髄芽腫 medulloblastoma について
- 日本での髄芽腫の年間発生例は80例ちょっとですから珍しいものです
- 乳幼児から幼い子供たちの小脳にできる腫瘍です
- 頭痛や嘔吐,歩行時のふらつきが初発症状です
- 悪性度の高い腫瘍で全ての症例を対象にすれば現在でも死亡率は30-40%くらいです
- 髄液にのって脳とか脊髄に転移(播種 はしゅ)します
- 手術は全摘出した方が生存のチャンスが増えます
- 全摘出する手術はむずかしいので経験のある脳外科医を選んで下さい(あせってはいけません)
- 播種すると生命予後がさらに悪くなります
- 3歳未満の患児の死亡率は高いです
- 水頭症にシャントをするとお腹の中にも転移します
- 手術後の基本的な治療は放射線治療です
- 放射線は全部の脳と脊髄にかけなければなりません
- 最も大きな後遺症は治療に使う放射線治療の副作用です
- 後遺症として残るのは治療後に徐々に悪化する学習障害あるいは認知障害(知能の低下)です
- 後遺症は手術と放射線できまりますから,それをできる限り低侵襲に抑えるのが治療のコツです
- 放射線治療も技術的に難しいのできちんと照射できる施設は多くはありません
- 化学療法(制がん剤)を使って放射線治療の負担を下げようとするのが現在の考え方です
- でもしかし,化学療法だけでは治る確率はとても低いです
- 完全に治すためには今でも放射線治療が最も効果があることを忘れてはいけません
- 3歳未満の子供たちに放射線をかけるとてもつらい精神発達遅滞がおこります
- 3歳未満の子供たちは化学療法だけでまず治療をすることにした方がいいです
- 化学療法は小児科の先生が行います
- 標準リスク群という治りやすい状態の髄芽腫での最も信頼のおける良い成績は,23.4グレイ脳脊髄照射と55.8Gy後頭窩照射,その後にCCNU(あるいはシクロフォスファミド),シスプラチン,ビンクリスチンを使う化学療法を加えるものです
- とてもたくさんの量の制がん剤を使う大量化学療法で治るという証拠はありません
- 大量化学療法を使うかどうか考えた方がいいのは,とても治りにくいタイプの髄芽腫だと判断した時です
- 特に,放射線治療が使えない年少のお子さん,播種してしまった髄芽腫,病理学的に治りにくいと判断された髄芽腫でしょう
- 化学療法でも,化学療法死や二次癌などの副作用はあるのでたくさんの量を使えばいいというものではありません
- 治療後に内分泌(ホルモン)障害が出ますから小児内分泌の専門家に診てもらう必要があります
- 治療後の認知障害(知能の低下)は何年もかかってゆっくり進行します
- 最低限、脳外科、放射線科,小児科がある施設でしか治療はできません
- 診断後にすぐに小児慢性疾患の手続きをすれば医療費が補助されます
- 治療の選択に迷った場合には情報を集めてセカンドオピニオンを聞くことをしましょう
- 髄芽腫と診断されてもその施設に髄芽腫の経験が少ないなら,手術を受ける前に急いで治療経験の多い施設へ移していただくことが大切です,どこでも治療できる病気ではありません
髄芽腫のできる場所

赤く塗ってあるのが髄芽腫の最も多い発生場所です。小脳虫部から発生して第4脳室を埋めるように大きくなります。前の方にある脳幹部を圧迫しますが,多くの場合は脳幹部に浸潤(入り込むこと)しません。小脳とか脳幹部とは脳室の説明はここをクリックすると詳しく出ます。
新しい分類(小児の髄芽腫は4つに分類できる)
Northcott PA, et al.: Medulloblastoma comprises four distinct molecular variants. J Clin Oncol 29: 1408-1414, 2010
Remke M, et al.: Adult medulloblastoma comprises three major molecular variants. J Clin Oncol 29: 2717-2723, 2011
要するにグループC以外は治りやすい腫瘍ということです。
4つのグループは,WNT (wingless), SHH (sonic hedgehog), group C, group Dです。それぞれ免疫組織染色で DKK1 (WNT), SFRP1 (SHH), NPR3 (group C), KCNA1 (group D)と染め分けることができますから,これらの抗体だけであればどの施設でも病理診断ができます。NPR-3で染まるグループCだけで,髄液播種の確率が突出して高くて,かつ長期生存割合も極めて低いです。逆に他の3つのグループは播種(転移)もしないし治る確率が高くなります。成人例ではこのグループCが少ないのですが,WNTとグループDの予後が小児より悪いそうです。
この分類に従えば,WNTとSHHとグループDでは化学療法を主とした治療にして,放射線治療は小脳の局所3次元原体照射で済むかもしれません。しかし,グループCは従来の高リスク群に準じて,高線量局所照射と脳脊髄照射が欠かせず,血液幹細胞救援も視野に入れなければならないことになります。
髄芽腫の手術について(患者さんの両親と脳外科の先生へ)
澤村自身にとっても髄芽腫の手術がとても難しいと考えていますし,思わぬつらい合併症に出会ったことはあります。髄芽腫の手術は簡単なものではありませんが,手術成績が長期生存割合に大きく影響を与えます。ですから,髄芽腫の手術経験のある脳外科医がいて,髄芽腫を治療できる設備のある施設で治療を開始したほうがいいです。そのような経験のある脳外科医がいない場合や施設では,患児をなるべく早く適切な施設に転送するようなシステムが必要かもしれません。手術だけしてから転院してはきちんとした治療ができないこともあります。
手術で最もしていけないことは,取れるはずの部分の腫瘍を取り残すことです。当たり前のことですが,取り残しが多いほど死亡率は高くなります。手術の合併症で頻度が高いのは,小脳失調と脳神経麻痺です。手術後遺症として,体幹失調,外転神経麻痺,顔面神経麻痺,眼球運動障害,嚥下障害をもっている子供たちをたくさん見ました。でも患者さん側からは,積極的な摘出が後遺症の危険と裏腹なことは理解してください。一時的に術後に出る症状として有名なのが小脳性無言症(言葉が出ない無言)ですが,多くの場合は数日から数週間で改善していきます。この症状が出ると知能の発達に影響があるという意見もあります。
MRIで髄芽腫をみると一見して境界がはっきりしているように見えますが,実際に開けてみると小脳や脳幹部にベトベトくっついていて,脳組織からはがれてくれません。 でも,見える限りの腫瘍は摘出したほうが助かる確率は高くなりますし,逆に、無理な摘出は脳幹や脳神経の損傷を招きます。とても難しいので慣れていてもほとほと困った場面になってしまうことも多いです。脳神経外科医にとっても髄芽腫の手術は怖いものです。もちろん髄芽腫の中には放射線や化学療法がよく効くタイプもありますから,ひどい後遺症が出そうなら腫瘍を残したまま手術を終了することもあります。
髄芽腫は,播種再発して死亡することが多い腫瘍です。手術の前に播種(転移)がなくても,播種再発して死亡する例はたくさんあります。このような例では,手術で腫瘍細胞をまき散らしてしまった可能性があると脳外科医は考えなければなりません。髄芽腫細胞は髄液の中で生き残れるので,ドロドロに柔らかい部分の髄芽腫を取っている時に,たくさんの腫瘍細胞を髄液の中にまき散らしている可能性は高いと思ってください。これを避けるためにはいろいろ工夫が必要です。例えば,超音波吸引器は洗浄水で細胞をまき散らすので使わないとかです。髄芽腫を治療する医師は,手術誘発播種ということばを知らなければなりませんし,そうしないように最大限の努力をします。
術直後の合併症として避けるべきなのは髄液の問題です。水頭症や髄液漏があると化学療法や放射線治療の開始の時期が遅れます。後頭部に皮下髄液貯留があると原因不明の発熱が長く続くことがあります。これは局所の感染ですが、CRPなどの炎症所見を示すデータが陰性になるために診断を誤ることが多いです。対策として、減圧開頭のような必要以上に大きな開頭をしないとか,craniectomyをしないとか,硬膜を焼かないとか,人工硬膜を使わないとか,術後出血を起こさないとか,中脳水道をしっかり開けるとか,手術の操作がしっかりしていればこのような問題は回避できることも多いのです。病理診断を急げば開頭術後の1週間以内に化学療法を開始することは可能です。しかし,全摘出の危険が高すぎる時など,シャントをしなければ水頭症が解決できない場合もあります。
生存の質を保って生き残るための最も大切な第1歩は,化学療法でも放射線治療でもなく,手術です。一方で,手術をしないという選択肢はあります。
生存率は?
