視床下部と下垂体の特殊な機能障害ついて
- 間脳下垂体不全といいます
- 下垂体腺腫では視床下部障害が起こることはめったにありません
- 下垂体ホルモンが足りないために起こる障害はとても良く知られていますが,ここでは比較的めずらしいものを書いていきます
- 特に,視床下部の障害では普通の臨床医が知らないことも多いので,内分泌専門の先生に相談して下さい
- ホルモン治療に対する医療費の補助は「特定疾患治療研究事業」の対象疾患として認められています。2010年には全国で「下垂体機能障害」に対して医療費補助を行っています。地元の役所で調べて下さい。
肥満について
- 下垂体を全部摘出してしまったとき,あるいは視床下部の障害によっておきます
- 視床下部性肥満 hypothalamic obesity ともいわれます
- この場合は単なる過食ではなくて,視床下部のエネルギーバランスの調節障害ですが,はっきりした原因は解っていません
- グルコース(糖分)のホメオスターシス(意識しなくても体が自然に調節してくれること)がくずれています
- 視床下部の障害は摂食障害を生じることがあるのですが,脳腫瘍の場合は不思議なことに,過食になったり拒食になったりすることが少ないです
- 一方,下垂体のホルモン不足では,成長ホルモン欠損,男性ホルモンの欠乏でも肥満が生じます
- もちろん,ステロイドホルモンを過量に飲んでいる場合やクッシング病でも肥満になります
- たくさん食べているわけではないと思うのに太ってしまうという症候です
- とにかく体重が増える,BMI (body mass index)が増えるというのが診断です
- 下垂体障害が高度,視床下部の損傷がある,年齢が低いときに腫瘍ができた,視床下部に高線量の放射線治療(50グレイ以上)がされたなどが原因危険因子とされています
- 頭蓋咽頭腫,毛様細胞性星細胞腫,胚細胞腫瘍,髄芽腫などの治療後に多いです
- 大きな腫瘍ほど治療後の肥満は高度になります
- 子供の頭蓋咽頭腫では40%以上でかなりの肥満になるといわれています
- 太っているお母さんの子供はこの肥満になり易いともされます
- この肥満は腫瘍の治療後の3年以内に生じてしまうことが多くて治りにくいので,早くから肥満対策をすることが大切です
- 肥満による2次合併症は,脂肪肝と肝障害,心疾患,高脂質血漿(コレステロールや中性脂肪が高い),糖尿病,高血圧,動脈硬化などです
- ヨーロッパからの長期経過観察の報告では肥満になった頭蓋咽頭腫の患者さんに心臓血管障害の死亡率が高いという報告があります
- 肥満によって運動能力が低下するのは当然ですし,筋肉がつきにくいので体力不足になります
- 視床下部障害といえども結局は,食べる量が多くてエネルギーの消費が少ないのから肥満になっているので,ダイエットをして体を動かしてエネルギーを消費するという肥満対策の第1歩がとても大切です
- 無意識のうちのバランスが崩れているから,意識して肥満にならないように努力はつづけてください
- でも肥満の改善はとても難しいです
- 下垂体不全の治療の中で肥満を改善するのは,成長ホルモンと男性ホルモンの補充です
- 視床下部と下垂体に詳しい内分泌内科の先生にきびしい生活指導を受けましょう
- 肥満を改善するためのよい薬はないのだと思いますが,薬物療法は内分泌内科の先生に聞いて下さい
ナトリウムバランスの障害について
- 視床下部の障害では,低ナトリウム血漿(ナトリウムの値が130mEq/l以下)や高ナトリウム血漿(150mEq/l以上)になったりします
- 術後の急性期を過ぎれば低ナトリウム血漿の方が多いです
- 尿崩症でも低ナトリウム血漿になることが多いのですが,尿崩症だけでは危険なナトリウム値にはなりません
- 治りにくい低ナトリウム血漿を,CSW cerebral solt wasting syndrome 脳性塩類喪失症候群といいます
- かつて SIADH syndrome of inappropriate antidiuretic hormone secretion (抗利尿ホルモン分泌不全)といわれてきましたが多くの場合は違います
- いまでもCSWをSIADHと診断するお医者さんが多いです,特に脳外科の先生
- 塩(塩化ナトリウム)の体からの排泄がうまく調整できないのです
- 低ナトリウム血漿の場合は毎日のおしっこから塩が出すぎます
- 尿量が多くなったり,細胞外液が増えたり,ANP (ANH) やBNPが高くなったりします
- 片側だけの視床下部損傷ではあまり起こりません
- 両側の視床下部の底部,第3脳室の床の部分の損傷でよくみられます
- 視床下部をおかす腫瘍,特に頭蓋咽頭腫,星細胞腫,胚細胞腫瘍で多い後遺症です
- 軽症のものは,頭部外傷や頭蓋顔面骨奇形(クルーゾン病など)の手術後でも生じます
- 第3脳室が膨らむ閉塞性水頭症でも経験したことがあります
- 下垂体腺腫(プロクチノーマ)でも見たことがあります
- 低ナトリウム血漿も高ナトリウム血漿もひどくなると意識障害やけいれん発作を生じます
- ひどいナトリウムの値のとき意識障害があっても急速に補正してはいけません
