46名、2ndサンプルが患者34名、対照群43)

 

最終日

キヌレン酸仮説のセッション。

トリプトファンからは、TPHを介してセロトニンに行く経路と、IDO(indolamine 2,3-Dioxygenese)によりキヌレニン(Kynurenine)に行く経路がある。後者はさらに、KAT IIを介してキヌレン酸(Kynureic acid)に行く、アストロサイトの経路と、KMOを介してキノリン酸(Quinolic acid)に行くミクログリアの経路に分かれる。

QA(キノリン酸)は神経毒性があり、キヌレン酸はQAの神経毒性に対して神経保護作用がある。

脳損傷でキヌレン酸が増加する。

キヌレン酸上昇は、統合失調症、うつ病を始め多くの神経疾患とのかんれんが疑われている。統合失調症患者の死後脳ではキヌレン酸が上昇している。動物実験の結果からは投薬の影響は否定的。

キヌレニンは多くの受容体との親和性がある。

キヌレン酸上昇は、ドーパミンを低下させる。これはガランタミンで阻害される。ニコチン性アセチルコリンα7受容体を介していると考えられる。キヌレン酸は、アンフェタミンによるドーパミン放出も減らす。キヌレン酸はグルタミン酸、アセチルコリンも減らす。

KAT IIの阻害薬であるESBAは、キヌレン酸を低下させ、その結果ドーパミン、グルタミン酸、アセチルコリンを増やす。その結果、LTPが増加し、T mazeなどの成績が向上する。

インターフェロンα(IFNα)は、IDOを誘導し、その結果、キヌレニンを増やし、トリプトファンを減らす。キヌレニンはBBBを通過するので、末梢でのキヌレニン増加は中枢に影響する。12週間のIFNα治療で50%に抑うつ気分が現れる。IFNαはIL6MCP-1を増加させる。

IFNαによるトリプトファン低下は、抑うつ症状とよく相関する。しかし、IFNα治療後、脳脊髄液ではキヌレニン、キヌレン酸、キノリン酸の増加は見られるが、トリプトファンは不変であり、キノリン酸増加と抑うつ症状が良く相関する。キヌレニンの注射は、動物で抑うつ様行動を引き起こす。従って、IFNαによる抑うつの出現には、トリプトファン欠乏は関係なく、キヌレニンの増加が関係しているかも知れない。

 

小児双極性障害のPros & Consのセッション

 Pros & Consのスタイルで、との説明があったが、タイトルは、「小児双極性障害は、表現型には古典的躁症状でなく慢性で重症な易刺激性を含むが、正当で頻度の高い診断である」というもので、既に討論の前に結論を決めているようなタイトルであった。座長が、小児双極性障害を提唱しているDr. Biedermanの同僚であるDr. Rosenbaum、という事情もあるのであろう。

 ProDr. BiedermanDr. KowatchConDr. LeibenluftDr. Shafferであった。

 まず、Dr. Biedermanは、パニック障害や過食症のように、新たに記載された疾患は急速に増えているのだから、小児双極性障害が急に増えるのは当たり前だ、40倍に増えたというが、ほとんどゼロからだから、この位増えても不思議はない、と説明。5月のNew England Journal of Medicineに(Parens et al, N Engl J Med. 362: 1853-5, 2010)、小児双極性障害は小児精神科医の陰謀(cabal)だという「ひどい」論文が載ったので、自分は反対意見を送った、と話した。また、STEP-BDの研究で(Perlis et al, Biol Psychiatry. 55: 875-81, 2004)、患者の28%13歳未満で発症しており、発症が早いほど重症であった、という論文を引用して、小児期に発症する双極性障害は少なくないと述べた。また、子どもの躁病ではエピソードがはっきりしないことは、1983年(Carlson)に既に記載されていることから、不思議ではないと述べた。

 一方、反対派のDr. Leibenluftは、小児双極性障害の症状はほとんどirritability(易刺激性)であり、エピソードではないこと、これまで小児双極性障害と診断されていたような「SMD (sereve mood dysregulation)」の子ども達を半年〜2年半フォローアップした研究では、厳密な基準で双極性障害と診断された子どもでは58%50/85)が躁状態を示したのに対し、SMDと診断された子どもで躁状態を示したのは、わずか1%(1/84)であった。SMDにおける躁状態の出現率は、小児双極性障害を伴わないADHDと変わらない、と述べた(Stringaris A, et al: J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 49(4):397-405, 2010)。また、SMDあるいはTDDtemper dysregulation disorder with dysphoria)の子どもとnon-TDDの子どもでは、双極性障害の家族歴に差はないことを示すなど、SMDまたはTDDの操作的定義を用いた研究によると、SMD/TDDは成人の双極性障害とは関係がない、と結論した。