正確には生存割合といいます。専門用語では,診断後5年の時点の無増悪生存割合とか全生存割合とかいう用語を使います。でもこれらは,確実に治癒するという意味ではありません。どのような治療であれ初期治療の後で再発すれば助かるチャンスは低く,治療の8年後に死亡する例もあるのですから。5年の時点で再発を抱えていては治癒への期待は薄くなります。とにかく最初の治療で治してしまえるかどうかが鍵です。
2005年の10月の論文(19) で有名な米国のPaker RJという先生が, 標準リスクの髄芽腫患者さんでの5年生存率は80%くらいで,播種があったり3歳未満などのリスクが高い患者さんでも10人に7人くらいは生存できるとしています。欧州からの報告では10%くらい低くなります。この良い成績を日本に当てはめることはできません。更に,日本での髄芽腫の生存率はこれより最低でも10%くらい低いと見なければならないのです。理由は治療の平均水準が低いから。
病気の進行具合の分類(病期分類)
もともとはChangという医師が40年くらい前に記載した分類 staging ですが改訂されて今も使われています。M0の方がM3 より治りやすいので,治療の方法も変わりますから重要です。
M0: 転移がない,髄液の中に細胞が散らばっていない,これが一番多いです
M1: 髄液をとって顕微鏡で見る(髄液細胞診)と腫瘍細胞が見えることですが,細胞診での誤診(偽陽性)がよくありますから注意しなければなりません
M2: MRIで頭の中の脳室や脳槽に腫瘍の転移がある
M3: MRIで脊髄に腫瘍の転移がある
M2とM3は伴に治りにくい髄液播種ですから違いはありませんし,両方ともまとめてM3と考えたほうがいいです。M2とM3を併せてmacroscopic metastasis(肉眼的に見える転移)というと便利です。M4は内蔵や骨に転移するものをいいますが,現実にはほとんどないので意味がありません。
治療選択のための予後リスク分類
リスク分類とは、治りやすい髄芽腫かどうかを見分けるための者です。標準リスク群というのは治りやすいタイプといえます。治療方法を考える時の大分類となります。標準リスク群の治療法には標準治療(これをすれば良いという治療法)があると考えてよいのですが,高リスク群には定説がないと思います。精度の高いMRIが撮像できる現在ではM1は限りなく灰色です。3歳未満の小児には積極的な脳脊髄照射が使えないから高リスクになると捉える見方もあります。
標準リスク群 (standard-risk disease): 3歳以上の小児,髄腔内転移がない,手術で腫瘍がほとんど摘出されている(gross total resection)の全てを満たすものです。
高リスク群 (high-risk disease, poor-prognosis group) : 3歳未満の乳幼児,髄腔内転移の存在 (M2, M3),術後の残存腫瘍(かつては1.5cm3以上の残存腫瘍とさたましがこの数字は軽視される傾向にあります)の存在の一つを含むものと理解されます。
上に書いたのは臨床診断からの古いリスク分類ですが、最近では上の方に書いたように病理診断でリスク分類がされています。4つのグループに分ける方法以前には,たとえば退形成性髄芽腫といわれるものは、放射線や化学療法が効かなくて治りにくいから高リスク群とされていました。

標準リスクの髄芽腫
10代の子どもにできた,典型的な第4脳室を充満する髄芽腫のMRI矢状断層です。造影剤を入れてとった写真ですから,腫瘍が白く目立つように映っています。水頭症になっているために第3脳室の拡大が見られます。小脳虫部から発生したものでしたが,脳幹部の背面にくっついていました。髄液播種の所見はありませんし年長児ですから,これが手術でほとんど取れれば,標準的リスク群に入る例です。
およその治療方針(ちょっとむずかしいかも)
髄芽腫では高リスク群と標準リスク群でという2つのグループに分けて治療法が選択されます。4つのグループに分ける方法論はありますが,それに対する治療法はまだ確立されていません。高リスク群というは「治すのが難しいという意味」です。例えば2歳の髄芽腫で脊髄転移をしているもしくは手術の後に取り残しがあれば治療がとても厳しいと理解して下さい。手術によって腫瘍が全摘できたかどうかは生命予後を決定する大きな要因ですので,可能であれば常に全摘出を目指します。追加して,病理所見で悪性度が高い髄芽腫(退形成性髄芽腫,大細胞性髄芽腫,メラニン性髄芽腫)も高リスク群に入ると考えていいでしょう。
放射線治療
術後できる限り早い脳脊髄照射の開始を基本とします。2007年時点で標準リスク群に対して基本になるのは,23.4グレイの脳脊髄照射と総線量55.8Gyの後頭窩照射です。3歳以上の患児に対しての照射は1日線量1.8Gy,週5回照射が標準的です。一方、高リスク群には脳脊髄照射24-36Gyが用いられますが,年令によってはこの線量は使えません。播種している髄芽腫では脳脊髄照射の線量はより大きくなります。最近では,旧来の対向2門照射ではなく3次元治療計画 3D conformal technique を用いることもあります。
発達過程にある乳幼児の中枢神経は放射線治療に対して著しく耐性が低く脆弱で,特に3才未満の小児に放射線治療を行えば重篤な中枢神経発達障害を招く確率が高いです。しかし,3才になってからも成人と同様の放射線治療ができるわけではなく年齢に正の相関となるように放射線量を調節するために,低年齢児ほど照射線量を下げるため補助化学療法の役割は大きくなります。
化学療法
2006年にPacker先生は,3歳から21歳までの標準リスク群髄芽腫379人の無作為化比較大規模臨床試験の結果を報告しました。全摘あるいは亜全摘術後31日以内に放射線治療(23.4Gy全脳脊髄照射,55.8Gy後頭窩照射)が開始され,放射線治療中は毎週ビンクリスチン(1.5mg/m2)の投与がなされ,その後,ロムスチン,シスプラチン,ビンクリスチン併用化学療法あるいはシクロフォスファミド,シスプラチン,ビンクリスチンを使う化学療法のいずれかが,合計8コース加えられたものです。5年無増悪生存割合は81%,5年全生存割合は86%というすばらしい成績を残しました。化学療法の違い(ロムスチンかシクロフォスファミド)では生存割合に差はありません。この報告は,最大規模の無作為化比較臨床試験であり,かつ最も優れた成績を残した故に,今後の標準リスク群髄芽腫での標準治療とされるべきものになったと評価されます。
高リスク群においても低線量照射を用いる代表的成績は,23.4Gyの脳脊髄照射とロムスチン,シスプラチン,ビンクリスチンの併用化学療法用いるもので,約65%の5年生存率が得られたとの報告がああります。また,高リスク群の中でも特に3歳未満の症例では,放射線治療を待機するために化学療法が先行して行われることが世界標準になりました。しかし,現在でも様々な化学療法プロトコールが模索されているのが現状です。
3歳以下の低年齢層には造血幹細胞救援を併用する大量化学療法の有用性が期待されています。しかしこれも明らかな利点を証明するには至っていませんし,化学療法死を含めた強い副作用と生存期間延長の利害が厳密に比較検討されなければならない時期にあります。カルボプラチン,チオテーパ,エトポシドを用いる地固め療法を21例の高リスク群に用いた研究結果では,無増悪3年生存率が49%であったと報告されました。この研究は髄液播種を伴う低年齢児を多数含んでおり照射を6歳まで待機する方針であるので期待が持てる成果とはいえますが、逆に大量化学療法といえども単独では半数以上に再燃が生じることを示しています。 日本でも一部の施設で行われていますがこれが有効かどうかの長期成績は正式には発表されていません。
澤村は1992年から年齢に応じた18-25Gyの脳脊髄照射とイホスファミド,シスプラチン,エトポシドを併用するICE化学療法を6コース用いる化学療法を併用するプロトコールを用いていました。2009年時点で,高リスク群も含めて治療後追跡期間中央値65ヶ月での5年生存率は70%程度ですから欧米からの報告と大差はないものかもしれません
ここに書いてあることと実際に澤村が行ってきたことの矛盾
このホームページには,できるかぎり現時点での普遍的な合意点を書こうと努力しています。でも現実に,私は,ここに書いてあることとは違った治療法を髄芽腫の子供たちに行ってきました。2011年現在は北大病院を辞めたので治療はしていません。
開頭手術:髄芽腫の子供を診断したら,開頭手術による腫瘍摘出はなるべくしないようにして,化学療法と放射線治療で治療開始しています。世界標準は,髄芽腫を見つけたらまず開頭手術でできる限り摘出するということは知っています。また,私自身は小児の脳腫瘍の手術をとてもたくさん経験している脳外科医です。大きく矛盾しています。初回手術によって播種を誘発することを恐れているからですが,説明は簡単にはできません。逆に,放射線と化学療法の後でも残った髄芽腫は,積極的に開頭手術で摘出しています。これは残存腫瘍があればそこから再発する確率が高いことは広く知られているからです,この根拠はあります。
化学療法:ICE化学療法は髄芽腫にとても効果(奏功割合)が高いです。1992年から使用していて現在もまだ最も有効な化学療法のひとつであると考えて使っています。限定的な成績は論文にも発表してありますし,かつての小児脳腫瘍の全国研究でも使用されていますし,欧米でもこれとほぼ同様の化学療法は使用されていますので根拠はあります。しかし,パッカー先生たちの論文は権威が高いので,現時点ではあの化学療法が標準といわざるを得ません。小児の悪性腫瘍はすべてが標準治療で治療できるわけでもないのでしょうし,ある程度の根拠と実績に基づく治療は容認されるでしょう。しかし,思いつきの独自のユニークな化学療法は許される世界ではありません。
