神経鞘腫 schwannoma について
聴神経腫瘍については別なページに詳しく書いていますからここをクリック
1. 要点
- 脳神経からでる良性腫瘍です
- 発生した脳神経の名前を付けて呼びます
- 聴神経腫瘍は正確には前庭神経鞘腫といい一番多いものです
- 次に多いのが三叉神経鞘腫です
- 動眼神経鞘腫,顔面神経鞘腫,舌咽神経鞘腫,迷走神経鞘腫,副神鞘腫,舌下神経鞘腫があります
- 頭蓋底の頚静脈孔にできる腫瘍を頚静脈孔腫瘍といいますが,これには舌咽神経鞘腫,迷走神経鞘腫,副神鞘腫が含まれます
- 良性腫瘍ですから治療をあわてる必要はありません
- 聴神経腫瘍とおなじように放射線治療で治るので手術をするかどうかはとても慎重に考えます
- 手術は難しいし,意外につらい合併症が多いので手術経験の多い脳外科医を捜しましょう
- 三叉神経鞘腫は手術してもひどい後遺症を残さない確率が高いです,でもちょっと危険
- 顔面神経鞘腫は安易に手術をすると完全顔面神経麻痺になりますから,放射線治療の方が顔面神経の機能を守るためにはよい治療方法です
- 動眼神経鞘腫を手術すると片方の目が動かなくなって瞼が閉じて使えなくなってしまいます
- 頚静脈孔腫瘍では嚥下障害(ご飯がむせての見込めない)が後遺症として心配ですから,あまり手術しませんし,かなり大きな物でも放射線治療でいいと思います
- 手術治療の目的はいまある症状を良くすることか,放射線治療で治療できないような大きな腫瘍を小さくすることです
2. 注意しなければならない水頭症
神経鞘腫は交通性水頭症という頭の中に水がたまる合併症をしばしば生じます。水頭症が進行すると意欲がなくなって精神機能が低下して痴呆症になったり,歩行が不安定になって歩けなくなったり,おしっこを失禁したりする症状が出ます。放射線治療をしてもしなくてもこの合併症は生じることがあります。その時は、シャント手術といって頭の水(髄液)をお腹の中にチューブを入れて流す簡単な手術をしなければなりません。
3. 三叉神経鞘腫 trigeminal schwannoma
- 三叉神経鞘腫の症状は顔のしびれです
- とても大きくなってから発見されることが多いです
- 聴神経腫瘍より手術後の合併症が少ないので放射線治療よりは手術をお勧めすることが多いです
- 手術でとても気をつけなければならないことは三叉神経を損傷しないことです
- 手術でかなり三叉神経を傷つけてしまうと耐えがたい顔面の痛みとしびれが残ってしまうことがあります
- 手術では必要以上に大きな開頭をしないことがポイントです

メッケル腔(ガッセル神経節)という場所から発生した三叉神経鞘腫のMRIです。大きさとしては中くらいですが,放射線治療よりは手術の方がいいでしょう。これは側頭部の前の方を開頭して脳の硬膜の外から腫瘍を見るだけで取れます。もちろん脳の損傷は起こさないようにしなければなりません。手術中には三叉神経が薄く広がって腫瘍のまわりにくっついていますからそれを大事に守りながら腫瘍を取っていきます。

手術のすぐ後のMRIです。幸いなことにこの患者さんでは,腫瘍を全部取ったのですが三叉神経の大部分を残すことができて,顔のしびれはとても軽くてすみました
この腫瘍はちょっと大きいので放射線治療だけで治すことは難しいでしょう
この三叉神経鞘腫は少し大きいかなと思うくらいの大きさです。 脳幹部が圧迫されていますから手術摘出した方がいい例です。これも側頭部の前の方の骨を開頭するだけで全部取れます。
何も治療をしなくてもいい高齢者の三叉神経鞘腫