 次に Dr. Shafferは、疫学的研究では小児双極性障害は0.2%しかいないのに、104名の子どもを4年間フォローアップしたBiederman論文では、4年間に2%も発症しているのは矛盾している、などと指摘した。そして、小児双極性障害の議論の多く(小児双極性障害を伴うADHDは情動の症状が強い、等)は循環論法ではないか、と述べた。また、イタリアの30014名の調査(Tondo 2009)では、15歳未満の発症は双極I型障害で7%II型で5%しかないし、そもそも後方視的方法は信頼性が低いと述べた。そして、結論として、成人の双極性障害と関係ないことがわかってきたのに、双極性障害という名前を借りることが許されるのか、と厳しく述べた。

討論者のDr. Daniel Pieは、1)小児期に明確な双極性障害を発症する子どもがまれながらいることは間違いない 2)一方、古典的な定義をみたさず、エピソードもはっきりしない、易刺激性を中心とした子どももいる、3)問題は経過と家族歴がどうなのか、ということだ、と述べた。

質問に立った、双極性障害の遺伝疫学の著名な研究者であるDr. Nurnbergerは、自分たちは双極性障害患者の子ども141名と、ほぼ同数の対照群の子どもたちの前向き研究を行っているが、双極性障害患者の子どもで小児双極性障害と診断された者はいない、発症した者は10代でうつ状態から発症している、という研究の成果について述べ、小児双極性障害は成人の双極性障害とは関係ないと述べた。

筆者は、Dr. Biedermanに、まず、小児双極性障害の子どものうち、精神刺激薬の治療歴がある子どもの比率はどの位ですか、と質問したところ、彼は、笑いながら「医源性説ですか…」と答え、確かにヨーロッパより米国で多いことについてそのようなことを言う人もいるがそれは違う、と述べた。そして、小児双極性障害と診断されている子どもはほとんどが精神刺激薬の治療歴があると答えた。

次に、小児双極性障害と診断される子どものほとんどに精神刺激薬の使用歴があるなら、それは双極性障害の家族歴(25%程度)よりもはるかに強い危険因子なのではありませんか?と尋ねた。遅発性ジスキネジアはまれだが、抗精神病薬を服用した人にしか起きないので、副作用と考えられている。小児双極性障害が、ほとんど精神刺激薬の服用歴のある子どもに起きるのであれば、少なくともその関連の可能性を疑って調べる必要があるのではないか、と質問した。Dr. Biedermanは、ランダム化比較試験で、精神刺激薬によりこうした副作用が起きることは否定されているから関係ない、との返答であった。しかしそれは短期の試験ですよね、成人の場合には、精神刺激薬で長期的な神経生物学的変化が生じうることは、本学会の他のセッションでも示されていたし、どの位の年齢までそういうことが起きうるのかは調べないとわからないのではありませんか?と述べたのだが、とにかくその可能性そのものを真っ向から否定した。

現在小児双極性障害の診断が与えられている子ども達の大部分、すなわち慢性の易刺激性を示す子ども達は、ほとんどの場合、成人の双極性障害には移行しない、ということについては、Dr. Leibenluftのデータから裏づけられている。そして、Dr. Nurnbergerのハイリスク研究が、おそらく最終的な結論を導くものになりそうだ。

このように、北米では小児双極性障害が過剰診断されてきた、という結論が出つつある今、このようにPros & Consが持たれたことは、不思議な感じもした。おそらく、このセッションはDr. Biedermanらが提案したと思われる。他にも、多少プログラムで、あれ?と思うところ(例えばニューレグリンのセッションが2つもある等)もあり、セッションのテーマ選択には、多少の政治的な側面があるのかも知れない。

 

その他うわさ話

Dr. WeibergerJohns Hopkinsに移ることが正式に決まったとのこと。

Manjiと共に長く研究してきたDr. Guan ChenJ & Jに移るとのことであった。

 

全体を通して

 正直なところ、精神疾患研究の先端についていくだけでも大変なことだ、と改めて思った。セロトニンが何をしているか、ドーパミンが何をしているか、という当たり前のようなことでも、最先端の知識を元に自分の言葉で答えられるようにしようと思ったら、常に勉強を続けなければならないと再認識した。

 今回、シンポジウムスピーカーということで参加する機会を得た訳だが、なかなか充実した学会だったと思う。しかし、本学会の参加にはメンバーの推薦が必要であり、メンバーが推薦できる人数にも限りがある上、誰がメンバーなのかという情報も公開されていないなど、参加は容易ではない。とはいえ、来年は、ハワイ島での開催(Dec 4-8, 2011)となるため、おそらく日本の神経精神薬理学会に、参加枠が割り当てられると思われる。