脳脊髄照射:1992年(16年前)から,2.5歳から5歳までの子供たちには18グレイ(9分割)という線量を,6歳以上の子供たちには24グレイ(12分割)という線量を使用してきました。その後に,3歳から6歳までの子供たちには18グレイ(10分割)を,7歳以上の子供たちには25.2グレイ(14分割)という線量を使用しています。この低年齢層に対する18グレイという量でも認知機能の発達は妨げられることを知っています。でも,放射線治療をなくすことは容易にはできません。また,この年齢分けが世界標準とはいえません。
末梢血幹細胞救援を用いる大量化学療法:3歳に満たない子供たち(高リスク群)にPBSCTを使用しています。もちろん小児科の先生におまかせです。導入化学療法にはICE化学療法を用いています。通常の化学療法に反応しない小児悪性脳腫瘍には大量化学療法の適応はないとも考えてもいます。例えば,上衣腫などでは低年齢層でも大量化学療法をしないで,局所照射を優先します。一方で,播種した低年齢層の高リスク群には脳脊髄照射を優先することがあります。
治療開始時期:多くの論文では,術後3週間くらいまでに補助療法の開始をするべきだと書いています。パッカー先生の論文では,31日以内に放射線治療を開始するとあります。でも1992年頃から私は,髄芽腫と診断したら即刻,その日のうちにでも手術摘出して,術後1週間くらいまでには化学療法あるいは放射線治療を開始してきました。病理は凍結標本でみて確定診断前に補助療法を開始したことが多いです。また,最近では積極的には開頭手術をしないので,髄芽腫と画像診断したら1週間以内くらいに化学療法を開始 (neoadjuvant therapy) して,放射線治療はさまざまに組み合わせています。
日本の保険診療で使えるようになった制がん剤
2005年に厚生労働省「抗がん剤併用療法に関する検討委員会」(薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会)で小児固形癌に使える制がん剤が認められました。小児悪性固形腫瘍に使えるので脳腫瘍はこの仲間に入ります。例えば平成17年2月14日小児固形癌にシスプラチン,エトポシド,メスナ,イホスファミドが承認されたと書いてあります。逐次変わると思いますので厚労省のホームページを見てください。その後,カルボプラチン,ビンクリスチン ,プロカルバジンも脳腫瘍に対して承認されましたが,組織型などを確認してください。テモゾロマイドは悪性神経膠腫に対して認可されました。
ICE化学療法はシスプラチン,エトポシド,イホスファミド(メスナ)を使う抗がん剤併用療法です。
後の方の文章にあるCCNU(カルムスチン)はとても有効な薬剤ですが,日本では認可されていないので使えません。使うとなると個人輸入ですが,とても面倒ですし混合診療になる可能性があります。イホスファミド(イフォマイド,イホマイド)と シクロフォスファミドはとても似た制癌作用を示す薬剤と考えてください。 名前も似てます。
制がん剤の効果はどのくらい?(小児科の先生と家族の方へ)
「髄芽腫は化学療法感受性が高い」という通説があります。この言葉の解釈はむずかしいです。髄芽腫の化学療法感受性(薬による治療が効くかどうか)は,実際には症例毎に大きく違うのです。
第4脳室にとどまる髄芽腫(M0)も播種したの髄芽腫(M3)も,化学療法で完全に消えることがあります(CR; complete response)。しかし,精度の高い薄いMRI (1mmスライスの3D-CISSやガドリニウムMPR)で見直すと,ほとんどの場合で腫瘍は少し残っています。更にそれを手術で摘出すると残存腫瘍細胞が病理で証明されることがあります。ですから, 髄芽腫の化学療法によるCR率(著効)は論文で書かれている以上に意外と低いのです。消えた(CR)と思っても精度の高いMRIでは,PR(有効)例であるということは稀ではありません。
均一な小細胞(small round cell)のみで構成される髄芽腫,結節性(extensive nodularity)あるいは神経細胞への分化を含む髄芽腫(neuronal differentiation) (cerebellar neuroblastomaといわれたもの)とされる髄芽腫は一般的に化学療法感受性が高いでしょう。 逆に,化学療法にほとんど反応しない(NC:不変)髄芽腫もあります。このような例は同時に,放射線治療にも抵抗性の髄芽腫であると考えた方がいいでしょう。治療がとても難しい例です。メラニン性髄芽腫(medulloblastoma with melanotic differentiation)とか大細胞性髄芽腫(large cell medulloblastoma)とかいわれる病理像をもった髄芽腫に多いのかもしれません。 手術による完全摘出が命綱になるかもしれない例です。化学療法を行う時には,髄芽腫の病理組織像をしっかり見る必要があります。
髄芽腫が手術で全部取れてしまうと,その後に化学療法をしても,それが効いているのかどうかの判定ができませんから,化学療法抵抗性の髄芽腫かどうかわからないまま治療を続けることになります。もしMRIだけで髄芽腫が診断できて,あるがままの腫瘍に化学療法を行うことができれば,使った化学療法剤がその髄芽腫に効くかどうかがはっきり判定できます。澤村はそのようにして化学療法/放射線治療感受性を見てから髄芽腫の補助療法を決めていましたが,この考え方は一般的ではありません。髄芽腫はほとんどの施設で,最初に開頭腫瘍摘出術が行われますし,それが標準治療ですからお勧めはしません。手術もしないということは,逆に,先に書いたような病理も見ないで化学療法をするということですが,もう一つ大きな利点があります。手術が原因の髄液播種をなくせるのです。M0をM3にしないことは,全脳脊髄照射を避けるという将来の治療法にもつながるかもしれませんが,今はまだ科学的な根拠はありません。
脳脊髄照射の線量を落とす,局所照射の領域を絞るというのが放射線治療の負担の減量として大きな目標です。しかし一方で,神経毒性が少なくかつ有効な化学療法剤を選択するということもとても大切なことです。その意味ではメソトレキセートは避けられるべき薬剤です。
大切な情報(標準リスク群の標準治療はCCNU/シクロフォスファミド,シスプラチン,ビンクリスチン)
Packer RJ, et al.: Phase III study of craniospinal radiation therapy followed by adjuvant chemotherapy for newly diagnosed average-risk medulloblastoma. J Clin Oncol 24: 4202-4208, 2006
379人もの患者さんが無作為化比較大規模臨床試験(きちんとした臨床研究)で治療されてその分析結果がでました。対象は,播種のない髄芽腫で,かつ手術でほとんどとれていて,3歳から21歳までの標準リスク群に入る髄芽腫です。 基本になるのは,23.4グレイの全脳脊髄照射と総線量55.8Gyの後頭窩照射です。その後に,CCNU,シスプラチン,ビンクリスチンを使う化学療法かシクロフォスファミド,シスプラチン,ビンクリスチンを使う化学療法のいずれかが加えられました。
手術後31日以内に放射線治療が開始され,放射線治療中は1週間に1度のビンクリスチン(1.5mg/m2)の投与がされています。多剤併用化学療法は脳脊髄照射の6週間後に開始されて,合計8コースが投与されました。
無増悪5年生存割合(再発などがなかった場合)は81%,全5年生存割合は86%でした。この生存割合には組織診断での悪性度である退形成 anaplasty はあまり関係なかったとのことです。約5年の観察期間中央値で7人の生存者に2次癌が発生しています。化学療法の違い(CCNUかシクロフォスファミド)では生存割合に差はありませんでした。
解説
この報告は髄芽腫の無作為比較試験では最も大規模なものです。とてもいい成績ですから,この報告をもって標準リスク群の髄芽腫では標準治療と呼べるものが確立されたのかもしれません。最も注意すべきことはこの成績が突出して良いことです。日本で同じことをして同じ成績が得られるとは思えません。
CCNUは日本で手に入りませんし,シクロフォスファミドは小児の脳腫瘍に認可されていません。でも,実際にシクロフォスファミド,シスプラチン,ビンクリスチンの併用化学療法は日本でも行うことができます。
最後に,外科手術での合併症による後遺症が多いことが触れられています。
この論文の高い生存率は,髄芽腫の治療の体制が整った施設で,手術で髄芽腫が全摘できていて,術後の合併症を乗り切り,術後にも播種がなくて,ある期間までに脳脊髄照射が開始できた,3歳以上の髄芽腫で,化学療法が完遂できた症例の成績であるということです。これらの条件を全て満たさなければ,同じ治療でこの高い成績は出ないということです。
注目したい情報(FSTL5陽性の髄芽腫の再発率と死亡率が高い)
Remke M, et al.: FSTL5 Is a Marker of Poor Prognosis in Non-WNT/ Non-SHH Medulloblastoma. J Clin Oncol. 2011 Sep 12. [Epub]
前に書いた4つのグループに分ける方法で,グループCとグループDでは治療経過が良い症例と悪い症例が混在していました。これをさらにFSTL5 (follistatin-like 5) で免疫染色すると陽性になった例での再発率と死亡率が有意に高かったとのことです。髄芽腫の治療予後を予測する prognosticationにこの染色方法はとても役に立つとの結論です。