これもメッケル腔(ガッセル神経節)という場所から発生した三叉神経鞘腫です。70代後半の女性に見つかったものです。左が2001年,右が2006年です。顔面の軽いしびれだけが症状で6年くらい経過観察していますが,大きくならないし,腫瘍の内部が壊死になってきています。何の治療もする必要のないものです。
三叉神経鞘腫の手術と合併症(後遺症)
- 三叉神経鞘腫は小さいものは治療しないでほっておく,放射線治療をする,手術で摘出するの3つの選択肢があります。
- 問題は大きな腫瘍で手術を必要とするもので,以下に書いてある後遺症は腫瘍がある片側の症状で,頻度の高い順になるかもしれません。
- もっともつらい後遺症は前の方に書いたように,顔面の異常感覚(とても辛いしびれや痛み)です。これは手術で三叉神経を少しでも傷めないで摘出する,ということで結果(程度)が違ってきます。生じると,術後に多少は回復するのですが,残った場合には治療の手段がありません。
- 次には,滑車神経麻痺という細い神経の損傷です。ひどくはないのですが,ものが2重にみえます。
- 大錐体神経を損傷すると目から涙が出なくなって目が渇きます。これは目薬でなんとかがまんできます。
- 蝸牛神経の損傷や中耳の損傷では聴力低下がおきます。
- 前庭神経の損傷ではめまいがでますが,一時的で治ることが多いです。
- 外転神経の損傷では,片目が外に動かなくなってしまいつらい複視(物が2重に見える)が生じます。
- 顔面神経の本幹の損傷では,顔面が片方動かなくなります。これはとてもつらい後遺症ですから,もし完全麻痺が起こってしまったら顔面神経の再建術をすることもあります。
- 動眼神経の損傷では,片目がほとんど動かなくなったり,まぶたが動かないので目が開けられなくなります。
- 脳幹部の損傷はあってはならないのですが,半身麻痺や運動失調で歩行が困難になる可能性があります。
4. 顔面神経鞘腫 facial schwannoma
- 珍しい腫瘍なので顔面神経鞘腫の治療は判断が難しいです
- 顔面神経はまず解剖が難しいです
- 脳幹部から出たすぐのところの脳槽部,内耳道内,膝神経節部,迷路部,中耳のところ(鼓室),乳様突起の中の顔面神経管,茎乳突孔の頭蓋底,耳下腺の後部までが顔面神経の本幹部です
- 顔面神経のどこの場所にも腫瘍はできますが,できた場所によって手術とか放射線治療の難しさや方法が変わるので判断がとても難しいのです
- 特に手術はできた場所によってかなり方法が違いますし,とても難しいものです
- 一般的には,放射線治療の方が手術より安全だと考えて下さい
- 放射線治療をするなら顔面麻痺が軽いうちがいいです
- 手術は顔面麻痺が相当に強くなってグレード4くらいにならないとしません
- 摘出手術と同時に顔面神経の再建手術(バイパス)をしなければならないので,顔面神経麻痺の外科治療もできる脳外科医に手術をしていただきましょう
- 顔面神経麻痺はとてもつらい後遺症なのだということを知っておいて下さい
ここからは専門用語による記述です
神経鞘腫 schwannoma
a. 病因・病理
神経鞘腫は末梢神経のシュワン細胞より発生する腫瘍で,原発性脳腫瘍中およそ10%と頻度の高い腫瘍である。成人に好発し20〜50歳代に多い。前庭神経(第8脳神経いわゆる聴神経)に最も多く,次いで三叉神経,稀に顔面神経,舌下神経,迷走神経(頚静脈孔腫瘍)にも発生する。脊柱管内では,頸部や腰部の脊髄後根にも好発する。両側の第8脳神経に腫瘍がある場合や多発性神経鞘腫では,神経線維腫症2型 neurofibromatosis type 2 (NF-2)を考えなければならない。
組織学的には,紡錐型の核を有する腫瘍細胞で構成される。古典的病理所見として,束状fascicular に配列する密な組織であるAntoni A Typeと網状 reticular で疎な組織であるAntoni B Typeが混在するパターンを示す。隣り合う細胞核の柵状配列 palisade arrangementは,組織診断上大切な所見である。神経鞘腫では多少の核の異型性がみられても悪性像とはいえない。嚢胞を形成したり,時には毛細血管拡張を思わせるような著明な血管の増生があり腫瘍内出血をきたすことがある。神経鞘腫の一部は,第22染色体長腕上のNF-2遺伝子の欠失あるいは変異によって発生するとされている。また,この細胞骨格を形成する蛋白 merlinをコードするNF-2遺伝子は,髄膜腫や脊髄上衣腫の発生にも関与すると考えられている。
b. 症状・経過
前庭神経鞘腫の多くは内耳道内より発生し,内耳道を拡大し小脳橋角部へ発育してくるためその症状発現には一定の特徴がある。まず耳鳴に難聴が加わり次第に進行して,平衡障害としてめまい感,歩行不安定,眼振,小脳の圧迫症状として腫瘍と同側に小脳性運動失調が出現する。続いて,近接の脳神経である三叉神経,外転神経,顔面神経の障害も加わり,最後には脳幹を圧迫して頭蓋内圧亢進をきたす。これらの症状発現経過はCushing chronology として知られる。前庭神経鞘腫がすべてこれに従うわけではなく,また最近ではわずかな聴力低下や耳鳴,めまい発作のみでMRI検査がなされるために軽度の初期症状で発見される小さな腫瘍が圧倒的に多い。
反復性頭位変換性めまいや突発性難聴で発症する例もまれではない。三叉神経感覚根より発生する三叉神経鞘腫では,顔面の痛みやしびれなどの感覚障害が生じる。三叉神経痛として誤診されることもあるが,神経鞘腫では角膜反射の低下や三叉神経領域の感覚障害を伴うことがあり三叉神経痛との神経学的な鑑別は可能である。また,大きな腫瘍でなくとも髄液吸収障害による交通性水頭症を呈して,集中力や記憶力の低下などの茫漠とした認知機能障害を来すことがある。進行すれば不安定歩行や尿失禁となり,いわゆる正常圧水頭症に類似した症候が出現する。脳萎縮を伴う高齢者での症候学的な鑑別診断は容易ではないこともある。
c. 検査
前庭神経鞘腫を疑えばMRIが第一選択される。Gd-DTPA増強MRIでは,内耳道内に限局する数 mm程度の小腫瘍から,小脳橋角部に発育した大きなものまで明瞭に描出することができる。前庭神経鞘腫では聴力検査で一側性の感音性難聴,聴性脳幹反応でI-II波間隔の延長,そして前庭機能低下の指標として温度眼振試験の反応低下あるいは消失がみられる。
e. 治療
画像診断の進歩により,最近では小さな神経鞘腫が多く発見されるが放置して経過観察しても年余にわたり増大しないものもある。前庭神経鞘腫の脳外科的手術は比較的安全なものとなったが,術後の患側聴力消失と顔面神経麻痺の頻度は依然として無視できない頻度である。完全摘出されれば予後良好であるが,脳橋に癒着しているときには全摘が難しいことがあり,大きなものでは手術のリスクは高い。一方,1990年代にはガンマナイフやリニアックを応用した定位的放射線治療による効果が明らかとなった。3 - 4 cm以上の大きなものは外科手術の適応となり,それ以下のものは定位放射線治療が選択される傾向にある。
文献
Elsmore AJ, Mendoza ND: The operative learning curve for vestibular schwannoma excision via the retrosigmoid approach. Br J Neurosurg 16: 448-455, 2002