- 急速補正をするとcentral pontine myelinolysisといって脳幹部が壊れてしまう恐ろしい結果を招くことがあります
- 急性期をすぎると治ることも多いのですが,視床下部の障害が強い場合には治りません
- 外来で定期的に血液検査をしてナトリウムの値を調べることはとても大切です
- ナトリウムバランスが崩れて低ナトリウム血漿になりやすい場合は,お塩を毎日飲みます,これはお医者さんが処方してくれます
- 高熱が出たりして塩分が急速に失われる時などでショックになってしまうような危険があります
- 高熱や疲労や食事を抜くことを避けなければ行けませんし,そのような時はとても注意しないといけません
間脳症候群 (diencephalic syndrome) について
- 体重が増えなくてひどいやせ(痩せ)がとくちょうです,failure of thriveといわれて丈夫に育つことができない状態と表現されます
- 皮下脂肪がつかなくて骨と皮ばかりになります
- 視床下部をおかすいろいろな病気で見られますが,特に星細胞腫が1歳前後の乳幼児に発生してとても大きくなった時にでます
- 食べることが少なくなる摂食障害もあるのですが,とにかく食べても太らないのです
- 嘔吐をすることがしばしばです
- 空腹時の血液の中の成長ホルモン(GH)の値が高くなります
- 成長ホルモンの負荷試験では異常な反応が見られ視床下部からのGH-RHの分泌異常と考えられます
- 確立した治療法はありませんがどうしても食べられない時には中心静脈栄養をしてしのぎます
- 化学療法や放射線治療で腫瘍が小さくなると間脳症候群も改善することがあります
- 間脳症候群が改善した後には逆に肥満になることが多いです
- 長期生存すると10歳以下で思春期早発症(2次性徴が早く来る)になる子供が多いです
成長ホルモンの補充と腫瘍再発について
- 実験研究で成長ホルモン(GH)は細胞分裂を促したり,遺伝子に障害を受けた細胞がこわれる(apoptosis)のを妨げます
- そのことから,脳腫瘍を治療したあとに,成長ホルモンを投与すると再発が増えたり,新たな腫瘍が発生するという危惧がありました
- でも,成長ホルモンを投与することによって脳腫瘍が再発したり新たな腫瘍ができたりすることはありません
- ですから,成長ホルモンが足りない子供たちに成長ホルモンを使うことに心配はいりません
- 代表的な4つの論文を挙げておきます(旭川医大小児科の藤枝先生に教えていただきました)
Swerdlow AJ et al. Growth hormone treatment of children with brain tumors and risk of tumor recurrens. J Clin Endocrinol Metab 85: 4444-4449, 2000
イギリスからの報告です。180人の脳腫瘍の子供たちに成長ホルモン補充がなされました。脳腫瘍再発の危険は増さないと結論されました。
Sklar CA et al. Risk of disease recurrence and second neoplasms in survivors of childhood cancer treated with growth hormone: A report from the childhood cancer survivors study. J Clin Endocrinol Metab 87: 3136-3141, 2002
米国からの報告です。172人の脳腫瘍患児を含む361人の小児がん生存者に成長ホルモン補充がされました。成長ホルモンの投与は,病気の再発や死亡のリスクを高くしないと結論されました。また脳腫瘍の子供で新たな腫瘍がより多く発生するという事実もありませんでした。
Ergun-Longmire B et al. Growth hormone treatment and risk of second neoplasms in the childhood cancer survivor. J Clin Endocrinol Metab 91: 3494-3498, 2006
上記と同じグループの追加報告です。さらに経過観察を続けてました。全体としては成長ホルモンを使用された子供に新たな固形腫瘍の発生率が少し高いと結論されました。しかし,20人の子供に発生した腫瘍の内の9例の2次腫瘍は髄膜腫でした。この中には4例の髄芽腫を含む11例の脳腫瘍の患児がいます。11人全員が放射線治療を受けていて8人での2次腫瘍は髄膜腫です。放射線誘発髄膜腫はとても多い良性腫瘍なので,この2次腫瘍は成長ホルモンとはほとんど関係ないと推測されます。
Jenkins PJ, et al. Does growth horomene cause cancer? Clin Endocrinol 64: 115-121, 2006
これは総論です。成長ホルモンが過剰に分泌される先端巨大症の患者さんで大腸直腸癌の発生率が高いそうです。しかし成長ホルモンを補充された小児での癌の発生リスクは高くはなりません。
また追加の記載をします。お待ちください。