解説
もしそうだとすると,DKK1 (WNT), SFRP1 (SHH)とnon-WNT/non-SHH FSTL5 negative, non-WNT/non-SHH FSTL5 positiveに分ける方が治療方法を考えるのに便利で,non-WNT/non-SHH FSTL5 positiveの髄芽腫だけがどのような治療をしても最悪の経過をたどる群であるということになります。
注目したい情報(髄芽腫治療の新薬)
Rudin CM, et al.: Treatment of medulloblastoma with hedgehog pathway inhibitor GDC-0449. N Engl J Med 361: 1173-1178, 2009
hedgehog signaling pathwayというのが髄芽腫の増殖に深く関わることが知られていました。その経路を抑制して髄芽腫を治療する新しい薬,GDC-0449が再発して播種した髄芽腫を抱える26歳の男性に試されました。薬の投与後すみやかに腫瘍は小さくなって症状も良くなったそうです。
解説
PTCH-1という遺伝子の変異がこの腫瘍にはあったので有効だったようです。同様の遺伝子変異がないと,またはhedgehog pathwayの活性化がないタイプでないとこの薬剤は効きません。また,この男性への薬の効果はtransient一時的だと書かれています。 ですから,この薬で髄芽腫が治るという結論にはもちろん達していません。
注目したい情報(再発した髄芽腫への大量化学用法の効果)
Gururangan S, et al.: Efficacy of high-dose chemotherapy or standard salvage therapy in patients with recurrent medulloblastoma, Neuro Oncol 10: 745-751, 2008
1995年から2005年までにデューク大学で再発髄芽腫30人の患者さんが治療されています。初期治療で化学療法のみで再発した7人と放射線化学療法を受け再発した12人は,導入化学療法の後で大量化学療法と自家幹細胞救援をうけました。一方,残りの11人は通常の化学療法のみを受けました。30人の内で生存したのは3人です。この3人は初期治療で放射線治療を受けていなかった患児で,再発治療の時に大量化学療法と十分な脳脊髄照射を受けることができていました。大量化学療法を受けても放射線治療が十分に併用できなかった12人では生存期間中央値35ヶ月で全員が死亡しています。
解説
結局のところ初期治療で用いられるのと同等な放射線治療ができなければ,大量化学療法を使用しても再発した髄芽腫の長期生存は望めないということです。初期治療で放射線治療をしなければかなり高い確率で再発するのですし,再発した場合に十分な放射線治療ができても長期生存する望みは高くはないと読み取ることもできます。では髄芽腫が再発した時になにができるか?という疑問への答えはありません。今でも,再発した場合には,通常化学療法ををためして,もし有効であれば幹細胞救援を用いる大量化学療法での地固めと局所の追加放射線治療を加えるしか手だてはないのでしょう。
metronomic chemotherapyという考え方
メトロノーム維持化学療法という考え方があります。ほんの少しずつ休みなく繰り返し継続ていく化学療法のことです。代表的な薬剤にエトポシド,シクロフォスファミド,テモゾロマイドなどの経口連続投与があります。このメトロノーム化学療法は,難治性腫瘍の初期治療(部分寛解)に続くものであっても再発治療にあっても,あくまでも寛解維持療法であるという認識が大切です。寛解導入には,通常化学療法であったり大量化学療法であったりさまざまな方法があります。2009年初頭の現時点では,まだまだ確立された考え方とは全く言えませんから,安易に応用してはなりません。再発治療の後の寛解維持療法として応用を考えるべきです。初期治療後に消失(CR)している髄芽腫やジャーミノーマへの使用は行なうべきではありません。
Choi LM, et al.: Feasibility of metronomic maintenance chemotherapy following high-dose chemotherapy for malignant central nervous system tumors. Pediatr Blood Cancer 50: 970-975, 2008
Baruchel S, et al.: Safety and pharmacokinetics of temozolomide using a dose-escalation, metronomic schedule in recurrent paediatric brain tumors. Eur J Cancer 42: 2335-2342, 2006
注目したい情報(転移した髄芽腫への多分割照射の効果)
Gandola l , et al.: Hyperfractionated accelerated radiotherapy in Milan strategy for metastatic medulloblastoma. J Clin Oncol 2008 (Epub)
1998年から2007年まで33人の転移を伴う髄芽腫の患者さんが治療されています。手術後にメソトレキセート,エトポシド,サイクロフォスファミド,カルボプラチン化学療法を2ヶ月投与し,この化学療法には32人中の22人が奏効しています。一人が化学療法死しました。その後に,脳脊髄39グレイ(1回1.3グレイで1日2回の多分割)と後頭蓋窩へ総線量として60グレイ (1回1.5グレイで1日2回の多分割)の照射を受けました。化学療法後に腫瘍が消えた10歳未満の例で脳脊髄照射は31.2グレイに落とされています。初期化学療法で播種が消えなかった14人の患者さんには照射後に大量化学療法がなされています。5年無増悪生存割合は72%,5年全生存割合は73%でした。この放射線治療での厳しい副作用は認められなかったとのことです。
解説
M1(n=9), M2(n=9), M3(n-17, M4(n=1) です。果たしてM1を転移 (metastasis)とするのか,M1例にこれほど厳しい治療が必要なのかまず疑問に思えます。M1を除いてしまえば5年無増悪生存割合は高いといえるのかどうか不明です。また,他分割照射といえども1日2.6グレイで脳脊髄照射が39グレイにおよぶ放射線治療での厳しい臨床的な合併症がなかったいうことを鵜呑みにできるかどうか不明です。イタリアのミラノからの報告と言えばそうらしいーー。でも,M3の播種例では失うものを覚悟しないと生命はたすからないというのも,まだ一方で事実ですから,この照射法を検討する価値もあるのでしょう。
注目したい情報(小さな子どもへの放射線前化学療法の効果)
Rutkowski S, et al: Treatment of early childhood medulloblastoma by postoperative chemotherapy and deferred radiotherapy . Neuro Oncol 11: 201-210, 2009
1987年から1993年までHIT-SKK'87 trialで29人の髄芽腫の患者さんが治療されています。治療年齢中央値1.7歳であり,12.6年間追跡されています。使用された化学療法剤は,プロカルバジン,イフォスマミド,エトポシド,メソトレキセート,シスプラチン,シタラビンです。放射線治療は腫瘍が再燃した時あるいは3歳になってから使用されました。転移のなかった患児の10年無増悪生存割合は53%,全生存割合は59%でした。転移のあった3例ではそれぞれ0%です。病理組織でdesmoplastic/extensive nodullar typeであった子どもは9割くらいが生存したということです。一方で,classic typeの髄芽腫では12例中の11例で化学療法中に腫瘍増悪が生じたそうです。もちろん放射線治療を受けた子どもの知能指数はそうでない子どもよりも低くなっていました。結論として,病理診断でdesmoplastic/extensive nodullar histologyがある小さな子どもでは化学療法によって脳脊髄照射を遅らせることができるであろうとしてます。
解説
少数例ですが転移が生じている例では3歳未満といえども化学療法のみで治療を続けることが難しいようです。残念なのは定型的髄芽腫(classic histology)では化学療法で病勢の進行を抑制できなかったことです。12例中11例の増悪というのは高すぎるので,ここで用いられた多剤併用化学療法自体があまり良くない組み合せだったのかもしれません。3歳未満の随芽腫は病理細分類で、化学療法だけで治療できるかどうかが解るかもしれないということが書かれています。
注目したい情報(化学療法を加えたことでの生存者の健康)
Bull KS, et al.: Reduction of health status 7 years after addition of chemotherapy to craniopsinal irradiaiton for medulloblastoma: a follow-up study in PNET 3 trial survivors on behalf of the CCLG (formerly UKCCSG). J Clin Oncol 25: 4239-4245, 2007
年齢は6.6-24歳,147人の髄芽腫の生存者の調査報告です。健康状態は,脳脊髄照射単独よりも照射に化学療法を加えた生存者で劣っていたとしています。行動や生存の質も化学療法を加えた方が低く,運動や学習での支援が必要であったとのことです。
解説
髄芽腫の治療の後遺症といえば,手術や放射線治療の影響が強調されますが,化学療法を加えることによっても生存者の健康状態は低下しているとしています。でも,化学療法を加えた方が生存割合はあがるので,かなりむずかしい判断となります。はっきり言えることは,はっきりした根拠の無い化学療法を加えてはならないということです。
注目したい情報(手術後の無言症)
Robertson PL , et al: Incidence and severity of postoperative cerebellar mutism syndrome in children with medulloblastoma: a prospective study by the Children's Oncology Group. J Neurosurg 105: 444-451, 2006
小脳性無言症とは,小脳腫瘍の手術直後に一時的に言葉が出なくなることを言います。450人の髄芽腫の子供が手術を受けて,術後に小脳性無言症になったのは107人(24%)だったと報告されました。重い症状が43%,中等度が49%,軽症が8%でした。重症とは無言症と小脳失調症が顕著で,手術前に髄芽腫が脳幹部に浸潤していた例により多く発生したと強調されています。診断の1年後に,無言症がでた子どもの多くに,言語や認知機能障害や失調症 (nonmotor speech/language deficits, neurocognitive deficits, ataxia)が残っていました。
解説
こんなに多いとはおどろきです。米国では髄芽腫はその手術になれている脳外科医がしますから,日本のように髄芽腫が一定の施設に集まらない所では,もっとこの合併症は多いと予想されます。やはり日本では,髄芽腫は手術しないで治す方法を探った方がいいのかもしれません。私は第4脳室腫瘍の術後にほとんど無言症をみません。原因はいろいろ推定されてはいますが、ほとんどの場合は、手術で小脳虫部というところを切開しすぎ、小脳深部損傷を生じることに起因します。
注目したいの情報(大量化学療法の脳脊髄照射への併用)
Cajjar A , et al: Risk-adapted craniospinal radiotherapy followed by high-dose chemotherapy and stem-cell rescue in children with newly diagnosed medulloblastoma (St Jude Medulloblastoma-96): long-term results from a prospective, multicentre trial. Lancet Oncol 7:813-820, 2006
幹細胞救援 PBSCT を用いる大量化学療法の成績です。放射線治療の量をリスクに応じて変えています。標準リスク群では化学療法の前に23.4グレイの脳脊髄照射が,高リスク群では36-39.6グレイの脳脊髄照射がされています。腫瘍局所線量はいずれも55.8グレイです。大量化学療法の薬剤は,シスプラチン,ビンクリスチン,サイクロフォスファミドです。134人の患児の内の119人(89%)で治療をきちんと終えることができました。標準リスク群での5年全生存割合は85%で高リスク群では70%でした。組織像をみると大細胞性髄芽腫large-cell medulloblatomaでは57%の5年生存割合だったとのことです。
解説
St Jude (セントジュー)病院のプロトコールとして知られる治療法の報告です。とてもいい成績です。でも,大量化学療法の前にすでに標準リスク群では23.4グレイの脳脊髄照射が高リスク群では36-39.6グレイの脳脊髄照射が併用されていることに注目です。従来の放射線治療に大量化学療法をかぶせればいい成績なのですが,これは大量化学療法単独だけの有効性を確認したものではありません。また標準リスク群では,上に書いてあるPacker先生の報告と同じくらいなので,副作用(有害事象)が強い大量化学療法は標準リスク群には使うべきでないと判断されます。一方,高リスク群には試してもいい治療法ですが、脳脊髄照射36グレイは減量できません。この治療は米国の巨大な小児病院で多くの専門スタッフのもとでのみ可能な治療法ですし、大量化学療法は化学療法死の他にもたくさんの有害事象があり得る治療だということも忘れてはいけないでしょう。
注目したい情報(手術する前にしっかり化学療法を行うこと)
Grill J et al. Preoperative chemotherapy in children with high-risk medulloblastomas: a feasibillity study. J Neurosurg (Pediatrics 4) 103: 312-318, 2005
フランスのパリの小児病院からの報告です。高リスク群(Chang M>1, or T3b/T4)の21人の子供に水頭症の治療(脳室開窓術13例とシャント術6例)と生検病理診断を行った後に,通常化学療法(8例)あるいは大量化学療法(11例)をしてから腫瘍摘出術が行われました。1例で生検術のとき腫瘍内出血があります。手術前に播種した2例が亡くなっています。大量化学療法関連死は1例です。脳脊髄照射は5歳以上に,それ以下の子供は局所照射を受けました。
2コースの化学療法の後での腫瘍への奏功率は71%,転移巣への奏功率は59%です。化学療法後に摘出された残存腫瘍の病理は,7例で髄芽腫組織,3例で腫瘍がない脳組織のみ,9例で両者が混じったものでした。3年無増悪生存率は期待に反して低く37%でした。
Dr. Packerの解説
手術前化学療法の意義があるとすれば,腫瘍の大きさを縮小して手術を安全に(特に大きな腫瘍で生じる後頭窩無言症の頻度を下げる)かつ完全摘出を確実に可能にすること,そして生命予後を改善するにあるのですが,この報告で術後の後頭窩症候群(何らかの小脳脳幹損傷)が19例中の9例に生じているのに失望?しています。
また,あらかじめ手術をして病理組織を確かめるのがとても重要なのにそれの反対を行く方法なので納得できないと述べています。理由は,2歳未満の子供の未分化腫瘍の4分の1がAT/RT(とても治らないような悪性腫瘍の一つです)であること,最近の米国の共同研究では治療を始める前に病理所見の中央診断をしていること,分子マーカー(ERBB2 protein, MYCC and TRKC messenger RNA)が予後因子(生物学的悪性度を予想する)となるのにそれが解らなくなるために治療のintensity(強さ)が決められなくなるとしています。
澤村の印象
この報告は積極的摘出手術のリスクを下げようとした観点からはとても興味深いものです。そして,高いリスクの髄芽腫にまず大量の化学療法のみがされたということに注目です。摘出術前放射線治療は使われませんでした。
前のところに書いたように髄芽腫の手術は簡単なものではないので,腫瘍を小さくしておいてから,開頭手術で全部取れればそれに越したことはないのです。ちょと観点を変えて,リスクの低いと思われる髄芽腫に,まず軽い化学療法と局所放射線治療で小さくしてから手術をするという方法もあるのではないでしょうか。もちろん効果を確実に予測する方法はありませんし,ここでは書ききれないくらい様々な問題を含んではいます。
注目したい情報(標準リスク群への25Gy全脳脊髄照射の成績)
Oyharcabal-Bourden V et al.: Standard-risk medulloblastoma treated by adjuvant chemotherapy followed by reduced-dose craniospinal radiation therapy. J Clin Oncol 23: 4726-4734, 2005
フランスの小児脳腫瘍グループらかの発表です。3歳から18歳の子供で,手術でほとんど腫瘍が取れて,かつ転移もない(標準リスク群)136症例の治療成績報告です。標準的な脳脊髄照射は35Gyが使われますが,それだと認知障害の発生率が高いので,25Gyまで脳脊髄照射を落としているのが最大の特徴です。術後90日以内(ちょっと遅い!)に放射線治療を開始して,腫瘍のあった部分には55Gyを照射しています。化学療法は 8 drugs in one day という良く知られた多剤併用療法を2コースとカルボプラチン/エトポシドを2コース使っています。末梢血幹細胞救援を使う大量化学療法ではありません。
全体での5年無増悪生存率は65%で,治療がうまくいかなかった例では放射線治療や術後の評価がきちんとされていなかった例が多いということです。また,計画に沿ってきちんと治療がされた 症例での5年無増悪生存率は72%であると報告されています。生存した31%の子供に成長ホルモンの補充が行なわれて,25%の子供に特殊な就学指導が必要であったとのことです。
解説
標準リスク群 では多剤併用化学療法を組み合わせることで,25Gyの 脳脊髄照射でも70%程の再発のない5年生存率が得られるということを証明しています。放射線治療は手術後にあまり待たないで行なうことと,放射線治療計画がしっかりしているという条件が揃っていてこの成績が出ていることに注目です。放射線照射の時期を遅らせればこの治療成績は期待できないかもしれないのです。おそらく10歳以下の子供たちでは,この脳脊髄線量25Gyでもかなり高率に下垂体機能障害と認知障害が出ますが,その程度と割合は従来の35Gyに比べれば軽いといえます。同量の脳脊髄照射を用いるPackerの
注目したい情報(3歳未満の髄芽腫への化学療法)
Rutkowski S, et al.: Treatment of early childhood medulloblastoma by postoperative chemotherapy alone. N Engl J Med. 2005 Mar 10;352: 978-86, 2005
New England Journal of Medicineというとても権威の高い雑誌に、Dr. Rutkowski(ワルツブルグ大学小児腫瘍科)が髄芽腫の治療の論文を発表しました。髄芽腫をもつ3歳未満の子供たちに放射線治療をしないで化学療法だけで治療しようという計画の成績です。放射線治療は腫瘍が消えなかった場合と再発した時に使われました。
1992年から1997年に治療された43人の3歳未満の子供たちの治療成績です。手術の後で3コースのシクロホスファミド、ビンクリスチン、メトトレキサート(メソトレキセート)、カルボプラチン、エトポシドの静脈内投与と脳室からのメトトレキサートの投与を行っています。1コースに2ヶ月かかりますから短くても6ヶ月の化学療法ですが、この研究で用いられたのは造血幹細胞救援を併用する大量化学療法ではありません。
完全摘出を受けた17人 5年生存割合 93% (無増悪生存割合 82%)
残存腫瘍があった14人 5年生存割合 56% (無増悪生存割合 50%)
転移(播種)があった12人 5年生存割合 38% (無増悪生存割合 33%)
転移のなかった31人では5年生存割合 77% (無増悪生存割合 68%)。初期化学療法の終了時点で腫瘍が消えなかった14人のうち10人が死亡して、残りの4人は更に放射線化学療法を受けて生存。初期化学療法で腫瘍が消えていた(手術全摘を含む)29人の9人に再発が生じています。16人は増悪・再発の時に放射線化学療法を受けて、その内で8人が再発治療に成功したということです。23人の子供の内で無症状ながら白質脳症がみられたのは19人(83%)です。治療後の知能指数は放射線治療を受けた過去の臨床試験の患者さんより高く保たれたとされています。
解説
3歳未満という治療がとても困難な子供たちを治療した成績ですから、結論としてこの化学療法の成績はとても良いものです。
この報告の結果でも,手術後に残存腫瘍があれば半数の子供が死亡して、播種があれば3分の2が死亡します。ここで際立つのは手術で腫瘍が完全(complete)に摘出できた場合の無増悪5年生存割合が80%にもなることです。これは3歳以上の髄芽腫の子供たちでもなかなか到達できる成績ではありません。以前から解っていた事なのですが、あらためて手術の結果が化学療法の成績にも極めて大きな影響を及ぼすといえるでしょう。上衣腫でも同じ事がいえるのですが、MRIで見える腫瘍はなんとかかんとか全て摘出した方がいいと実感します。
初期治療で腫瘍が消えなかったときにはとても高い死亡率になりますから、放射線治療を追加しなければなりません。また消えていても再発して放射線化学療法を追加した時の死亡率は50%を超えるものと思われます。それに論文の成績はとてもすばらしいのですが、同じ計画で追試が行われなければ本当の価値は判りませんし、同じプロトコールで追試された場合でも成績が悪くなる事はよくあることなのですから、眉毛につばをつけて慎重に評価しなければなりません。この論文でも化学療法のみで腫瘍が消えた場合に放射線治療を行わないという方針は3歳以上の子供ではなされていませんし,3歳になっても放射線治療をしないという考え方は一般的ではありません。
この治療法ではメトトレキサートの投与をしていますが、原則として放射線治療を加えないという仮定のもとでの計画である事に特に注意しなければなりません。全脳脊髄照射をしない「計画」なので播種をコントロールするためにメトトレキサートの髄腔内投与を行ったのでしょう。知能検査の結果が脳室内のメトトレキサート投与(放射線治療なし)で,放射線治療を受けた子供たちよりは良いとのデータです。これと同じ化学療法をして3歳を超えてから放射線を追加するプロトコールを作れば白質脳症は必ず増えます。実際にこの論文の中でも,23人中15人の子供に中等度から高度の白質脳症が画像上で見られて,再治療時に脳脊髄照射を受けた6人の子供にグレード2と3の白質脳症が発生したと書かれています。
この論文の成績をみる限り用いられた化学療法の成績はとても期待できるものです。手術の完全摘出の重要性が際立ちます。また、3歳未満ですでに転移(播種)がある症例では死亡率は極めて高いので、さらに強い化学療法、自家造血幹細胞救援を併用する大量化学療法が試みられるべきである事を示唆しています。
振り返って思い出さなければならない論文に,Riva D et al: Intrathecal methotrexate affects cognitive function in children with medulloblastoma. Neurology 59: 2002 があります。この論文では メトトレキサートの髄腔内投与を受けた髄芽腫の子供の認知障害(知能の発達遅延)が他の化学療法を受けた子供たちより高度であり,白質脳症と認知障害には明らかにメトトレキサートの投与と関連しているので髄腔内投与は再考しなければならないとしています。放射線量を下げてもメトトレキサートを使用すれば元も子もなくなる可能性があります。
注目したい情報(播種した髄芽腫への照射前化学療法)
Taylor RE, et al: Outcome for patients with metastatic (M2-3) medulloblastoma treated with SIOP/UKCCSG PNET-3 chemotherapy. Eur J Cancer. 2005 Mar;41(5):727-34
播種(M2-3)した髄芽腫68例の治療成績です。1992年から2000年まで,年齢中央値7.8歳の子供たちにビンクリスチン,エトポシド,カルボプラチン,シクロフォスファミドを使った化学療法を行って,その後で放射線治療をした成績の発表です。化学療法の後で,35Gy/21分割の脳脊髄照射と20Gy/12分割の後頭窩照射,転移巣への追加照射が用いられています。治療後の観察期間中央値は7.2年で,全5年生存割合は44%(無増悪5年生存割合は35%)との結果です。この化学療法の奏功割合(腫瘍が縮小したこと)は73%程にもなるのですが,過去の報告と比較して生存率を改善するという明らかな利点はなかったと結論されました。
解説
この論文の結論のように,現在では照射前化学療法は否定される方向にあります。できれば放射線治療を前にという方法が強いと考えます。
髄芽腫の専門知識
疾患概念
髄芽腫は小児の中枢神経に発生する胎児性腫瘍の中では最も頻度が高い。小脳の幹細胞(外顆粒層細胞や上衣下基質細胞)より発生し,強い浸潤・転移性格を有する悪性脳腫瘍である。日本脳腫瘍統計7)における発生頻度は,全原発性脳腫瘍の1%ほど,小児に限ってみれば小児脳腫瘍の11.9%を占める。発症年齢は14歳以下が90%と多く,性別では男児に多い。発生部位は小児例の7割が小脳虫部に発生するが,成人になるにつれ小脳半球に発生することが多くなる。原発巣の小脳から髄腔内への播種転移を生じる可能性が高く,髄液播種がある例と小脳に限局する例では治療法の選択と生命予後が大きく異なる。
発生の原因に関しては,JCウィルスなどの発生要因説があるが定説ない。母親の喫煙,ダイエットなど腫瘍発生に関する環境因子の影響はないとされる。極めてまれではあるが,先天的な遺伝子異常,放射線被曝,免疫不全などが発症と関連性がある。遺伝性の疾患では,Li-Fraumeni症候群,Nevoid basal cell carcinoma症候群(Gorlin's症候群),Turcot's症候群A,Rubenstein-Taybi症候群などが挙げられる26)。

小児の右小脳半球に発生した嚢胞形成を伴う髄芽腫。毛様細胞性星細胞腫との鑑別が困難な症例であるが,。第4脳室は閉塞し水頭症を伴っているため,頭痛,嘔吐,不安定歩行で発症している。
髄芽腫の2007年WHO分類
(ordinary) medulloblastoma
desmoplastic/nodular medulloblastoma
medulloblastoma with extensive nodularity (かつてのcerebellar neuroblastoma)
anaplastic medulloblastoma
large cell medulloblastoma
(medulloblastoma with myogenic differentiation)
(medulloblastoma with melanotic differentiation)
この第4版では,medullomyoblastomaとmelanotic medulloblastomaは独立したentityではないとされた。しかしながら,予後が異なるのでmedulloblastoma with melanotic differentiationなどと正確に記載する必要がある。 そもそもmedulloblastomaはWHO grade IVであるが,desmoplastic/nodular type, medulloblastoma with extensive nodularity typeは予後が良く,anaplastic, large cell, melanotic typeなどはさらに予後が悪い難治性腫瘍である。

medulloblastoma with extensive nodullarity 2歳の子どもにできたmedulloblastoma with extensive nodullarityのMRI CISS image矢状断層。多数の結節に分かれるこのタイプの髄芽腫は3歳未満の小児に発生し,化学療法によく反応する(右は1コースの化学療法後の顕著な縮小を示す)。従って,classical medulloblastomaよりも予後が良い。リスクを侵して全摘出する必要はなく,また幼児発生であることも考慮すれば放射線治療のintensityも高く設定する必要はないのかもしれない。
同じ3歳未満のhigh-risk groupの髄芽腫といえども,2歳児のanaplastic medulloblastomaとは治療反応性に天地の開きがある。このように,髄芽腫は画像から,病理組織と予後が想定することができることもある。


medulloblastoma with melanotic differentiation 腫瘍細胞の細胞体にはメラニン顆粒が充満している。このタイプの髄芽腫は治療抵抗性であり手術全摘できなければ予後は不良なこともある。術中病理診断でこれが判明すればradical resectionへ向うほうがよいのであろう。なお,この例では手術顕微鏡下の肉眼観察でも腫瘍表面にメラニン沈着が明らかであった。こ脳組織への腫瘍浸潤が顕著であり脳幹部症状を出さなければ腫瘍全摘出ができなかった。
症候と診断
小脳に発生し脳幹を圧迫するため,神経症候としては体幹失調としての歩行時のふらつきや眼球運動障害が認められる。また,第4脳室を閉塞して水頭症を生ずるため,頭痛や嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状にて発症する小児が多い。
単純CTでは,腫瘍は比較的境界明瞭で石灰化も高頻度に認められる。充実性腫瘍であることが多いがのう胞,あるいは壊死形成も見られる。細胞密度が高い腫瘍であるので等吸収域もしくは高吸収域として描出され,造影剤では均一に強く増強されることが多い。MRIでは,T1強調画像で低信号域として描出され,T2強調画像で等信号から高信号を呈する。ガドリニウム増強効果は症例により様々であり,強い均一な増強効果を示す例から,ほとんど増強されない症例まである。髄液播種の頻度が高いので,全脳脊髄にわたるMRI検査が必須である。また,MRIで髄腔転移が認められなくとも髄液細胞診で陽性となることがあるのでできれば腰椎穿刺あるいは脳室内髄液によって細胞診を行う。
髄芽腫では高リスク群と標準リスク群に分けて治療法が選択される。高リスク群とは,3歳未満の乳幼児,髄腔内転移の存在,術後の1.5cm2以上の残存腫瘍の存在の一つを含むものと理解される。
Changによる病気分類が文献中では繁用される。予後をみるために必要な項目は,M0 転移なし。M1 髄液細胞診で腫瘍細胞を認める。M2 脳室,脳槽に細胞の増殖を認める。M3 髄液腔に腫瘍増殖を認めるであるが,M2とM3は伴に髄液播種と捉えられるので実質的な違いはない。また髄液細胞診は信憑性に欠けるのでM1が分離されることはない。要するに,腫瘍の広がりを考えた場合の病期では,播種の有無で予後が決まる。
治療
手術
手術によって腫瘍が全摘できたかどうかは生命予後を決定する最も大きな要因であるので,可能であれば常に全摘出を目指す。
放射線治療
術後できる限り早期の脳脊髄照射の開始を基本とする。現在においても髄芽腫を治癒に導く確実性が最も高い治療法は脳脊髄照射である2)。かつては脳脊髄照射36Gyと後頭蓋窩照射54Gyが標準治療線量とされ,この放射線単独治療での標準リスク群の5年無増悪生存割合は60-70%に止まった。1980年代にCOGとCCGで行われた脳脊髄照射の無作為比較試験の最終結果が2000年にJ Clin Oncolに発表されたことも念頭に置く必要がある (Thomas et al. 2000)。36Gyと23.4Gyの脳脊髄照射が標準リスク群126人にrondamizeされた結果、23.4Gyの低線量脳脊髄照射では、早期再発と播種のリスクが高く、かつ5年無増悪生存割合 (52%) と全生存割合も低かった。 放射線治療単独23.4Gyでは半数の標準リスク群随芽腫でさえ制御できないことが解り、これ以降は化学療法の併用が必須であるという方向へと向かった。
2009年時点で標準リスク群に対して基本になるのは,化学療法を併用した23.4グレイの脳脊髄照射と総線量55.8Gyの後頭窩照射であろう。3歳以上の患児に対しての照射は1日線量1.8Gy,週5回照射が標準的である。一方、高リスク群には脳脊髄照射35-36Gyが用いられるが、この線量は小児の認知機能の発達にかなりの遅滞を生じる。脳脊髄照射では、脳照射と脊髄照射を同日に行うこと、つなぎ目の部位への線量の調節,前頭蓋底の篩板周囲への照射,脊椎椎間孔や後頭窩局所照射での領域設定など,治療計画に細心の注意と技術を要する。最近では,旧来の対向2門照射ではなく3次元治療計画を用いることもある。
発達過程にある乳幼児の中枢神経は放射線治療に対して著しく耐性が低く脆弱であり,特に3才以下の小児に放射線治療を行えば重篤な中枢神経発達障害を招く確率が高い。3才になってからも成人と同様の放射線治療ができるわけではなく年齢に正の相関となるように放射線量を調節するために,低年齢児ほど照射線量を下げるため補助化学療法の役割は大きい。
1990年Hoppe-Hirschらは髄芽腫120例を追跡し、治療5年後には42%の患児でIQは80を下回り,治療10年後には85%の患児でIQは80を下回ると報告した。11) 2001年のRisらの報告によれば,23.4Gyの低線量脳脊髄照射によっても知能低下は明らかではあるが,旧来の放射線治療と比較すれば知的機能の温存率は改善の傾向があったという。しかし,患児のIQは1年あたり4.3低下していき,7歳以下で低下率は著しく,3年経過観察した15症例の平均FSIQは75.7であり更に低下の傾向をたどるという。12)さらに近年,5歳以下の標準リスク群に脳脊髄18Gyという低線量も用いられたが,内分泌機能障害と知能の低下は避けられないと報告された10)。これらの知見が髄芽腫の化学療法に対する過度の期待を高めたともいえる。
手術による全摘出の後に放射線治療を行ってから化学療法を併用する。この補助化学療法を併用することによってより低い線量を用いて治療しようとする方向性にあるのが世界的な傾向である。
化学療法
2006年にPackerら20)は,3歳から21歳までの標準リスク群髄芽腫379人の無作為化比較大規模臨床試験の結果を報告した。全摘あるいは亜全摘術後31日以内に放射線治療(23.4Gy全脳脊髄照射,55.8Gy後頭窩照射)が開始され,放射線治療中は毎週ビンクリスチン(1.5mg/m2)の投与がなされた。その後,ロムスチン,シスプラチン,ビンクリスチン併用化学療法あるいはシクロフォスファミド,シスプラチン,ビンクリスチンを使う化学療法のいずれかが,合計8コース加えられたものである。無増悪5年生存割合は81%,全5年生存割合は86%であったが,化学療法の違い(ロムスチンかシクロフォスファミド)では生存割合に差はないとされた。この報告は,最大規模の無作為化比較臨床試験であり,かつ最も優れた成績を残した故に,今後の標準リスク群髄芽腫での標準治療とされるべきものになったと評価される。
標準リスク群に対する照射前化学療法の有用性には議論がある。放射線治療の時期を遅らせることで中枢神経の発達を待つことができるという利点の一方で,生存率を下げるという意見も多い。10,14) 2003年に報告された217例のランダム化試験の結果では,放射線治療単独群と照射前化学療法併用群の無増悪5年生存率はそれぞれ59.8%と74.2%であり統計学的に有意な差(p=0.366)がみられたが,全生存期間では有意な差(p=0.0928)がなかったとされた。14) この試験で用いられた薬剤は,ビンクリスチン、エトポシド、カルボプラチン,シクロホスファミドである。この研究結果は照射前化学療法が少なくとも長期生存率を下げないことを証明している。しかしながら,ここで用いられた脳脊髄線量は35Gyであり現在日本で多用されている23-25Gyよりも多いので,35Gyという脳脊髄照射のバックアップがあって始めて得られる成績であることを認識しなければならないし,この治療に類似した照射前化学療法プロトコールを用いるのに線量を24Gyあるいはさらに18Gyに下げられるという根拠はない。さらに,年長児においてさえも化学療法のみで治療を行おうとする試みは無謀である。
髄芽腫の再発/再燃は髄液播種によって生じることが多いので,髄腔内メソトレキセート注入による化学療法が試みられることもあるが,標準リスク群の標準治療ではこのような神経毒性のある薬剤は用いるべきではない。播種の予防と脳脊髄照射の負担を軽減するために水溶性アルキル化剤マフォスファミドなどを用いる髄腔内化学療法の開発は現在も続けられているが,結論を見るには至っていないし推奨できるものはない18) 。
高リスク群において低線量照射を用いる代表的成績は,23.4Gyの照射とロムスチン,シスプラチン,ビンクリスチンの併用化学療法用いるもので,約65%の5年生存率が得られたとの報告がある3,4)。 また,高リスク群の中でも特に3歳未満の症例では,放射線治療を待機するために化学療法が先行して行われることが世界標準になった。しかし本邦ではロムスチンが使用できないのでこのプロトコールを使用できないし,経口投与が可能なロムスチンと静注のニムスチンを差し替えての治療方法で同様の成績が得られるという保証はない。現在でも様々なプロトコールが模索されているのが現状である。3歳未満の播種がない髄芽腫に化学療法のみで治療し再燃あるいは残存腫瘍にのみ放射線治療を行ったRutkowskiらの報告では,治療を完遂した31人の5年生存割合は77% (無増悪生存割合68%)とのことである24)。この報告では大量化学療法を用いていないが脳室内メソトレキセートの投与を行なっている。
3歳以下の低年齢層には造血幹細胞救援を併用する大量化学療法の有用性が期待されている。しかしこれも明らかな利点を証明するには至ってはおらず,化学療法死を含めた副作用と生存期間延長の利害が厳密に比較検討されなければならない時期にある。カルボプラチン,チオテーパ,エトポシドを用いる地固め療法を21例の高リスク群に用いた研究結果では,無増悪3年生存率が49%であったと報告された。この研究は髄液播種を伴う低年齢児を多数含んでおり照射を6歳まで待機する方針であるので期待が持てる成果とはいえるが、逆に大量化学療法といえども単独では半数以上に再燃が生じることを示している。15,16) 2005年初頭時点において,大量化学療法によって治療された患児の5年生存率あるいは長期的な知的機能予後に関しての成績を記述した報告はない。
筆者らは1992年から年齢に応じた18-25Gyの脳脊髄照射とイホスファミド,シスプラチン,エトポシドを併用するICE化学療法を6コース用いる化学療法を併用するプロトコールを用いているが,治療後追跡期間中央値65ヶ月での5年生存率は70%程度であり欧米からの報告と大差はないものである。
初発時に髄液播種を伴う症例の治療
このようなM2, M3の例であっても開頭手術による原発巣の積極的摘出が行なわれることが多いし標準治療法と言える。病理確定診断も得られるからである。しかし,明らかな髄液播種がある症例では,いずれにしても悪性腫瘍であることに疑いはなく,いわゆる全摘出は不可能であり,また播種を放射線化学療法でコントロールできなければ生存の望みはない。従って,あえて開頭腫瘍摘出術というリスクを取らず,また放射線化学療法の開始を遅らせないためにも,画像診断後に髄液管理の長期留置型の体外ドレナージのみを設置して,化学療法あるいは脳脊髄照射から治療を開始する (neoadjuvant therapy) ことも有力な手段である。画像診断で鑑別するべきものは,播種性格を有する上衣腫,退形成性上衣腫,AT/RT,PNET,毛様細胞性星細胞腫などであるが,小脳の毛様細胞性星細胞腫が播種することは実際にはほとんどない。他のいずれの腫瘍においても播種があれば脳脊髄照射は避け得ないものであり,また化学療法も応用されることは多い。髄芽腫以外のこれらの小脳原発悪性腫瘍は化学療法抵抗性である確率は高いが,1コースの低用量化学療法で感受性を見極めることから入ることもできるであろうし,化学療法に抵抗性と判断されれば脳脊髄照射に移行できる。原発巣が大きく初期の放射線化学療法で縮小しなければ,その時点で開頭腫瘍摘出術を考慮する。また播種が消失し原発巣が極めて小さくなっても残存腫瘍があれば,開頭手術による原発巣のexterpationを行なった方が良い。
これからの方向性
3歳未満の症例に関しては,遅発性放射線障害の問題から化学療法を用いて放射線治療の開始時期を遅らせることを目的とした治療方針が試みられているが,化学療法の期間中や治療後早期に再燃をきたす症例が稀ならずあるのが現状である。しかしながら,生存の機会は低くなろうとも最低限3才未満の小児には広範囲の放射線治療は避けるべきであろう。万一1歳児に放射線治療を行なわなければならない時には1日1グレイなどの特殊な線量が用いられる。今後に,大量化学療法の標準化が最も必要なリスク群である。
上記の記述は全て欧米からの臨床試験報告であり日本国内には大規模な試験の報告はない。小規模な共同研究は散見されるがいずれのグループも信頼するに値するデータとしての無増悪5年生存割合を発表していない。優れていると成果が強調されるのは初期成績 feasibility study ばかりであることを認識する必要がある。日本での共同研究を可能とするためには,まず全症例登録制を実現しなければ,今後も先が見えない状態が継続するのであろう。
髄芽腫においては,副作用がいかに高度であろうとも患児を治癒に導く最も有効な手段は放射線治療であることは確固たる事実であり、化学療法の薬剤を選択し大量投与して放射線治療を省略しようとする過去の幾度かの試みは失敗に終わったことを想起しなければならない。患児の年齢と病態によって,手術,放射線治療,化学療法を全て含めて,バランスよく最低限の侵襲手段で治療することがより求められる時である。いわゆるテイラーメイド治療ということになり,このことは逆に臨床研究の大きな妨げになるという矛盾をはらんでいく。
最近の生物学的基礎研究の進歩により,髄芽腫が放射線化学療法抵抗性であるか否かというという診断は,腫瘍細胞の発生起源と腫瘍増殖に関連する細胞内シグナル伝達の解明によって徐々に明らかになっている。また以下にあるような病理診断に基づき治療侵襲がテイラーメイドで選択可能な時代にもなってきている。
WNT (wingless), SHH (nonic hedgehog), Group C, Group D
Northcott PA, et al.: Medulloblastoma comprises four distinct molecular variants. J Clin Oncol 29: 1408-1414, 2010
今後の治療方向性はこの論文と分類に基づいて議論が展開されるであろう。
anaplastic medulloblastoma
光顕病理のレベルで髄芽腫のおよそ4分の1にみられ悪性型と分類される退形成性(大細胞性)髄芽腫 (anaplastic / large cell medulloblastoma) は古くから悪性度が高いものとして知られてきた。この群ではErbB2蛋白を発現し,ErbB2遺伝子が高発現する髄芽腫は転移しやすく核分裂像が増加するとい報告がある。Gajjarらによれば標準リスク群かつErbB2陰性の26例での5年生存率が100%であり,一方ErbB2陽性の13例での5年生存率が54%(P=0.0001)であったという。この事実が検証されれば標準リスク群の治療強度はErbB2の発現の有無により大きく変化するのであろう。 しかし,標準リスク群においてはanaplastyが生存率に大きな影響を与えないという報告もある。

左は1歳児に発生した一部に神経芽細胞腫様の分化 row of the tumor cells を伴う髄芽腫 medulloblastoma with extensive nodularity(小脳神経芽細胞腫 cerebellar neuroblastomaともいわれた)。右は6歳児の退形成(核の異形成)が顕著な退形成性髄芽腫 anaplastic medulloblastoma。前者の治癒率は高く,後者の病理像の治癒率は極めて低い。
c-myc signaling
c-mycは癌遺伝子として広く知られているが,c-Mycの過剰発現は髄芽腫においてもしばしば認められ,このc-myc遺伝子の活性化はSHHとWnt signalingの活性化によって生じるとされる。臨床的にはanaplastic / large cell medulloblastomaでの発現が知られ,ErbB2と同様に予後不良因子としての報告がある30)。
nuclear accumulation of beta-catenin
細胞核でのbeta-catenin染色陽性が,予後良好な髄芽腫の病理組織マーカーとして有用であるとする報告がある19)。 beta-cateninの細胞核集積はWnt (Wingless/Wg) signaling pathway の活性化と関連し,この経路に影響する遺伝子変異(beta-catenin, APC, AXIN2, survivin, SOX, CTNNB1)は多くの髄芽腫に検出される。109髄芽腫症例のうち27例が核beta-catenin陽性であり,その5年全生存割合と無増悪生存割合は92%と89% であったという。逆に核のbeta-catenin非染色例では,それぞれ65%と60%であり有意な差(p=0.0015, 0.0025)が認められている。また注目すべきことに,核beta-catenin陽性例でありかつlarge cell medulloblastomaあるいは播種がある全ての症例が診断から5年の時点で生存していたという。
sonic hedgehog (SHH) signalingとNotch signaling
SSH signalingは小脳の外顆粒層細胞の増殖を促すと考えられている27)。髄芽腫ではこのシグナル伝達に関与する遺伝子 (PTCH1, Smo) の異常が30%ほどに認められる。Notch signalingも小脳の顆粒層細胞の増殖に関与し,このシグナル伝達機構に関連する遺伝子の異常がある髄芽腫患者の予後は不良とする報告もある。Wnt signaling, SHH signaling, Notch signaling pathwayはお互いに干渉しあう経路でもある29)。また,ErbB signalingはSHH signalingによって制御されてもいる。これらの知見に未だに臨床的応用の具体性はないが,実験的にはSSH pathwayあるいはNotch pathwayを抑制することにより髄芽腫に対する分子標的治療の開発が示唆されている28, 29)。
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